第53話 ラッキーにゃんこタイム

 客が来ない。客が来ない。猫店員がいないと、余計に来ない。

 猫パーティーなどがあったからか、一部の猫好きの間で、この店でケットシーが店番をする日がある、と噂になっているとか。ノラとバートが店番をしている時に「ラッキーにゃんこタイム!」と奇声を上げて入店してくる迷惑客が現れだした。ノラが怖がってしまったので、叫ぶの禁止の張り紙をしておいた。


 ぼけーっとしていたら、勢いよく扉が開いた。

「いらっしゃいま……」

「ひっさしぶり~、シャロン!」

「なんだリコリスじゃない」

 客じゃなくて、イタズラキツネだったわ。薬を持ってきたのかな?

 相変わらずキツネ姿で町をウロついている。誰か一度、捕縛してやって。

「このこの~、私のふさふさ尻尾に会えなくて淋しかったんじゃないの~?」

「ないわ。私が恋しいのは金貨だけ」

「まずこれ薬。サンがね~、私の説明じゃ不安だからって、説明書をつけてたよ」


 リコリスは私の答えをスルーして、たすき掛けにした大きな布鞄から薬の入った小袋を取り出し、カウンター近くの机の上へ、無造作に置いた。種類毎に分けてある。

 サンっていうのはリコリスと暮らす仲間で、森に棲んで薬を作っている真面目なキツネ。よくこのイタズラキツネと仕事をする気になるわね。説明が信用できないのは同感なので、説明書をつけてもらって良かったわ。

「はいはい、まいど~。数を確認するわね」

「お~う。ところでねー、シャロンの大家さんって料理上手だね~。シャロンに化けて遊びに行ったら、ご飯をくれたよ」

「人がいない間に何してるのよ、図々しいキツネね!」

 私に化けてたかりに行くとは、不届き千万!

 本当にとんでもないキツネだわ。店子たなこの権利なのに! リコリスはケタケタと笑って、全く反省していない。


「途中で尻尾が出てバレちゃった。化けるの上手ね~、本物のシャロンちゃんより美人さんだったわ、って褒められたー!」

「ぐぐぐ……、大家さんじゃ文句も言えないわ。そもそも私に化けるんじゃないわよ!」

「バッチシ覚えたから化けやすい~」

 放置したら、私に化けて悪さをするんじゃないの!? あとでサンに言いつけておかなきゃ。代わりに支払いをしてくれるならともかく……、あ!

「……家賃の支払いの日なら、私に化けて大家さんの家に行っていいわよ」

「バレちゃったからムリムリ~」

 代金をささっと受け取って、リコリスは帰っていった。

 逃げ足の速いキツネめ。


 私は昼食を食べに行こう。看板をクローズにして、鍵を閉めて出かける。

 お昼には早めの時間なので、まだお店も混んでいないだろう。

「出かけるのか」

 道に出たところで、声をかけられた。吸血鬼シメオンだわ。相変わらず黒いコートでカッコつけている。銀の髪に赤い瞳、いかにもたこにも吸血鬼っぽい。

「パスタを食べに、人気のお店に行くんです。一緒にどう?」

「……奢らないぞ」

「それなら一人で行くわ」

 なんだ、残念。せっかくだから奢ってくれてもいいのに。商店街を人通りが多い方へ向かって歩く。シメオンも同じ方へ進んでいる。

「シメオンさんは商店街に用事があるの?」

「食事と、ファリニシュのエサを買いに」


 ファリニシュは、シメオンが飼っている犬の魔物。しっかり世話をしているみたいね。占い師の吸血鬼、国滅ぼしのヴェラ・アルバーンもまだシメオンの家にいるんだろうか。この町で夜の占いを始めたと聞いている。

 どんっ。

 ぼんやり考えていたら、前から来た男性と肩がぶつかった。

「おいテメエ、痛えじゃねえか! どこの目ェつけてんだ!」

 顔……もとい、人相の悪い男が唐突に怒鳴った。いや、ぶつかったのはそっちでしょうよ!

「痛いはこっちのセリフよ、か弱い乙女にぶつかってんのよ!? 目はここにあるわ、見えないの~?」

「なんだテメエ! 来いや、オラァ!」

「おう行ったるわ、オラァ! ……このシメオンさんがね!!!」

 私はシメオンが逃げないように、肩を掴んだ。相手の方が背が高いから大変だわ。シメオンはどうせ勝てるケンカなのに、とても嫌な視線を私に送っている。


「君は私を巻き込まないと気が済まない性質なのか?」

「ピンチには一緒に立ち向かうのが親友よ」

「君の親友はどこにいるんだ?」

「すぐ隣の吸血鬼です」

 どうも往生際が悪いわね。素直に私のために戦えばいいものを。


「はっはっは、威勢のいい姉ちゃんだ! おう、気に入った。事務所に遊びに来いよ、ウチのオヤジに会ってかねえか?」

 絡んできた男性の同行者が、声を上げて笑った。一緒即発の空気を破り、ご機嫌で誘ってくる。

 腕に傷があって目付きは鋭く、短い髪で背は高くないがガッチリしている。ぶつかってきたチンピラ男の、兄貴分みたいなのかな。事務所って、裏社会のなんたらでは。となるとオヤジはお父さんではなく、ヤバイ組織のトップだ。

 ビックリだわ。美人って、こんなモテかたもするのね……!


「悪いけど断るわ。これからお昼ご飯なの」

「そうか? 気が変わったらいつでも遊びに来いよ、なんなら事務所に就職しろよ。俺が口を利いてやる」

「残念でした。お仕事はあるの、雑貨屋店主ですからね」

 これが噂の引き抜き。シャロンちゃん有能すぎて困っちゃう。

 じゃなくて、これは入ったら抜けられない泥沼でしょ。世の中には罠がたくさんね。

「そうか、まあ気が変わったら声をかけてくれや」

 去り際に軽く上げて振った手に金の腕輪、二本の指にはごっついリングがハマっている。お金になる仕事なのは確かなようだわ。


「……ああいう連中と、ケンカしようとするんじゃない。私がいない間が心配だ……」

 吸血鬼に説教されようとは。シメオンがため息をつく。私がいない間?

「どこかへ出かけるの?」

「仲間から手伝って欲しい、と連絡があってな。遠い場所だ、行けばしばらく戻らない」

 ははあ、なるほど。有名なお人好し吸血鬼ともなると、色々あるのね。

「……で、いくらもらえるんです?」

「謝礼など求めない」

 おかしい。私の耳が変になったのかな? 謝礼を求めない、と聞こえたのだが???

 あ、最初から決まっているとか?


「……求めなくても提示されてますよね?」

「ない」

 ない。ない。ない。ない……?

「そんな非常識な……!!!」

 お金が発生しないのに助けに行く……だとう……!??

 お人好し吸血鬼も、ここまでくると変人にしか思えない。

 呼ばれて行くのに、交通費を使って滞在費を使ってその他諸々お金を払うかも知れなくて、お金がもらえない……?

 恐ろしい。

 これが“偉大なる四人の真祖”と呼ばれる吸血鬼なのか……!


「……すぐに出発するわけではないが、しばらく留守にするからな。アルバーンは残る」

「まだシメオンさんのお宅にいるの、吸血鬼ヴェラさん」

 犬の魔物、ファリニシュの世話をするのに滞在してたんだよね。となると、ファリニシュのために彼女は残るわけだ。

「ああ。また留守を預かってもらう」

「シメオンさんの分も買いものをするよう、伝えておいてね!」

「分かった分かった」

 シメオンは適当な返事をしてお店の中へ入っていった。目当てのお店だったのかな、ペット用品を売ってるのが見えたわ。


 私は大家さんに教わったお店でパスタを食べ、周囲のお客の様子を見たり、話に聞き耳を立てたりしてみた。若い女性が噂するようなお店があったら、視察をしようと考えているのだ。

 聖騎士様が素敵、とか言ってるヤツがいる。ラウラにフラれた猫好きエルナンドのことよね? 趣味が悪いようね、聞く価値がないな。

 服屋の話、お化粧の話、おいしいパンケーキのお店の情報、町に近い川沿いにドワーフが数人住んでいる、武器を作ってもらいたいという話。色々な噂が耳に入った。繁盛している飲食店にお邪魔するのも、たまにはいいかも知れない。


「高級住宅街の隅に、よく当たる占い師さんが出没するらしいよ」

「へええ、行ってみたい!」

 ヴェラの占いも話題にのぼっている。こういうところで、自分のお店について知らない誰かが語ってたら、気持ちいいだろうな。

「猫がくる日とか占ってもらえないかな」

「また猫? 確か猫のお店って話してたヤツ?」

「そう。この前、ラッキーにゃんこタイムって心の叫びが口を突いたら、怖がられちゃったの。最初からいる日を知ってたら、心の準備ができるのよ」

 コイツが犯人か。肩甲骨くらいの長さの水色の髪で、一見すると大人しい普通の女性に見えるわ。

 

「わざわざ占うことなのかなぁ……?」

「知りたいじゃない! 必要もないのに、何度もお店を覗くのも悪いし」

「買いたい商品はないの? どんな品を扱っているお店?」

「ケットシーとお喋りするお店……? 商品って売ってたかな?」

 てめえええぇ!!!!! 一生来るんじゃねえ!!!

 ……思わず叫びそうになったわ。盗み聞きをしている立場なので、怒っていいのやら……。猫の店だと思ってるんだったら、喋った時間に応じてお金を払いなさいよ!

 私はさっさと店に戻り、猫好きどもに、どう商品を買わせるか頭を悩ませた。

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