第62話 リコリスとオジキ2
オジキを捜すために、お店をラウラに任せて、まずはスラムの先生の診療所へ行った。露店商の男を連れてきてもらわねば。診療所の待合室には、患者が一人座っている。着古したシャツを着た年配の男性だ。
「次、いいぞ」
先生が顔を出したので男性は立ち上がろうとしたが、先に用件を伝える。
「先生、以前ここで会った露店商の家はどこ? 用事があるのよ」
「アイツか、君に直接礼がしたいと言っていたよ。すぐ呼んでやるよ」
「おいおい先生、俺の番だぞ」
「いつものかゆみ止めだろ、待ってろ」
不満を口にする男性をそのままに、先生は待合室から外へ出た。そして道で遊んでいる子供を呼び寄せる。
「先生、どーしたの?」
「露店商のヤツを呼んできてくれ、ほら褒美」
「やったー、やるよ!」
八つくらいの子が、アメ二つで喜んで駆け出した。さすがスラムの先生、安く子供を使うわね。私も見習わなくては。
子供を見送ってから先生と男性が診療室へ入り、私は待合室で露店商を待った。
程なく露店商が子供に手を引かれて、走ってきた。
「こっちこっち~」
「知ってるよ、走るなよ!」
うーむ、アメ二つでこの張り切りよう。スラムの子供はケットシーと同じくらい安く使えるかも知れないわね。覚えておこう。
「ちわー、何スか~。あ、シャロンさん! ども!」
露店商は待合室の椅子に座る私を見ると、笑顔で小さく頭を下げた。
「ちわー! あのさ、ちょっと一緒に来てくれない?」
「いいッスよ、荷物持ちでも何でもします! 昨日は巻き込んじゃって、すんませんでした」
「平気よ~、お金になったからね!」
罪悪感があるようで、露店商は
繁華街と住宅街の境目辺りまでくると、露店商が辺りを落ち着きなく見回す。
「シャロンさん、この辺りに昨日のヤツらの事務所があるんですよ。オレはあんまり近寄らないようにしてるんです、こっちに用があるんですか?」
妙に小声で話しかけてくるわね。意外と臆病なのかしら。
「実は昨日のオジキを捜しててさ、あの人って揉めてると出てくるじゃない? ちょっとここらで殴られるとか、因縁をつけるとかしてよ」
「やりませんよ!!! 怖いなぁ!」
「平気平気、骨が折れても治すから」
「前提条件が酷すぎる!」
暴れてくれそうにないわ。ここは私が適当なアウトローっぽいのに絡んで、こいつを差し出すしかないわね。
「……何を騒いでんだよ」
唐突に声をかけられて振り返ると、昨日私のお店で暴れた三人組のうちの一人が、袋を片手に立っている。
おあつらえ向きに、オジキの配下が現れた!
「ああん? 文句あっかよ、兄ちゃん。露店商、昨日のリベンジマッチよ! ゴー!」
「本当に絡まれようとするなよ! あのさ、シャロンさんがオジキって人に会いたいんだと。会わせてやれないか?」
露店商は普通にお願いしている。こいつら、いつの間にか和解したのかしら。
「いいぜ、ちょうどあのキツネも来てる」
「リコリスが~?」
「オジキが気に入ったみたいでよ、菓子を買いに行かされたんだよ」
あのイタズラキツネを気に入ったの? 変な人ねえ。まあいいわ、露店商はここまでだというので別れて、若い男性の後ろを歩いた。事務所があるのは細い通りで、一軒一軒が広い。
ほんの数分で目的地に着いたわ。事務所の入り口は狭いが、建物は三階建てでなかなか大きいわね。
「その女は?」
「昨日のヤベー女です」
「ほー、ソイツが」
頬に傷跡があるのとか、やたらごついのとか、顔が悪人みたいな男が何人もいるわね。ところでヤベー女って、まさか私のこと?
「オジキ、昨日の店主です」
「おう、入れや」
重厚な扉を開くと、広い部屋の中央に高そうな、それこそ高級そうな派手な赤の絨毯が敷かれ、豪華な応接セットがあった。寝転がれる長いソファーに、相変わらずキツネ姿のリコリスが座っている。
「シャロン、どうしたのー? 殴り込み?」
シュッシュと両手で殴る真似をするリコリス。キツネなので迫力はない。
「どうしたのはこっちのセリフよ。殴り込みなんてお金にならないからやらないわよ、それよりなんでここにいるの?」
「サンにね~、人間にたかるなって怒られたの。仕方ないから、お礼に来たの~。おじさんに化けて歩いてたら、ここへ案内してくれたよ」
オジキに化けて相手を呼び寄せたワケか、なかなか考えたわね。
リコリスと話をしている間に、若者は買ってきた菓子をお盆に並べてテーブルに置いた。リコリスが手を叩いて喜んでいる。
オジキ、リコリスに甘すぎない? ふさふさ尻尾が好きなの? 三本あってお得なの?
「威勢のいい姉ちゃんは、どうしたんだい?」
「あ、そうでした。筋肉村へ行きたいんだけど、行き方はオジキに相談するよう占いで言われたの」
「おお、あそこか。ワープの拠点から遠いからな。用でもあんのか?」
これはいい感触ね。行ったこともあるのかしら、どういう経路を使ったか教えてもらいたい。特に安いルートだと非常に嬉しい。
「仕事ですよ、友達が回復を頼まれまして。昨日お店番をしていたラウラ、現役聖女なんです」
「聖女か! そりゃすげえな、若いのが怪我がすぐに治ったなんて興奮してたぜ。大した傷じゃなかっただけじゃねえかと疑ったが、本当らしいな!」
「バッチリ腕を折ってやったからね!」
「はははっ、やった本人が言うなら間違いねえ!!!」
オジキが大笑いして、膝を片手でパチンと打った。私とリコリスとオジキ、三人の笑い声が部屋に響く。
お菓子を買いに行かされた若いのは、口元を引きつらせて部屋からそっと出て行った。私たちの他に、オジキの護衛や側近みたいな人がそばに残っているよ。
「で、筋肉村だな。近くに豊饒の女神ディンプナを信奉する、イルイネ共和国って国があるのは知ってるか? そこに有名な保養地で、レンサス湖ってのがあってな。レンサス湖に面するファンレーンって町に、知り合いが住んでる」
「レンサス湖……、富裕層の旅行先として人気がある町ですね」
ここより南の方にある国だわ。国はぼんやりと分かるけど、町の場所までは知らない。
「おう、そこで商売してるヤツがいてな。富裕層の観光客相手に、レンタルペガサスをやってんだ。筋肉村までペガサスで飛んでけるよう、紹介状を書いてやるよ」
「ペガサス! 陸路より早そうだけど、お高いんじゃないの~?」
近くを周遊するとか、そういう目的のペガサスじゃないのかしら。遠い場所までとなったら、追加料金がかかるのでは!?
「なるべく安くするよう、書き添えとくか。ペガサスは気難しくて、金にはなるが苦労してるみてぇだったな。仕事を拒否するヤツを使えたら、かなりまけてくれると思うぞ」
ペガサスに仕事をするよう説得すると、安くなる!
これはペガサス通訳を連れていくべき案件ね。ペガサス通訳の資格を持つケットシー紳士の出番が、早くも到来の予感!
「シャロン、遠くへ出掛けるの~?」
「そうよリコリス。また薬を作っておいてね」
「お土産、ヨロシクぅ!」
「ねえよ。欲しいなら前金制ね」
「え~」
お土産は買ったらお金がかかる。先にもらえなければ、わざわざキツネにまで買わないわ。リコリスはつまらなそうに足をぶらぶらとさせている。
「おい、紙と書くものをなんかくれ」
オジキはその場で紹介状を書いて、封筒に入れて封をした。
紹介状、ゲットだぜ!
ペガサス通訳を捕獲すれば、もう出かけられるわね。ラウラが喜ぶわ。変な紳士猫とはいえ、ケットシーと旅をするんだもの。
これは依頼になるのかな? 料金が発生したら、自治国が払うでしょうね。そうだ、私が窓口になって仲介料をもらえばいいんだわ。筋肉村へ行くのが、俄然たのしみになったなー!
私が帰る時になっても、リコリスはオジキのところへ居座っていた。
「おいリコ、もう俺に化けるなよ。俺の姿で一人でウロついて、襲撃されても知らねえぞ」
「襲撃されちゃうの!? おじさん、そんなに危ないの? ぴゃー、もう化けないよ~。おじさんも気をつけてね」
「おうよ」
そんな会話を交わしていたわ。ずっと護衛に囲まれてるんだから、想像がつきそうなものなのに。
ところでリコって、リコリスよね。やたら仲良くなってるわね!
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