第57話 職人キツネ
「ありがとうございましたー!」
スラムに依頼した商品が売れた。この調子なら、仕入れを増やしてもいいかも。猫人形も猫好きがすぐに買ってくれた。イケるぜ猫グッズ。
「元気そうね」
緩くウェーブした腰まである黒髪、黒い瞳、ワインレッドのスッキリしたデザインのドレス。占い師の吸血鬼、ヴェラ・アルバーンだわ。
「らっしゃーい! 好きなだけ買ってくださいね~」
「ねえ、ドワーフが作ったナイフがあるんですって? 売ってちょうだいよ」
「ありますよ~。最後の一本、銀貨三枚です!」
一本だけしか仕入れていないので、最後の一本で間違いない。最初の一本も兼ねている、レアな品物だ。
客が簡単に手に取れないよう、カウンターテーブルの奥にしまっておいたナイフを取り出す。ヴェラは銀貨を置いてナイフを受け取り、鞘から引き抜いた。くもりのない銀色の刃に、彼女の顔が映る。
「さすが芸術品ね」
「そのナイフを使って、強盗とか国家転覆とかしないでくださいね」
念のために注意すると、笑みを浮かべていたヴェラの口元が引きつる。
「しないわよ! ビジャといい、国滅ぼしをネタ扱いするんじゃないわ!」
「いえいえ、私はネタじゃなく本気で心配してるのよ。うちの商品を犯罪に使われると困るから」
「全く……」
諦めたようにため息をつく。ヴェラはナイフを手に、扉へ向かった。
「ありがとうございましたー!」
ドアノブに手をかけてから、こちらを振り返る。
「……そうだ。近々、アンタと仲のいい人が尋ねてくるわよ。誘われたら断わらない方がいいわ」
「占い? 私は占いにくいんじゃないの?」
「なんかハッキリと流れてきたわ。女神様関係じゃない?」
流れてくるって、どんな感じかしら。映像なのか、言葉が降ってくるのか。預言者みたいだなあ。
預言者といえば、七聖人筆頭の不惑のヨアキムは元気に女神様至上主義してるかな。アイツは女神様大好きすぎて、ヤバイ頭をしている。
「あ~……、変なヤツが来ないといいなあ」
「アンタより変なのはいないから、安心しなよ」
「私はそんなに変じゃ……」
反論する暇もなく、扉が閉められた。
真面目にお店番をしている偉いシャロンちゃんに向かって、アンタより変なヤツはいないとは何事。予定より高い値段を言って正解だったわ。
店内は静かになり、なんだか眠気が。通りから聞こえる雑音が耳に心地よく、ウトウトしそう。
ちょっと寝ちゃうかと思っていたら、バタンと元気よく扉が開けられた。
「ねーちゃーん! 持ってきたよ!」
「買い取ってくれるんだよね」
緑の髪のスラムの兄妹だわ。今日は商品を持ってきたのね。
二人は店内を小走りで進み、お客用のテーブルに商品をザラッと置いた。私が依頼した、アクセサリーだわ。
「近所のおばちゃんとかが作ったヤツ!」
「怖い感じのお兄ちゃんが、使い古した道具とか半端な金具とか、色々分けてくれたの」
スラムの先生のところで治療した、露店商だ。治療費が払えない代わりに、スラムの住人に商品を作らせているから、その手伝いをするって話になったのよね。ちゃんとやっているようね。
組紐のブレスレットや、カラフルなビーズのブレスレット。革紐ネックレスには水晶が輝く。ビーズのリングもいくつかコロコロしている。なかなか可愛いな。
素朴だけど、丁寧な仕事をしているしセンスはいいわね!
「リングなら材料費も安いし、作りやすいって言ってた」
「あー、小さいから少ない材料で作れるワケね」
「色とか、どんなのがいいか聞いてきてって頼まれたの」
色かぁ。人気な色とかあるんだろうか。全然分からん。
「何が売れるか分からないから、色々作ってみてくれる? 客の反応を見てからね」
「りょうかーい!」
男の子に今回のお金を渡すが、女の子がまだ手を出している。
「この手は何よ?」
「おだちん、ちょうだい! お使いしたもの」
しっかりしてるわね。私は銅貨を二枚、手のひらに載せた。
「はいはい、これでいいでしょ」
「少ないけど、お姉ちゃんも貧乏だから仕方ないわね」
女の子は兄に一枚渡し、自分の分を布の小さな袋にしまった。口の減らない子供め。
二人はじゃあね、と元気に店を出た。
駄賃を払うくらいなら、スラムまで取りに行ったのに。損をしたわ。
ビーズのリングは、小さいかごにまとめて入れよう。どれでも銅貨……いや、青銅貨一枚で。他はとりあえず、布の上に並べればいいか。
「ここッスよ~」
商品を並べていたら、狩人組合の若い男性が誰かを連れてきた。二十代の背が高い男性で、青い髪をしている。
「サンキュー。ここがリコリスが言ってた、“元聖女のお金大好きシャロン”の店なんだ」
「……リコリスの友達? さてはアンタもキツネね? 悪さをしたら承知しないわよ」
「俺はキツネだけどさぁ、アイツと一緒にしないでよ。彫金師の組合に入ってる、職人キツネだぜ」
彫金師! 稼げる職業じゃないの! あのイタズラギツネとは品格が違うと思ったわ。立派なキツネね!
「そうでしたか、いらっしゃい! いくらでも買ってねえ、商品買い放題よ」
「シャロンさん、手のひら返すの早いッスね~」
狩人組合の男性が笑っている。あいつは買いものしないから、客じゃない。
「アンタは用が済んだでしょ、しっし。早く帰りな」
「へーい、じゃあねキツネ君!」
「またな~」
やたら仲が良さそうね。狩人とキツネ、おかしな組み合わせだけど、客を紹介してくれるのなら問題ない。キツネはつかつかとカウンターテーブルまで歩いてきた。
「今ちょっとヒマでさ、仕事ない?」
「うちに来るなや」
斡旋所と間違えてるんじゃないの? うちは売る店だわよ。
「客から要望受けてるんでしょ、何かあったら安くやってやるよ」
「そうは言っても……、あ! ネームプレート、作れない!?」
ちょうどいい依頼があったじゃない。後天性狼男、ライカンスロープのネームプレート!
「ん~、素材にもよるけど銀貨一枚かな」
「高すぎっ! 相手は貧乏人よ、最安値にしてちょうだい!」
たかがネームプレートに出す値段じゃないわよ、ビックリした。
これで普通なのかしら、相手はそっかーという軽い態度だわ。
「木製でいいなら、銅貨八枚でどう?」
「木でしょ? 銅貨二枚くらいにならないの?」
「えげつない値切り方するなぁ! 木でも、何も入れない状態でその値段だよ!」
キツネは大きく首を横に振った。しかし銅貨八枚は高い。
値切って値切って、銅貨五枚で請け負ってくれた。ただし精密な彫刻はナシで。
「終わったら届けてね、よろしくー!」
「へーいへい。聞いてた以上にとんでもないや……」
頑張って値切ったんで、相手は疲れた様子。キツネ姿になって、椅子にどっかりと座った。まあせっかくだし、出がらしのお茶でも淹れてあげましょう。茶葉なら一杯分で、三回は淹れられる。それ以上はさすがに美味しくない。
「彫金師って、木も彫るのねえ」
「いやー、俺は木の方が得意だけど、彫金も楽しくてさ。彫金の方が金になるから、メインでやってる」
「なるほど」
お茶を飲むキツネに、尻尾が四本あるわね。リコリスは三本だから、このキツネの方が格が上なのだ。最大は九本。
「森に棲んでるの?」
「町だよ。職人通りに棲んでるぜ」
本当に町に馴染んでいるわね。貴方の隣の住人はキツネかも知れない。きひひ。
会話をしていると、お客が入ってきたわ!
「いらっしゃーい」
「またキツネか」
常連吸血鬼のシメオンだ。キツネがギョッとして座ったままで小さく跳ね、尻尾をぼわぼわにした。
「え、なに、こんなヤバイ吸血鬼が来る店?」
「安心して、常連のシメオンさんよ。ああ見えてお人好しだから、怖くないわよ」
小声で教える。恐れて来なくなっても困る。
「……何をこそこそしている」
「さっきヴェラさんが来たわよ。一緒に来ればいいのに」
さりげなくサッと話題をユーターンさせる。素晴らしき私の話術。
シメオンは疑うような視線を向けてから、新商品を眺めた。
「ヴェラは基本的に日中は出歩かない。君の店にドワーフが作ったナイフがある、と教えたら、興味を持っていたな」
シメオンが勧めてくれたんだ! お高い品が売れると嬉しい。
「さっき買ってくれたわ! その調子でどんどん勧めて。新しくビーズリングとか、布製品とか色々あるからね~。今ならお得な二割増し!」
「二割引じゃないのか?」
「割り増しで私がお得です」
金持ちに割り引きする意味がない。あるものは払え、それが助け合いの精神というもの。
キツネはシメオンを恐る恐る眺めていたが、害がないと判断したのか、向き直ってお茶の残りを飲み干した。
「明日から出掛けるから、挨拶に来ただけだ」
シメオンは結局、何も買わずに出て行ってしまった。しばらくいないなら、その分買ってくれてもいいのにな。五割増しで払ってくれても私が喜ぶのに。
キツネもお茶を飲んで少しゆっくりしてから、何も買わずに出て行ってしまったわ。買いなさいよ!
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