第61話 ヴェラの占い

 昨日は疲れる一日だったわ。

 あのイタズラキツネまで、集まってくるんだから。リコリスが退治されたら、サンは新しい相棒を募集するかしら。誰かリコリスを退治してくれないかな。


「こーんにちは~。あ、ラウラちゃんだ! わあい、お帰りなさい!」

「ラウラさん、お久しぶりです」

 店員ケットシーの、ノラとバートが出勤してきた。ラウラを見るなり、喜色を浮かべてカウンターテーブルに飛び乗る。

「久しぶり、ノラちゃん、バート君。でもまたすぐに出掛けなきゃならないの。シャロン姉さんも一緒に」

「えええ~、残念。てんちょーとおでかけなの?」

「お仕事なの。ごめんね」

「仕方ありません。お仕事は大事です」

 灰色猫のバートが訳知り顔で頷く。

「じゃあじゃあ、いる間にたっくさん、おしゃべりしようね! わたしたちの王国に、小悪魔が住むのよ。てんちょーが連れてきてくれたの」


「……小悪魔? シャロン姉さん、何やってるんですか?」

「仲介業を少々。そうだ、隣の空き家は今、ロノウェって貴族悪魔が住んでるわよ。気さくな商売人の悪魔だから、安心してね」

 いきなり会うとビックリするだろうから、教えておかないとね。ラウラならすぐに人間じゃないって見抜くだろうし。

「姉さん、何を集めているんですか!?」

「私のせいじゃないわよ!」

 ゲルズ帝国へ行ったら、悪魔が勝手について来たのよ。私の魅力が悪いっていえば、そうなんだけど。


「ところでラウラさん、店長とどこへ行かれるんですか?」

「筋肉村っていうところなの。怪我人の治療の依頼でね、本当は早く出発したいけれど、どう行くのがいいのか悩んでいるの」

 筋肉村周辺にはワープポイントがないのだ。プレパナロス自治国と主要国の間は転移装置で結ばれているから、すぐに行き来ができた。今回はルートから考えなければならないのだ。

 そんな理由もあって、実際に行った経験のある人の話が聞きたいわけで。


「ヘンな名前の村~」

「ホントよねー」

 ノラが笑う。私も同感だわ、呪術師チョコメロン並みのネーミングセンスね。なお、水色パンダよりはマシ。

 二匹と会話をしていると、お客さまのご来店が。お店の前に『ご好評に応え、三日間に限り、大人気の聖女のクッキーを限定販売します』と看板を出しておいたのだ。

 作戦は成功で昼前にはクッキーが完売し、ラウラが追加で焼いてくれた。

 一人だと大変だろうから手伝おうとしたら、買い出しだけを頼まれたわ。タマゴの殻が入っても気にしない人は手出しをしないでください、だって。食べちゃえば一緒なのにな。


 夕方、お店を閉めてからラウラと出掛けた。

 目的は占い吸血鬼ヴェラ・アルバーンに、今回の旅を占ってもらうのだ。私は占えなくても、ラウラなら分かるはず。出店している高級住宅街の外れに向かうと、細い路地に数人の女性が並んでいた。さすが人気占い師ね。

 列に並んで、順番を待つ。

 やっと呼ばれて、占い用の小さなテーブルの前に移動した。椅子は一つなので、ラウラが座る。お香の匂いがして、テーブルの上には独特の模様の布がかけられ、水晶玉やノートなどが置かれていた。

 占い師としてヴェールを被って座るヴェラの姿は、どこか神秘的だった。


「聖女が二人、どうしたの?」

「実は、筋肉村についてお聞きしたくて……」

 ラウラが事情を説明し、ヴェラは静かに耳を傾ける。

「……揉めてる話は聞いてるわ。相手は人じゃない種族よ」

「人じゃない種族……」

「行く方法なら私より、最近羽振りのいい男性と知り合わなかった? その人に相談しなさい。解決策をくれるわ」

 ラウラがいる時に知り合った羽振りのいい男性といえば、オジキだわ。オジキが金にあかせて助けてくれるのね!

「ありがとうございます、相談してみます」

「……それから、今回のこととは関係ないけどね」

 ラウラが相談料の青銅貨五枚を支払っていると、ヴェラが水晶を覗き込みながら呟いた。

「はい?」


「貴女の母親は、何かから貴女を守るために、貴女を手放さなければならなかったの。今でも貴女の無事を祈っているわよ」

「…………っ」

 ラウラが言葉を詰まらせる。口にしていない身の上を、ヴェラは見通しているように言葉を続けた。

「もう少し詳しく知りたかったら、追加料金がかかるわよ」

「……いいえ。私は今、幸せですし、これだけで十分です。ありがとうございました」

 頭を下げて、席を立った。ラウラは瞳を潤ませて、嬉しそうなそれでいて寂しそうな、複雑な表情をしていた。

 うーん、なにか慰めが必要かしら。


「きっとご両親も、お金がないとか借金取りに追われてるとか、寸借詐欺に遭って犯人を追っているとか、いろんな理由があったのよ」

「……シャロン姉さん」

「ん?」

「台無しです」

 おかしいわね、私の慰めが響かなかったみたいだわ。

 辺りはすっかり暗くなり、ラウラと適当なお店で食事をした。オジキの家を知らないんだけど、どう接触したらいいかな。そんな相談をしつつ。


 さて帰って明日に備えよう。

「きゃああ!」

 帰宅途中に若い女性の悲鳴して、走る足音が響いた。こちらにへ駆けてくる。ラウラも女性に向かって、小走りで近付いた。

「どうしたんですか?」

「お、お、おばけ、おばけ……!」

 震えながらラウラにしがみつく女性。おばけはラウラも苦手よ。

「お、おばけですか……!?」

 ラウラが脅えた表情を私に向ける。仕方ない、確認してくるか。

「見てくるわ~」

「最近、真夜中に首のない騎士の霊が出るって噂があったけど、本当だったんだわ……。気を付けてください」


「首のない騎士?」

 薄暗い三叉路で左右に首を巡らせたら、現れましたよ真っ黒い騎士が。首はないわけではなく、小脇に抱えている。

「これは以前会った聖なる力を持つ女性。探し物か?」

「やっぱりディラハン。こんばんは、貴方をおばけと間違えて逃げてきた娘がいるのよ」

「拙者を? それはうっかりな女性だな。先程の悲鳴がそうか」

「そうそう。本当にうっかりよね~」

 二人で笑い合った。おばけじゃなくて妖精だったわ。

 以前は深夜に出歩いて人目に付かなかったみたいだけど、今日は随分と早いのね。


「ねえねえところでさ、オジキって呼ばれてるアウトローな人を捜してるの。住んでる場所とか、知らない?」

「うーん……以前、夜中に数人で争っていた連中を見かけた。住宅地と商店街の境目くらいの場所に、家だか事務所だかを構えているようだったぞ。オジキとやらと、関係があるかは知らんが」

 アウトロー情報はもらえたわ! なかなか役に立つな、デュラハン。

「ありがと! 前にケンカしてたら出てきたし、その辺りで暴れてみるわ」

「ほどほどにな……」

 オジキと会ったのは、二回とも絡まれた時だったのよね。絡まれると出てくる性質なのかも知れない。

 しかし私が絡まれると危険がある。

 そうだ、敵対しているスラムの露店商を連れて行こう! イチャモンつけられること、間違いなし。さすが私、冴えてるわ。


 デュラハンは散歩の途中だったので、このまま別れた。

 私も戻ると、ラウラと見知らぬお姉さんは行った時と同じ場所で、寄り添っている。ラウラがお姉さんを落ち着かせているのね。大分怯えていたもんなあ。

「ラウラ~、デュラハンだったわ。おばけじゃなくて妖精だから、お姉さんも怖がらなくていいよ」

「「怖いですよ!!!」」

 二人の声が重なる。これだけ元気なら大丈夫ね。

「聖女様、首がない騎士って怖いですよね……?」

「私も恐ろしいと思います。シャロン姉さんは魔のものの専門家なんで、恐怖心を忘れてしまったのかも……」

 私をチラチラと覗きながら、小声で会話をしているわ。失礼ね、危害を加えられたわけでもないんだから、わざわざ怯える必要なんてないじゃないのよ。


 お姉さんを人通りの多いところまで送って、今度こそ家へ帰った。明日はオジキを捜すぞ~。

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