第44話 決着!
呪いにかかったアロイシアスの部屋へ急ぐ。
逃げるメイドと廊下ですれ違い、邸宅内はいつになく騒がしかった。
目的の部屋に近づくと、叫び声が聞こえてきた。
「師匠、師匠!!!」
『なかなかしぶとかったねぇ。ようやく主導権を奪えたわ。さあ、次はアンタだ』
女性の声に、男性の声が重なって同じ言葉を喋って聞こえる。
開けっぱなしの扉から覗く室内は、護符や水晶の欠片が散乱し、絨毯に血の染みが点々と付いている。
床には師匠らしき明るい水色のローブを着た人物が倒れていて、脇で呪術師チョコメロンが体を揺さぶっていた。彼自身も苦しそうに肩で息をしている。ゴードン侯爵代理は扉の近くに立ち尽くし、アロイシアスはベッドの近くに立っていた。その手が血に濡れている。
「モーディー。侯爵代理をすぐに避難させて、ここは私たちに任せるんだ」
シメオンがモーディーに指示をした。動けずにいたモーディーは我に返り、ゴードン侯爵代理の腕を引っ張る。
「分かりました。ゴードン様、失礼します。我々は邪魔になってしまいます! 部屋を出ましょう」
「兄上……」
あの豪胆な男が、呆然としてヨロヨロしているわ。モーディーは倒れたまま動かないチョコメロンの師匠も肩に抱えて、先にゴードンを部屋から逃がした。扉がバタンと閉められる。
部屋に残るは私とシメオンと、満身創痍の呪術師チョコメロン。
『この前の愉快な女。殺すには惜しいから逃げてもいいよ』
「悪魔ラマチュチュ……、チュ、チャ、ラマシチュー! どうやってアロイシアス様の体を乗っ取ったの? このままならその体は長くもたないのに、何をするつもり!?」
『……ラマシュトゥよ』
ちょっと言い間違えたけど、似てるからセーフね。
「強欲様! 私の師匠である、水色パンダ老師が呪いを解こうとしたところ、力及ばず悪魔にアロイシアス様の体の主導権を握られてしまいました。呪いが細部まで浸透しているんです。先に呪物を壊さなければ、解呪は不可能です……!」
「水色パンダ!!!」
名前がおかしくて、話が頭に入ってこないわ。ゲルズ帝国の呪術師って、どういうセンスをしてるのよ。
えー、そうアレ。スビサレッタ侯爵家を破滅させないと、呪いは解けないと思い込んでいるのね。そんな内容だった気がする。
「シメオンさん。短い時間でいいんで、押さえていられますかね」
「短時間ならば」
「ではチョコメロン様! これに呪いを移してください」
私は盗賊からの戦利品である、赤黒い宝石の付いた指輪を渡した。呪いが完成している今の方が、他のものに移行しやすいのだ。
「分かりました。ですが、今度は持ち主が呪われるだけですよ」
「この強欲様にお任せを!」
犯人を突き止めて金貨五枚なら、解決金は倍率ドン、さらに倍してドンまであるかも!!! ぐおおお、力が
『この男の命が尽きるのが先か、お前たちが皆殺しになるのが先かなぁ!?』
アロイシアスの腕が横に上がり、食事用のナイフを手にチョコメロンに襲いかかる。顔色は青白く、さながらアンデッドのようだ。それこそ吸血鬼であるシメオンより、アンデッドっぽい。
「うわあああぁ!」
チョコメロンは慌てて横に飛び、ごろごろと床を転がった。まさにチョコメロンがいたその場所に、アロイシアスのナイフが刺さり、ガランと手から離れた。
『うーん、操作性がイマイチ』
「簡単に武器を手放す、貧弱な体で助かったわね」
「君は本当に口が悪い」
シメオンが私に文句を言って、体を霧にする。
次の瞬間、アロイシアスの後ろに黒い霧が発生し、濃く集まってシメオンになった。ゆっくりと振り返り移動しようとするが、重りでもつけているように動きが遅い。
『うっわ、本当に操作しにくいわ!』
「やれるか、チョコメロン」
「は、はい!」
チョコメロンが腕で床を押して立ち上がり、私の呪いの指輪を握ってシメオンが
「ぷぷ、あはは」
「……君はなぜ、笑っている」
「シメオンさんが真面目な顔でチョコメロンって言うと、おっかし~!」
ダメだ、笑いをこらえられない。シメオンは不機嫌な表情をしている。怖い顔をしても、笑えるものは笑えるわ。
「赤く流るるは、葡萄の血。
チョコメロンが呪文を唱えると、呪いが揺らいでいるのが分かった。
やれるっ。
ラマシュトゥが操るアロイシアスは逃れようと暴れ、黒いもやが体から立ち上った。ただのもやじゃないのかな、シメオンが顔を
僅かな隙にアロイシアスは逃れ、チョコメロンに向かって足を踏み出した。
チョコメロンは呪術を宝石に移しているので、逃れるどころか攻撃を防ぐこともできない。シメオンがアロイシスの腕を掴んで、動きを止める。
「簡単に手出しはさせん」
『アンタが人間の味方をする必要、あンの?』
「ないだろうな。ただ、亡き友へのはなむけにはなる」
金貨以外がはなむけになるかはともかく、それで動いてくれるなら助かるわね。
ニヤリ、とアロイシアスが笑う。
ドンッとアロイシアスの拳がシメオンの腹部を打った。
「ぐっ!?」
『私に触れてる間は、アンタは霧になれないよ』
霧になって攻撃から逃れようとして、失敗したらしいわ。近距離の攻撃を防ぐのって、難しそう。
「油断してる場合じゃないわよ! 今こそ破壊光線を放つのよ!」
「出せるか、バカ者!!!」
「ピンチに新技で派手にカタを付けるのが、真の強者ってモンでしょ!??」
『なンで漫才を始めンのよ?』
悪魔が呆れている。全く、私の親切なアドバイスに従わないから。
その間もチョコメロンは指輪を握り、呪文を続けていた。
「大地が芽吹かせた種よ、茎を伸ばし葉を広げ、花を咲かせたまえ。そして再び種に還り、新たな地に運ばれて再び花と開くように。川を渡り空を越え、この宝石で眠りにつけ。高きから低きへ、上から下へ、底より天上へ、あるべき場所へ……」
『ぐうぅ、アンタらが邪魔するから止まンないわ!』
アロイシアスから黒い煙が出て、呪いの宝石にどんどんと吸い込まれる。呪い同士の親和性があるので、キレイに取り込まれていく。赤黒い宝石が真っ黒に染まり、ついに煙の発生が止まった。
カクリと何かが外れ、アロイシアスは崩れるように膝を突き、床に座り込んだ。
「やりました……、呪いを全て移しました!」
やり遂げたチョコメロンから、再び指輪を受け取る。さて、後は私の仕事よ!
「親愛なる癒しの女神ブリージダ、揺るがぬ信仰を与えてください。我が魂よ、女神様を讃え、全ての恵みを心に留めよ。希望の光が世界を満たし、災いを払いますよう。暗きものを
私を包むようにプラチナの光が発生し、指輪の呪われた宝石がバリンと割れた。砂になってこぼれ落ち、大気に溶けて消えていく。後には金色の光がほんの瞬間、踊るように舞った。
ラマシュトゥの気配は既になく、呪いが絶たれる直前にリンクを切って逃げていた。さすがに引き際を見極めているわね。
もう呪いは雲散霧消し、空間が清浄な気に包まれた。
「なんだ、この光は? どうなったんだ!??」
扉の外まで光が漏れたのね、ゴードン侯爵代理が元気に扉を開ける。
「あ、もう済みました。アロイシアス様の呪いは消え、かけた相手に倍返しです。血を吐いて喉を掻きむしり、のたうち回ってもがき苦しんでますよ! 生と死の狭間でタップダンスを踊っている頃合いです」
ミッション・コンプリート! 私は笑顔で親指を立てた。やったぜ!
「血を……??? それは、大丈夫なのか……?」
晴れ晴れしい気持ちの私とは対照的に、ゴードン侯爵代理は呆然として、何度もまばたきをする。
「あれ、変だなあ。人は敵が苦しむと喜ぶものでしょ? 心配するなんて、貴方本当に人間?」
「俺が疑われるのか!??」
チョコメロンは眩しすぎたようで、両手で目を覆っていた。シメオンはさすがにいないわ、彼も直前に逃げたのね。常連吸血鬼に怪我がなくて良かった!
「……味方の心配くらいはしろ」
シメオンが開いたままの扉の向こうに立っている。
「まあまあ、私は軍師シメオンさんを信じているし、ましてや私たちの仲じゃないの! 言葉にしなくても通じるわ!」
「信じていると言われて、こんなに不快になる相手は初めてだ」
「皆さん、アロイシアス様と水色パンダ老師は、まだ意識が戻っていませんよ」
目が正常に機能するようになったチョコメロンが、アロイシアスの脇で呼吸や脈を確かめていた。生命の危機は脱しただろうが、まだ熱も下がっていない。病気の治療は続くのだ。
「そうだな、兄上にはベッドに横になって頂き、呪いが解けたのなら医師を呼ぼう。犯人も捕まえなくてはいけない、逃げられたら困るから急ぐぞ」
「実行犯は一週間くらいはベッドから動けないと思いますが、依頼人はわりと元気かも知れませんしねえ」
依頼人と実行犯は別だろうな。カルデロンのドバカが捕えられたら、牢で泣きべそをかいてるのを、からかいに行かねば。ついでにぶつけるちょうどいい石を、道ばたで拾っておこう。石なら無料。
その後、侯爵邸の避難指示が解除され、みんな持ち場へ戻った。ゴードン侯爵代理はお城へ今回の事態の報告と、スビサレッタ侯爵家に突入する許可をもらいに行く。
まだ意識がもうろうとしているアロイシアスには医師が手配され、メイドが看病を続けた。
呪術師チョコメロンと水色パンダ老師は、二人とも寝込んでいる。老師は操られたアロイシアスに襲われた怪我もあり、完治にはしばらくかかるだろう。彼の意識が戻るのは、数日後になるんじゃないかな。呪いの波動をがっつり浴びているから。
ちなみに彼が急遽やってきたのは、ゴードンファンだったからだ。チョコメロンに“のけ者にしてずるい!”と、迫ったそうだ。丸投げしたくせに。
私とシメオンはレンフィールド侯爵邸でお世話になりつつ、トーナメントの観戦や観光をするつもり!
事件についての証言もしないといけないから、まだ帰れないしね。お金さえくれればいくらでも証言する、と言ったら、
お金になりそうな部分を考えないといけない。
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