第42話 夜半過ぎの攻防

 結局、謝礼の話はできなかった。そんなバカな。

 失意のうちに呪術師チョコメロンが帰るとのたまった。ヤツはもう報酬の話が済んでいるに違いない。裏切り者め。

 廊下で待っていてくれたモーディーと、部屋へ戻る。

 帰り際に、チョコメロンが私の部屋に寄った。シメオンはそのまま自室へ戻ったわ。

「少し、お話をよろしいでしょうか」

「へいどうぞ」

「では飲みものなどを用意させますね」

 モーディーはすかさず、メイドに頼んだ。何杯飲んでも無料なので、断わるいわれはない。

 飲みものが届くと、モーディーにも退出してもらってチョコメロンが話を始める。わあいアップルティーだ。クッキーもついているよ。


「……ゴードン様の前では口にできませんでしたが、私にどうにかできるレベルではないようです。強欲様でも手に余るようでしたら、私の師匠に来て頂こうかと……」

「その方は近くにいるんですか?」

 うーん、もしかして一人増えたら取り分が減るかも知れない。しかも師匠と呼ばれる人物。金貨の天秤が、まだ見ぬ呪術師に傾く。阻止せねば!

「ええ、普段は協会の呪術クラブにいますよ。僕たちが待機している建物です。今はトーナメントの観戦をしていまして……。“他人の生き死によりも、自分の楽しみが優先される”そうです」

「とても共感できます」

「共感できちゃうんですか……」

 そりゃそうでしょ、金塊でも積まれたならともかく。まだまだ未熟ね、チョコメロン。


「解呪できなくても、犯人を突き止めてゴードン侯爵代理と突入すれば、全部解決できますよ! とっても強そうですし、侯爵家の権力で平定できます」

「犯人さえ判明すれば、勝機はありますね……」

 おお、やっと自信を取り戻してきた。そうよ、あなたがやっつけた後に、私が殴るんだから! これが一番、私に負担がないシナリオなのだ。

「これはチョコメロン様が、一人前と認められるチャンスですよ! 私たちで解決しましょう。最初から頼りきりは良くないと思います!」

「確かに……、弱気になりすぎていました。侯爵家の方の依頼なので、失敗は許されません……。師匠に頼るのは最終手段として、まずは僕の全力を尽くします!」

 迷いを捨てたチョコメロンは、意気揚々と帰っていった。マスクメロンになれる日も近い。

 安心しろ、失敗しても骨は拾うからね!


 しかし問題は、解決するまでにトーナメントが終わらないか、ということだ。せっかく観戦に来たんだもの、見ずには帰れない。チョコメロンと入れ替わりで部屋に入ったモーディーに、トーナメントについてそれとなく尋ねてみた。

「トーナメントですか? ……そうですね、もうそろそろ準決勝くらいまで進むと思いますよ。準決勝くらいから見たいですよねぇ……。あと、四武仙の防衛戦。これが肝心ですよ!」

 そうだ、挑戦者を絞るトーナメントだっけ。ずっと見るのも飽きるから、メインだけでいいわね。

「じゃあ決勝から見るわ。日程を教えてもらえる?」

「準決勝の次の日です。進行具合を聞いてきます、毎年多少のズレは出るんです」 


 ゴードン侯爵代理が有力な優勝候補だけあって、こんな状況でも大会の様子を確認する使用人がいるそうだ。

 今回の剣術部門は女性一人も勝ち抜いていて、明後日が準決勝。弓は剣の決勝の後、四人で競う。馬に乗って的に当てる競技だって。

「シメオンさんと話しておかないと」

 私は打ち合わせのために、シメオンの部屋を訪ねた。

「どうした、強欲」

「シメオンさん、今晩中に呪いの犯人を突き止められそう?」

 私が尋ねると、いぶかしげな表情をする。

「……犯人は君が突き止めると豪語しなかったかね?」

「何言ってるの、それは助手の仕事ですよ」


 私は呪術師でもない七聖人。呪いを跳ね返したりはできるけど、ある程度の距離と方角を探るくらいならともかく、犯人の特定は難しいのだ。無理ではない。が、専門家がいるのに張り切るのもねえ。

「助手になった覚えはない。……が、発信源の見当はつけられるだろう」

「さっすが、私の見込んだ吸血鬼。今晩はアロイシアス様の部屋で番をしましょう! そうと決まったら、ぜには急げ!」

「銭ではなく、善は急げだろう」

「銭は善を具現化したものなのよ」

 力が正義なら、お金は善なのだ。これが古来よりの法則。

 方向性は決まったし、張り番は夕食時に申し出ればいいだろう。部屋に戻ろうとしていると、遠慮がちにノックがされた。

 入ってきたのは、かなり暗い表情をした若いメイド。まるで全財産を落としたような落ち込みぶりだわ。


「あの……呪術師様に、大事なお話が……あります……」

 深刻な雰囲気ね。彼女はうつむいて、絞り出すように喋っている。

「どうしたの? あ、やっぱり病人の部屋に怪しいものはなかった?」

 身を固くして、小さく頷いた。

「はい、見つかりませんでした。それで……実は……、私、……アロイシアス様の爪を、お渡ししてしまいました……」

「誰に頼まれて!?」

 まさかの告白! これで犯人が判明するかしら。

「その、以前から……色々な方から、ゴードン様のタオルや身の回りのものが欲しい、と懇願されていました。本当によくいるんです、そういうファンが! なので今回もそのつもりで……」

 私はこの邸宅を訪ねた時の熱狂ぶりを思い出した。確かに、奇行に走る変人がいてもおかしくない。爪をあげたのが、ファンサービスのつもりだったのか。


「しかし病に伏しているのは、兄の方ではないか?」

 シメオンの指摘に、メイドがビクッと震える。

「それが……、ちょうどアロイシアス様の爪をお切りして捨てるところだったので、これでもいいかなって……、渡してしまいました……」

 軽い気持ちで、とんでもないことをしてくれてるわね。

「……狙われていたのは家でも長男でもなく、ゴードン侯爵代理だというのはハッキリした。本人に伝えなければ」

「そ、それは……」

 メイドは顔を真っ白にしている。解雇されても文句が言えない失態だ。

「悪意があったわけではないだろう、私からも口添えをする」

 面倒見がいい吸血鬼だなぁ。そう思いながら、私もついてゴードン侯爵代理の執務室を訪ねた。


 事情を聞いたゴードン侯爵代理は、片手で頭を押さえて深いため息をついた。メイドは彼の一挙手一投足に脅えている。

「も、申し訳ありません! まさかこのような事態になるとは思いもよらず……」

「……いや。俺も今まで深く考えずに、価値のあるものでもなし、くれていいと簡単に許可をしていた。よく告白してくれた。その勇気をもって、君の責任を問わないことにしよう」

「ゴードン様……っ!」

 叱責もせず許されて、メイドは感極まって泣きそうになっている。うむうむ、いい話じゃ。

「それで、渡したのはどんな相手だった?」


「……女性でした。今思うと、ファンの方のような雄叫びを上げたりはありませんでしたし、逃げるように去っていって……、ファンの方というには様子がおかしかったです。北側に走っていきました」

「北か……」

 ゴードン侯爵代理は、考えを巡らせて黙り込んだ。犯人の心当たりがあるのかな。相手も貴族だろうから、迂闊に口には出せないんだろう。もしくは脳筋だから、ここまで説明されても予想すらつかないかの二択だ。


「今晩は私が被害者の部屋で見張りをする。夕べの様子から、仕掛けてくるだろう」

「ええ、私も助手と一緒に見張りをします! 呪術師強欲、呪術師強欲をよろしくお願いします」

「……迷惑をお掛けするが、よろしく頼む」

 ゴードン侯爵代理が、席から立ち上がって頭を下げる。

 なんかこう、アピールしておいた。シメオンがまた微妙な表情で私を見ているけど、言わないのならば言わない程度だわね。

 肉と卵を抜いた夕食を食べてからお風呂を使わせてもらい、夜に備える。十二時から二時くらいが一番の正念場なのだ。


 草木も眠る丑三つ時、吸血鬼は目が冴えている夜夜中よるよなか

 私たちが部屋に入った時に少し意識が戻っただけで、ほぼずっと眠り続けているアロイシアスから小さなうなり声が漏れた。重苦しい空気に包まれ、白檀のお香の煙が不自然に揺れた。チョコメロンが彼の腕につけさせた、魔除けの黒いブレスレットの色が鈍くなる。

 うひょ~、きたきたきた!

 シメオンがアロイシアスの体に片手を触れて、目を閉じる。


「……ここか」

『辿りきったね、到着~』

 夕べの女性の声がする。明るい声で、遊び半分なんだろうな。いや、よく真祖の吸血鬼の動きを察知してるな。あっちもやるわね。

「居場所は掴んだ。今のうちに手を引くのなら、追及しない」

 もしこれで攻撃が止んだら、安心させて奇襲するんですね、分かります。

『余裕ねえ。あははははっ! これからが本当の始まりなンだよ!』

「ううう……、ぐああぁあ!」

 くらい気配が増大した。アロイシアスが胸を押さえて、苦しそうに叫ぶ。


「アロイシアス様! どうなさいましたか!??」

 今は外に出てもらっているが、看病の人が夜を通してついているのだ。ドンドンと扉を叩く。

「入ってくるな!!!」

 シメオンがいつになく強い口調で、叫んだ。まあ邪魔だわな。かなりタチの悪いのが相手だからね。

「うわー、シャレならないわ! 呪いってこんなのある!??」

「……抑えるにも、この男の体力が持たない」


 真剣に対処しているが、これは分が悪そうね。強引に進めたら、アロイシアスが死ぬかも。ゴードン侯爵代理だったら生命力が余ってるから、問題なかったのになぁ。

「しっかたないわ」


 どうするか考え、私はブレスレットに力を籠めることにした。

「親愛なる女神ブリージダ、癒やしの乙女よ。救いの力をもたらしたまえ。純粋なる輝きで器を満たし、冥き道より迷い人を救いたまえ」


 私が祈り始めると、弾かれたようにシメオンが手を離し、あとずさった。直後にブレスレットが輝き、アロイシアスの息遣いが静かになる。

『……なかなかやるじゃん』

 バチンと音を立て、ブレスレットが壊れてモリオンが転がる。役目を果たしたわ、もう使えないわね。

「……君の種族は、悪魔だ」

『そういうアンタは、吸血鬼ね』

 急速に気配が遠ざかる。今回はこれで終わりっぽい。


「いやあ、なんとかなったわね」

「……何かする前に、私に言え! 私を巻き込むな!」

 おっと怒られたわ。赤い目でキツく睨んでくる。

「大丈夫、信頼してるわ!」

 グッと親指を立てる。シメオンならあのくらい平気、平気!

「君の信頼は誠意がない」

「誠意はお金にならないから、持ち合わせてないのよ」

 アロイシアスは、もう穏やかに眠っている。

 犯人も判明するし、これで早ければ明日には解決ね。良かった。

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