第36話 ワープ!

 スラムの先生への用事を終え、診療所を後にした。

 相変わらず老人がのんびりと座ってお茶をし、昼間っからお酒を飲んで寝ている人がいて、小さな子供が遊んだりケンカをしたり、あら警備の兵と追いかけっこをしている人もいて。

 平和な路地の風景が広がっているわ。


 遊んでいる子供の中に、見知った緑色の頭が見えた。話しかけてくる兄妹だわ。二人でこちらへ駆けてくる。

「元聖女のねーちゃん。商売どう?」

「ぼちぼちよ。近々ゲルズ帝国へ行くから、しばらく留守にするわ」

「いいなー、お出かけ。遠いんでしょ?」

 妹が目を輝かせる。異国に興味があるのかしら。

「ふっふっふ、ワープチケットをもらったの。無料でパパッと行かれるわよ~」

「すっげー! めっちゃ高いチケットだろ!?? ねーちゃんて、実はスゴイ人だったんだ!」

 今頃気づいたの。私は立派な人物なのよ!

 気分がいいわ。とっても鼻高々。


「そんな感じだからさ~、しばらくは受け取れないけど、なんか売れそうなものがあったらよろしくね」

「売るほど余分なものなんてねえよ。今日も町で仕事を探すんだ」

「靴磨きとか?」

 子供がやってる仕事って、靴磨きとか下働きがイメージ強いな。汚れるような仕事、多いよね。

「お姉ちゃん、靴磨きは学校に通っているような子がするお仕事だよ。元締めがいて、お仕事をする場所とかお給料とか、決まってるの。簡単にできないのよ」

「え、そうなの!??」

 確かに、考えてみれば子供がするにはリスクが多い仕事な気がするわ。大人が管理してくれると安心だわね。しかも給料制だったのか……!


「オレ達はお手伝いとかゴミ拾いとか、お店の配達とかで駄賃を稼ぐんだ。早く大人になって、雇ってもらえるようになりてー!」

「そろそろお仕事、探しに行こうよ。じゃあね、お姉ちゃん!」

 二人は手を振って去っていった。私も雇ってあげるほど、お金が余っているわけじゃないからなぁ。それにしても旅行って、どのくらいお金がかかるのかな……。節約節約!

 私は戻ってお店を開けた。少しでも稼がなければ。

 願いも空しく、その日の売り上げはゼロだった。無情にも夜は来る。

 それにしても、猫いないんですかー、と聞く客はなんなのだ! 猫の店として知られてしまっている気がする……。


 出発まであと六日。私は木工所で余った切れ端をもらい、木のスプーンを作っている。三つ目に取りかかったところで、外をパカパカと走るひづめの音が響いた。音は私の店の前で止まった。

 はっ。これは客では?

 馬を待たせておく場所がないわ。大人しく待っていられるかしら。扉が開き、客が入ってくる。茶色い短い髪の男性だ。ただ、上半身は人だが下半身は馬。蹄の音は彼のものだった。

「こんにちは、ケンタウロスが町へ来るのは珍しいわね」

 彼らは独自のコミュニティを形成し、森や丘に住んでいる。酒飲みで野蛮な部族と理知的な部族の二系統があって、どちらも弓や槍、棍棒を持って戦う。


「聖なる者の店があると、ネコマタから聞いて気になったんだ」

 これまた不思議な交友関係だわ。ネコマタ自身はこのお店に入ったことがないのに、勧めてくれたのか。

「この近辺に住んでるの?」

「森の奥だ。キツネの家があるよりも、この町からだと遠いな。丘がある近くだよ」

 ケンタウロスの馬の下半身が移動するには、お店の通路はちょっと狭い感じがする。少ない商品を眺めるが、欲しいものは見当たらないよう。

「しばらく留守にするけど、必要なものがあったら教えてよ。仕入れとくわ」

「そうだなぁ……人間の間で人気の小説とか、本が欲しいな」

「本は高いわよ」


「古本でもいいし、よっぽど高い本でなきゃ買うくらいのお金はあるさ。うちの仲間には賢者ケイローンの弟子もいて、本は喜ばれるんだ」

 ケイローンといえば人が師事を乞うような賢人ケンタウロスで、医術にも精通している。その弟子ともなれば、きっと立派なのね。

 今回は何も買わなかったが、次は希望がありそう。しかしケンタウロスが喜ぶ本って、何かしら。この町の本屋は覗いていそうだし、ゲルズ帝国で探してみようっと。


 店番をしつつ、旅行の準備を進める。

 旅先でできる金儲けを考えていたら、老婆が入ってきたわ。あ、コレ人間じゃない。何かが化けているわね。キツネやネコマタでもないわ。

「おやまあ、お嬢さんは店員さん?」

「店主です。何かご入用ですか?」

「いえね、通りがかったらお店があったから、気になっただけなのよ」

 敵意は感じない。歩き方が少したどたどしいし、老婆の演技が上手いなぁ。客のようなので、種族は問わないわ。

「どうぞご覧ください! 買うと、もれなく私が喜びますよ!」

「素敵なペンねぇ。試し書きをしてもいい?」


 おお、自治国のガラスペン! いいものを持ってきてくれたわね、シャバネル! 意外と使える男だったのね。

「どうぞどうぞ、この紙を使ってください」

「ありがとう。……書きやすいのねえ、いただくわ」

「ありがとうございまーす!」

 わあいお買い上げ。老婆にふんしていた何かは、支払いを済ませて去っていった。何だったんだろうな~。正体よりも、また買いものをしてくれるかが気になるわね。

 最後に小さく笑っていたけど、人間じゃないってバレてるわよ。


 一週間はあっという間で、ついに出かける日が来た。

 騎士が前日に、用事を終えて明朝出発する、と伝えてくれたのだ。リュックの中に着替えと小さめのブラシなどを入れ、なるべく荷物を少なくする。愛用のメイスも持ち、最後にワープチケットを再確認して、いざ出発!

 待ち合わせ場所には、吸血鬼のシメオンとヴェラ・アルバーンがいた。

「アルバーン、ファリニシュの世話は頼んだ」

「任しといて。いい魔物を見つけたわね」

 ファリニシュは極彩色ごくさいしきの光を放つ犬の魔物で、わりと強くて火を吐く。毛皮を浸すと水がワインになるという、特別な力を持っているのも特徴よ。シメオンからしてみたら、単なるペット扱いなんだけどね。

 ただ、魔物といえど犬だから、家を長期間空けるには世話する人が必要だったか。


「では行ってきます」

「気をつけてね~。強欲もほどほどに」

「放っといてちょうだい!」

 笑いながら手を振る、占い師の吸血鬼ヴェラ。きっとシメオンが余計な話を教えたのね。私の強欲は女神様に認められた、いい強欲なのに。

 馬車は王都へ行き、そこから王都の外れにある転移装置の塔へ向かう。

 王都で下ろされるかと思ってたけど、塔まで連れていってくれたわ! お高い転移装置だけあって、向かうのは国の関係の偉い人か、貴族や裕福な人だけ。待っている客もあまりいない。


 円柱状の塔の入り口でチケットを見せ、行き先を確認する。それから二階の待合室へ移動、装置があるのは五階だ。国内用は隣の塔だって。

 職員に呼ばれてから、外周を回る螺旋階段を上る。

 中はいくつかの部屋に区切られていて、一部屋に三つの転移装置があった。転移装置は、単純に床に模様が描かれているだけ。この円の中に入ると、あら不思議。一瞬で別の国まで行かれます。

 私とシメオンは職員の説明を受けてから、ゲルズ帝国の帝都と繋がっている装置に入った。説明といっても、帰りはまたチケットが必要です、とか、装置に入ったら職員に言われるまで勝手に出ないでください、とか、簡単な内容よ。


 この装置は同じ模様の装置に移動するもので、ゲルズ帝国側にも全く同じ模様の装置がある。そして他の場所へ通じるものは、模様や文字が少しずつ違っている。

 同じ模様の装置が幾つもあると、どこへ着くかがランダムになってしまうそうだ。なので、必ず一対で作られる。行き場の数だけ装置を作らなければならない。

 デザイン専門の呪術師もいます。


 転移は『共感呪術』における応用の一つ、『類似の法則』に基づいている。“似た者同士は、なんらかの相互作用がある”という法則だ。同じものを作り、相互作用を持たせることで、片方の装置に立った者がもう片方にも立つ、という現象を引き起こす。

 憎い相手に見立てた人形に針を刺し、相手を苦しめる、この原理から転移装置の理論を考えた人がいるのだ。


 詳しくは呪術師の秘密なのよ。女神様のお力を直接借りる私たちと違って、呪術師は世界の法則を研究し、神様の奇跡を人の手で再現することを目指している。

 こうやって便利な道具を開発してるわけ!

 奇跡の真似ごとをしようなんて不遜だ、と否定的な人もいるけれど、私の役に立つなら許されると思う。次は商売繁盛の装置を開発すればいいのにね。

「うわあ、緊張しますね」

「私も転移は初めて利用する」

「お金があってもケチなのね」

「使うような用事がないだけだ!」


 シメオンと楽しい会話をしていると、音楽が鳴り響いた。

 装置が淡い光を放つ。浮いていないのに浮遊感を感じ、まばたきをしたら壁の色が僅かに変わった。見守っていた職員も別の人になり、塔の内装も違うわ。移動したのね!

 ついにゲルズ帝国に到着だわ!

 目指すはレンフィールド侯爵家。大家さんの妹と合流して、色々と便宜を図ってもらうんだー!

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