第43話 ミッション~報酬は金貨5枚~

 今晩はもう攻撃はないだろう。後はメイドに任せ、私は部屋へ戻った。シメオンはまだ残るみたい。吸血鬼だから、夜は強いのだ。私は寝る。いい仕事をしたので、ゆっくり眠れるわ。

 気がつくともう朝で、扉をノックされて目が覚めた。


「強欲様、ゴードン様がお呼びです。まだ起きられませんか?」

「ふあ~、起きたー。ご飯を食べてからでいい?」

かしこまりました、そのようにお伝えします」

 声からして、モーディーだったかな。しばらくするとメイドがワゴンを押してきて、この部屋で朝食をとった。濃い紫の髪のモーディーは、カーテンを開けて現在の様子を教えてくれる。

 シメオンがゴードン侯爵代理に、夕べの出来事を報告しているとか。それが終わった頃でちょうどいいわね。念の為に、肉と卵を使わない料理にしてもらっている。その方が祈りが届きやすく、聖なる力は強くなるのよ。

 ああ……血のしたたるステーキが食べたい……。


 お腹を満たしてから、ゴードン侯爵代理の執務室へ移動。モーディーも室内に入る。

「おはよう、夕べは大変だったようだな」

「ええ、とても恐ろしい戦いでした。私と助手で、ギリギリ! 本当にギリギリ、どうにか撃退できたんです!」

 まずは功績をアピールするのだ。背後に悪魔が関わっているとか、悪魔の危険性に関してはシメオンが説明してくれているだろう。シメオンはというと、澄ました表情でソファーで足を組んでいる。ここは辛かった~と訴えかける場面でしょ!


「軍師殿も手強い相手だと言っていたな。それで、色々協力して頂いているのに申し訳ないんだが、実はチョコメロン氏の師匠がいらっしゃることになった。術を他流派の方に見られてくないので、同席をしないで欲しいとおっしゃるんだ……」

 なにー!!! 報酬の配分の問題があるから、あれだけ余分な人物を加えるなと念を押したのに! のみの心臓か、チキン野郎め……!

 ゴードン侯爵代理は申し訳なさそうにしている。チョコメロンの師匠は、ゲルズ帝国で指折りの呪術師らしい。

 ここだ、今こそお金の話をする絶好の機会!

「……ところで、報酬について聞いてないんですが」

「とりあえず、チョコメロン氏と同額の金貨五枚を予定している」

「金貨……五枚!」

 報われた。今までの全てが報われた。天の国はここにあったのだ。

 来ていいよ、チョコメロンの師匠。


「夕べは寝ず番までして頂いた。金貨一枚、追加しよう」

「寝ずの番などいくらでもします!」

 実際には終わったら眠ったが、助手のシメオンが起きていたから寝ずの番はしている。うん、さすが私。

「同席せずに済むのなら、好都合だ。私は犯人を突き止めてくる。発信源が判明した、誰の家かを確かめる」

「軍師殿……、なんと頼りになる! お任せした。判明したあかつきには、追加で金貨五枚を約束しよう」

「必ずや突き止めて参ります~!!!」

 私はゴードン侯爵代理の両手を取り、力強く頷いた。そりゃ何度も頷いた。金貨五枚。金貨五枚。金貨五枚が追加される。五枚の追加、一枚、二枚、三枚、四枚、その次が五なのだ。


「う、うん。二人ともよろしく……」

 ちょっと引き気味の侯爵代理。モーディーも苦笑いしている。

「……背後に悪魔がいる。十分に気を付けるよう、呪術師に伝えてくれ」

「了解した」

 侯爵代理はシメオンに返事をしたものの、悪魔の脅威についてはピンときていないみたい。この世界を悪魔がお散歩するようになってから歴史が浅いので、危険性はあまり知られていないのだ。

 さすがに呪術師なら、この忠告を理解できるはず。

「じゃあ私も、助手のシメオンさんと出掛けます」

「モーディーを付けよう、護衛も必要か?」

「いりません。大勢だと怪しまれますよ」

 護衛はお断りし、三人で行動する。バレたと察知して相手に逃げられたり、証拠を隠されたら元も子もないもの。あの様子だと、悪魔は居場所を辿られたと教えないんじゃないかな。


 ちなみに、兄のアロイシアスが病気だと公表したので、門に押しかけていたゴードンファンは大分減った。それでも多少は残っているのだ。出入りがしやすくなったのは良かったわ。裏門には誰もいなかったので、こちらを使った。

 貴族街の街並みは綺麗で、ゴミも落ちていない。馬車が列を作って走り、歩いている貴婦人にはお付きの人が日傘を差している。

 私たちはシメオンの案内に従って、発信源を目指した。一軒一軒の面積が大きいので、間違えたりはしないだろう。長屋や下宿だと、特定するのが難しそうよね。茶色い家、白い家、オレンジ屋根の家。橋を渡り、クリーム色の四角くて長い家の前でシメオンが足を止めた。


「……ここだ。本館ではない、離れの方だな」

 モーディーが息を呑む。門には守衛が立っていた。

「……スビサレッタ侯爵家です。実は最近、ご子息のカルデロン様の不正を、ゴードン様が暴いて陛下に奏上したのです。逆恨みで呪いを仕掛けたんだわ……!」

 カルデロン。私に嫌がらせをした、あのドバカ野郎! まさかコイツが相手だったなんて!

 私は片手を開いてもう片手を握り、パンッと胸の前で景気よく合わせた。

「うっしゃあ、殴り込みじゃあ!!!」

「え!? 強欲様、お待ちください! 侯爵家の護衛がいますよ、邸宅内にも入れません!」

 腕まくりをする私を、モーディーが止める。彼女は弓が得意だっけ、殴り込みには向かないのか。弓矢も持っていないし。


「シメオンさん、出番です」

 四人の真祖のうちの一人、最強の吸血鬼の一角よ。今こそ力を発揮する時!

「だから私を巻き込むな。兵も呼ばれて、取り押さえられるのがオチだ。私は霧になって逃げられる」

 罪悪感もなく、しれっとしている。私を見捨てようなんて、なんて薄情な吸血鬼なの……!

「じゃあ門にいるヤツらを支配して、案内させましょう!」

「案内が家令か家人でもなければ、不審ふしんに思われて途中で止められますよ」

 この案もモーディーに却下される。目の前に仇がいるのに……!

 塀のそばで会話する私たちを、門番が警戒している。ゆっくり移動して、だんだんと門から離れていった。


「でもでも、この屋敷に呪物があるはず。それさえ壊せば……」

「……悪魔もいる、やめておけ。ラマシュトゥは強敵だ」

 シメオンがかなり真面目に制止する。悪魔は確かに怖いけれど。

「あら、お知り合い?」

「君も会っている。王都に行く時、馬車の護衛にロバとして混ざっていた悪魔だ」

 あ、あ、あー!!!

 思い出した! 盗賊退治に協力してくれた、女悪魔だわ。確かゲルズ帝国のトーナメント戦を見たいって、ワープチケットをもらってた。気さくな悪魔だと思ってたけど、とんでもないわ!

「あいつね……! 恩を仇で返すなんて、酷い悪魔ね!」

「相手は君に恩などない、と答えるだろう」

「悪魔や吸血鬼なんて、所詮そんなものよね。とにかく戻って伝えよう! チョコメロン様と師匠はもう来てるかな」


 私たちは急いで屋敷へ戻った。買いものも買い食いもしていない、本当に調べただけで終わってしまった。ただ、あのドバカに復讐できるチャンスなのはいい知らせだわ。

 レンフィールド侯爵家の屋敷は、いつになく暗い気配に覆われている。

 玄関を開けたら、使用人が慌ただしく走り、避難しろと執事が大声で触れ回っていた。

「どうしたんですか!?」

 モーディーが尋ねると、血相を変えて走っていた執事が足を止める。

「呪術師様が倒れる前に、屋敷から退避するよう伝えられたんだ。とにかく全員まずは庭へ……、そこの! 持っているものは置いて、庭へ出るんだ!」

 洗濯物を抱えたランドリーメイドに指示をし、私たちにも逃げるよう促して、執事は廊下の先へと急いだ。


「倒れる前って……、意識を失ってるの? 行きましょう、軍師シメオン!」

 使用人たちは状況を把握していないものの、指示に従って外へ急ぐ。私は流れに逆らって、アロイシアスの部屋を目指した。

「……余裕だな」

「ここで救えば、呪術師の取り分が全て私のものになるチャンス! 金貨十五枚はくだらないとみたっっっ!!!」

 ゴードン侯爵代理は金払いのいい顧客カモだ。彼の財布の命がかかっている。

 悪魔を恐れる私じゃないわよ!

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