第47話 事情聴取と軍師の策
歓声が空まで届く。叫びが空気にぶつかり、闘技場内を揺らしている。
私は現在、闘技場にあるレンフィールド侯爵家のボックス席にいる。
今日の午前中は呪術師組合の聞き取りがあるのだが、ここですることになった。この国の人たち、本当に戦いが好きね!
呪術師組合からは男女二人が派遣された。ローブの下はワンピースという若い女性と、壮年の男性の組み合わせ。
試合場では決勝戦が行われている。戦っているのは男女で、剣をぶつけ合う音がカンカン響く。しかし動きが速すぎて全然分からん。さすがに最強剣士を決める戦いだけあって、素人が目で追うのは不可能だわ。
解説も取り残されて、感想を喋るだけになっていた。
「どうなってるのかな」
二人とも相手の剣が当たり、軽い怪我を負っている。
「現在の感じだと、男性が押してるな!」
「いっや~、女性の方もさすが前回三位、負けてないよ!」
呪術師の男性と女性が、ボックス席の手摺りから身を乗り出す勢いで眺めているわ。事情聴取じゃなくて、観戦が目的になってるじゃんよ。
試合場では男性が振り降ろした剣が空を斬り、避けた女性が踏み込む。男性は下がりながら、女性が真横に斬るつける剣を弾いて、体勢を整え即座に反撃した。
そのあとも何かあったっぽい。音はすれども剣は見えず。
「ぐううぅ惜しい!」
「ヴェロニカ頑張れ~!!!」
女性の名前はヴェロニカというらしい。そういえば、ヴェロニカコールとパルミロコールが続いているわね。
二人はいったん距離を取り、お互いに相手の出方を
その後、数回ぶつかって決着が付いた。
勝ったのは女性だ。女性の剣聖はまだ誕生していないので、午後の四武仙防衛戦に期待が持たれる。
「あー、いい試合でした。では聴取を始めさせて頂きます!」
「はいはい、どうぞー」
完全に試合優先だった。終わったら当然の流れのように始まったわ。
「まず今回の事件の主犯はスビサレッタ侯爵家の三男カルデロン、こちらは確定しています」
「間違いないですね」
私とシメオンは頷いた。これは質問ではなく、報告だろう。
「呪いについてですが、“ゴードン・レンフィールド公爵代理を対象にしたものであり、偶然アロイシアス様にかかってしまった。これは
呪いは罪になり、殺害まで狙っていたとなると、特に重罪になる。
なので加害者の証言だけで信じるのではなく、こちらの見解も聞きたい訳ね。罪が重くなると知っていて“殺すつもりだった”と正直に話す人も、少数派だろう。
「そうだな、増幅されただけだろう。悪魔と契約しておいて殺害を意図していたら、ただの愚か者だ」
私がもったいぶって答えようとしたのに、シメオンがサラッと喋っちゃう。私も殺すつもりはなかったと思う。ただのドバカ。
ちなみに試合場では子供の部の決勝戦の最中だわ。十四歳未満が戦っているよ。
「悪魔だというのは確かですか?」
質問は男性、女性は必死に記録している。
「実際に遭遇している。かなり高位の女性悪魔だ。名はラマシュトゥ」
「ひゃ~、よく犠牲者が出なかったんねぇ! ちょうどお祭りに出店してる悪魔がいるんだわ、聞いてみる?」
ペンを動かしながら、女性が男性に話しかけた。
「そうだな、終わったら顔を出してみよう」
「悪魔が出店って、なんか売ってるの?」
面白いものがあるのかな。悪魔の店、気になるわ。
女性が首を横に振る。
「人材派遣……いや、悪魔材派遣かな? 小悪魔を働かせて貴族が儲けるんじゃないの? 仲介料とかは取られるけど、今回みたいに黙ってヤバいことを進められるなら、払った方が安全でいいね」
はーはー、なるほど。仲介業ね。上手い儲け方だわね。
私もスパンキーとかケットシーの紹介で、儲けられないかな。しかしアイツらの行動の責任は取れないわ。
「商店街の付近に出店してますよ、今回はお試しで飲食店の店員を派遣したりしてました。なんせ試合見物に行きたい人ばかりだから、助かったでしょうねぇ」
男性が明るく笑う。
今年は小悪魔バイトのお陰で、時間短縮や休業するお店が少なくなったそうだ。あとで小悪魔の働きぶりを見てみるのも、悪くないかも。
男性の質問はさらに続く。
「それと、完全に体に行き渡った呪いを宝石に移して破ったんですね。すぐに返せたのに、いったん宝石へと移した理由は?」
「そのままだと器が壊れるからですよ」
なんか当たり前の質問だ。わざわざ聞くのかな、と思いつつ答えると、シメオンが捕捉してくれた。
「やり方の違いだ。君たち呪術師は、絡んだ糸を解くように丁寧に呪いを解く。しかし彼女は、引きちぎるようなやり方をする。以前吸血鬼の支配から救った男性は、健康で体力もあったにも関わらず、数日間は自力で起きられない状態になった」
「今回は呪いが重度な上、死にかけの病人でしたからね。あのままやったら、良くて脳や運動機能に重い障害が残ったんじゃないですかね」
死ぬ可能性の方が高かっただろう。アンデットになれば死んでも生きられるので、シメオンに噛んでもらい、眷属化してもらう手もなきにしもあらず。
「なるほど……。とりあえずこれで以上です、また何かありましたら協力お願いします」
他にも幾つか簡単な受け答えをして、聴取は終了した。
呪術師は午後の防衛戦も観戦してから帰った。ちゃっかりしてるなあ。
ちなみに防衛成功、女性は負けてしまった。緊迫した決勝戦とは違い、わりとあっさり決着がついてしまったわ。盛大な拍手で見送られる。
一番の注目だった最終試合が終わり、観客がぼちぼち席を立ち始めたところで、アナウンスが流れる。
「このあとは特別試合があります。時間に余裕のある方は、ぜひご覧ください。ゴードン・レンフィールド様、ご入場!」
会場中がザワッとして、試合会場に視線が集まった。ゴードン公爵代理の入場に、巻き起こる歓喜の声。席を離れようとしていた人も、再び座った。
ゴードン侯爵代理は侯爵家のボックス席に顔を向け、シメオンと
シメオンの策はこう。
前回の告発や今回の呪いのいきさつから、二家の確執は知れ渡り、下手をすると憶測からとんでもない噂になる可能性もある。
それを防ぐために、先に周知する必要がある。その舞台がここなのだっ!
熱心なファンや貴族が集まっているこの場で、まずは先手を打って発表する。もちろん、皇帝陛下の許可は得ている。勝手に公の場で暴露したら、さすがに被害者でも怒られるだろう。
ゴードン公爵代理がおもむろに、観客に向かって語りかける。
「当家の事情で参加できない俺を気に掛けてくれたみんな、ありがとう! もうある程度知っている人もいると思うが、今回の参加を見送ったのは、兄であるアレイシアス・レンフィールドが呪いによる病で危険な状況にあったからだ」
闘技場内に衝撃が走る。国の発表前なので、特に平民は呪いの事実を把握していないのだ。
「呪いだって……?」
「危険な状況って、そんなヤバイ呪いがあるの?」
「呪術師がこの大会期間中に、仕事をしていた……だと……?」
衝撃の方向がおかしい人もいるが、おおむね予想通りの反応だわね。観客達はゴードン公爵代理の続く言葉を待った。
「犯人はカルデロン・スビサレッタ。つい最近俺が告発した、侯爵家の三男だった。幸いにも兄は回復し、犯人は迅速に判明して逃亡の恐れもない。呪いが返り、今度は犯人が寝込んでいるからな。しかし、このままというわけにはいかない」
いったん区切って短い沈黙のあとに深く息を吸う。会場中が見守っている。
「帝国の伝統に
静まり返った中で、一際大きな声で宣言をした。
言い終わった直後に、割れるような歓声が
闘技場の中心で片手を突き上げるゴードン公爵代理に、満場のゴードンコールが降り注ぐ。
ゴードン公爵代理のファンは彼の戦う姿を見たかったんだろうから、試合をしてもらえばある程度の不満は解消されるはず。こうやってスビサレッタ侯爵家へ不満の鉾先が向くのを、抑える作戦なのだ。
ゲルズ帝国は元々『裁判より決闘でカタをつける』という風潮があったので、戦うのが
悪くない考えよね。さすが軍師シメオン、私の助手だけあるわ!
対戦相手は、リカルド・スビサレッタ。犯人であるカルデロンの兄だ。
本当に貧乏くじだなぁ、完全アウェイの試合だよ。私くらいは応援してあげようかな……、さすがにそういう気持ちになるわ。
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