第45話 昨日の悪魔は今日も悪魔

 呪いに関してはいったんゴードン侯爵代理と呪術師チョコメロンに任せて、私は優雅に町へ繰り出している。トーナメントの準決勝はあっけなく決着がつき、続きは明日の決勝戦で。午後からはエキシビションマッチだって。

 四武仙は武器を使う人で、午後のエキシビションマッチは素手の戦いだ。スカウトだったり途中で負けた人がエントリーしたり、直前まで誰と誰が戦うのかすら分からない。

 お昼は侯爵邸に帰って……と思ったら、付き添いのモーディーがいい店を知っていると誘ってくれた。もちろん、奢りで。美味しい野菜料理の店だったので、次は肉料理の店に案内して欲しいと伝えた。

 呪いに備えて肉を食べないようにしただけだから、終わったしがっつり食べるわよ。


 エキシビションマッチは、帝都の闘技場で開催される。帝都に負けず盛り上がろうと、他の大都市でも行われている。

 私たちはモーディーに連れられ、貴族用の入り口へ向かった。待たずに済むし、兵たちはペコペコするし、気持ちがいいわ。レンフィールド侯爵家のボックス席を使わせてもらえるのだ。

 さて入ろう、というところで見知った人影を発見。

 黒い髪に黒一色の服、浅黒い肌。スリッドから片足が覗く。今回の呪いに力を貸した女悪魔、ラマシュトゥだ。

「よくノコノコ歩いてるわね、あく……」

「……ここで騒いでも周囲に迷惑がかかるだけだ」

 悪魔ラマシュトゥと叫ぼうとしたところで、シメオンに止められた。相手も私たちに気付き、こちらに近づいてきた。


「そうよ~、私は人間を巻き込むのなンて気にしないよ」

「奇遇ね、私もよ」

「君はもっと気にしろ!!!」

 なんかシメオンが怒鳴ってくるわ。血が足りてないんじゃないの、吸血鬼。

「強欲様、そちらの方もご一緒に席へ移動しましょう。お話は闘技場で……」

 入り口付近で立ち止まってしまったから、邪魔だわね。モーディーに促されて、侯爵家のボックス席へ移動した。なかなか広いし、飲みものをもらえるのよ。これがビップなのね!

 私とシメオンとラマシュトゥは試合会場に向いている椅子に座り、モーディーは立ったまま。

 試合の様子を確認する、侯爵家の記録係はすみっこの椅子に座っている。


「ところで、こちらはどういった方ですか?」

 まずはモーディーの質問から。モーディーと彼女の接点は、アロイシアスを操ってるところを、少し目撃した程度かな。

「こちら今回の呪術に協力した悪魔、ラマシュトゥさんです」

「悪魔……!? では犯人ですか!??」

 記録係も思わずこちらに顔を上げた。モーディーの表情が険しいわ。

「侯爵家のカルデロンとかいう男に頼まれたのよ」

「やはりスビサレッタ侯爵家のカルデロン様が……。しかしいいんですか、こんな簡単に依頼人を白状して」

 さすがに秘密にするかと思いきや、ラマシュトゥは聞かれる前に喋ったわ。あまりにも素直なので、モーディーは疑っている。


「アイツってばさ、威張り散らして気に食わないのよ。契約して代金ももらったからやったけどねぇ、黙ってる義理なンてないわ」

「そうそう、呪術師の補佐をしたんでしょ? 実際にかけた呪術師はどうなったの?」

 私が尋ねると、ラマシュトゥはにやりと楽しげに口元を歪ませた。

「呪術師の代わりを、私がしてさ。ただ、呪いを実行するのは恨みがある本人が一番いいって言ってね。おぼっちゃんには難しいかなって煽ったら、簡単にやったわ。バカすぎてウケる」

「え、依頼してるのに、わざわざ自分で呪いを? ドバカの考えって分からないわね~。てことは、のたうち回ってるのは、カルデロンなのね!」

 まさか、本人が呪いをかぶっていたとは! 呪術師に任せて静観するのが貴族ってモンなのに、自殺願望でもあるの、アイツ?


「そうよ、血を吐いてぶっ倒れたわ!!! 私がリンクを切ったから、全部アイツに集まってさあ。侯爵家は上を下への大騒ぎ! あはははは!」

「ホント、ウケる~! 今日日きょうび聞かない、とんでもトンマだわ!!!」

 ラマシュトゥも私も大笑い。しかしボックス席にいる他の三人は、微妙な表情で黙っていた。こんな愉快な話なのに。

 ひとしきり笑ったあと、ラマシュトゥは一息ついて足を組んだ。

「できれば相手が死んでくれたら良かったんだけどねぇ。呪いで人を殺す契約を悪魔わたしとなンてしたら、取り返しのつかないレベルで魂がけがれるのよ」

「……もしかして、輪廻から外れる?」

「そーそ、魔に近い存在になって、死んだら魂ごと消滅するよ。エコでしょ」


 人は死んでも生まれ変わる、と言われている。今回の呪いでアロイシアスが死んでいたら、カルデロンは生まれ変われなくなり、魂の死を迎えた訳か。全然教えていないんだろうな。それも自業自得だが、私の依頼人を死なせるわけにはいかないのだ。

 呪いが成功しても失敗しても、カルデロンが損しかしない。なかなかえげつない罠だわ。

 そういえば、ラマシュトゥも依頼を受けてたのよね。

「ねえねえ、呪いの依頼っていくらだった?」

 なんとなく声を潜める。大っぴらにする話題でもない。


「金貨十五枚だった。準備金に金貨五枚、合わせて二十枚のいい儲けよ」

 意外とお高い! こりゃあ呪いの依頼を受けるのも仕方ないわ。誰も彼女を責められない。責めたところで、危険なだけ。

「お金のために、呪いで殺そうとするなんて……! ラマシュトゥさん、あなたも捕えられますよ。我が国では呪いで害するのは犯罪です!」

「……捕える? 私を、人間が?」

 モーディーが言い放つと、ラマシュトゥは挑戦的な瞳で彼女をにらみ返した。

「……やめておけ、手に負える相手ではない。お帰り頂くのが正解だ」

「吸血鬼の言う通り。人間どもみたいにみみっちい真似をしなくても、私の呪いならこの町くらい簡単に病に感染させられるンだから」


 背もたれにふんぞり返って、軽く手を振り上げる。ハッタリではなく、本当だわね。かなり力の強い悪魔だ。モーディーは何か言い返そうとして、グッと言葉を呑んだ。

 私の立場から言わせてもらえば、町の総人口が呪いによる病に罹患した場合、お金を一番たくさん払う人から解呪するという解決策がある。お金で決めるのか、と非難する貧乏人もいるだろう。しかし医者や呪術師に頼った順か、重症度が高い順か、貴族を優遇するのか、そういう選択肢の一つでしかない。

 悪魔の呪いによる病を、複数の人間を同時に治すのなぞ、不可能なのだ。夢は寝て見ろ。

 

 試合場では女性同士の戦いが繰り広げられている。お互いにパンチや蹴りを繰り出すが、ガードされてなかなか有効打ゆうこうだがない。

 いったん間合いを空けた。短い膠着こうちゃく状態の後に、急に片方が動き出し、相手はそのタイミングに合わせて回し蹴りを放つ。

 慌てて手で防ごうとしたものの、攻撃を読み間違えていたのか、見事に側頭部にヒット。

 ガクンと倒れ、動かなくなった。脳しんとうだわ。

 会場中が大盛り上がり。

「うわー、綺麗に入った~」

「意識を失ったわねえ」

 感心する私とラマシュトゥ。侯爵家の記録係りは、試合内容をしっかりと記録していた。


 その後はタッグマッチや、複数の人間が同時に戦って勝ち残りを目指すなど、なかなか趣向が凝らされていた。戦いはこの国では娯楽なのね。

 最後は今回は挑戦を受けない、『じょう術のペルーラ』という四武仙の一人で、紅一点の女性の演舞が行われた。演舞といっても、数人をぶっ倒すのだ。

 杖で打ち、投げ、倒し、とどめ……は、さすフリだけ。

 四武仙は武神バッティルの加護を持っているようだわね。時々神聖力を感じるわ。

 うん、なかなか楽しかった! 闘技場内は盛大な拍手と歓声で盛り上がる。私も拍手をした。


「今日はいい席で楽しめたわ! サンキュー!」

 試合が全て終わり、ラマシュトゥがご機嫌で手を振る。

「もう侯爵邸は出たんでしょ? どこに行くわけ?」

「ん~。楽しんだし、そろそろ別のところへ移るかな。適当に観光してるわ」

「じゃあね、もう会うこともないわね!」

「さあねぇ」

 また面倒な事件を起こさなきゃいいけど。ラマシュトゥの姿は人混みに消えていった。


 試合の観戦が終わってから買いものしようとしたのに、混み過ぎちゃってダメだわ。私は大人しく侯爵邸へ帰った。人が多いので、馬車を動かすのも一苦労よ。

 馬車の中で、モーディーは浮かない表情をしていた。

「どうしたの?」

「……やはり、あの女性悪魔をみすみす見逃すのは納得できません」

 主家しゅかが危険に晒されたから、彼女はラマシュトゥも捕らえたい様子。お勧めはしないなあ。

「……結局は悪魔に頼る人間の罪だ。あの悪魔は、私が霧になるのを防いだ。それは、私より魔力がある証拠。少なくとも戦いになるのはお勧めしない。犠牲が大きくなりすぎる、合理的に判断すべきだ」

 やっぱりあの悪魔、いい加減に見えて軍師シメオンより強いのねえ。

 私も退しりぞけるのが精いっぱいで、倒せる気はしないわ。そもそも倒す必要はないし。


 モーディーはまだ何か考え込んでいるようだった。

 これはアレね、肉を食べるか金貨を目の前にすれば、気分が晴れると思う。

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