第49話 侯爵邸、出立
肩より短い赤紫色の髪の男性悪魔、ロノウェ。
小悪魔人材派遣は、『ロノウェ小悪魔紹介・派遣カンパニー』という組織を作って本格的に仕事にしているみたい。
「ただいまー! お仕事、今日で終わりました~!」
尻尾を揺らした青っぽい肌の女の子が元気にやってきた。赤茶の髪をポニーテールにして、頭には小さな角が二本生えている。
小悪魔は人間と見た目が違うけど、ロノウェの容姿は完全に人間だわ。この違いは何だろう。率直に尋ねた。
「悪魔って角が生えてたり尻尾が生えてたりするのね。ロノウェさんはないの?」
「ないよ。貴族だと大体人間と一緒。男爵とか下位貴族は、異様に筋肉が発達してたり多少の差はあるね」
ふーむふむ。彼はそれ以上の悪魔ってことか。
「人間に近い容姿の方が強そうだと感じるのは、そういう理由か」
「そうそう」
気になっていたようで、シメオンがなるほど、と感心していた。
ロノウェは飄々としていて体も細いし、見た目はあまり強そうではない。それでも魔力があふれているのは感じるわ。
「お客さん? こんにちはー!」
女の子はテーブルの前にいる私にニコッと笑って愛想良くしてから、ロノウェに小さな布袋を手渡した。
「こちら、今回の分です」
「ご苦労様、確認するよ」
売り上げチェックかな。私が目の前にいるのに、確認を始めたわ。気持ちは分かる、お金を前に待てはできない。
「ねえ、どんな仕事をしてきたの?」
「私は飲食店の従業員よ。片付けものとか接客とか」
仕事内容は普通だわ。普通に人間の代わりに雇うわけね。
布袋からは銀貨がころころ出てくる。わりとお高そう……!
「バッチリ。はい、これが取り分ね。これから休む?」
ロノウェは小悪魔の取り分を抜いた金額を布袋に戻して、小悪魔へ返した。仲介手数料とかで、二割を天引きするみたい。
「このお客さんは何の仕事なの? まだ働けるわよ」
「私? ちょっと気になって来ただけで」
「冷やかしなら帰って」
雇う予定がないと分かると、途端にロノウェは私を追い払おうとする。想像していたより高そうだしなぁ。残念だと思っていたら、モーディーが前に出た。
「荷物持ちを雇いたいんですが、他国までだとどうなりますか?」
「おお、荷物持ち。移動にかかる費用、食費や必要経費はそちら持ち。賃金は小悪魔によって違います、護衛も兼ねると高くなるよ」
ロノウェは値段表を出した。荷物持ちは一日銅貨八枚から、仕事の時間が長くなると、もう少し高くなる。他に護衛、家事手伝いなど、小悪魔のスペックでまた値が上がる。
買い物補助銅貨三枚、なんてコースもあるわ。
「なるほど。片道だけ必要なんですが、移動は往復分?」
「そうなるね~。これから支部を増やしたら、近くの支部までで良くなるんだよね。ちなみに目的地はどこ?」
「ラスナムカルム王国です」
私が帰る国だわ。モーディーも帰省するのかな。
ロノウェは地図で確認している。気になるのかな、テーブルの近くにいる猫が見上げた。
「えーと、……ああここか。ずいぶん遠いねえ」
「実は夕べ、アロイシアス様とお話しした際、強欲様にとても感謝されていて、帰りを気にかけていらっしゃいました。私たちは今回色々とあったので、お供をするのは難しくて。荷物持ちが必要なら当家から出すか、誰か雇ったらどうかと仰いまして。小悪魔に興味がおありなようですし、費用はこちらが全てお支払します」
私の懐は全く痛まずに、荷物持ちを雇えるの!!!
たくさん仕入れられそう。もちろんお言葉に甘える。一切の遠慮はしないわ!
「素晴らしい心構え! 契約が成立したら契約金を頂き、料金は仕事が完了したら小悪魔に直接払ってもらいます。支払いを拒否したり勝手な減額で規定以下しか渡さなければ、回収係が行くのでヨロシク。延滞金や手数料が増えるから気を付けてね」
「ちょうどいいわ、あたいはどう?」
話を聞いていた小悪魔が、自分の顔を人差し指でさしてアピールする。
「本とか買いたいから、重いわよ」
「石運びよりは楽じゃん。アレは引き受けて後悔したな~。接客もちょっと面倒だった」
石運び! 意外と重労働をしてるなあ。知ってる小悪魔がいるわけでもないし、やる気のありそうな彼女と契約することに決定。
ロノウェが契約書を用意し、モーディーは契約金を支払っている。
「小悪魔に何かあった時や、トラブルはすぐにこちらへ知らせて。支払う君が契約者ね。本来は契約者と使用者が違うのは困るんですが、私が双方の合意を確認したからオッケーよ」
仕事が終わったら侯爵家へ料金を受け取りに行き、契約が終了になる。そんなわけで、モーディーが契約者。彼女は帰省できないんだって。確かに色々あったもんね。
「荷物持ちって今日から? 今持ってるの、持とうか?」
「んー、帰る時でいいや。帰りは明日の午後、午前中の買いものから付き合ってくれる?」
「わかった~。また明日ね!」
やったー、無料で小悪魔を雇える。明日はたくさん仕入れて帰ろう! 商品の少ないお店から、脱却しなければいけないわ。
「……君に似た印象を受ける悪魔だ」
帰りの馬車の中で、シメオンが呟く。似てる? どこがかしら。
「ナニソレ? 有能で素晴らしいってこと?」
「そういうことにしておけ」
シメオンは窓の外に視線を移した。人が多く、馬車はゆっくりしか進めない。今日中に売りきりたい生鮮食品を勧める店員の声が、響いていた。
夜は盛大にお別れ会をしてくれて、ご馳走をお腹いっぱいになっても食べた。勝手に用意される美味しいご飯とも、豪華な部屋や柔らかいベッドとも、掃除も洗濯も全て使用人がやってくれる生活とも、もうお別れだ。
淋しくなるなあ。
呪いもあってバタバタしたけれど、お金になったから結果的にはとても良かった。もう一人、倒れてくれてもいい。
水色パンダ老師は目を覚ましたものの、頭がクラクラするからと安静にしている。症状が治まるまでは、聴取も出来ない。チョコメロンは師匠が目覚めた喜びの踊りを踊っていた。帝国呪術師の慣習なんだとか。ほんっとわけ分からんな。
犯人であるカルデロンは侯爵家の籍を抜かれ、国外追放……まではいかないんだけど、もう国に居所はないでしょ。体調が戻ったら、裁判所に出廷させられる。国民の目があるので、それだけでもキツイ。
彼の専属使用人は、いったん家へ戻された。積極的な関与が認められたら、実刑になるそうな。自分から姿を消してしまった人がいるとか。
食事を終えてからお金を受け取り、ゴードン侯爵代理と固い握手を交わす。
「本当に助かった。何かあったら、いつでも力になる! 軍師殿も、ぜひ訪ねてくれ。お待ちしています!」
「ありがとうございます。またゲルズ帝国へ来た際は、寄らせて頂きますね」
「ああ。またいくらでも滞在していい。両親にも伝えておく」
「え、ご両親ですか!?」
侯爵代理をしているくらいだから、少なくとも父親は故人だと思ったわ! 生きとんのかい!
「兄上と領地で過ごされている。母もあまり体が強くなくてな。今回は領地で洪水被害が起きて、その復旧をしているから、兄上だけタウンハウスへ来ていたんだ」
ゴードン侯爵代理は兄と違って侯爵になるような教育は受けていないから、存命のうちに代理をつとめて経験を積んでいたわけで。
兄のアロイシアスは、侯爵の実務をこなすのは難しいと思われているわけね。
最後にアロイシアスが挨拶をしたいからというので、部屋へ寄った。アロイシアスは冷えないように肩にショールをかけ、椅子に座っていた。顔色も良くなっている。
「この度は助けて頂き、本当にありがとう。本来ならば私から挨拶に出向かなければならないところ、体調が万全ではないので呼びつけてしまって、すまないね」
あ、これ真面目ないい人だ。苦手だなぁ。
「いえ、回復されて何よりです」
「気に病む必要はない、君は被害者だ」
当たり障りのない返事をしておく。シメオンも頷いている。
「心遣い、感謝する。ゴードンにはいつも迷惑をかけてしまって、今回も私が来たばかりに楽しみにしていた大会の参加を見送るハメになって……。貴女のお陰で最悪の事態は防げたので、リカルド君も……」
アロイシアスは穏やかな口調で長い話を続けた。人好きのする笑顔に、止めるタイミングが分からない。適当な相づちを打ちつつ、とても疲れたわ……。
明日の準備があるんだよ、終らせて~。助手を置いていくから……!
ついにお世話になった
侯爵家の馬車が用意されていて、モーディーもワープシステムの塔まで付き合ってくれる。ちょうど門番に案内されて、荷物持ちの契約をした小悪魔がやってきた。何故かロノウェまで一緒だ。
「おはよう、お得意様! 本日は私も一緒。ラスナムカルム王国を見に行くだけだから、気にしないで。お金を払ってくれれば、払った分だけ働きますよ」
「おはよー、仕事に来たよ。あたいはジャナ! よろしくね」
「おはようございます。ロノウェさんの分は出ませんよ、ワープチケット」
小悪魔ジャナの分は用意するとモーディーが約束してくれたけど、付き添いは不可でしょ。念のために伝えておく。ロノウェは表情を変えずに頷いた。
「分かってる分かってる、あわよくばと思っただけ。私はカンパニーの、支部の候補地を探しに行きたいの」
「はー、なるほど。ところで、なんで代表が受付してたの?」
「移動する前に様子を見てただけだよ」
ここは大丈夫と判断して、移動するわけか。
もしかすると、ラスナムカルム王国にカンパニーの支部ができるのかも!?
ロノウェは勝手に馬車に乗り込んでいる。図々しい悪魔ね。
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