第40話 呪術師強欲様、爆誕!

 お部屋はシメオンと隣同士だった。

 大きな花瓶には活けたばかりの元気なお花。棚やクローゼットがあり、いくらでもものを入れられそう。入れるものがあんまりないけど。天蓋付きの広いベッドの脇には、水差しとカップが置かれている。

 とりあえず棚の扉を開けて中を覗き、クローゼットの引き出しを下から順に開けた。下からなら閉じなくても、全部確認できるのだ。

 クローゼットには寝間着が入っていた。準備いいわね。棚にあるのは帝国の歴史とか、ゲルズ帝国に関する本なので特に興味はない。鏡面台にはブラシと、よく分からない液体やコットンが置かれている。お風呂あがりにペタペタするヤツだと思う。


 ああ……またもや、ふかふかソファーが私を待っていたわ……。明日出かけるのが億劫になりそう。

 ベッドで横になって休んでいると、扉がノックされた。

「お食事をお持ちしました」

「はいはいはいー!!!」

 待ってましたよ、ご飯ちゃん! 勢いよく起き上がる。扉を開けて、ワゴンが入ってきたわ。

「急でしたので、大した用意もできずに申し訳ありません」

 メイドはそう言うが、立派なサンドウィッチに具だくさんのスープ、ローストビーフ、スモークサーモンがたっぷりのサラダ。デザートにブドウやオレンジなどのフルーツがちょこっとずつ。


「美味しそうです、ありがとうございます!」

 ワゴンからテーブルに料理を移してくれるので、私は椅子に腰かけて、いざ食べる時を待つ。

「明日の朝食もこちらにお持ちしましょか? 食堂へ移動されますか?」

「あ~……明日の朝はここでいいですか? 明後日から食堂で」

「畏まりました。昼食はどうされますか?」

「食べてから、出かけます!」

 侯爵家の本気の料理を食べてやろうではないか! 観戦や観光もしたいが、なんとかして毎食ご馳走になろう。美味しいサンドウィッチを頬張りながら、私は心に固く誓った。


 お風呂も使わせて頂いて、夜はぐっすり広いベッドで眠る。

 この心地よい眠りを乱すもの。

 ……呪いの波動があるわね。そういや呪いなんて話があったんだっけ。快適すぎて記憶の隅に片づけてしまっていたわ。うーん、うっかり感知してしまった。呪いって、たいてい向こう側と繋がってるからなぁ。


『簡単すぎてつまンないなー。そろそろ反撃してくるかな?』


 かなりに術者で、もっと気づかれないようにやれるはずなのに、隠す気がないわ。

 ……しっかしどこかで聞いた声な気がするわね。


『あがきな、人間』


 ここで言葉は途切れた。

 これ、わざと知らせてる! 挑戦状じゃん、かなりの自信があるな。

 まだ外は真っ暗で、木には月明かりが羽を休めている。人の子も眠る時間よ。私は再び目を閉じた。次に眠りを邪魔したら、相手をつきとめて直接殴りに行くからな。

 

「おはようございます。朝食をお持ちしました」

 今度はぐっすり眠れて、いつの間にか朝だったわ。メイドの呼びかけで目が覚めた。

「おっはよーございます! ちょっと着替えるので待ってください」

 すっかり寝過ごしたわ。慌てて着替えて、扉を開ける。

 今日の朝食はパンが三種類と分厚いベーコン、それからサラダにスクランブルエッグ。チーズたっぷりオニオングラタンスープも美味しそう。ロールキャベツまで。朝から豪華だわ。


 まずクロワッサンを食べた。ベリーのジャムが、また美味しいの。ジャムならビンに詰めて持ち帰れるわね。もらえるか、後で確かめよう。

「ところで、呪術師って呼びました? 同席したいんですけど」

「ええと……、私では分かりかねますので、少々お待ちください」

 メイドはいったん部屋を出た。とにかく私はご飯を頂いた。うっまうっま。ロールキャベツの柔らかさよ。

「失礼します」

 お食事終了間際に、大家さんの娘さん、モーディー・ハロウズがメイドに連れられてやってきた。彼女、メイドとかより上の立場なのかしら。

「呪術師の件ですが、ゴードン様にお知らせして早速手配しています。本日中にいらっしゃると思いますが……、もしかして強欲様も呪術師でしたか? 母の手紙には、雑貨屋をしている店子たなこさんだと説明されていましたが」


 答えようとして、考える。

 そういや、ここは侯爵家。カルデロンなんたらの家も、この国の侯爵家だったわ。繋がりがあるのでは。元聖女とか、カルデロンのドバカにいじめられた可憐かれんなシャロンちゃんだとか、教えない方がいいかも。ここでの私は雑貨屋兼、呪術師の強欲様。これでいこう!

「ええ。実は私も呪術を少々、たしなんでおりまして。なので、呪術がおこなわれていると即座に見抜きましたよ! 同席したらお力になれるかも!」

 そして犯人が判明したら、私の安眠を妨害した罪で殴る。決定だ。

「ありがとうございます、早速ゴードン様に報告します!」

 モーディーは足早に部屋を後にした。メイドと私が残される。

「呪術師様だったんですね!」

「ええまあ。で、あの。ロールキャベツ、お代わりできます?」

「はい、お待ちくださいませ!」

 わあい、お代わりがあるよ。ついでにオレンジジュースももらった。英気を養って、呪いに対峙たいじ……するのは他人。私は善意の傍観者。


 そうだ。私の呼び方について、シメオンと話し合っておかないといけない。元聖女とか、うるわしいシャロン様とか呼ばれてしまっては台無しだわ。

 食事の後に、シメオンの部屋を訪ねた。姿見の前に立ってるけど、鏡に姿は映らない。吸血鬼だもの。服を確認しているのかな……?

「どうした、元聖女」

「それそれ。その呼び方をやめて欲しいの。今の私はオシャレな雑貨屋の店主兼、呪術師の強欲様です」

「呪術師の強欲。そんな呼び名でいいのか?」

「実はゲルズ帝国の貴族とちょっとあったのよ。私を捜しているようだし、正体がバレないようにしないと」

 私の訴えに、シメオンは片手を顎に当てて考えるような素振りをした。


「それは気づいていた。特に悪意もないようだったが……、いいだろう。では、しばらく強欲と呼ぶ」

「それでヨロシク!」

「……本人が納得しているなら構わないが、本当にこの呼び名にするのか?」

 なぜか再度確認された。どこに問題があるというのかしら。

「もちろんよ、呼びにくいなら麗しのレディーとか、朝露のバラの君とかでいいわ」

「そうか強欲」

 渋ったわりに普通に呼ぶじゃんよ。全く、吸血鬼って面倒な生きものね。


 今日は呪術師を待つので出かけないことになり、お昼ご飯は羊のローストが一番美味しかった。

 そろそろアフタヌーンティーのお時間かしら、貴族のたしなみですわ、と考えていると、モーディーが私を呼びにきた。ついに呪術師が到着したのだ。

 ゴードン・レンフィールド侯爵代理とも初対面だ。緊張するなぁ。

 ここでいい印象を与えておけば、お食事の内容がランクアップする可能性がなきにしもあらず。


 まず案内されたのは、当主の執務室だった。廊下の反対側から、護衛に守られて誰かがやってくる。フード付きローブで顔を隠した怪しい人物、彼が侯爵家が呼びつけた呪術師ね。

 執務机に向かうゴードンは鉄さびのような赤茶の髪と、新緑の黄緑色の瞳をしていて、年齢は三十後半かな。強いだけあって、ガッチリした体格で肩幅が広い。

「客人に挨拶が遅れてすまない。俺が侯爵代理を務めている、ゴードン・レンフィールドだ。兄上だが、意識も薄弱としている。長居をすると負担になるだろうから、先にこちらで話をしておきたい」


 到着したばかりの呪術師が、私より先に挨拶をする。

「初めまして、ゴードン様。ご用命頂き感激です。……と、申し上げたいところですが……。かなり厄介な状況だとお見受けします。よく呪いであると見抜かれました」

「そちらの女性が、ご助言くださったんだ」

 二人の視線が私に集まる。ウォッホン。最初の印象が肝心よ。

「さすがにこれだけの悪意、すぐに分かりました。私は呪術師の強欲と申します」

「……強欲? お名前は……」

 ゴードン侯爵代理が尋ねようとするのを、呪術師が制止した。


「ゴードン様。彼女は道具を開発したり、協会で仕事をする呪術師とは違います。呪いや呪術の専門家でしょう。専門とする呪術師のほとんどが、本名など名乗りませんよ」

「そうだったか……、失礼。不勉強で」

 ほーん、私も知らなかった。興味なくて。本職がいると勝手に説明してくれるから、楽でいいわね。当たり前の顔をして澄ましている私のそばにいる、吸血鬼の視線が冷ややか。

「僕のことは“チョコメロン”と、お呼びください」

「分かりました、チョコメロン様」

 舐めてんのかコイツ。単にセンスが悪いだけかしら。

 とにかく、まずは意見交換ね。さあ、話を聞いてあげようじゃないの。呪術師チョコメロンの実力を見せてごらんなさい!

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