第63話 イルイネ共和国へ出発!

 お店へ戻り、早速ラウラにオジキから教えもらった情報を伝えて、紹介状を渡した。ラウラは感激しているわ。

「イルイネ共和国ですね! ありがとうございます、姉さん。やっぱり頼りになりますね!」

「そうでしょ~? 旅費はもちもちろんろん、そっち持ちよね?」

「当然ですよ、姉さんに払わせるほど命知らずじゃありません」

 確認をしておいたし、安心ね。あとはアークと話をつければ……。


 そうだった、リコリスにケットシーの王国へ案内させれば良かったわ。一人じゃ入れないのよね。ペガサス通訳官である、ケットシー紳士のアークを連れて行かなきゃいけないのに。

 明日になったら考えるか。

 ラウラは帰る前に夕飯も用意してくれた。野菜とお肉を挟んだパンと、スープ。それから焼いたお肉。焼いた肉が最強だわね。


 次の日もラウラは朝早くに来て、クッキーを焼いてくれた。

 甘く香ばしい香りが、キッチンに広がる。まして袋に入れて、リボンを飾れば聖女のクッキーの完成です。

 準備を済ませて看板をオープンにすると、待っていたお客が店内へと吸い込まれる。お目当ては聖女のクッキーだ。手に取って、すぐにカウンターで会計をする。昨日買ったばかりのお客もまた買っているわ。人気ねえ。

「ありがとうございます~」

 クッキーのためにオープン待ちをしていたお客が途切れたので、ラウラにお店を任せて出かけた。目指すはケットシーの王国。

 リコリスがいないと入れないのよね、呼びに行くの面倒だなあ。


「こーんにちは~!」

 さて出ようというところで、扉の外から聞きなれた女の子の声がした。

 ケットシー店員のノラだわ。やった、王国へ行かれる! 入り口付近にいたのでそのまま扉を開けると、にゃっと小さく声がして、ノラが扉を避けて後ろへ避けた。

「いらっしゃ~い」

「てんちょー、急に開いたからビックリしたよ~。今日はケットシー紳士様を、案内しているの」

「やあ強欲のレディー、こんにちは」

 ノラの後ろには、カウボーイハットを被った黒猫ケットシー紳士の、アークがいた。帽子を取って頭を下げ、挨拶をするアーク。


「ちょうど良かったわ、アーク。お願いがあるの。まずはお店に入って」

「ボクに話が? じゃあ失礼するよ」

 アークがノラを通り抜けて店内に入ると、ノラは後ろからアークについてきた。

「ノラはラウラとお話しして、待っててくれる?」

「いーよ~! ラウラちゃん、ラウラちゃんの住んでるところのお話を聞かせて」

「プレパナロス自治国ですか? 高い山にある国で、女神様のご加護を求めて毎日お客が来るんですよ」

 ノラはカウンターテーブルの上に飛び乗って、ちょこんと座った。ラウラが自治国での生活の様子を語るのを、楽しそうに聞いている。


 こちらはアークね。気合いを入れて、深呼吸する。

「一緒に筋肉村へ来てほしいの。途中にあるイルイネ共和国のファンレーンって町でペガサスを借りるから、あなたの力が必要なのよ!」

「なるほど! レディーはボクの、ペガサス通訳官としての腕が必要なんだね! 協力するよ。旅は紳士のたしなみさ」

「そうそう、嗜みよね!」

 片手……片前足? を胸に当て、もう片方を水平に広げて、アークはやたらと大袈裟なポーズと取っている。

 やったね、するっと決まりそう。猫は単純でいいわ。

「報酬は成功したら銀貨一枚、あと日数に応じて銅貨と煮干しをあげる。旅費は全てこちらもちよ」

「う~ん」

 得意になって説明する私に、アークは考えるような素振りをした。少なすぎると勘づかれたか!?


「もちろん、希望があればなるべく叶えるわよぅ」

「成功したら、お菓子や食べものをもらえるかい? お土産にしたいんだ、両手にいっぱい欲しいな」

 黒猫アークが両手を広げる。猫なので、大きいスイカの一個も入りそうにない広さだ。このくらいなら、なんてことないわね!

「いいわよ、抱えきれないくらいお土産を持って凱旋しちゃおう」

「ありがとうレディ、それなら喜んで引き受けるよ」

 破顔するアーク。私も笑顔がこぼれちゃう。

「出発は早い方がいいのよ。いつくらいに出られそう?」

「今日でも平気さ。ボクはさすらいのケットシー紳士だからね」

 よく分からない理屈だが、やる気だけは感じるわ。アークは堂々と胸を張っている。


「じゃあ出発は明日ね! ラウラ、アークと一緒に明日、出発するわよ!」

「急ですね、姉さん! 準備もあるんで、明後日にしましょう」

 ノラと会話していたラウラが、驚いて弾けるように顔を向けた。はやる気持ちが先を行きすぎたわね。

「そう? じゃあ明後日ね」

「てんちょーとラウラちゃん、ケットシー紳士様とおでかけするの? すごーい、いいなあ~!」

 羨ましがるノラの首元をラウラが優しく撫でた。

「ノラちゃんにお土産を買ってくるね。楽しみにしててね、ねえ姉さん」

「え? うん、まあ」

 ねえって、私も買うの? 勝手な約束をされたわ。二人は盛り上がっていて、アークもカウンターテーブルに乗って会話に加わった。


 私は窓の外を行き交う人々に視線を移した。

 お客は来ない。カウンターテーブルで踊る猫を、外から眺める人がいるくらい。いつの間にか、二匹で踊り始めている。ケットシーって陽気よね。なんとか踊りが商品の宣伝に繋がらないかしら……!


 各所に休業する連絡をして、前日の夕方にはスラムの炊き出しでご飯をもらい、留守にすると伝えておく。帰ってきたらまた食べさせてね。

 炊き出しをやる人とは、すっかり顔馴染みになったわ。

「なんか食材でも差し入れてよ」

 慣れたから、こんなことも言われちゃうわけで。

「まあねえ、気が向いたらね」

「シャロンさんは一生、気が向かないだろ」

 並んでいるスラムの住民まで笑ってるじゃない。アンタらも差し入れなんてしないでしょうが! 私にも食事をもらう権利があるのよ、全く。


 しばらくお休みの張り紙を扉に貼って、さて出発の時間だわ。王都へは定期乗り合い馬車を使う。

 待ち合い所では、数人が並んでいた。後ろの並び、やってきた馬車に乗り込む。

「大人二人と猫一匹ね」

「猫は銅貨三枚だよ」

 猫も乗車賃がかかるのか。扉のところに立つ御者にラウラが支払い、馬車に乗り込む。

「安全運転でよろしくね、御者君」

「はいよ、……って、猫が喋った!? 腹話術!??」

 驚いてビクッとしたので、手に持っていた代金箱が揺れる。チャリチャリと硬貨が擦れる音がした。


「違うわよ、この子はケットシー。猫妖精なの」

 目を丸くしてアークを見ている御者に教えると、アークはカウボーイハットを取ってお決まりのお辞儀をした。

「ボクたちはお話をするし、歌を歌うし、踊ったりもするよ」

「へえ、妖精さんかあ。車内では踊らないでね、狭いし揺れて危ないから」

「残念だね、ボクの踊りを披露したかったのに」

 踊る気だったんかい。

 いや、いいかも知れない。私がおひねりを集めればいいんだわ! 入れものになる帽子でもあれば……、あ。アークのカウボーイハットがある!

 集金効果を試したい。どこかで一度、踊ってもらいたいわね。


 終点である王都で馬車を降り、転移装置の塔へ行く馬車に乗り換えた。

 入り口でチケットを購入して、前回とは違う階に移動する。他にイルイネ共和国へ渡る人がいなかったから、すぐに順番がきたわ。前回同様に説明を受けて装置の模様の中に立つと、淡く光って浮遊感が訪れた。

 ちょっと苦手な感覚だなぁ。

 再び目を開いたら、もう周囲の様子が変わっていた。部屋が広くて、八角形型をしているわね。

「イルイネ共和国へようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」

 待っていた男性職員が明るく尋ねる。

「実はこちらの聖女ラウラ様が、筋肉村へいらっしゃるんです。ファンレーンの町を経由します」


 私は従者のフリをしたわ。これが一番、無難な気がする。

「ああ……、あの村ね。あまり近くはないですよ? ご存じでしょうが、今は他の種族と揉めていて危険なんです。行かないよう周知してます」

「まあ仕事ですから」

「お疲れ様です。よかったら帰りに観光していってくださいね。レンサス湖にはレンタルボートや、レンタルペガサスがありますよ!」

「ご親切に、ありがとうございます。あなたに女神ブリージダ様のご加護がありますように」

 ラウラがにっこりと笑顔で祈りの言葉を告げると、男性職員は感激して手を合わせた。

「うわあ、聖女様の祝福だ! ありがたや」

 ラウラを拝む男性に、ファンレーンへ向かう馬車に乗る場所を尋ねた。安くペガサスが借りられますように。

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