第59話 露店商と揉めごと

 ラウラの作るご飯はやっぱり美味しい!

 部屋が余っているし、泊まりなよと誘ってみた。幽霊屋敷は無理です、と暗くなる前に出て行ってしまったわ。浄化したし大丈夫なのに、相変わらず怖がりね。幽霊が出たら家賃を負担してもらえばいいのよ。実体がなくても無料では住ませないくらいの気持ちでいなきゃ!

 それにしても、帰ってきたばかりなのに、またお店をお休みにするしかないわね。ケットシーとキツネに連絡をして、大家さんに家賃を払っておかないといけない。

 シメオンはもう旅立っちゃったのよね。何処へ行ったのかしら。無料で私の護衛をしつつ楽しく旅をするチャンスを棒に振るなんて、運の悪い吸血鬼だわ。ラウラは誰か連れているみたいじゃ無かったし、護衛を雇わないといけないかな。

 ……ラウラが自治国のお金で雇ってくれるわよね。私は気にしないでおこう。


「おはようございます、シャロン姉さん。朝ご飯はちゃんと食べましたか?」

 ラウラが出勤してくる。いいな、友達と仕事をするのは楽しいわね。

「おはよう、ラウラ。食べたわよ~、パンとハムの丸かじり」

「ハムの丸かじりって、かたまりをですか? 何やってんですか、姉さん」

「わりと美味しいわよ。それよりクッキーよね!」

 切って食べようが、切らずに食べようが、味は同じ。美味しいハムは美味しいのだ。私の朝食よりも、売れ筋商品が気になる。

「まだ材料を買ってませんよ。お店が開いてから、買いに行ってきますね。まずは自治国から持ってきたガラス細工です。姉さんのお店、オシャレな品が増えましたね」

「でしょでしょ? スラムの連中に布や材料を渡して、作ってもらうことにしたの。ラウラも商品ありがとう」

 ラウラはガラスペンやお皿、小さな置物を持ってきてくれた。自治国のガラス細工は人気なので、とてもありがたい。包んでいる布も売れるし。


「これから向かう筋肉村について、同じ吸血鬼であるシメオンさんにお話を聞きたいんです。お店に来る予定はありますか?」

「シメオンさん、用事があって旅に出たばかりよ。行き違いになったわね」

「そうなんですか、仕方ないですね……」

 筋肉村、シメオンは行ったことがあるのかしら。吸血鬼仲間がおこしたんだし、噂くらいは聞いてそうだな。

 でもしばらく戻らないような感じだったわね。

「俺より強いヤツに会いに行くって言ってた」

「……姉さん、適当なことを言わないでください。ウソですね?」

 あっけなくバレてしまったわ。

 お喋りしながら、仲良く商品を陳列した。売れそうな配置を相談しつつ。


「ちわ~、シャロンさんのお店ッスか」

「そうだけど、アンタ誰?」

 扉の開く音がしたので客だと期待したら、見慣れない若い男が馴れ馴れしい口調で声をかけてくる。古そうな薄汚れた服で、見るからにお金を持っていなそう。

「え、俺だよ! スラムの先生のトコで怪我を治療してもらった露店商!」

「あ~覚えてるわ、治療費を払えなかったヤツね。貧乏人って見分けるのが難しいのよ、目が二つで鼻と口が一つだから」

「いやそれ、金持ちも同じだよな!??」

 まあ人間ならそうだわな。私にはどうでもいいのだが。


「お金がない人を治療してあげたんですか? 姉さん、いいことをしましたね」

「品物でもらっても、あとでお金にすれば同じことだものね」

「前言撤回します」

 感動したはずのラウラが、冷めた瞳を向けてくる。無料奉仕なんて刑罰を科すようなものよ。

「で、何しに来たの?」

「世話になったし、なんか手伝いでもできればって思ってさ」

 なんだ、お礼に来たのね! なかなか律儀じゃないの。庭の掃除でも任せようかしら?

 考えていると、また人がきた。ドカドカと歩く、行儀の悪い男だ。

「おう、ここはオメーの仲間の店か?」

「ちげえよ、世話になった人の店だ。関係ねえから迷惑かけんなよ、テメーらはさっさと帰れ!」


 三人組は敵対組織の人間なのかも。刺されて怪我をしたんだし、相手がいるわよね。まだ揉めているのかしら?

「ケンカならよそでやってちょうだい」

 追い返そうとしたら、男がニヤリと笑った。そして棚に並べたキツネの薬を手で払って、床に落とす。

「きゃあ!」

「なにしてやがるんだ、おい!!!」

 ラウラが悲鳴を上げる。

 露店商は男の肩に手を置き、自分の方を向かせようとした。振り向き様に露店商の胸ぐらを、男が乱暴に掴む。露店商は手を外そうとして、腕を両手で掴んで引っ張るが、相手の力が強いようで服にしわが寄るだけだ。

 掴んだ手で首のすぐ下を叩かれ、露店商は苦しそうに顔を歪めた。


「姉さんよ、こいつと関わってるとロクな目に遭わねえぜ?」

「うぐっ、ふざけんなテメエ、離せよ! このシャロンさんは治療を……」

 必死に抵抗する露店商。三人組はニヤニヤと笑っている。ふざけた連中だわ!

 別の男が商品を手にしようとした。阻止せねば!

「この野郎、よくも商品を台無しにしてくれたわね! ただで済むと思うんじゃないわよ! “地獄の獄卒より優しい”と評判の温厚な私だって、許さないからね!!!」

「よく分からんけど、対比おかしくない?」

「姉さん、それは自治国でからかわれただけですよ……! 誰も姉さんを温厚だなんて思っていません!」

 今にも殴りかかりそうな私を、ラウラが必死で止める。分かってるわよ、武器が必要よね! いそいそと愛用のメイスを用意。


「手と足と頭と、どこがいいか選ばせてやるわ」

 メイスを持ってカウンターテーブルの脇から出る私に、揉めていた四人の視線が集まる。

「皆さん逃げてください! シャロン姉さんのメイスは魔物と戦う為の強度が高いもので、防具がなければ人間の骨なんて砕けますよ!」

 店内なのに、ラウラがわざわざ大声で注意喚起する。

 露店商まで焦ってるわ。さすがに攻撃しないから安心しな。

「シャロンさん、俺たち外に出ますから……」

「お、おう。店の迷惑だからな。続きは外で……」

「今さら遅いっ! 砕け散れえええぇ!!!」

 商品棚に当たらないよう気をつけて、三人のうちの一人を狙い勢いよく振りかぶる。一番若いヤツだ。とっさに青銅の籠手で私のメイスを受けたわ。


「ぐぎゃああぁ!!!!」

 バリンと籠手が砕け、勢いを殺せず腕が顔に当たる。倒れる時に棚にぶつかった。

 テメエ、ぶつからずに倒れなさいよ! 布製品の棚でまだ良かったわ。ガラス製品を壊したら、倍額買い取りだからね!!!

「お、おい……大丈夫かよ」

「痛え、痛えよ……っ、腕が折れたかも知れねえ……!!!」

 大の男が泣きべそをかいている。弱っちい野郎よ。

「次はどっち? 残りは足と頭よ」

 選択肢はだんだん少なくなるわよ。若い男は床でのたうち回り、他の連中は顔色を青くして、うめき続ける男性とは対照的に静かになった。私が一歩進むと、ビクリと肩を震わせる。


「ひい……! ヤバイぞこの女、普通じゃない!!!」

「逃げろっ、カタギの店じゃねえ!」

 誰がカタギじゃないってのよ。二人は床で転がる若い男をそのままに、店の外へ走って逃げた。

「待ってくれ……、痛えよぉ。助けてくれぇ……」

「おい、大丈夫かよ」

 絡まれた露店商が心配してるわ。ラウラも駆けつける。

 私は和解する敵同士の横を抜けて、二人を追った。

「逃がすかあ~……! 悪いはいねが~~~~!!!」

「ぎゃああああ!!!」

 まだ攻撃してないのに、大袈裟な悲鳴ね。勝手に転んで逃げ損ねているわ。とはいえチャンスよ!

 女神様、荒くれ者を私の手に残してくださり、ありがとうございます。必ずや後悔させます。


「悪かった、もうしない……しません!」

「はいはーい、足か頭か選んでねえ」

 尻餅をついたまま、必死に後ろに下がっている。心なしか震えているわね。もう一人は背後に立ち、通行人もこちらを見たり足を止めたりしている。

「頭は死ぬ、勘弁してくれえ……!!」

「女神様のおぼし召しです」

 私のメイスで命を落とすなら、それは女神ブリージダの与えた運命というもの。素直に受け入れてもらうしかない。

「うああぁ……」


「ありゃうちの若いのじゃねえか? おう、こんな往来で何してやがる」

「あ……、オジキ! それは、あの」

 存在感のある、ガッチリした体格の年配の男性が立ち止まった。数人を引き連れている。二人は味方の登場に安堵するわけでもなく、むしろ罰が悪そうにしていた。

 メイスを持った私に取り巻き連中が気づき、視線を鋭くする。

 二人が年配男性を庇うように前へ出て、一人は短刀をすぐ使えるように柄と鞘を持ち、もう一人は短い棒を強く握った。

「こいつらはうちの店を荒らしたのよ。アンタらも仲間なの?」

 さすがに多勢に無勢だ。だからなんでこんな時に、常連吸血鬼がいないのだ……!

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