第46話 報告会
侯爵邸では使用人が普段通りに働き、すっかり元の姿を取り戻している。現場となったアロイシアスの部屋はキレイに片付けられ、本人は意識が戻り、医師から回復に向かっているとの診断を受けた。
夕食時にゴードン侯爵代理から、私たちが出掛けた後の詳しい話を教えてもらった。
お城で今回の件を報告すると、皇帝陛下を始め、聞いていた人が全員激怒。すぐさまスビサレッタ侯爵とカルデロンに登城を命じたが、カルデロンが意識不明、侯爵は事態を把握できず、使用人からの聞き取りなどをするからと猶予を願い出たとか。
結局お城から貴族の犯罪を専門に取り締まる捜査官が派遣され、連行はされないものの、国軍の兵士によって侯爵邸は封鎖された。その日のうちとは、動きが早いわ。
事態の解明をするために、医師と呪術師は通してもらえる。
ラマシュトゥに関しては、実のところ今の今まで、カルデロン側は悪魔だと知らなかった。呪術師だと思い込んでいたわ。騙される方もドバカだけど、とんでもない悪魔だわね。
雇われただけで、しかも町全体に呪いをかけられる強力な悪魔だったので、捜索は断念。むしろ刺激しないように、とのお触れが出た。
呪術師チョコメロンは師である水色パンダ老師が目覚めないので、侯爵邸に泊まって看病を続ける。呪術師組合には悪魔の関与を伝え、注意喚起を
私たちからも事情を聞きたいから、明日の午前中はいてくれと言われたわ。午前中に決勝戦、午後からが四武仙の防衛線だから、防衛戦は見られるわね。本当に何日もかけて進行するな~。
「水色パンダ老師が敗北して意識不明となったことに、呪術師協会は非常に驚いていたよ」
「水色パンダ老師って、そんなに有名なんですか?」
ゴードン侯爵代理が苦笑いしている。私が目にしたのは倒れている姿だし、二つ名はギャグだし、すごそうなイメージは全然ない。
「ああそうか、他国では違うのかな。我が国で名前の前に色がつく呪術師は、『カラード』と呼ばれる上位者なんだ。最高位階は白で、現在は『ホワイトびわ』と名乗っていらっしゃる。色の名を冠するのは、呪術師にとって名誉なんだ」
「なるほど」
この国の呪術師でなくて良かったわ。レッド強欲とかになったら、なんか嫌だ。
そして二つ名のネーミングセンスがイマイチなのはチョコメロン師弟だけではなく、この国の呪術師が基本的にセンスがおかしいようだ。これはそう、あれだ。ダサい。
「こちらからも報告がある。他の者から既に聞いているかも知れんが、闘技場で今回の悪魔ラマシュトゥに遭遇し、ボックス席で共に試合を観戦した。彼女はこの国から出立するようだった。捕えるのなら周囲を巻き込むと公言していた、関わらぬが良いだろう」
シメオンの言葉の途中でゴードン侯爵代理が椅子をガタンと動かし立ち上がろうとしたが、結局そのまま座り込んだ。
しばらく無言で考えている。
「……私は犯人の一人が罪も償わずに逃げるのは、納得できません。依頼を受けただけ、という言い訳で済む問題ではありません! 何とかならないでしょうか……」
モーディーがゴードン侯爵代理に訴えかける。彼女は主人の意思に反してまで仕掛けようとは思わないっぽい。
もし巻き添えになりそうなら、早々に退散しよう。幸い
「気持ちは理解できるが、落ち着くんだ。そもそも他者を巻き込んでしまえば、兄上が悲しまれる」
「それは……」
モーディーもこれ以上は言葉を発しなかった。
「失礼します、スビサレッタ侯爵家のことで少々お話ししたいことが」
扉がノックされ、静寂を切り裂いた。男性だ、執事かな。
「入れ」
「失礼します」
執事は私たちがいるので少々戸惑っていたものの、侯爵代理に
「侯爵家を包囲している兵の一人が先程訪れ、スビサレッタ侯爵家のご子息が、我がレンフィールド侯爵家へ謝罪に訪れたいと申しているそうです」
「カルデロンは意識不明だったな? となると、長男のリカルドか。受けてやりたいが、うーん……、状況が状況だしな」
侯爵が腕を組んで椅子に深く腰かけた。てっきり突っぱねるのかと思ったけど、悩んでいるわね。そもそも侯爵邸は封鎖されているから、面会も難しそう。
「その長男とは、どのような人物だ?」
シメオンが尋ねる。私はカルデロンの家族なんて一切興味がない。
「……侯爵家の跡継ぎとして、厳しく育てられた男でな。交遊関係も制限され、かなり窮屈そうだった。笑った表情も、あまり見た覚えがない。対照的に好き勝手にさせてもらっていたカルデロンと、目に見えたひいきをする両親とも、仲が悪かった」
「どうやらマトモな人物のようだ」
「はい、軍師殿。私もお会いしましたが、身分を笠に着たりもしない、公平で物静かな方です。ただ、静かというより常に何かを我慢しているようにも見受けられました」
モーディーの言葉に、ゴードン侯爵代理も頷いた。
興奮気味だったモーディーも、ちょっと落ち着いたみたいね。そうそう、私のように常に平常心でいないと判断を誤るわよ。
「俺より年下だが、子供の頃から己を律してワガママなどを言わない子だった。侯爵はリカルドにかなり冷たかったと記憶している。侯爵家を継ぐためだけに努力していたのに、侯爵家が潰れてしまえば哀れでならん。他の連中はともかく、彼だけはどうにかしてやりたいな……」
「カルデロンのドバカ野郎が迷惑をかけた家に謝罪に行くのも、リカルド様でしたね。侯爵夫人なんて、“うちの子が悪いわけがない”とか、ぼけトンマな発言をしていました」
ふーむふむ、なるほど。ドバカのしりぬぐいをしたり、大変だったのね。
しかしモーディー、カルデロン関係になると急に口が悪くなったわ。よっぽど嫌いなのねぇ。
「相手方の侯爵家は、どのような処分になりそうだ?」
シメオンの問いに、ゴードン公爵代理は顎に手を当てて、うーんと唸った。
「……伯爵か、子爵への降爵はあるだろうな。あとは一部領地の没収、現侯爵は城での職を解任されるだろう」
「それだけではありません。最初の日に、侯爵家に人が押しかけていましたよね? 下手をすると、彼らが今度はスビサレッッタ侯爵邸を包囲します。国軍の兵に封鎖されているのは、良かったですよ……」
つまり暴徒化が心配なのだな。熱烈だったもんね。兵ならともかく、統率のない市民は抑えようがないのだ。
「……話をまとめると、スビサレッタ侯爵家の衰退は
「それです! さすが軍師どの……。策をお授けください!」
ゴードン侯爵代理が、今度こそ立ち上がる。そんなの簡単に浮かぶかなあ。
あ、分かった。
「カルデロンと侯爵夫妻の、市中引き回しと公開処刑をセットにしたらどうでしょう!」
シャロンちゃんナイスアイデア! 一部の人にとって、刑すらも娯楽だと聞いたことがあるわ。天才すぎて、軍師シメオンに嫉妬されちゃうかも。
あれ、みんなの視線がおかしい。黙って私から視線を逸らし、シメオンに注目する。
「……えーと、そうだな。なるべく早く手を打つべきだ」
私の提案は無視された。うーん、時代を先取りしすぎたみたいね。モーディーがこそっと、この国に市中引き回しのような刑はない、と教えてくれた。そかそか、
「
「さすが軍師殿! 侯爵家は封鎖されているし、今回の
さらに頭を抱えるゴードン公爵代理。難しい思考は、彼には無理なのだ。
「それに関しては、私に案がある。君がやるのなら、協力しよう」
「金貨一枚でっ!」
シメオンが言い終わる前に、私が人差し指を立てて代金を告げた。
「もちろん、相談料を支払う! よろしく頼む、軍師殿!」
「……ああ」
ゴードン侯爵代理がパアッと明るい表情になり、両手でシメオンの片手を握る。シメオンは握手しつつ、目を細めて私に視線だけ向けた。
いやね、交渉上手だなんて感謝してるのね。強欲様にお任せよ。
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