第51話 聖プレパナロス自治国では(ラウラ視点)

『シャロン姉さん、お元気ですか? ラウラです。

 私は自治国へ帰ってから、いつも通り掃除や食事当番をして、女神様へ祈りを捧げたり、訪れた人の怪我の治療をしたりしています。姉さんのお店でクッキーを焼いて売っていたのが、遠い日のようです。とても楽しかったなあ。

 猫ちゃんたちと仲良くやっていますか?

 吸血鬼に噛まれたドルドヴァー神官は、シメオンさんのことも、姉さんと会ったことも覚えていませんでした。安心してください。今日も元気に悪態をついています』


 ここまで書いて、いったんペンを置いた。後は何を書こうかな……。

 この手紙がシャロン姉さんに届くか分からないけど、書いておいて誰かがラスナムカルム王国へ行く時に託そうと思う。机に両肘をついて考えていたら、扉がノックされた。

「ラウラ、いる? ドルドヴァー神官様が呼んでるわよ」

「はーい、行きます」

 はぁ、気が重い。私もドルドヴァー神官様は苦手だわ……。ペンのキャップを閉めて、手紙を引き出しにしまった。

 聖女の住居になっている建物から、神殿へ移動する。ドルドヴァー神官様はシャロン姉さんが出て行くきっかけになって以降、神殿で他の神官に責められて肩身が狭いので、イライラしてるのよね。


 ドルドヴァー神官様の執務室の前で、いったん足を止めて深呼吸をする。心を落ち着けてノックをしようとしたら、中から話し声が聞こえてきた。ドルドヴァー神官様の他にも誰かいるみたい。

「で、どの国だと?」

「ゲルズ帝国です。ゲルズ帝国から、聖女シャロン様らしき方に会った、本人か確かめたい、と照会がありました」

 ……ゲルズ帝国? ラスナムカルム王国からは、かなり遠い。この短期間に移動するには、転移装置を使う必要があるわ。姉さんが転移装置なんて高額なものを使うかな。


「ゲルズ帝国……。確かちょうどこの時期にトーナメント戦をやってるな。四武仙にでもなりたいのか?」

「ありえそうですね、あのシャロンですから」

 四武仙って武器で戦うのよね。メイスはなかったし、賞金は出ないし、ありえないと思う。

「で、どんな内容だ? 強盗をしたのか詐欺でも働いたのか、単なるぼったくりか? やはり苦情だよな?」

「ええと、……どうやらゲルズ帝国で呪殺騒ぎがあったようです。それを颯爽さっそうと解決して被害者を守り、犯人を突き止め、親身になって相談にも乗ってくれた親切で高潔な女性……」

 だんだん声が小さくなるわ。私は扉に耳をつけた。


「……親切? 高潔? シャロンがぁ~?」

「非常に助けられたが、奥ゆかしく名乗りもしなかった。もしシャロン様ご本人ならぜひお礼をしたい、と感謝が綴られて……います……よ……?」

「なんだ、他人じゃないか。シャロンの偽物でも出たのか、世も末だ……」

「アレで七聖人ですからね。事情を知った人の成りすましでしょうか」

 いい人に書かれているから、シャロン姉さんだと疑いもされないわ!

 とはいえ、本当にシャロン姉さんなのかな……? この話ではちょっと判断できないわ。

 依頼でゲルズ帝国の人間とパーティーを組んだから、顔を知っている人はいるのよね。でも、そのパーティーメンバーがシャロン姉さんに理不尽な扱いをして、謹慎と罰金の処分になったって話だった。顔合わせはしてないようね。


「シャロンのヤツは聖女や聖人には人気があるからな。憧れて真似をするようなのが現れたのか……」

 ドルドヴァー神官のため息が聞こえる。見えなくても、嫌そうな表情をしているんだろうと想像がつくわ。

 シャロン姉さんは神官様にも文句を言いまくるから、神官様にとっては真似されたら面倒なのよね。

「では『聖女だと思われるが、聖女シャロンではなく、彼女に憧れた偽物の可能性がある』とでも返しておきましょうか?」

「それでいい。しかしゲルズ帝国の人間は、シャロンにおかしな幻想を抱いているんだな……」

「国の貴族がシャロン様が行方不明になる原因を作った罪悪感から、シャロン様を美化しているのでは? そこをつけこまれたんでしょうね」

 つけこまれたって。完全に別人扱いしているけど、本人か判断するには情報が少ないわ。ドルドヴァー神官様はシャロン姉さんを探しているはずなのに、関心がないのね。


「あわれなヤツらだ。こっちとしてはシャロンだろうが誰だろうが、好印象を与えたんだから、悪い話じゃないな。しかしなんでシャロンと勘違いしたんだ?」

「ええと、“呪術師強欲”と、名乗ったそうです。確かにシャロン様っぽいですね!」

「やっぱりヤツを知ってる聖女の仕業しわざに違いないな!」

 二人の笑い声が扉越しに耳に届く。

 シャロン姉さんだ!!! どうしてゲルズ帝国へ? 相変わらず行動派ね。

 用事が済んだみたいで、ドルドヴァー神官様と会話していた人がこちらへ向かう足音がした。私は慌ててノックして、ちょうど今来たふうによそおった。


「ドルドヴァー神官様、ラウラです」

「おお、ちょうどいい。入れ」

「失礼します」

 扉を開けると、すぐ目の前に男性がいる。彼は神官の手助けをする文官だわ。

「では私はこれで」

 入れ違いで男性が出ていく。ドルドヴァー神官様は椅子に座っていて、執務机には書類の束が重なっている。


「ラウラ、シャロンから連絡はあったか?」

「いいえ、なにも。きっと自治国へ帰るつもりもないんだと思います」

 尋ねられたのは、これで五回目。シャロン姉さんはお店を始めて自由に生きているし、諦めてくれないかな。

「そうか。それとこれ、治療の依頼だ」

「はい……、え?」

 渡された書類には、筋肉村へ出張するよう書かれていた。

 筋肉村って、筋肉教祖と呼ばれる吸血鬼が治めている、吸血鬼の自治区みたいな場所よね。人間も受け入れていて、近年移住者が増えているとか。確か二百年位前に始まって、たまにブームみたいに人間が押し寄せるの。


『筋肉村へ行った家族を連れ戻して欲しい』

 という依頼が入ったりして、自治国から三度ほど調査団が派遣され、その記録が残っている。

 人間は操られているわけではなく、自らの意志で集まり、自給自足と筋トレをして生活している。なので、強制的に連れ帰るのは不可能。人間と吸血鬼が親しくしており、差別や問題などは起きていない。怪我や病気などの理由なく筋トレを継続しない者は、居住権を失う。調査員も一週間しか滞在が許されない。

 筋肉村を起こした中心となる吸血鬼を、暫定的に「筋肉教祖」と呼ぶこととする。

 こういう内容だったわ。


「どうやら訓練か何かで、怪我人が続出したようだ。お前なら吸血鬼とも上手くやれるだろう」

ドルドヴァー神官様は投げやりな態度で告げる。

「……精一杯、務めさせていただきます」 

 吸血鬼が治める筋肉村なんてちょっと不気味だけど、自治国にいるよりいいかな……。依頼で外に出てから帰って来なくなる聖女が毎年出る理由が分かるわ。外の世界は、私が想像していたよりも広くて明るくて、自由だもの。


 準備をしますからとさっさと退室し、聖女や聖人が暮らす棟にある自室を目指した。長い廊下を歩いていると、反対側から男性が歩いてくる。長い金色の髪、青い瞳、白いゆったりしたアルバという衣服の上に、紫色のカズラと呼ばれるポンチョのような貫頭衣をまとっている。

「ヨアキム様」

 七聖人筆頭、不惑のヨアキム様。女神ブリージダ様が信仰に曇りなし、と“不惑”の二つ名をお与えになり、彼だけが直接ブリージダ様からのお言葉を受け取れる。

「聖女ラウラ、貴女がこれから行く先に、シャロンを同行させなさい」

「はい……、っは……え?」


 ヨアキム様には、シャロン姉さんと会ったと伝えていないのに!?

 同じ七聖人でも、話しやすいシャロン姉さんや美食のファバネル様と違い、彼は特別に神々しく、気軽にお喋りできるような方じゃないの。ファバネル様も苦手そうにされていた。シャロン姉さんのことまで伝えたわけはない……よね。

 相変わらず、全てを見通しているような方だわ。

 それにしても姉さんを同行するなんて、もしかして危険があるのかしら!? 私は率直に尋ねた。

「ヨアキム様、浄化の力が必要な事態なのでしょうか……?」

「聖女ラウラ。七聖人は女神様がお選びになり、力を与えられた忠実なる使徒であり、女神様が地上を覗かれる時の目印になるのは知っていますね?」

「はい」


 自治国の聖女や聖人には常識だわ。深い意味があるに違いないので、慎重に頷いた。

「女神ブリージダ様はおっしゃいました」

「…………」

 お告げがあったんだ。緊張が全身に走る。次の言葉を固唾を飲んで待った。

「『筋肉村、気になってたのよ。七聖人が行くと揉めそうだけど、国を出たシャロンならいいよね!』と」

「女神様が……」

「シャロンを通して観光されたいようです。必ず叶えるように」

 ヨアキム様が目を細めて微笑む。笑っているのにどこか怖い。

「はいぃ! もちろんです、必ず女神様のご意志に従います!」


「それでこそ聖女です。女神様のご加護があらんことを」

 笑顔で胸に片手を当てる。柔らかい光が、廊下に薄いもやのように流れた。

「ありがとうございます……」

 カツン、カツンと靴音が狭い廊下に響く。

 強大な何かが通り過ぎるのを待つように、息を潜めて音がしなくなるのを待っていた。


 シャロン姉さんは七聖人の面白枠っていう人がいるけど、わりとあっている気がするわ……。七聖人の記録でも時々、「なんでこの人が?」って考えてしまう、不思議な人選があるのよね。

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