第48話 決闘です!

 闘技場に立つゴードン・レンフィールド公爵代理の前に、今回の犯人であるカルデロンの兄、リカルド・スビサレッタが姿を現した。会場からはヤジが飛んでくる。

 覚悟を決めていたのか、リカルドは周囲の雑音にも視線を動かすことすらなく、静かだった。短い赤い髪が、意志の強さを象徴するようだ。

「……宜しくお願いします」

「正々堂々、戦おう!」

 お互いに剣を構えて、戦いが始まる。

 ゴードン公爵代理が剣を振り上げたと思った瞬間には、大きく一歩踏み込んで振り下ろされていた。さすが優勝候補、メチャクチャ早い。最初の一撃は読んでいたようで、リカルドは難なくかわす。

 そのまま数回、切り結んだ。剣の音が闘技場内に鳴り渡る。


 リカルドの登場時は引っ込めなどという声もあったけど、なかなか白熱した戦いに、だんだんと文句は少なくなった。

「しっかりリカルド! ドバカとの違いを見せつけるのよー!!!」

 私が応援してあげようじゃないの。

 会場ではゴードンコールだけでなく、リカルドを応援する声もちらほら上がってきたわ。ただし、しっかりしろとか踏み出せとか、上から目線が多い。大丈夫か、侯爵家が残ったら継ぐ男だぞ。もうちょっと忖度そんたくしてもいいんじゃないの?

 シメオンは静かに観戦している。


 戦いはゴードン公爵代理が有利で、リカルドは徐々に下がらされていた。横に移動しようとも、ゴードンの剣がリカルドを追う。

 リカルドはすっかり防戦一方になった。なんとか防いだものの続く攻撃に耐えきれず、よろけて体勢を崩した。

「ぐっ……!」

 すかさず打ち込まれた一撃が脇腹に当たり、リカルドは低くうめいて床に倒れ込む。


 ついに決着が付いた。

 ゴードン公爵代理の勝利を喜ぶ声がこだまする。倒れているリカルドに、ゴードン公爵代理が手を差し出して、立たせた。そして肩をポンポンと軽く叩く。

「さすがだ、リカルド君」

「チャンスを頂き、ありがとうございます。少し吹っ切れました」

「これからが大変だろう。俺も力になる」

 しっかりと手を握ってゴードン公爵代理がねぎらう姿に、ヤジを飛ばす人はもういなくなったわ。さすが人気者。


「ここでアロイシアス様からの伝言があります」

 試合の解説をしていた人とは違い、女性のアナウンスが入った。

「これもシメオンさんが?」

「ああ、頼んでおいた。このタイミングが一番効果的だ」

 頷く吸血鬼。人間の心境に詳しいのねえ。


『私の事情により、ゴードンが参加を見送ることになってしまい、ゴードンにも、楽しみにしていたファンの方々にも大変申し訳なく思う』

 最初は謝罪から始まった。被害者が謝る理由が分からん。これが貴族社会なんだろうか。会場内は静まり返って、会話をする人もこそこそと小声になっている。


『重度の呪いは家門が責任を問われるものだが、今回の試合の結果に関わらず、これをもって当家とスビサレッタ侯爵家は和解し、以降は当家として侯爵家に責任を問いはしない。犯人の処分に関しては、陛下に全てお任せする。みんなも思うところはあるだろうが、被害者である私の意思を汲んでもらいたい』

 要するに、“降爵とかしないで、侯爵家を残してあげてね。悪いのはドバカ!”という意味だ。

 アナウンスはまだ続いた。長くて飽きてきちゃった。


『リカルド・スビサレッタは真面目で実直な人物で、侯爵家を継ぐのに相応しい教養もある。弟のあやまちで彼の未来が断たれたりしないよう、私からも強く願う。我が友リカルド、君はよく寝付く私に何度も本を差し入れてくれたね。もう全て読み終えてしまったよ、またお勧めの本を届けて欲しい』

 最後は仲良しアピールと、また来てねというお誘いの文言。

 聞いてた観客が感動し、涙を流す人までいる。拍手喝采だよ、チョロいヤツらだわ。この様子なら、ここにいる人でスビサレッタ侯爵家に突撃するのはいないだろう。


 感動のうちに大会は閉幕した……、じゃなくて、まだ明日の弓の防衛戦が残っているのね。この闘技場じゃなく、別に弓技場があるみたい。なんでも馬に乗って矢を放ち、的に当てるのを競う競技と、動く的を打つ勝負をするんだとか。

 闘技場からは、ぞろぞろと人が流れていく。周辺はまたごった返すんだろうなあ。

「モーディーさん、呪術師の人たちが言ってた悪魔が出店しているお店って、どこにあるか知ってます?」

「ええ、知ってますよ。ご案内しましょうか?」

「では明日、お願いします!」

 ケットシーほど安く使えはしないだろうけど、ちょっと興味があるわね。色々と見聞を広げるのもいいことだ。


 その日は侯爵邸へ戻り、ダイニングルームの長いテーブルで、色んな種類のパンが食べ放題の美味しいご飯を頂いた。

 呪術師チョコメロンも席に着いている。ゴードン侯爵代理は決闘の後、会食に参加。兄のアロイシアスはまだベッドから動けず、部屋でスープや柔らかい野菜など、消化にいいものを食べているとか。

「水色パンダ老師は、まだ意識が戻らないんです。ただ、うわごとを口にするようになりました」

「眠りが浅くなってますね。目覚める日も近そう」

「ええ、早く回復して頂きたいです。さっきも『ワシは水色じゃ、ピンクではない』と、うなされていて……。痛々しい限りです」

 痛々しいか? アホアホしいんじゃなく?

 相変わらず帝国呪術師の感性は理解できない。


「ところでシメオンさんは、どこか寄りたいところはある? ボチボチ観光と買いものをして、帰らなきゃね」

 さっさと話題を逸らした。シメオンは食事の手を止め、少し考えていた。

「……そうだな、書店があれば覗きたい」

「本屋! そうだわ、私もケンタウロスから、古本でもいいから本を仕入れて欲しいって頼まれてるんだった。ケンタウロスって、どういう本が好きだと思います?」

「……相変わらず君の店は個性的だな。ケンタウロスなら知識になる本を好む……が、わりと流行を気にする。人気の小説なども喜ばれるだろう」

「へー、流行はやりもの! そういうのを探してみるわね」

 聞いてみるもんだわ。仕入れても買ってもらえなきゃ意味ないもんね、帝国で売れている本ってどんなだろうな。


「本はわりと重いからな。考えて買うように」

「へいへーい」

 私を見据えて釘を刺すシメオン。

 荷物持ちがいるから安心だ、と思っていたのを見抜かれているわ。他に布や雑貨も欲しいしなぁ。ワープが使えるとはいえ、量を調整しないといけないな。


「帝国では冒険小説が好まれますね。あとは悪を懲らしめるようなお話です。確か今人気なのは、“ゴードン・レンフィールドによるダンジョン制覇記録”と、“弓巧きゅうこうセスト・ヴァレリアーノの弓への道”それから、ロークトランド中立国の五芸天である、“エマーソン・ブラウンローの詩集 はなの章”ですね」

 チョコメロンが得意気に説明する。

 ここでも出てきた、ゴードン侯爵代理。自伝が人気なのかな。最後だけ作品の毛色が違うわね。


「詩集も人気なのか」

「はい、小説よりも気楽に読めて、文化の香りがしますからね! 特に貴族層でブームですよ」

 短くて文字数が少ないから、脳筋でも読みやすいのか。この国の人たちって、どこまでいってもブレないわね。とはいえ詩集、いいかも知れない!

 チョコメロン自身は呪術に関する本以外はあまり読まなくて、師である水色パンダ老師が本好きだと教えてくれた。アドバイスをもらいたいけど、彼はまだ目が覚めないからなあ。


 次の日、シメオンとモーディー、護衛二人も連れて一緒に本屋を目指した。

 目的の詩集、それからゴードン侯爵代理の本を買う。本人から話を聞いて作家が書き上げ、確認してもらっているんだとか。シメオンは小説を買っていた。

 次に古本屋に寄ると、角の生えた子供が買い取った本を目いっぱい箱に詰めて、まとめて運んでいた。軽々と持ち上げるわ、力持ちだわね。あれが小悪魔かしら。

 布のお店でも買いものをして、次に行くのは悪魔のお店。ここでの営業は本日まで。


 商店街の大きな十字路に、いくつかの屋台が出ている。ほとんどが食べものを売っていて、それに紛れて『小悪魔、貸します』との看板が立っていた。テーブルの上にあるのは、ノートと筆記用具、他に小さな箱が一つだけ。

 椅子に座るのは、肩より短い赤紫色の髪をした若い男性。髪と同じ色のコートを着ている。見た目はまるっきり人間みたいだけど、何か違う。きっと悪魔だわ。ラマシュトゥに似た雰囲気を感じる。

「ようこそ。小悪魔の力は必要? 紹介から契約の手続きまでサポートしますよ。合わない時のアフターケアも万全!」

「こんにちは、小悪魔ってどんなことができるんですか?」


 せっかくなので尋ねてみた。この世界にはあまりいないのだ。

 男性は自分の髪の毛をスッと触ってから、堂々とした態度で答えた。

「まあ色々。動物に姿を変えたり、計算ができるのや戦えるのもいるね。用途と金額に応じて派遣します。値段は応相談、なんなら貴族も紹介しますよ。こっちは相談料を取るよ、契約が成立しなくても」

 ほうほう、いろんなタイプがいるみたいね。

「もしかして、ラマシュトゥさんもここに登録してるの?」

「ラマシュトゥ様!? ありえないありえない、あの方は我々とは別系統だから」

 あの方って。偉い悪魔だったのか。男性悪魔は顔の前で手を振って、大げさに否定する。


「とりあえず、これ」

 小さい四角い紙を渡された。厚みがあり、簡単には折れなそう。なにやら文字が書いてある。

「えーと、なになに? 『ロノウェ小悪魔紹介・派遣カンパニー』?」

「代表のロノウェです。ヨロシク」

 ロノウェと名乗った男性は、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。

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