第54話 狼さんがやってきた
お店で考えごとをしていると、扉が開いた。聖騎士エルナンドだ。
「な~んだ、アンタか。何か用?」
「随分なご挨拶だな。……猫店員は、いないのか?」
エルナンドは店内に足を踏み入れると、落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回した。不審者か。
「残念でした、昨日来たばかりよ」
相変わらず、間の悪い男である。あからさまにガッカリしている。
「また来る……」
「来なくていいわよ。アンタみたいな客未満ばっかりじゃ、お店が潰れちゃうわ。店に来たければ、商品を買いなさいよ」
「仕事中に寄っただけだし、特に必要なものもない」
「必要がなくても、お金があれば買えるでしょ」
買いものはフィーリングよ。要らなければ、買ってから用途を探せばいいと思う。どうせなら、お金を使い切るまで買いものしてしまう、聖騎士団長さんを連れてきてくれないかしら。
「そういやアンタ、隣町に
「……この町は強い吸血鬼が二人滞在し、夜はデュラハン、昼はキツネが町を歩いているんだぞ。どう考えても警戒すべきはこっちだろう」
「あ~、それで」
危険度を
「怪しげな元聖女も店を構えているしな」
「こんな可憐なシャロンちゃんの、どこが怪しいのよ! 塩を買ってきなさいよ、撒いてやるわ!」
塩もただじゃないからね、ウチの塩は使わない。
私が怒っているのに、エルナンドは涼しい表情で出ていったわ。とんでもない聖騎士め。癒しの女神ブリージダよ、猫好き聖騎士が猫に身ぐるみを剥がされて、私の利益になりますように。
客も来ないし、営業に行こう。私はリコリスが持ってきた薬をカバンに入れて、スラムへ足を向けた。スラムの先生なら買ってくれるだろう。
スラムは相変わらず修理されないボロい建物が並び、道もあまりキレイではなく、それでも掃き溜めでたくましく生きる人々の生活があった。まあ、今日は殴り合いのケンカをしている中年男性がいるわね。活気があってよろしい。
「こんにちはー、押し売りです。買って~」
スラムの先生の診療所は休憩中になっていた。患者がいないから売り込みが
しやすいわね。
ケットシー店員のノラの真似をして、買ってとお願いしてみる。ノラが言うと買ってもらえる率が高い。
「ついに押し売りを始めたか」
診療室の奥から、先生があくびをしながら姿を現した。茶色いくせっ毛が踊っている。寝ていたのかも。
「買うまで帰らない覚悟で来てるわよ」
「おかしな覚悟はするな。キツネの薬は効果があるから、購入の意思はあるが」
今日は皮膚の荒れを治す薬があるわ。スラムの住民は栄養状態や衛生環境が悪いせいか、肌トラブルも多い。喜んで購入してくれた。
「新しい商品は、やってきました?」
「そうだ、待ってろ。色々あるぞ」
先生は奥から箱を持ってきた。新商品だ!
診療に使う硬いベッドに箱を置き、商品を取り出す。
ショール、布カバン、毛糸のマフラーや手袋。仕上がりもいいし、売るのに最適!
「いいねいいね!」
「これも」
次に先生が取り出したのは、紙粘土の小さな人形だった。薄い茶色や灰色の猫が三匹、キツネも三匹。愛嬌のある可愛い顔をしている。
「色が地味だけど、悪くないわ」
「茶色と黒の絵の具しか用意できなかった。売れたら色や形のバリエーションを増やさせる」
なるほど。しかし紙粘土人形だもの、そんなに値段はつけられないだろう。色はあまり増やす必要はないわね。
「じゃあ売れたらまたヨロシク!」
「猫人形は売れるんじゃないか、ケットシー店員目当ての猫好き客に」
うおー、なるほど! 言われてみれば、確かに。
猫商品を増やすのもありかも!
仕入れと薬の販売、両方成功。新たな儲け口が見つかりそうだし、意気揚々と帰った。 店に戻り、あとは夕方まで店番だ。人形は棚に置き、布製品も丁寧に折りたたんでで並べる。可愛いプライスカードを作らねば。
値札作りをしていたら、パカパカという
よし、馬ではなくケンタウロスね! お客様の到来よ!
扉を開けたのは、以前本が欲しいと言っていた若いケンタウロスだ。
「ヘイらっしゃい! 本、仕入れてあるわよ!」
「ありがたい。この棚か」
「新刊と古本があるわ」
布カバンを見やすいように陳列し直しながら答えると、ケンタウロスは早速本の物色を始めた。そして三冊、選んで買ってくれた。
「古本でもなんでも、面白そうなら構わない。それとショールを一枚くれ、妻への贈りものにしたい」
「ありがとうございまーす! こちら贈りものに最適ですよ~」
わあい売れた。陳列は終わっていないが、気が変わる前にお会計しないと。
ケンタウロスは支払いを済ませ、上機嫌で店を後にした。見送って、棚に人形を並べる。こうして改めて見たら、なかなか可愛いわね。とはいえ紙粘土、1つにつき銅貨三枚くらいで売るかな。
真面目に仕事をしていると、外がやたら騒がしくなった。あっちだ、とか叫んでいる声や女性の悲鳴が聞こえるわ。
気になって扉を空け、顔を覗かせた。
道に人がいて、端によけたり何かを指さしたりしている。みんなが注目しているのは、私の家の方のような。
不思議に思っていると、灰色の犬みたいな動物が、私を目がけて走ってくる。ちょっと、お店に入っちゃうじゃない! さすが4本足、走るのが早い。気がついた時にはもうすぐ近くにいた。
「きゃあ、あのお店に入っちゃうわ!」
「店員さん逃げて!」
「幽霊屋敷じゃんか、やっぱり呪われてるんだ……」
最後のヤツ、風評被害を広めるんじゃないわよ!
扉を閉めようとしたけど、間に合わない。足元をすり抜け、店に入り込むところを蹴り上げる。
「うおりゃあ!」
「ギャンッ!!!」
ヒット! やりましたシャロンちゃん、腹を蹴ったよ! しかしこれで終わりではないはず、油断大敵よ。
走ってきた勢いもあるので軽く飛ばされ、棚にぶつかる。しかしすぐに立ち上がった。
狼だわ。それで騒ぎになってたんだ。
「ギャンギャン!」
何かを訴えかけるように、私の顔を見て吠える。
「兵隊さん、こっちです! あのお店に入りました!」
兵も追いかけていたようで、誰かが誘導している。狼は外の様子を気にしながら、私に向かってさらにキャンキャン吠えた。
何かを伝えようとしているような……?
「私のご飯になりにきた……とか?」
狼は体を震わせ、慌てて何度も首を横に振る。
「じゃあ……客?」
まさかね。私が呟くと、狼は繰り返し大きく頷く。これは言葉を理解しているんじゃ。
もしかして……ライカンスロープの患者?
「後天性狼男!」
「ウオーン!」
正解! というように、天井に向かって吠えた。
客だ客だ、これは緊急時割増料金が適用される客だわ! 常連さんを退治されるわけにはいかない。
外では包囲網ができあがり、兵隊が群衆をすり抜けて集まっている。
「すみませーん、お客の狼でした。人に慣れているので、安全ですよ」
「客の……? 飼い主はどこに?」
聞き返してきたのは、兵隊の隊長とかかな?
言い回しを間違えた、勘違いされてしまった。問題はないが、いない飼い主を出せと言われて困る。
「何事だ?」
「聖騎士様!」
猫好き聖騎士、エルナンド登場。兵隊より位が上らしい、隊長っぽい人が敬礼している。
ちょうどいいや。アホだけど地位があるヤツなんて、慣れれば扱いやすいモンよ。常連客が間違って退治されないよう、これからの為にも説明しておこう。この狼は善良で気の弱い奇病患者だって。
「エルナンドさん、ちょっとお話があるんで中へ。外の人たちは解散させてちょうだい」
私は扉を細くして、エルナンドを手招きした。エルナンドは隊長と言葉を交わして、こちらへ来る。すると兵は群衆に解決したと宣言し、散るように指示をしていた。
「元聖女シャロン、狼はどうしている? 君が飼い主か?」
「違うわよ、そもそも狼じゃなくて奇病患者。まあ見ていてちょうだい」
扉を閉め、窓のカーテンも閉めた。店内が薄暗くなる。
エルナンドは店の通路でしょんぼりうずくまる狼に目をとめると、じっと眺めている。口許がわずかに笑ってるから、狼も可愛いとか思ってそう。猫でもイタチでも狼でもいいのか、この猫好きは。
狼の方は退治されないか怯えているわよ。放っておいて、治療の祈祷を始める。カウンターテーブルの引き出しにいれてある、大きいロウソクに火をつけた。儀式っぽくて好き。
「女神ブリージダよ、
三回くらい繰り返しても、変化が起こらない。狼がほんのり光っている気もするが、それだけだ。エルナンドは言葉を発せず、黙って眺めていた。大人しくできるんだ、コイツ。
何かが足りない感じ。
やっぱり自治国より女神様の加護が届かないんだろうか。もう一度祈祷をする前に、愛用のメイスを用意した。
「ギャン!?」
狼は分かりやすく怯える。ぶたねえよ、汚れるでしょ。
「親愛なる女神ブリージダ、慈悲深き癒しの乙女よ。
念入りに祈祷をして、メイスの柄の底で床を打った。すると床から光りが発して狼に届き、店内を明るく照らす。カウンターテーブルに立てたロウソクも、呼応するように炎を倍の大きさに膨れさせ、揺らして奇跡の到来を告げる。
狼はついに人の姿に戻った。大成功だわ。
エルナンドは驚きつつも、ちょっと残念そうにした。もふもふ好きだな。
「はい、こういうわけです。狼姿でも意思の疎通はできるんですよ。で、今回はしめて銀貨三枚と銅貨三枚でーす」
ロウソクの代金と手間賃も加えてこんな感じ。人に戻った患者は、目を大きく開く。
「そんなに払えません! 今持ってるのは、青銅貨で二枚……、あ、三枚あった」
ポケットから取り出し、私に見えるように手のひらに乗せる。
全然足りない!
「おうおう兄ちゃん、聖女の仕事を舐めるんじゃないわよ。払うもんは、きっちり払ってもらいましょうか!」
毎回安くしてらんないわ。コイツが狼のままでも、私は関係ないんだからね! 次なんてないわよ!
「シャロン、詳しい説明と今後の対策を相談しよう」
「銀貨をもらってからね!」
私が強く言うとエルナンドが銀貨を一枚出した。
「このままでは話が進まない。とにかくこれで……」
「まいどっ、とりあえずオッケー! さ、対策を考えましょうね~」
撤回されないうちに銀貨を奪い、患者が用意した青銅貨三枚も頂戴した。まだ足りないけど、一応満足です。
さ、もしまた街中で狼に変身しちゃっても、退治されない方策を考えましょうねぇ~。
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