第35話 コートルセルの町へお帰り
結局、王都に来てもあんまり何もしなかったわね。
帰りの馬車には、吸血鬼ヴェラ・アルバーンも同乗している。私の隣に並び、向かい側にシメオンが座った。
思ったよりも早く帰ることになったな。ラマシュトゥはワープシステムのチケットをもらったので、早速ゲルズ帝国へ向かっている。王都の南東にワープポイントがあるのだ。
つまり、いったん町に帰ってもまた王都へ来ないといけないのよね……。さすがにそれなりに長く滞在することになるんだろうし、帰って準備が必要なのだ。本当に迂闊な発言をしてしまった。
「は~……。このワープチケット、転売できないかなぁ……」
「君の名前も騎士団の印も入っている。諦めて自分で使え」
シメオンがすげない態度だ。こんなに悲しいのに。
「ビジャも行くの? チケットあるよね」
ヴェラがシメオンに尋ねる。彼女はゲルズ帝国へは行かない。トーナメントは、過去に何回か観戦したそうだ。
「……なぜか私の分ももらったんだ、彼女は。ゲルズ帝国のトーナメント戦は見たことがない、この機会に見物しようと思う」
結局行くのか、この吸血鬼も。うまく奢ってもらえたりしないだろうか。うん、方法を考えておこう。
帰りは何事もなく、無事に町へ着いた。
もう日が傾いている。そうだ、この騎士団が用意してくれた馬車、また王都へ帰るのよね。どうせ王都へ戻るんだし、乗せてもらえないかしら。頼んでみよう!
「ねえ、王都へ帰る時も乗せてくれない? ゲルズ帝国へ行く準備、出発までに終わらせるから!」
「え、構いませんけど。一週間後くらいですよ。この町に馬車を置いて、見習いの研修を兼ねて、近くの集落を回ってくるんです」
馬車を降りてから試しに護衛騎士に頼んでみたら、簡単に了解してくれた!
やったあ、行きの交通費は浮いたわ!
「シメオンさんも乗りたかったら、用意してね!」
私は軽い足取りで家路を辿った。次はゲルズ帝国だ。ヴェラはシメオンの家に泊まるらしい。私は家に入れてももらえないのに。
家の鍵を開け、店内を見回す。特に異変は無し!
途中で買ってきたご飯を食べて、今日はもう寝るのだ。夢の中でお店に難癖を付ける人がいたから、どうせ夢だし思いっきりぶん殴った。あ~スッキリした。これはきっと、呪いの宝石が見せる悪夢だろう。疲れて深く眠ったので、ちょこっと干渉してきたみたいね。甘いわ。
さて。今日は大家さんのお宅へ、帰ってきた挨拶をしに行く。起きるのが遅くなったので、ご飯を食べに出かけたその足で向かった。
大家さんは庭で植木に水をあげていた。
「こんにちは。昨日、帰ってきましたー!」
「あらシャロンさん、ずいぶん早かったのね」
ジョウロを置いて振り向き、エプロンで手を拭いている。木には緑色の丸い実が幾つか成っていた。これから色づくのかな?
「それで一週間後くらいに、また出かけるんです。今度はゲルズ帝国へ!」
「それは随分と忙しいのね。せっかくだから上がってちょうだい、昨日ケーキを焼いたのよ。チーズケーキはお好きかしら?」
「お好きですとも!!!」
やったー、ケーキだ。無料のケーキだ!
私は大喜びでお邪魔した。大きく切り分けられたケーキに、紅茶も淹れてくれた。
「お口に合えばいいのだけれど」
「合います、大家さんは料理上手ですね! ほんのり甘くて、いくらでも食べられそうです!」
しっとりしたチーズケーキに土台のサクサク感、最高だわ。大家さんは紅茶だけ飲んでいる。自分の分はもう食べたのかな。
「シャロンさんは喜んで食べてくれるから、ごちそうのしがいがあるわね」
「こんなに美味しいなら、誰でも喜びますよ。そうそう、いいお知らせです! 王都の占い師さん、この町に来たんです。近いうちに、高級住宅街の付近でお店を出すって言ってました」
「まあ、それは楽しみだわ! 聞いてきてくれてありがとうね、必ず占いに行くわ!」
私が報告すると、大家さんは破顔して両手を合わせた。
ああ、ケーキが早くも最後の一口に。
「何か占いたいことでもあるんですか?」
「もちろん恋愛運よ! 旦那が亡くなって随分経つし、そろそろ新しい出会いが欲しいわ」
まさかの恋愛運だった。生活には困っていないし、次に欲しいのは生活の潤いか。趣味で満たされてるみたいなのになぁ。
「応援してます」
相手が現れたとして、家賃を相場に戻させるような非情な人ではありませんように。
「ありがとう。そういえば、ゲルズ帝国へはお仕事で行くの?」
「いえ、四武仙の挑戦トーナメントを観戦に。今年は弓と剣らしいですよ」
「弓もあったの? 私も行けば良かったわね。娘が参加してるのよ」
「へえ、娘さんが。え、娘さん……!!!??」
あっぶない、紅茶を飲んでたら吹いた。
まさか身近に参加者がいるとは。それなら、大家さんの分も娘さんを応援しなくちゃ!
「四武仙になりたいって飛び出した、跳ねっ返りなのよ。お恥ずかしい。今回も参加するかは分からないわ、危ないし諦めてくれたらいいんだけど……」
大家さんが苦笑いを浮かべる。うーん、こればかりは本人の意思次第。
「伝言があったら、お伝えしましょうか? トーナメントに参加していたら、分かるかも」
「ありがたいわ、手紙を書くから出発前に受け取りに来てくださる? 娘の名前はモーディー・ハロウズというの。濃い紫の髪をしているわ。レンフィールド侯爵家に仕えているから、侯爵家を訪ねたら会えると思うのよ」
「すごいですね、侯爵家に仕えているなんて!」
侯爵家の邸宅って、広いわよね! 私が泊まれる部屋くらいあるかも! ゲルズ帝国に着いたら、一番に侯爵家へ向かおう。私は心に固く誓った。
娘さんのお話をする大家さんは、どこか嬉しそう。以前トーナメントの応援に行って一回戦負けした話や、可愛い服を買ってあげようとしたらなぜか武器屋に連れて行かれた思い出を聞かせてくれた。
気がついたらすっかりお昼になっていたので、お昼ご飯もご馳走になった。
いい大家さんで、とても大好きです。ご飯をくれる人に悪い人はいない。
一週間でまた留守にするから、ケットシーの王国へは知らせに行かなかった。次に目指すはスラムの医者の先生のところ。先生を通して、スラムの住人に商品を作らせるのだ。
買ってきた布を渡さなきゃね。あと、途中で水晶を買って、これもアクセサリーにしてもらう。他にも材料が必要なのかな。とりあえずこれだけでいいか。
先生は患者さんを診察していた。あーらら血だ血だ、ベッドが汚れちゃうわ。
「元聖女!!! 治療できないか、傷が深いんだ!」
「お金次第ですが、私は浄化が得意なタイプなんであんまり期待しないでね」
「おい、金! 金はあるか!?」
先生は患者に顔を近付けて大声で尋ねた。患者は脇腹を押さえて、苦しそうに
「うぐぅ……っ、あったら、こんなトコ来ねえよ! 痛え、痛え……!」
うーむ、やはり貧乏人ね。
仕方ない、先生にはスラムの住人との仲介役になってもらわないと困るし、恩を売っておこう。
「はー。気が乗らないけど、後払いでいいんで治療するから。払わなかったら呪うからね」
「あんたが呪うとシャレにならなそうだ。いいか、必ず払えよ」
先生が患者にしっかりと言い聞かせる。ちなみに聖女は呪ったりできない。シャレにならなそうとか、失礼よね。
「癒やしの女神ブリージダよ、この者の傷を癒やしたまえ。罪深き者なれど、出血多量で死なない程度に治りますように。かしこみかしこみ~」
「罪深くねええぇ、偏見だ……!」
傷の辺りがぼんやりと光り、出血が止まった。傷はそれなりに塞がったのでは。
「よし、傷薬を塗って包帯を巻いておく。あとは安静にしていろよ。これからはあんまり揉めないようにな」
この患者、ケンカでもして怪我をさせられたのかしら。苦しそうだった表情が和らいだし、うめき声もなくなって静かになった。大分良くなったみたい。
先生は血を拭って手早く治療をした。
「あっちが商売の邪魔をして、ケンカを売ってきたんだぜ」
「店に火でも放たれたの? 怪我だから、過積載の荷馬車で突っ込んできたとか?」
「んなわけないだろ、過激派か」
違ったらしい。
「こいつは露天商で、決まった店舗は持ってないぞ」
「そうそう、商品にイチャモンつけてきやがったんだ。ライバル店とか、そんな感じだ。元々ピリピリしてたからさ」
怪我がなかったように、普通に会話できている。床やシーツは血に濡れたまま。
待合室には一人、患者が来たようだ。うわっと小さな声が耳に届いた。血の
「安物のアクセサリーなんかを売ってるヤツでな。大通りから入った細い路地で、店を出してるぞ」
「安くするぜ、買いに来てな~」
宣伝を始めた。買わないわ。いや、そうだ。この男、使えるかも知れない。
「私は雑貨屋をやってるのよ。今回の治療費の代わりに、スラムの連中に足りないものを幾つか融通してやってくれない? 私はゲルズ帝国へ行っちゃうし、しばらく相談に乗れないから」
「なるほど、それはいいな。この元聖女シャロンは、スラムの連中に雑貨の製作を依頼しているんだ。糸とか道具とか、足りないものを揃えてもらおう。金額は俺が調整する」
先生が説明してくれると、男は少し考えて頷いた。
「オッケー。俺も修理とかするし、余ったのもやるよ」
話がついたわ。男は安心したら眠くなった、と目を閉じた。
私は買ってきた布と水晶を先生に託して、ショールとアクセサリー作りを依頼した。ゲルズ帝国から帰った頃には、きっと商品も色々と仕上がっているわね!
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