第41話 呪いです
「早速、本題に入ろう。俺は呪術などは詳しくない、家に来ただけで呪いだと判断した根拠は?」
ゴードンが執務机に両肘をついて、指を組んだ。
確かに、呪いすら気づけない鈍感な人間には不思議よね。呪術師チョコメロンが、背筋を伸ばして答える。
「これは気の流れとでもいいましょうか……。僕たちのように慣れている者には、特有の
「風の流れで雨の訪れを読んだり、海を眺めて離岸流を見分けられる者がいるようなものだ。同じものでも見方が違う」
シメオンが説明を加える。妙に理解しやすい。
「では呪いと想定して、どのような効果が?
「病の悪化の原因が呪いであると推測します。まずは呪いの方法や、かけている相手の特定を急ぎ、呪いを緩和させましょう。早く
「そうか……。どこのどいつだ……!? 本当に呪いならば、相手を洗い出してくれ!」
病弱なお兄さんに呪いをかけられたと聞き、ゴードン侯爵代理はとても怒っている。この人だったら精神力と体力で、効果が薄くなりそう。
……いや、この人にかけても、本人はケロッとしていて周囲に効果が及ぶのでは。たまにそういう、アホみたいに強いポジティブがいるのだ。
呪術師チョコメロンは神妙な表情で、頷いている。
「呪術師協会としても、必ずや犯人を特定しなければなりません。それと、病人の部屋に見慣れないあやしいものがないか、探しておいてください」
「それも呪いと関係が?」
具体的な話をするチョコメロンに、ゴードン侯爵代理は真剣な表情で質問をする。
「呪いにはいくつかの方法があります。まずは呪いを中継するものを、相手の身近に置く。他には、相手の爪や髪など体の一部か、本人と関わりの深い品を入手し、それを介して呪いをかける。この二つの方法が、主に行われます」
「……分かった、後で部屋を探させよう」
「どちらにしてもこの侯爵邸に出入りできる人物が犯人、もしくは犯人に通じている可能性が大きい」
シメオンが呟く。わりと興味があるみたい。私は特に深く考えず、とりあえず物知り顔で頷いておいた。
「もし魔物など、人ではない存在から呪いを受けた場合は、必ず対象と接触があるといわれています。お屋敷からあまり出られない方なので、その線は薄いでしょう」
「意識がはっきりしている時に、心当たりがあるか確認しておこう。静養していた領地からこのタウンハウスに移動したのは、十日ほど前。移動中は分からない」
思い返しながら語るゴードン侯爵代理の言葉に、シメオンは首を横に振った。
「直接受ければ、効果は一両日中に発揮される。発現が遅れても、せいぜい三日。時期を
ゴードン侯爵代理と、呪術師チョコメロンの視線がシメオンに集まる。
「素早く的確な推理……。この方は軍師か」
「心強い味方がおりますね、ゴードン様!」
二人のテンションが上がっている。どうして軍師になるのだ。
「……常識だ」
シメオンは冷めた目付きで二人を眺めた。二人はむしろ、さらに興奮する。
「その上、謙虚。なんと頼りになる方だ! いいか、この方のご要望を全て叶えるように」
「かしこまりました」
ゴードン侯爵代理が家令に命令する。家令は丁寧に頭を下げて拝命した。
「強欲様の
ヤバイわ。私の立場がシメオンに奪われてしまいそう。
まさか呪い問題で吸血鬼が
呪術師強欲として、私も存在を示さねばならないかも。
ゴードン侯爵代理の執務室である程度の確認をしたので、寝込んでいる長男の部屋へ案内してもらう。執務室からは少し離れていて、渡り廊下でつないだ別棟に部屋がある。本当に広い家だなあ。
長男の部屋の前に到着。同行していたモーディーが扉を開くと、看病をしているメイドが向き直って頭を下げた。モーディーは前回も今回も、部屋の外で待っている。
「窓を開けて空気の入れ換えをしましょう。カーテンも全開にして、部屋を明るくして。部屋を締め切ったままにすると、暗い“気”も留まりやすいのです」
呪術師チョコメロンの指示で、メイドが窓を全て開ける。
病人が寝ているので、薄いカーテンを引いたままだったようだ。
あー。ヤッバイわ。これ、もう何日ももたないわ。
風を通してマシになったものの、足が重い感じがする。
豪華なベッドに横たわる薄茶色の髪の男性は、ゴードン侯爵代理にどことなく似ているが、細くて不健康そうで、頬もやつれていた。
まつげが震えて、まぶたがゆっくりと持ち上げられる。
「兄上! 気がつかれましたか!?」
「……ゴードン……、喉が……乾いた」
起き上がろうとして、頭を持ち上げるだけで再び枕に沈んだ。体を起こす気力もない。
すぐにメイドが水を用意し、家令が体を起こすのを助け、ガラスのコップを口元へと持っていった。
「アロイシアス様。お気分はいかがですか」
呪術師チョコメロンが近づいて尋ねる。兄の名前、長いわね。
「……君は」
「ゴードン様から依頼を受けた、呪術師です。アロイシアス様は呪いに犯されていると思われます。お体の調子についてや、ここ数日で夢を見ていらっしゃったら、内容を教えて頂きたいのですが」
「呪い……? ……あまり良くない夢を見た気がするが、寝込んでいる時は不安からか、悪夢になりやすいんだ……」
突然のことに驚き、一瞬息を呑むアロイシアス。すぐに気を取り直して、思い返している。
「なるほど」
「ただ……、昨日は夢が覚める頃に、“あがけ”と、聞こえた気がする……」
おー、メッセージが本人にも届いていた。
「私も聞いた。呪いが解けるかという、挑戦だろう」
「なんと大胆不敵な!」
声を荒らげる呪術師チョコメロン。吸血鬼のシメオンもやっぱり聞いていた。ゴードン侯爵代理は目をしばたかせているので、普通にぐっすり眠っていたっぽい。やはりな。
チョコメロンは真っ黒い石が連なるブレスレットを出し、それをアロイシアスの腕に付けた。
「これは」
「魔除けです。多少は効果があるでしょう」
説明してからベランダに出て、隅に小さな皿を置いた。
そして平たい箱を出し、ふたを開ける。中には白いものが半分ほど入っている。次に八角
ベランダの両側に設置したら、換気を終えて窓を閉める。それから
アロイシアスには体力をつけるべく、少しでも食事を取るようにと忠告した。ふざけた呼び名のわりに、なかなか手慣れた男だぜ、チョコメロン。
話をしただけで疲れてしまったアロイシアスを休ませるべく部屋を辞して、入り口の左右にも塩を盛る。
対策が終わったので、再びゴードン侯爵代理の執務室へ移動した。
「……やはり確実に呪いで、相手は術にかなりの自信があるようです。私は一度帰り、また明日参ります。対策の効果を確かめましょう」
声が低い。予想以上に手強いのね。
「呪いなど、卑劣な! 我が家に不満があれば、直接向かってくればいいものを。“話し合うより殴り合え”。それが古き良き帝国貴族の
「全くです。裁判よりも決闘で蹴りをつける。この
お前も脳筋か、呪術師チョコメロン。ここは脳筋帝国だったのか。家令まで常識です、という表情をしているわ。
「ところで、強欲様のご意見も伺いたいのですが」
「私ですか? ええ、殴るのが手っ取り早いと思います」
唐突にチョコメロンに振られて、驚いたわ。帝国貴族のことは、よく知らないわよ。
「それはそうですが、呪いについてです」
なんだそっちか。シメオンが呆れるような眼差しを私に向けている。
「えー、呪いですね。発信源はかなり近い場所に思えますね。殴りに行ける距離なはずです」
「殴りに行ける距離!?」
ゴードン侯爵代理と呪術師チョコメロンの声が合わさる。それも分かってなかったのか~、遠回りしそうな人たちね。
「ゴードン様、このお屋敷に呪具がなければ、呪いの緩和と相手の特定を急ぎましょう。こちらにない場合、相手側に必ず呪具があります。それを破壊すれば、呪いは行き場を失うのです。近いのなら好都合です! 非常に強い呪いですので、下手に解こうとするよりも安全ですよ」
「そうか……、希望が見えたな。二人とも、そして軍師殿。兄上を必ず救ってくれ……!」
「お任せください!」
とてもやる気のチョコメロン。よきかなよきかな。
「ええ、私もお手伝い致します。呪いの発信元を突き止める方に、
「……世話になる屋敷で、呪いによる人死にが出るのも寝覚めが悪い。夜は我々、魔に属するものの時間だ。呪いを活発化させないようにしよう」
おお、相変わらず気取ってるわね、シメオンは。
「ところで謝礼は」
「クールだ! さすが軍師殿!!」
「かっこいい……! 師匠よりこの方の弟子になりたい」
やたら感激している二人の耳に、私の質問は届かない。
ゴードン侯爵代理は軍師と呼んでシメオンを気に入っているし、チョコメロンに至っては呪術の修行をしているのに、吸血鬼の弟子になりたいと言い出す始末。気取った生き方でも学ぶつもりかな?
なんだろう、この疎外感……。
お金の話をさせてくれー!!!
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