第55話 迷惑客と食人種

 せしめた銀貨一枚と青銅貨三枚をしまって、ライカンスロープの患者の相談を開始。狼には相変わらず意思と関係なく変身してしまい、会話ができなくなるようだ。ただし、こちらの言葉は理解している。ふむ。

「つまり、変身を制御するか、変身後も言葉が通じればいいんだな」

「だからソレが難しいって言ってんのよ。やれるんなら最初からそうするわ」

「君のことだから、金額で渋っているのかと思った」

 なんてことを。まるで私が、わざと治さないような。お金さえ払ってくれれば、金額に見合う治療はちゃんとするわよ。


「確実な治療法はないのよ。これは自治国へ行っても同じだからね」

 エルナンドはそうか、としばらく考え込んだ。

 下手の考え休むに似たり。あまり期待しないで、対策が思いつくのを待ってみる。

「……話せるようにならなくても、飼い狼だと思ってもらえれば、今回みたいな騒動にはならないだろう。首輪かネームプレートをつけるのは、イヤか?」

「首輪はちょっと……、ネームプレートなら」

 確かにそれなら、人の姿の時に首から提げてても、ちょっとダサいアクセサリーっぽいわね。アホ聖騎士のわりにマトモな意見だわ。患者の男性も、前向きに検討しているようだ。

 しかし彼はずっと困っていて、そんな対策すら思いつかなかったんだろうか。アホ聖騎士以上のトンマだった。


「ではネームプレートが完成したらお知らせするね! そういや、どこに住んでんの? スラムの先生の紹介で来たんだから、先生に伝えたらいい?」

 私がそういうと、二人は不思議そうな表情でこちらに顔を向けた。

「あの~……、別にネームプレートは注文していませんが……」

「そもそもどこに製作を依頼するんだ? 君にそんな伝手つてがあるのか? あれば商品棚がもっと埋まっているんじゃないか?」

 Ohオゥ。お店で相談して、注文もしないつもりだったの。もはや理解不能。商品棚はこれから埋めるべく奔走ほんそう中よ。

「まー何とかするわ。アンタもまだ支払っていない銀貨を耳を揃えて払えるよう、ちゃんと働きなさい」

「銀貨なんて、なかなか稼げないんですよ……」

 消え入りそうな声だわ、弱気だわね。やる気よやる気、気合いがあれば……どうにもならんかも知れん。

 銀貨を稼げるのは私のように才能のある人間、そして金貨を稼げるのは元からの貴族や金持ちか、犯罪者だけ。そう決まっているのだ。(注:シャロンの偏見です)


「……時間があれば、俺の仕事を手伝うか? 報酬は払う」

 猫好き聖騎士エルナンドが突然の勧誘を。私はお店もあるからねぇ。

「えー、報酬次第よ~?」

「君じゃない、この男性だ!!!」

 なんだ、そっちか。店でそんな相談をされても邪魔なので、追い出した。せいぜい私に払うために、稼いでくれたまえ。

 シャロンちゃんの雑貨屋は営業中です、千客万来、万客億来! 単位が大きい方がいいに決まっている。やってこいこい無量大数。


 祈りが通じたのか、男性客がやってきた。店内をぶらぶらウロつき、退屈そうに商品を眺める。なんか感じ悪いわね。

「ここ幽霊屋敷だったんだろ? 出るんじゃねえの?」

「幽霊なんて出たって出なくたって、客じゃないから関係ないわ」

 男性は木彫りを手に持ったものの、ろくに見もせず、すぐに置いた。冷やかしかよ。

「客も何も、たいしたモンがねえじゃん」

「そりゃ目が悪いのよ」

 いいものいっぱい、楽しいお店。これがシャロンちゃんの雑貨屋です。いや、まだいっぱいはないけれど。


「目が悪いだと!? おいさっきからなんだよ、その態度は。俺はお客様だぞ!!!」

「こっちは店長様よ!!! この店で一番偉いのは私に決まってるでしょ!」

 相手が客だからって暴言を吐かれる覚えはないってのに、そもそも客でもないわ。買ってないじゃない!

「テメエ、舐めた口きくんじゃねえ!!!」

「この店の法律は、店長様である私なのよ! 私のやることに文句を言われる筋合いはないわ。素っ頓狂のトーヘンボク!!!」

 男性は顔を真っ赤にして怒り、ズカズカと威嚇するように歩いてくる。私は奥に立てかけておいた、愛用のメイスを手にした。


「……私のお気に入りのお店で、騒動は困りますね」

 男性の足が止まる。後ろに立った誰かが首根っこを押さえて、捕まえたのだ。

「なんだ、この女っ……」

 長い茶色い髪の、背の高い女性。食人種カンニバルのブルネッタだわ。何故か珍しい食材を欲しがり、お店の品を買うわけではないので、常連というほどではない。ギリ客。

「ブルネッタ、ソイツを外へ放り投げてちょうだい! おバカ様のお帰りよ」

「了解でーす」

 さすが食人種、成人男性を引き摺って扉の外まで出ると、本当に通りへ放り投げた。男性の体が軽く宙を舞い、ドスンと地面に落ちて転がる。

「うぎゃ、いてえっ!!!」


「サンキュー! でもここは雑貨屋で、果物屋でも八百屋でもないからね」

「今日は木こりのじいさんの用で来ました。じいさん、熱を出しちゃったんです。熱を下げる薬をください」

 薬を買いに来たの。やったね、キツネの薬が売れる!

「おい、無視すんなよ……」

 迷惑客は腰をさすりながら立ち上がり、ブルネッタに近づこうとした。

 ブルネッタはゆっくりと振り向く。

「……もう話なんてありません。うるさくするなら食うぞ、お前……」

 ギロリと睨みつけると、迷惑客は顔を青くして後ずさりした。菜食主義ベジタリアンだといっても、食人種カンニバルなのだ。捕食者の顔を見せれば、威勢がいいだけのおバカ様など恐れて震えるだろう。

 檻の中にいる猛獣に足がすくむようなものだ。安全な環境にあっても、拭えない恐怖心が奥底に存在する。

「ひいいぃ……!」

 ついに悲鳴をあげながら逃げていった。我らの勝ちじゃ。


 さ、薬を売らないとね。私はカウンターテーブルから、薬の棚の前に移動した。まずは熱冷まし、と。

「他の症状は~? お腹が痛いとか下してるとか、頭が悪いとか」

「あ~頭はあまり良くないですね。効く薬、あります?」

「頭の薬は読書よ。本があるわ」

 しかし追加は腹痛の薬だけで、本はダメだった。残念。

 ブルネッタは支払いを済ませると、ホッとした表情で薬をカバンにしまった。

「これで治りますね、良かった。まだじいさんがいないと、私一人では木を上手く倒せないんです。他の木の枝にぶつからないよう、位置を調整して倒すのが難しくて」

「木って、切ればいいだけじゃないんだ」

「そうなんですよー」

 なるほど、色々あるのね。食人種の木こりってなんか面白いな。ブルネッタは師匠であるじいさんと出会った時の話などを教えてくれた。


 森で食べられる山菜を採っていたら、泉の反対側で木を切っているじいさんがいた。面白そうだから、やらせてもらったのが始まり。給料ももらえるので、お金を稼いで自分の食べたいものを買えるようになった。

 それがまた、楽しいのだとか。自給自足に限界を感じていたので、自分もきこりを仕事にしようと、決意した。終わり。


「そうだ、いらない木材があったらちょうだいよ。スプーンとか小物をつくるから、本当に小さい欠片でいいのよ」

「わっかりました。そのくらいなら、大丈夫だと思います」

 やったね。何かもらえたらいいなあ。

「期待してるわ、頼んだわよ~」

「じいさんも生前、使えない枝がもったいないって言ってましたから」

 そうそう、もったいないから困っている善良なシャロンちゃんにあげた方が……、ん? 生前? 今、そのじいさんの薬を買ったわよね?


「ちょっと待って、死んでんの? 薬じゃ生き返らないわよ」

「違った、以前です。“せ”が多かったですね」

「一文字増えただけなのに、やたら悪意を感じる言い間違いね」

 ブルネッタの場合、とぼけてるのかどうなのか判断しにくいわ。ぽやんぽやんした食人種だと思ってたけど、すごんだら怖いのは分かった。

 他に卵など滋養のつく食べものを買って帰るそうだ。


 これが本日最後のお客でした。

 さ、早めに閉めてお皿を持って。スラムの炊き出しに並ばねば。今日はシチュー、タダメシ最高らんらら~ん。

 

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