第50話 ゲルズ帝国とさようなら
侯爵邸から出発する馬車には私とシメオン、大家さんの娘さんモーディー、荷物持ちの小悪魔ジャナ、そしてカンパニーの代表で悪魔ロノウェまで乗っている。午前中は商店街で買いもの、帰りは午後。
「あたいの荷物はこのリュックに入ってるんだけどね、まだ余裕があるよ」
馬車の中で得意気に、ジャナが膝の上に置いたリュックをパンと叩く。
「よし、仕入れるわよ! まずは古本屋さんに行ってみましょう!」
買いものにも気合いが入るわ。色々なお店が並んでいて、お客も多く賑わっている。本を買い、布と糸を追加し、帝国土産として定番の木刀も購入。布の買いもの袋に本をたくさん入れて、ジャナに持ってもらった。持ち続けるには重いわ。
「ふんふん、まだ持てるよ」
「すごい!」
ジャナの見た目は少女なのに、そこら辺の男よりも力持ちね。安心して買いものを続けられる。ちなみにロノウェは馬車から降りずに、小悪魔からの報告書に目を通していた。モーディーは周囲を警戒しつつ、護衛中。
「留守を任せたアルバーンに、土産を買わねばな」
シメオンはやたら渋い表情でお店を眺めていたから、お金があるクセに高いとかケチなことを考えているのかと思ったら、占い師吸血鬼のお土産を探していたのかぁ。彼女が気に入りそうな商品がないわけね。
「同性の意見としては、金の延べ棒やダイヤモンドがいいと思う!」
「土産か、それは?」
シメオンが疑わしい眼差しを私に向ける。私は堂々と頷いた。
「試しに私にください、とても喜びますよ」
「残念ながら私は君を喜ばせたいわけではない」
チッ。シメオンは私を無視して、土産選びを続けた。洋服屋さんでショールを選んでいる。
そうだ、私の店に服飾雑貨を増やそうかな。
「シメオンさん以外の吸血鬼は、昼はあまりウロついてないわよね」
「……私も夜の方がいいが、店が開いていない」
何気なく呟いた言葉に、返事があった。なるほど、お店で買いものをするために昼間にウロついていたわけね!
ってことは、私のお店で夜間に営業をすれば、夜型のお客が増えるのでは!??
「デュラハンも夜だけ歩くしなぁ……、スパンキーにお店番を頼めないかな」
「……本当に番だけだな。代金を払わずに出ても、呼び掛けるくらいしかできないのだが、いいのかね?」
「それも問題ですよねえ。憑いていっても、朝には墓に帰るし……。せめて害を与えられるくらい、強い恨みを抱えた個体じゃないと……」
「憑かれても
確かにそうだわ。夜間の営業は魔物客が見込めるものの、課題が多そう。
「夜間のお店番も、カンパニーで小悪魔を雇えるよ」
「高くつきそうだから、やめておくわ」
すかさずジャナに営業されたけど、それほど売り上げがあるわけじゃないし。節約節約。
買いものを終えてお昼を食べたら、転移装置の拠点へ移動する。
ついにこの国ともお別れだわ。入り口にある受付けで、モーディーが小悪魔ジャナの分の往復チケットを購入して、手渡そうとした。ジャナは両手で私の荷物を持っている。代わりにロノウェが受け取り、自分の分は自分で買っていたわ。
帰る人が多いようで、待合室には数組が待機している。モーディーは入場券を買って、ワープする場所までお見送りしてくれるよ。
「本当にお世話になりました。母によろしくお伝えください」
「もちろん! お返事も届けるから、安心して」
モーディーから手紙の返事を預かったので、大家さんの手紙をちゃんと届けた証拠になるわ。大家さんのお陰で無料で滞在できたなぁ。ありがたや。
「あたい、ワープなんて初めて! 召喚みたいなもんかなあ」
「召喚?」
「そうそ。この世界と違って地獄と道が繋がっていない世界には、召喚術っていう、このワープシステムみたいに一瞬で飛べるヤツで移動したりするんだよ」
「へえ、面白そうね」
色んな技術があるのねえ。お喋りしている間に他の人が呼ばれ、減ってはまた新たな利用者が入ってくる。そしてついに私たちの番になった。
「次は……シャロンさん、シメオンさん、ロノウェさん、ジャネさん。移動してください」
「はーい!」
「私はここまでです。みなさん、お気を付けて!」
「さようなら!」
モーディーとはお別れ。大きく手を振ったのに、モーディーは深く頭を下げているから見えないわね。
隣の塔に移動し、階段を上る。
始めて使用するロノウェとジャネがいるので、ラスナムカルム王国行きの部屋で、来る時に聞いたのと同じ説明をまた受けた。部屋には三つ装置があり、他の二つにも人がいるわ。
模様の上に立ち、少しするとワープを開始する合図の音楽が鳴った。
ついに帰ってきた! 転移の塔は王都の外れにあるから、ここから王都の馬車乗り場へ移動し、町まで馬車で帰る。
ジャネは私の家まで荷物を運ぶので、ロノウェも付いてきた。
「はー、ゲルズ帝国は快適だったなあ……」
「君たちはこれからどうするんだ?」
町の間を移動する乗り合い馬車の中で、シメオンがロノウェに尋ねた。お客は私たちの他に、五人ほどいる。乗り心地はあまり良くないわ。
「せっかくだから、これから行く町で支部を作れそうか見てみるよ」
「王都の方が都会だし、いいんじゃないの?」
王都なら仕事もたくさんありそう。ただ、宿泊とか食べ物とかは王都の方が高いわね。
「様子を見てだよ。支店を作るなら従業員を呼び寄せるから、候補地選びから。住むのにいい場所があるかな~」
「ロノウェ様、あたいは動物に変身できないよ」
そういえばラマシュトゥは狂暴ロバに変身してたわ。動物になったら外で寝ててもおかしくない。あれ、もしかして。
「ゲルズ帝国の受付のテーブルの近くにいた猫って、小悪魔だったりする?」
「正解。猫に変身できる小悪魔は人気なんだよ」
ロノウェがパンパンと、やる気がなさそうな拍手を二回響かせる。アレも従業員だったのかい!
小悪魔が増えたら動物天国になるのかな。
うるさい聖騎士とか、大丈夫なんだろうか。
まあどうでもいいか。私の時みたいに突っかかって戦いになったら、聖騎士エルナンドが負けるわね。助勢を頼まれた時に、いくらふっかけるか考えておこう。
■■■■■■■■■(以下、モーディー視点)
強欲様たちを見送って、馬車に乗り込む。一人になった馬車は静かで、車輪の音がやけに大きく響く。
そういえばシャロンと呼ばれていたわ、強欲様はシャロンとおっしゃるのね。
いなくなった聖女様と同じ名前だ。
ぼんやり考えていると、正面から侯爵家の騎士が馬を急がせてやってきた。何かあったのかしら。馬車の扉の横につけて、聞こえるように大きな声で話しかけてくる。
「もう強欲様は帰られてしまったか!??」
「ええ、ついさっき。……どうしたの?」
「水色パンダ老師が、強欲様を聖女ではないかとおっしゃるんだ!」
水色パンダ老師が?
どういうことかしら。御者に速度を上げるよう命じて侯爵邸へ戻り、その足でゴードン様の執務室へ行き詳細を伺った。
ゴードン様のお話によると、大分体調が戻った水色パンダ老師が、自分が敵わなかった強力な呪いをどう破ったのか、チョコメロン様に尋ねられたそうだ。
チョコメロン様が強欲様が呪いを宝石に移してから一気に返したこと、その時に女神ブリージダの御名を口にしたことを伝えると、水色パンダ老師は強欲様は聖女に違いない、と強い口調で主張されたとか。
女神ブリージダ様は比較的信者が多いし、どの国の人間が信仰していても不思議はない。
ただし、聖女・聖人の称号は基本的にプレパナロス自治国の人間にしか与えられない。聖女になるためには自治国の国籍が必要よ。他国に聖女に匹敵する能力者がいたとして、聖騎士の称号は得られても、聖女にはなれないのだ。
水色パンダ老師は弟子であるチョコメロン様のお話から、強欲様は普通の呪術師ではなく、ましてや女神ブリージダの一信者ではない、とお考えなのね。
「どう思う、モーディー」
ゴードン様に意見を求められて、私は先ほどの転移システムでの話をした。
「強欲様は転移の塔で、シャロンと呼ばれていました。……行方不明になられた聖女様と、同じ名前です。しかし転移システムの職員も、聖女シャロン様がいらっしゃったら報告するよう、命令を受けているはずですが……」
「自治国を追放されて行方知れずになっている、シャロン様!!? もし聖女シャロン様だったとしたら、なぜ名乗られなかったのだろう……?」
本当にシャロン様なら、名乗り出ないのは不自然だ。
名誉を回復したいだろうし、カルデロンのドバカに言いたいことの一つや二つや百ぐらい、あるはずなのだ。
「……シャロンという名前自体は、珍しいものでもありません。同名の他人、という可能性も……?」
ただ、聖女の肩書きを持つシャロンという女性は、多くいるはずがない。ああ、帰られる前なら直接聞けたのに……!
悩んでいる私たちに、控えていた家令が口を開いた。
「ゴードン様、まずはプレパナロス自治国に問い合わせをしたらいかがでしょうか。一貫して呪術師強欲と名乗られていたのは、我々の知らぬ事情がおありかも知れません。強欲様が帰られた国の情報を隠し、ひとまず聖女シャロン様の可能性があるのか判断してもらいましょう」
「……そうだな、考えていても結論は出ない。早速、問い合わせよう!」
強欲様は、聖女シャロン様だったのかしら……?
ゴードン様は便箋を用意させて、自治国に手紙を
お母さんの持つ物件で雑貨屋を開いているから、居場所はいつでも特定できる。強欲様が聖女シャロン様だったら、話が早いわね。
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