第56話 さすらいのケットシー紳士、登場
スラムの炊き出しは今日も盛況。たくさん並んでるわ。
もらえるのは具の少ないシチューとパンだが、無料はとても美味しくなるスパイスなのだ。
「……なんで君までスラムの炊き出しで食べているの?」
おや、赤紫の髪の悪魔、小悪魔派遣・紹介カンパニーの代表ロノウェだ。ポニーテールの小悪魔ジャナも一緒で、彼女は両手に荷物を持っている。
「ロノウェさん、女の子のジャナちゃんに荷物持ちをさせているんですか?」
「当然でしょ、あたいは小悪魔だよ。貴族の下働きは競争率の高いお仕事だよ」
「へー、下働きが人気なの。で、二人も炊き出しをもらいに?」
カンパニーの支部を作るために小悪魔仲間を連れてくるという話だったが、まさかこぞって炊き出しに並ぶつもりでは。あまり増えたら私の取り分が減るかも知れないから、遠慮して欲しいわ。
「君じゃあるまいし。町を見て回っているんだよ、スラムの治安も知りたかったから。わりと悪くないね」
「ああ、スラムの廃屋を使うのね」
さすが悪魔、頭がいいなあ。それなら無料では。
ロノウェはちょっと呆れた眼差しで私を映す。
「そんなわけないでしょう……。私は自分が住む家だけはちゃんとしたいし、そんな場所に事務所を建てて誰が仕事の依頼に来るの」
「ふーむふーむ、確かに立地は大事みたいよねえ」
喋りながらもシチューを口に運ぶ。暖かいうちに召し上がるべきなのだ。
「ロノウェ様もお金大好きだけど、シャロンには負けるね。あはは!」
ジャナが声を立てて笑った。
「私の強欲は伊達じゃないってコトよ」
「……褒め言葉じゃないからね?」
釘を刺すように、低い声でロノウェが呟く。いいじゃないの、勝ってるんだから。
ジャナは明日、ゲルズ帝国へ出発する。そして一緒に働く小悪魔仲間を連れてくるのだ。この町も、彼女たちが住むケットシーの王国も、賑やかになるわね。
会話が途切れたところで、炊き出しを配り終えたいつもの年配のお姉さんが、私の側に来て顔を近づけた。
「ねえ、アンタしばらく留守にしてたでしょ。この前ね、夕方の炊き出しが終わって薄暗くなってから、店の前を通ったの。なかなか会わないから、まだ帰ってないのかしらと思ってなんとなくお店の方を見たらね、カーテンの隙間を小さな光がスーッて通ったのよ。あの家、幽霊屋敷なんですって? 大丈夫なの?」
炊き出しの方でも私を待っていたなんて。
みんなに愛されるシャロンちゃん、さすが元聖女で現七聖人。可愛い子には飯を食わせろって言うわね。ちょっと違う気もするが、気にするほどの違いではない。
「大丈夫ですよ、私は元聖女ですから。お金を持たない幽霊なんて相手にしないんです。それに光ったのはスパンキーだと思うわ、勝手に光ってるだけだから問題ないんですよ」
バイトのショーンが尋ねてきたのかな。お仕事が欲しいのかしら、今度また何か頼もうっと。
「いやいやいや、勝手に光るスパンキーって、普通に怖いわ!!!」
女性は変な表情をして去っていった。ショーンは無害なスパンキーなのにな。
「……もしかして、スパンキーも雇ってるの?」
「そうですよ。無縁墓地でバイト募集してね」
「バイト募集する場所じゃないでしょう! ダメだ、君と会話をしていると常識が破壊される」
ロノウェは片手で顔を覆った。悪魔の常識って。
「つまり非凡な才能なのよね!」
ふっ、悪魔にも分かってしまうのね。私の素晴らしい実力が。
次の日。ぼんやり店番をしていると、十歳くらいで、明るい茶色の髪の女の子が入ってきた。くせっ毛がくるくるしている。
「こんにちは、久しぶりね」
久しぶり? 記憶にないわね、誰かしら。
……人間じゃないような。こんなキツネの知り合い、いたかな。
「えーと、誰?」
「いやあねえ、私よ私!」
女の子がぼわっと茶色い猫に姿を変える。尻尾が分かれているわ、ネコマタね! 猫パーティーに紛れ込んでた子だわ。
「あらいらっしゃい! 今日はどうしたの?」
「ちょっとね、素敵な方を連れてきたわ」
「金持ち!??」
あらあら、これは丁重におもてなししなければ。で、その素敵な方はどこなのかしら? 彼女の後ろには、ベストを着て小さなリュックを背負った黒猫しかいない。悪い予感。
黒猫はカウボーイハットを脱いで胸の前に抱え、軽く頭を下げた。
「はじめまして。ボクはさすらいのケットシー紳士、アーク。いくつもの世界を渡り、王国を巡っているのさ」
「私はシャロンです。で、買いものするの、しないの?」
「ノンノン、麗しのレディー。焦ってはいけないよ、ボクはまだここに来たばかりなんだ」
なんだこの猫。
ところで私、以前シメオンに“朝露のバラの君とか、麗しのレディーと呼んでいい”と、言った気がする。猫と……同じ発想だったとは……!!!
「やっぱりケットシー紳士様は、ケットシーでもひとあじ違うね! 立派だわぁ。彼は今ね、この町のケットシーの王国を探しているの。貴女なら知ってるかなと思って。案内してあげてくれない?」
ネコマタさん大絶賛。ケットシーの王国の場所なら知っていますが。
「案内するのはいいけど、ところでさ、ケットシー紳士って何?」
「ケットシー紳士とは、立派なあいさつができて魚を上手に獲れる、優雅で紳士なケットシーに王様から贈られる称号だよ」
「ほー、そんな称号が」
知らんがな。いらんがな。とにかく、このケットシー紳士アークを王国へ連れて行けばいいわけね。
面倒だわ。しかしネコマタは客を紹介してくれたし、また紹介してくれるかも知れない。むげにはできないわね。
お昼ご飯を買いに行くついでに、王国へ案内するか。
二股の尻尾を持つ猫と、二本足で立つカウボーイハットの黒猫を連れて歩く私を、道行く人が振り返る。
「賑やかで、お店がたくさんあるね」
「賑わってますよね。キツネとかケットシーとか吸血鬼とか、色々なのも昼間っから歩いてるんですよ。とても住みやすい町です!」
ネコマタはにこにこと笑って、アークと会話をしている。憧れの猫に会った、という印象だ。紳士ねえ。猫の価値観は分からん。
王国がある路地裏に着くと、アークはぴょこんと前に出た。
「おお、ここが新たな王国! 門よ開けゴマ、いざ行かん!」
扉を開けゴマし、アークが王国へと入った。ネコマタは行かない。
「じゃ、私はここで。またねー」
「またね。……私は一応顔を出しとくか」
私も王国へ飛び込んだ。
「はじめまして。ボクはアーク、ケットシー紳士さ! しばらく滞在させてもらいたい、この王国の代表はどなただい?」
「きゃー、ケットシー紳士様よ!」
「すげえ、うちの王国にも紳士様がいらした!」
「ケットシー紳士様? 初めて見た~!」
ケットシーたちが喜んで盛り上がり、ノラもどこからか拍手しながら出てきた。やはり肉球が当たる、気の抜けた音しかしない。
アークの周囲には、人だかりならぬ猫だかりができた。猫が口々に質問をしたり話し掛けたりするものだから、アークは答えきれない。
「みんな、落ち着いて。ボクはしばらく滞在する予定だから、たくさんお喋りできるよ。まずは王国へ案内してくれたレディに、お礼をしないと」
「さすがケットシー紳士様!!!」
満場のペタペタ拍手。猫たちが尻尾を振っている。
「助かったよ。ではレディ、煮干しを三本あげよう」
「煮干し」
猫のお礼なんて期待してなかったとはいえ、煮干しかぁ……。
残念に思いつつ受け取ると、アークが不思議そうに首をかしげた。
「煮干しは嬉しくない?」
途端に猫がざわつく。
「え……煮干しだよ?」
「あの人間、ケットシー紳士様からの煮干しが嬉しくないって……」
「人間とは、相容れない種族だ」
ケットシーの価値観、どうなっている。煮干しがダイヤモンドでできている、とでもいうのか。
「じゃあ、このピカピカのコインはどう?」
「銀貨かかかぁああぁあ!!! 頂きます、ありがとうアナタ常連!」
まさかの銀貨が登場!
嬉しい不意打ちだわ。よく見たらベストはカッコいいし、つやつやの毛並みにカウボーイハットが似合ってる。さすがケットシー紳士様!
「これはボクが、ペガサス通訳として稼いだお金なんだ」
「ペガサス通訳?」
「ペガサスと会話できるからね。これが認定証」
なになに、ロークトランド中立国、ペガサス通訳認定証、第一号、ケットシー紳士アーク。公布日も書かれている。本格的だわ。
「ほひゃ~、立派ねえ」
「ありがとうレディ。君もペガサスと交渉したかったら、ボクに任せて」
「そんな日はこないと思うけど、覚えとくわ」
おかしな資格があるものね。稼げるみたいだから、やはり常連になれる器だわ! うーんケットシー紳士、
「ほぅほほぅ、ケットシー紳士様がいらしたとか」
ホセ子爵が無駄にステッキを持ってやって来た。かっこつけだろうか。
アークはしばらく王国に滞在し、周辺を観光するそうだ。
私は昼食を買って、お店に戻った。お客は来なかったが、銀貨が稼げたし良かったなあ。
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