第52話 小悪魔移住、大作戦!

「いらっしゃいませー! どうぞ選んでくださいね」

 若い女性客の二人組がお店に入ってきた。私はなるべく笑顔で対応する。買え、買うんだ。祈りを込めて。

 ゲルズ帝国で買ってきた雑貨や本があるので、商品は増えている。本が欲しいと言っていたケンタウロスはまだ来ていない。

 布や糸などは、スラムの先生に渡しておいた。これでまた商品が届くわ。キツネの薬も少しは売れてるかな。薬はスラムの先生も買ってくれるから、ここで売れなくても問題はないわね。


「いらっしゃ~い。買ってー!」

 白地に耳や足先など、薄い茶色の部分がある子猫のケットシー店員、ノラが元気に呼びかける。ノラは接客が好きな、人懐っこい猫だ。

「ノラ、買ってじゃなくて、商品のお勧めをしないと」

 灰色ケットシーのバート。尾の先だけが白い。ケットシーにしては理知的な猫よね。

「きゃあぁ、猫ちゃんが喋った! かわいいー!!!」

「お勧めはなんですかにゃ~?」

 ふわふわ髪の女の子の語尾に、にゃ~が。なぜ猫になる。


「ズバリ本です。本は心を豊かにします」

「そうなのね~、本ね。あら、見かけない本があるね」

 素直に本棚へ向かう二人。ゲルズ帝国で仕入れた本なので、ここらでは手に入らないのもあるかもよ! 知らんけど。

 数冊の本を取り出してはパラパラと中身を確かめる。そして詩集を手にしたと思ったら、目を大きく開いて両手で天へ掲げた。

「うああぁあぁおうあ!!! ロークトランド中立国の五芸天、“エマーソン・ブラウンローの詩集 はなの章”があるううぅう! 完売して買えなかったのー!!!」

「すごいじゃん、買わなきゃ!」

 満面の笑みで会計をする。ノラは青銅貨を受け取り、ご満悦。


「そんなにおもしろい本なの? 何が書いてあるの?」

「大人気作家の詩集なの。キレイな詩がたくさん載ってるのよ」

「聞きたい! 読んで読んで~!」

 店員の反応か、コレ。客はむしろ嬉しそうに口角を上げ、おもむろに本を開き、読み上げた。


『薄紫の花を咲かせるハギの緑の葉が、透明な朝露の雫を包んで朝焼けのオレンジを灯す

あなたは私の前に影を作り、太陽に向かって歩いていた

白い息が風に消え、ささやきを残す』


「すてきねえ! てんちょー、すてきな本を仕入れたね」

「そうよ~、どしどし売ってちょうだい!」

 客はノラに何本かの詩を読み聞かせて、喜んで帰っていった。


 また静かになった店内に、来訪者がある。

「頑張っているかい、労働者諸君! ……それにしても猫を店番に雇う人間、初めて見たよ」

 小悪魔派遣・紹介カンパニーの代表、男性悪魔ロノウェだ。髪と同じ赤紫色の、膝まであるコートを着ている。

 あれから数日、彼はこの町を見回って、支店を開く場所を探していた。

 小悪魔ジャナも一緒だ。赤茶の髪をポニーテールにし、頭には角が二本生えている。彼女はゲルズ帝国に戻って荷物持ちの代金を受け取るので、まだもらっていない。住む場所が決まったら、仲間を連れて再度くるらしい。


「猫は安上がりなのよ。そちらこそ、お店を出す場所は見つかりました?」

「なかなかちょうどいい物件がなくてねえ。事務所は狭くていいんだけど、広い店舗しかないんだよねえ……」

 ちなみに現在は隣にある大家さんの物件を、格安で借りて住んでいる。

「……小悪魔って、たくさん来ます?」

「どのくらい依頼があるかだな~。安く住める集合住宅みたいなのがあればなあ」

 これは儲けの匂い! 仲介の強欲様にお任せよ!

「いい土地を知ってますよ。場所が余っているから、これから好きに家を建てられます」


「……君が紹介してくれるの? 不安だなあ。できればこの町で小悪魔が二十人以上は住めて、個別か二人部屋くらいなのをまとめて用意できる?」

「建てるのはそちらになると思います。銀貨一枚で、私が地主と交渉しますよよよ!」

 ロノウェはなおも、いぶかしむ視線を向ける。しかし考えているわ、土地には興味がある様子。

「うーん、実際に土地を確認して、納得したら払うよ」

「契約成立ぅ! ノラ、バート、早速行くわよ」

「て~んちょ、おるすばんしなくていいの?」

「二人が来てくれないと困るから」


 お店に休憩中の看板を立てて、みんなで出発よ。

 目指すはケットシーの王国! “住民募集中、猫以外も可”って書いてあったもの。サイズ的に小悪魔ならセーフじゃない!?

 バートにこそっとお願いして、王国へ案内してもらった。

 路地裏の空間のひずみ、そこから入る猫の王国。

「……まさかケットシーの土地を案内されるとは、予想外」

「ふふふ。シャロンちゃんの天才的発想に感謝感激でしょう、遠慮せずに褒めまくっていいのよ!」

「へえ~、ここがケットシーの王国! あたい初めてだよ。小さい家がいっぱいで、可愛いね」

 ジャナは大喜び。こちらが気になった猫が集まり、誰かが黒猫のホセ子爵を連れてきた。


「これは悪魔のお客人、我が輩はこの王国の代表、子爵のホセ。今日はどうしました? 魚捕りなら住民以外は禁止ですよ」

「魚? そうじゃなくてね、この小悪魔ちゃんとお仲間が、住む場所を探しているの。王国に住めないかな?」

「新たな住民でしたか! 大歓迎ですぞ、土地を案内しましょう」

 ホセ子爵は快諾して、二本足でほほいほほほいと歩き、家が並ぶ通りの裏手を進んだ。

 空き地はまだまだ、たくさんあるわ。


「ここはいくらでも使ってもらっていいですよ。あちらの川も、住民なら魚を捕って構いません。畑は屋敷畑くらいにして、農耕用の土地が欲しければ後で場所を決めましょう」

「ほ~、広いね。どうだいジャナ、ここで暮らすのは?」

「うわあ、楽しそう! 大工が得意なヤツも連れてきます、家を建てよう!」

 ジャナは手を叩いてはしゃいでいる。

 土地代はお金ではなく、食べものやイベントごとへの参加と協力、住民の手助けなど主に労働でいいとのこと。ロノウェは予算が浮くと大喜び。

「では小悪魔さん、そちらからも国会議員を一人か二人、出してもらえませんか? 議員が少なくて国会が淋しいんです」

「了解! 何するか分かんないけど!」


 ねこ国会、そんないい加減でいいのか。ジャナも勢いだけだから、ちょうどいいのかしらね。

「わあい、住民が増えるのね! 嬉しい、早くひっこしてきて~」

「たくさん連れてくるよ、よろしくね」

 ノラがジャナと両手を繋いで、左右に揺らしている。バートは隣でにこにこしている。

「全員揃って家が建ったら、歓迎会をしないといけませんね」

 ケットシーたちも住民を増やしたかったみたいね。

 こんな異空間に王国を作って、全然宣伝してないのにな。


「では住民登録をして、猫手形を渡しましょう。これがあれば誰でも王国に出入りできますよ」

 出入り自由になるアイテム! そんな便利グッズがあるなら、私も欲しいわ。早速お願いしてみる。

「猫手形、もらえない?」

「自分で行き来ができない住民だけに渡します。住民以外は自力で来てください」

 ホセ子爵にすげなく断わられてしまった。仕方ない、諦めよう。

 リコリスなら入り方を覚えているけど、あのイタズラキツネに教わるのはシャクに触るわね。


 もう夕方も近いので、ノラとバートはお仕事終了、ジャナも一緒にこのまま王国に残る。ジャナは移住の打ち合わせをして、猫手形をもらうのだ。

 私はロノウェと帰宅する。夕方の町は人通りも多く、食べものを買った人や塾で勉強した子供、仕事帰りの疲れた人が歩いていた。

 今日はスラムの炊き出しがない日だ。夕飯の買いものをしないといけないわね。

 道すがら、ロノウェを振り仰いだ。

「ロノウェさん。約束のものを……」

 これで銀貨がもらえるのよ。ぷきゃっ。

「……釈然としないけど、約束だからね」

 ロノウェは諦めたように銀貨を支払った。いい悪魔だ、大歓迎。


「まいどあり~! またいつでもお力になりますよ、もちろん全て有料です」

「どうも、できれば君の力は借りたくないなあ。高くつきそう」

「お値段は安心の印ですよ」

 お金があるクセに渋っちゃいけないわよ。

 さて夕食は何にしようかな。考えていると、たまに会う緑の髪をしたスラムの兄妹が向かい側から歩いてきた。

「あれ、元聖女の姉ちゃん。今日は顔色の悪い兄ちゃんじゃないの?」

「この人はロノウェさんっていう悪魔で、お隣に住んでるの。仮住まいだから、そのうち他へ行くかもだけど」


「悪魔ってなに?」

 二人とも首をかしげ、妹が質問する。別に知らなくても問題はない。

「そういう種族とでも覚えてもらえれば。小悪魔を派遣する仕事の代表をしてるから、人手が必要な時はヨロシク」

 ロノウェは軽く自己紹介をして、人好きのするとてもうさんくさい笑顔を向けた。慣れてるなあ。

「代表、カッコイイ!!!」

「ロノウェさん、この子たちはスラムに住んでて、仕事を依頼する余裕なんかないわよ。むしろ仕事を斡旋してあげれば?」


「おお! できそうな仕事があったら言ってくれよ!」

「わたしもがんばる!」

 子供たちはじゃあね、と手を振って帰っていった。ロノウェは疑問が残るような眼差しで背中を見送っている。

「……私が言うのもなんだけど、悪魔に子供を使わせようとするの、どうかと思う」

「細かいことは気にしない! 持ちつ持たれつよ」

「細かいかなあ」

 まだ釈然としない表情のロノウェと分かれ、夕飯の買いものをするためにお店に入った。パンを買おうっと。

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