第37話 スビサレッタ侯爵家の事情(侍従の視点)
(シャロンがやって来る一週間ほど前です)
「もうやめときなよ、カリーネ」
「飲むくらいしか、やることがないわよ!」
行きつけの店のカウンター席で一人お酒を飲んでいたら、仲間が捜しに来てくれたわ。私は焼酎を追加で頼んだ。やってらんない。やってらんないわ。
フリーデル男爵家の三女として生まれて、お金のない実家を助けるため、自分の将来のため、十二歳からスビサレッタ侯爵家に仕えている。
本当はダンジョン攻略をしたかったけど、移動にも滞在にもお金がかかるし、とてもそんな余裕はなかったの。三男のカルデロン様の従者になり、ダンジョン攻略をするメンバーに選ばれた時は、とても嬉しくて信じられなかった。
これまでの訓練も無駄じゃなかった!
夢を叶えてくれた恩に報いるべく、カルデロン様にしっかり仕えると心に誓ったあの頃。
希望と感謝が不満と不信とへ変わるのは、わりと早かったわ。
カルデロン様と会えば会うほど、甘やかされたダメな息子なのは分かったもの。
そして攻略のメンバーは、全員が女性従者だった。
同性の友達はいないの? 従者は最低限で、学友とか切磋琢磨している仲間とか、そういう人を誘うんじゃなくて?
実際に攻略に行って、落胆したわ。昔から護衛をしていた女性従者が、やたら褒めたり過剰に守って、カルデロンはそれを当たり前のようにしていた。子供が自分のお片づけをできたら褒める、くらいのレベルよ。
クビになるわけにはいかないから、私も頑張って、ない長所を褒めたわよ!
三回目のダンジョン攻略で、あの事件が起きる。
瘴気のたまったダンジョンがあり、ゲルズ帝国の貴族がこぞって攻略へ向かった。カルデロン様ももちろんその気になり、侯爵様がプレパナロス自治国にたんまりとお布施をして、聖女様の派遣をお願いしたの。
やってきたのはシャロンっていう名前の、サッパリした性格の聖女様。
嫌な予感しかしない。絶対にカルデロン様と反りが合わないだろうと、最初から感じてた。シャロン様は高貴な輝きをまとい、位の高い聖女様なのは明らかだったわ。
カルデロン……、ゴホン、様。カルデロン様は聖女シャロン様に対して態度が悪く、こいつにマナー講習を受けさせろ、と本気で呆れたわ。
シャロン様はカルデロン様に、「先頭に出なさいよ、無傷じゃない」とか「いいから自分で戦え」とか、堂々と意見していた。代わりに叱ってもらえたようで、胸がスーッとしたわ!
それとシャロン様は、従者でも怪我が重ければ優先して回復をしてくださったの。カルデロン様は不服にしていたけど、護衛じゃなくてメンバーとして選抜したろ? 普通だからな?
回復は苦手とおっしゃっていて、確かに前回派遣された聖女様よりも治りが悪かった。浄化は凄腕で、どんな魔物も一発で消えちゃう。そもそもダンジョンでの魔物の遭遇率が全然違う。遭わないの。
そんな聖女様に難癖つけて、どこまで自分中心じゃなきゃ嫌なのかしら。みっともないったら。
結局途中で解雇して、他の優しくて気が弱そうな聖女様にバトンタッチ。新たな聖女様は、呆れた表情をしつつもカルデロン様に従っていた。きっと自治国からも、そうするよう言われたんだわ。気の毒に。私もこのままこの人に仕えていていいのか、真剣に悩み始めた。
ようやくダンジョン攻略が終わり国に帰ると、雰囲気が変わっていた。
なんと、同じダンジョンを攻略していたゴードン・レンフィールド侯爵代理が、カルデロン様の有り様を目撃していたの。本人は攻略に寄与していないこと、聖女様をお守りできていないことなどを、評議会と国王陛下に奏上していたわ!
すでに調査は進んでいた。先に派遣されていたシャロン様への態度の悪さや、プレパナロス自治国へシャロン様に対する自分勝手なクレームをつけたことが、明らかにされていたわ。
シャロン様はカルデロン様の主張をもとに責められ、自治国を追われてしまったとか。
我が国が事態に気づいた時には行方不明になっていて、国は上を下への大騒ぎ。やはり位の高い聖女様だったらしく、あってはならない事態が起こった、と国王陛下も頭を悩ませていた。
あの方を追放しちゃうなんて、自治国側も何かありそうだったけど、きっと政治的な問題だろうね。
そして現在。
カルデロン様は謹慎処分中で、貴族の中では笑いものよ。
スビサレッタ侯爵家自体が謹慎しているように家に籠もり、嫡男のリカルド様は、侯爵夫妻とカルデロン様に大激怒。侯爵家の名誉を回復すべく、駆けずり回っているわ。次男様は冷めたお方で、他国でほとぼりが冷めるのを待っているの。
侯爵家に仕えられていいな、と羨ましがっていた私の友達も、気の毒そうにして私を励ましてくれるわ。
カルデロン様は帝都のタウンハウスに軟禁状態。そしてゴードン・レンフィールド侯爵代理を逆恨みして、文句ばかり。
ゴードン様のファンである私は聞くに堪えず、飲み歩いてしまうわけ。お前は好きに出られていいな、とか八つ当たりされたけど、知ったこっちゃねえわ。誰の責任だと思ってるのよ! 私の未来まで真っ暗なのよ!
「カリーネの気持ちも分かるけどね、自分の体のためにもほどほどにしなよ。はあ……、レンフィールド家を呪う呪術師を探してこいとか、もうムチャクチャだよ」
仲間は呟きながら席に座り、お茶を注文していた。彼女はアルコールが苦手なの。
「呪術師って国家資格だから呪いなんかで失いたくないだろうし、“呪術で今より快適な暮らしを”が、我が国の呪術師組合のモットーなのにね。ほんっとバカ!!!」
「声が大きいよ、迷惑だよ」
カルデロンはゴードン・レンフィールド侯爵代理に直接手を出せないので、呪いをかけたいらしい。
下手に呪いなんてかけてバレたら資格を剥奪されるし、落ち目のカルデロンの命令で人気のあるレンフィールド侯爵家を敵に回したい人も、大金を積んだところでいやしないわよ。
自分が平民落ち寸前だって気づいていないのかしら。
「やってらんねー!!!」
「わ、ちょっと」
グラスを手に持ったまま、伸びをするように両手を上げた。飲み干したつもりでいたグラスの底にはまだ焼酎が残っていて、弾みで雫となってグラスから飛び出す。
「ぎゃっ! なにすンのよ、アンタ!!!」
通りがかった人に浴びせてしまった! 驚いている私より先に、付き合いで飲んでいた従者仲間が謝る。
「すみません、大丈夫でしたか」
「大丈夫じゃないよ! 一張羅なのに濡れちゃったじゃん!」
女性は三十歳前後で、黒い髪と茶色っぽい肌をしていた。他国からの観光客だわ。衣装は黒一色、大きなスリットが入っていて脚が見える。
黒いカジュアルなドレスにお酒がかかってしまった。さほど目立たないとはいえ、濡れた場所はシミになりそう……!
「綺麗にしてお返しします。あ、一張羅とおっしゃいましたね? 洗っている間の着替えを用意しますので、宿を教えてください」
酔いも一気に冷めたわ。ただ、上手く思考が回らない。従者仲間が対処してくれていて、申し訳なさすぎる……!
女性は相変わらず険しい表情をしているものの、仲間の丁寧な対応のおかげで少しは怒りが落ち着いたみたい。
「……宿が見つかンないの。いっぱいでさー、お金もあんまないし」
「帝都はこの期間、宿は満室ばかりですよ。郊外なら、まだ空きがあるはずです。あの、私の家でよろしかったら、お泊まりになりますか?」
「え、私の責任だし、私の実家で」
さすがにそこまで仲間に迷惑をかけられないわ。ここは私が泊めないと。貧乏男爵家とはいえ、一人泊めるくらいはできるわよ!
宿はトーナメントに参加する地方貴族の家族が応援にきて、長期間部屋を借りたり、毎年観戦するお得意様優先にするから、初めての人が帝都で探すのは難儀するの。
「助かる! どっちでもいいよ、一晩でいいから泊めてちょうだい! それと着替えも貸して、服は洗ってね~」
女性は嬉しそうにしている。成立ね!
良かった。ただでさえ奉公先がヤバイのに、私まで揉めごとを起こしたら、また噂になるところだったわ。仲間は私の耳元に口を近づけ、こそっと囁く。
「うちの方が近いし、大丈夫よ。両親はお客を迎えるのが好きだし」
彼女は子爵家で、領地はないもののそれなりにお金はあるのよね……。気を遣わせてしまったわ。
「ありがとう……。呪術師を探すので忙しいのに、ごめんね」
「いいよ、そもそも見つからない方がいいのよ。カルデロン様には適当に報告するし、……あ、ここは払いますので、いくらでも注文してくださいね」
あああ、また私が言うべきセリフを言ってくれている。
女性は私の隣の席に座った。
「な~に、呪術師って。楽しそうな話題ね」
「呪術師組合の方ですか!? 仕えている主人が自暴自棄になっていまして、本当に依頼があるわけじゃないんです」
私は慌てて否定した。呪いなんてマトモな呪術師に聞かれたら、それだけで通報されちゃう!!!
「とにかく食事をどうぞ、お酒はお好きですか?」
「好き好き! 奢りなら張り切って選んじゃう!」
仲間も必死に話を逸らす。こんな場所で出す話題じゃなかったわ。彼女はいそいそとメニューを開いた。
私たちは呪術師の話に戻らないよう、喋り続けたよ。
結局、彼女は仲間の家に泊まることに決定。ここから近いし。
移動中、彼女がいたずらな表情で一歩前へ進み、振り返った。
「で、呪術で何をしたいって? 主人の命令で探して、見つからない方がいいってンだから、ロクなこっちゃないね?」
「あ……、それは済んだお話で……」
気になってたのか。喋りやすいよう、誰もいない場所で聞いてきたのね。
「私はさー、この国のモンじゃないし。呪術師組合ってやらにも入ってないから、後ろ暗い依頼でも、やれるなら受けるよ」
どの国の呪術師組合にも属していない、フリーの呪術師。
ヤバい香りがしてきた。もしかして彼女、呪い専門だったりする……? そういう裏の仕事を引き受ける呪術師がいるって、本当だったの……!?
「……ですが……」
仲間も迷っている。引き受けたら、彼女が罪を負うことなっちゃう。
「もちろん報酬次第よ、仕事を探してる最中だったンだ」
私は仲間と顔を見合わせた。
やっぱり彼女は専門家なんだ。話をしてみてもいいかも知れない。カルデロン野郎……じゃなくて、様、がヤバイ呪術師を見つける前に、彼女に任せるのもアリかも。悪い人じゃなさそうだし。
お互いに頷く。
「……ええと、本当に逆恨みなんですが、主人がとある侯爵様を呪いたい、と息巻いているんです。相手は人望のある方ですし、露見する危険もあるかと……」
「へ~、呪い。その呪う相手の侯爵、会える? 死の病に感染させる、飛びっきりの呪いをあげるよ。安くないよ」
「殺さなくていいんです! 少し寝込むだけでも。今回の四武仙の挑戦権をなくさせる程度で……」
もうトーナメントは始まっているわ。
侯爵はシード選手だからまだ数日、時間がある。参加見合わせになったら、カルデロン様も少しは気持ちが落ち着くはずよ。
私は、とっても悔しいけど……!!!
「殺さないのォ~? 加減が難しいのよねえ。じゃあ私がやり方を教えて補助するから、呪いをかけるといいよ。恨んでる本人がやるのがいいね」
「主人にさせるわけにはいきません! 私がやりますので……」
真面目ねえ、私はそこまで忠誠は誓えないわ。彼女は笑っている。呪い殺せるって、ずいぶん簡単に言うなぁ。実際に経験もありそう。
前言撤回、悪い人かも……!
「ま、私が説明するからさ。本人に選ばせなよ」
「そうですね、それが一番! ところで、お名前を伺っていませんでした。教えて頂けますか?」
押し問答にならないよう、私は話を進めた。本人がやりいいのよ!
「ラマシュトゥよ。ヨロシクね」
「よろしくお願いします。私はカリーネ、フリーデル男爵家の三女です。明日、一緒にお仕えしている侯爵邸へ行きましょう」
「オッケー!」
今晩は仲間の家に泊まってもらい、明日になったら改めて迎えに行く。客人を寄せる許可も、もらわなきゃいけないもの。
侯爵ご夫妻に知られたら、止められるわよね。内緒なんだろうなぁ。彼女を連れていく言い訳、どうしよう……。バレて怒られても、もういっか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます