第58話 薬師組合の調査

 室内にかすかに水の音が届く。外は雨が降っているんだろう。カーテンを開けると、灰色の雲に覆われた空から競うように雫が落ちている。

 雨だと客足が延びないよね……。女神様、私の心の憂いを晴らす黄金を与えてください。黄金こそ癒し。心の泉にのぼる太陽。


 朝食を済ませてお店に移動しても、やっぱり雨が降り続く。道を歩く人影もまばらで、景色に白いしま模様が浮かび上がる。肌寒いから上着でも着ようかと考えていると、武器をたずさえた男性が扉を開けた。

 後ろから来た男女が、開かれた入り口をさも当たり前の顔をして通り抜ける。

「こんにちは、薬師組合の者です」

 挨拶をしたのは三十歳前後の女性。薄い青色の髪を一つにまとめ、真面目な表情で小さく頭を下げた。

「いらっしゃい、何かご用?」

「こちらで薬を扱っていると伺いましたので、確認に参りました。それと、組合の案内を。貴女が製薬しているのですか?」

 女性と会話している間に、帽子を被った中年男性が薬の棚に目を付けた。赤いベストに、薬師組合のマークらしいワッペンが縫い付けられている。


「作るのは森に棲むキツネで、私は売ってるだけよ。組合への加入って必要ないわよね?」

 加入したら会費がかかる。ここは是が非でも回避したい。かいひだけに。

「なるほど、キツネ。必ずしも組合に加入する必要はありません。ただ、薬に問題があると組合へ苦情が寄せられるケースが多いのです。ですから、薬を扱う店舗は把握しておく必要があります」

「そりゃ大変ねえ」

 知らない薬の文句を言われても困るものね。女性はメモを用意して、男性は棚を覗いて薬の種類などを確認していた。扉を開けたのは護衛で、閉めた後も入り口で立っている。


「製薬はキツネが一人……一匹……ええと、キツネだけでしているんですか? 材料などは、どうしているか知っていますか?」

 質問をするのは女性。カウンターテーブルの近くまでやって来た。

「確か、薬草採取専門のキツネと、製薬するキツネと、営業のキツネの三人がいたわね。どれも人に化けられるキツネです」

「なるほど。ではそのキツネに、組合に加入すれば機材や薬草の調達が楽になるし、腕前によっては仕事を回せると伝えてください」

「は~い」

 仕事を与えてもらっては困る。キツネの薬は私の独占販売なのだ。この部分は伝えなくていいか。


「お店に薬について詳しい人や、説明できる人はいますか?」

「私もあんまり詳しくないのよねえ……。キツネの説明書きがあるので、これを参考にしています。あと店員はケットシーだから、薬は詳しくないわ……」

「説明書きを拝見させて頂きますね。店員がケットシーとは、優良店に認定していいですね」

「ダメだぞ~。お前、もふもふで忖度するのやめろ」

 薬を手に取る男性が、こちらを見ずに釘を刺す。

 秘書っぽい女性はもふもふ好きとな。ならばキツネの薬も甘い判断をしてもらえそう! アピールせねば。

「キツネは尻尾がふさふさなんで、製薬は得意です」

「さもありなん」

「だから、ふさふさで納得するのやめろ」


 うん、この女性は話が分かるわね! いちいちあの男性が邪魔をしなければ、話が早いのに。男性は薬を全種類一つずつ手に持った。

「サンプルをもらっていくぞ」

 そう言って、薬を袋に入れようとする。ちょっと待て、支払いがまだよ。

「計算するから、こっちに持ってきて」

「おい、サンプルだ。金を取るのか!?」

「払わなかったら万引きで突き出しますよ」

 なんてヤツ。サンプルといえば無料になるとでも思っているの!? サンプルだろうがヨンプルだろうが、商品には値段がついているのは常識じゃないの。


 男性は仕方なくといった風ではあるが、薬をカウンターテーブルの上に置いた。

 その間も女性は店内を見回し、チェックして用紙に書き込んでいる。

「薬の説明書きは副作用についても書かれていて、問題なし。清潔感よし、薬の見やすさ、分類もしっかりしてる。もふもふポイントは、実際に猫を見ないと……」

「チェック項目を勝手に増やすな」

「狩人組合の特別会員証がありますよ。すごくないですか?」

「それは純粋にすごい」

 ツッコミ専門の男性が乗っかったよ。狩人組合の威力よ。

 女性は用紙をカバンにしまい、これでチェックは終わった。薬の性能を試したらまた来るのかしら。


「品が良ければ、薬師組合の認定証を発行できるから。認定証があれば、薬の信用が上がるよ」

 この男性は、この町の支部長だそうだ。意外と偉い人だった。

「それは楽しみにしています」

 価格にも反映できるのかな。キツネの薬、きっと認定されるよね。

「粗悪品だと、逆に指導がはいるからな」

 ……大丈夫、よね? 

 スラムの先生のお墨付きだし。

 薬師組合の人が帰ると、店内はまた静かになった。雨は小降りになり、空が明るい。もうすぐやみそうね。


 夕方近くになって雨がやんでから、無縁墓地へ向かう。スパンキーが活躍し始める時間よ。バイトに用があるの。墓地の手入れは町がしているものの、現在はあまりキレイとはいえない。草の背が高くなり、雨上がりの雫が靴を濡らす。

「ショーン、バイトのお時間よ~」

『は~い……』

 相変わらずショーンは勢いがない。静かで無害なスパンキーだわ。

 ショーンにキツネへの伝言を頼んだ。薬師組合から勧誘されたけど、加入は自由。サンプルに薬を持っていった。うまくいけば客が増えるわよ!


「お礼、何がいい?」

『フルーツ。甘い香りがするのがいい……』

「了解」

 甘い香りのフルーツね。バナナがいいかな。用が済んだので、墓地を離れる。さっさとフルーツを買うかぁ。

 雨上がりのひんやりとした微風が吹く繁華街には人が行き交い、八百屋や果物屋は雨の影響でいつになく商品が売れ残っていた。こういう時は安くしてもらえるのよ。トマトとサニーレタスを買って、サラダくらい作るかな。

 考えているうちに、先客が買い物をする。

「キャベツとトマトと、お芋もください。あとは……」

 聞き覚えのある声だわね。買いものをしている女性の顔を確認した。

 ……ラウラ。ラウラじゃないのよ。プレパナロス自治国へ帰ったのに、もうここへ来られたの!?


「ラウラ!」

「シャロン姉さん! 姉さんのところへ行く途中だったんです、ちょうど良かった。荷物持ち、してくださいね!」

 うっわ、声をかけるんじゃなかった。ラウラは旅行用のリュックを背負い、あまり大きくない肩掛けカバンをたすき掛けしている。カバンから取り出した買い物袋に商品を入れ、次のお買いものに。果物屋と、肉屋にも寄ったわ。

「どうしたの、ずいぶん早い再会だったわね」

「ドルドヴァー神官から、仕事を言い付けられたんです。そこに女神様のご神託が降りて。シャロン姉さんにも来てもらいますよ」

 笑顔で話すラウラ。まさか仕事とは。お金になるのかなあ、ならなくても女神様のご神託ではやるしかないわ。


「どこへ行くの?」

「乾燥ワカメも欲しいから、魚屋か乾物屋ですね。たいぶ重くなったし、あとは軽いものだけにします」

「そうでなく、仕事の話よ」

 すっかり頭の中が食事の支度になってるわね。ラウラは少し照れたように笑った。

「へへ、ちょっと張り切っちゃってました。お仕事は……」

 お仕事は。溜めるわね。

「筋肉村です」

「筋肉村? あそこはもう、かまわないんじゃないの?」

 意外な名称がラウラの口から発表された。


 筋肉村は吸血鬼が治める、人と吸血鬼が共存する村。小さな独立国みたいなもので、どの国にも属さず、どの国の人間でも受け入れる。

 ただし独自のルールを守れれば、だ。

 危険はなく、集まった人も洗脳や連れ去られた訳ではなく、完全に自分の自由意思なのよ。自治国では基本的に関わらないと決定されていたのに、事情が変わったのかしら。

 ラウラが仕事の説明をする。

「あちらから治療の依頼が入りました。人間が怪我をして、それも複数みたいです。どこかと揉めているらしいですよ」

「珍しいわね。今じゃ、あそこにちょっかいをかける国もないのに」


 発足当初は危険視されたり、筋肉村から帰らない人を取り戻すんだと躍起になる家族や団体もあった。しかし“自給自足と筋トレで穏やかに暮らしている”と認められてからは、むしろそっとしておこう、という風潮になったはず。

 ……はっ! これはもしや、お金の匂い!?

 女神ブリージダに私の祈りが届いたのかも! よーし、出稼ぎよ!

 今晩はラウラの作ったご飯が食べられるし、テンション上がるわね!

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