第39話 大家さんの娘さん

 表門からの侵入は不可能っぽい。そんなわけで、裏門へと移動した。使用人達が使う入り口もあるので、どこかから入れるだろう。

 ……もれなく全部の入り口に警備員がいるわ。

「あの~、モーディー・ハロウズさんの親御さんの知り合いで」

「今は誰も通せない。そろそろ客が到着する頃だ、あっちへ行っててくれ」

 けんもほろろに追い返される。

 ちょうど通りを馬車がやって来て、裏門の前で止まった。裏門には数人のファンが待ち構えており、門が開くのを待つ馬車に視線が集まる。馬車の沈んだ色をしたカーテン越しに、清潔な白いコートを着た中年女性の横顔が見えた。


「また医師みたいね」

「重いご病気なのか……」

「でも体の弱い長男さんかも知れないし、ゴードン様が病気とは限らないよ」

 ファンたちが囁き合っている。誰が病気かまでは分からないのものの、屋敷の中に大きく体調を崩している人物がいるのは確か。

 表門は人が詰めかけて使えそうにないから、裏門を使用しているのかしら。門が開くと馬車の車輪は再び回り、敷地内へ入っていった。


 ……ていうか、なんだろうな。嫌な感じがヒシヒシとする。

 多分、この屋敷の特定の人物に向けて、攻撃的な何かが仕掛けられている。体調不良の原因かも知れないわね。

「……いいのか」

 シメオンが眉根を寄せ、低い声で呟く。

 助けるのか、って意味かな。さすがお人好し吸血鬼。

「うーん……、状況が分からないし。とりあえず、中の人とコンタクトを取らないと! この手紙を大家さんの娘さんに渡して、私を家に招き入れてくれるよう頼めないですかね?」

 手紙を託すと、シメオンはふぅと小さくため息をついた。


 そして人目につかない場所から、霧になって塀を越える。持つべきものは吸血鬼の下僕ともだわ!

 私は改めて屋敷に意識を集中し、くらい気配を探ってみた。

 一番考えられるのは、呪い。呼ぶのは医師ではなく、呪術師や聖女、聖人が正解。もうどちらかに声をかけているのかしら。確認して、そっちの人に任せるのが最善ね。

 このよどんだ感じは、中途半端に手を出さない方がいい。

 何かが呪いを増幅させている、そんな危険な感じがするのよ。金貨をもらっても割に合わないわ。私がお金以上に大事にしていものは、自分の命しかないのだから。

 もちろん女神様への信仰も、お金と同じくらい大事な神聖なものよ! でも命がないと信仰ができないので、やはり私の命が世界で一番大事なのだ。


 考えていると、使用人用の狭い出入り口が内側からキイィと開いた。

 周囲にいた数人が、姿を見せた濃い紫色の髪の女性に駆け寄り、口々に言葉をかける。

「どなたがご病気なんですか?」

「ゴードン様の参加は、本当にないんでしょうか……」

「この愛と真心を、ゴードン様へお伝えください。私の心の詩を書いてきました」

 最後のヤツ、その手紙は後で黒歴史になってもだえるぞ。

「すみません、お屋敷の内情についてはお答えできません。こちらに……強欲様は、いらっしゃいますか?」

「はい、私です」

 手を上げると、女性はホッとした表情で手招きした。


「お入りください」

「はい!」

 元気に返事をして、なんとか入れるくらいだけ開かれた扉の隙間をすり抜ける。護衛はファンがもぐり込まないよう、ガードしている。

 追い立てるように閉まる扉。誰も入れないようにするの、大変だなあ。

「もう夜になる! 帰ってくれ、見回りの兵が来たら通報するぞ」

 さすがに追い返そうとしているわ。迷惑よね、暗くなるのに用もなく他人の家に押しかけるなんて。ファンなら気を遣わなくっちゃ!


 屋敷の裏手は貯蔵庫や使用人の家が立ち、厩舎に家畜小屋まであった。さすが侯爵家。

 細い道の先にある丸い屋根のガゼボで、シメオンが待っていた。

 薄闇に銀髪が、ぼんやりと光るように浮かび上がる。うーん、夜でも見やすい目印になるわ。暗くなったら白っぽい方が目立っていいよね。

「わざわざ母からのお手紙を届けてくださり、ありがとうございました。あの、お連れ様がどうしても早くしておくべきお話があるとおっしゃるのですが、母に何かあったのでしょうか……?」

「大家さんじゃないんです。大家さんは元気ですよ。占い師に恋愛運を占ってもらうと、張り切ってました」

「そうでしたか」


 シメオンってば、誤解される言い回しを。お母さんからの手紙にそんな言葉を添えれば、心配するじゃないのよ。とにかく本題に入っちゃうか。

「この家って、誰か病人が出てますよね?」

「ええ……。お医者様も数人いらしてますし、隠せませんね」

 歯切れの悪い答え方をして、モーディーが小さく頷く。集まったファンも複数の医師が訪れているのを、目撃しちゃってるしね。

「最近急に悪くなったんですね? で、恨まれる覚えってあります?」

「さあ……。政敵とか、ゴードン様のご活躍をうらやむ人物などはいます。恨みというか、色々なしがらみはありますよ」


 ないわけないか。政敵ならすぐ判明するけど、妬みだとどこでもらってきてるか、見当がつかないわね。

「呪術師とかには連絡してます?」

「いえ……。でも呪術で病を起こしたり、できるんでしょうか? もしかして、呪いになるんでしょうか? 法律でも禁止されているんじゃ」

 思い当たるふしがあるのか、彼女の語尾が震えた。

「やろうと思えばできるはずよ。法律で禁止されたからって殺人事件はゼロにならないでしょ、誰もが法律を守るわけじゃないわ」


「……実は……ご病気なのは皆さんが心配しているゴードン様ではなく、ご長男様なのです。体の弱い方で寝込むことも多く、いよいよ持病が悪化されたんだとばかり……」

 なるほど、いきなり死にかけてもおかしくないような人物だったから、病しか疑わなかったのね。シャロンちゃんの名推理で解決したら、アドバイス代くらい頂けるかも。なんといっても侯爵家!

「じゃあ早く呼んだ方がいいよ」

「すぐにゴードン様にお伝えします!」

 慌てて頭を下げ、移動しようとする。まだ大事な話ができていない!

「待って、宿が確保できてないの。庭のすみに寝泊まりさせてくれない!?」

「えっ!??」


 走り出したモーディーの足が止まる。私はすかさず手を合わせ、重ねて頼みこんだ。

「一晩でいいから、お願い!」

「さすがにお庭は……。それこそゴードン様のご判断を仰ぎませんと」

「よっろしくぅ!」

「ええと……、では客間でお待ちください」

 とりあえず侯爵邸への潜入は成功。庭は綺麗に整備されているし、邸宅はとにかく広い。必要ない部屋がたくさんあるんだろう。エントランスだけでも、キャンプができるほど広い。

 私が十人いても、寝る場所はありそうよ!


 通された客間は私の店の倍以上の面積があり、大きな窓に真っ赤なカーテン、白い壁には絵画が飾られ、ふっかふっかのソファーに暖炉まである。壁際にはメイドさんが控えていた。

 私は長いソファーに座って、背もたれの感触を楽しんだ。シメオンは一人がけソファーでゆったりと足を組んでいる。

 なんだ、この慣れた態度は。シメオンの家にもふかふかソファーがあるのだろうか。いずれこの吸血鬼の生態を、確認せねばならない。


 しばらく待っていると、初老の男性が姿を現した。

「失礼します。客室の準備が整いましたので、ご案内致します」

「泊めてもらえるんですか!?」

 もう部屋まで用意してくれたなんてっ! さすが侯爵家、気前がいいわ。

「もちろんです。この度のトーナメントで、モーディー・ハロウズは予選を突破していましたが、当家の事情で本戦への出場を断念しました。ハロウズが招待したお客様を手厚くおもてなしするよう、ゴードン様からおおせつかっております。せめてもの償いでもございます。お好きなだけ滞在してください」

 背筋を伸ばして身じろぎもせずに立つ執事から、素敵な言葉が流れる。

 好きなだけだって! 好きなだけ。ああ、家がなければ一生住みたい! 広くて綺麗な快適なおうち!!!


「では遠慮なく。ところで、お食事は……」

「ご用意させて頂きます。朝は七時、夜は十九時にご案内致します。お昼はお申し付けください」

 言えば出てくるご飯。オートマティックハウスと名付けよう。ここを私の別荘にしたい。大家さん、ありがとう!

 モーディーは執事にありがとうございます、と頭を下げている。よくできた使用人だ、うんうん。

「ただ……」

「ただ?」

 まさか滞在費を取る気か? 耳を澄まして次の言葉を待つ。


「当家の馬車はご利用頂けませんので、ご了承ください。護衛でしたら何人か付けさせて頂きます。ハロウズ、任せましたよ」

「はいっ!」

 なーんだ、そんなことか。家紋入りの馬車なんかで町へ行ったら、あっという間に包囲されそう。むしろいらないわ。

 大家さんの娘さんが私の世話係として、滞在中は付いてくれる。うむ、良きにはからえ!


 モーディーに案内され、客室へ移動。廊下ですれ違うメイドさんが、立ち止まって頭を下げる。

「……それにしても、強欲様だなんて随分な呼び方だと思いましたが、返事をして頂けて良かったです」

「? 強欲といったら私のことよ! 別に不思議はないと思うけど」

「名前だと、偽る者が現れるかも知れない。しかし強欲と言われて即座に反応するのは、彼女しかいない」

 シメオンがしれっと答える。群衆の誰かが私のフリをして入ろうとしないように、偽物対策らしい。

「本当にそうですね! 何人も名乗り出たら、判断がつかないところでした。助かりました、シメオン様」


 シメオンは普通に名乗ったのか。なんだか微妙な気持ちだわね。

 まあいっか、明日からトーナメントを観戦するぞー!

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