第34話 お仕事の報酬

 占いをする強い吸血鬼を確認しに王都へ来て、対象である吸血鬼、国滅ぼしの黒橡くろつるばみの予言者ヴェラ・アルバーンと接触。

 危険性はなし。全然なし。国も滅ぼさない。全くの杞憂きゆうだった。依頼した騎士団は、私に賃金を支払っただけという結末だ。

 しかし無駄では可哀想なので、せめて役に立たせてあげたい。

 と、いうわけで、優しい私はオシャレなバーで好きに飲み食いしている。食事も美味しいが、量が少ないのが難点だ。その分、注文せねばならない。追加は肉の串焼きで!


「アンタ、何か悪いものを持ってない?」

 唐突に占い師の吸血鬼、国滅ぼしのヴェラ・アルバーンが私に尋ねる。

 悪いもの? 少し考えて、思い至った。ポケットから赤黒い宝石が飾られた、指輪を出す。

「これかな」

「これね、呪われてるわよ。ちょっと不運を呼んだり悪夢を見たり、体の調子が悪くなるくらいかな。まあアンタが持ってる分には、呪いなんて打ち消されるわね」

「当然よね!」

 ふふふ。七聖人の一人である私には、生半可な呪いなんて通用しないのよ。象を殺すくらいの気持ちで、きてもらわないとね!


「ところで、ゲルズ帝国ってここから近くないよ。ラマシュトゥさん、歩いて行くの?」

「もしかして、間に合わなくなる? この世界ってさ、なんか一瞬で移動できる装置があるンでしょ? 使ってみたい!」

 ああ、とヴェラが頷く。

 私は追加のお肉を食べた。ソースの味が濃くて、美味しい。

「転移システムね。国内の移動でも、最低金貨五枚からよ。ゲルズ帝国だと……十枚以上になるんじゃないかな」

 うわ~~、高い! 他人のお金でしか使えないヤツ! 悪魔って、お金を持っているのかな。お店のお客になるかも知れない、ここはリサーチが必要。

「かなりの大金だけど、あるの?」

「なーい。簡単に家に取りにも帰れないし、まずは仕事した分を騎士団に請求してみる」


 残念。カモになりそうにないわね。

 それにしてもロバだと思って働かせていた相手からの、賃金の請求。どんな反応をするのかな、面白いわ。

 ただ、普通に悪魔として働いた方が、儲かりそうな気がする。

「家って……地獄?」

「そーだよ」

 好奇心を抑えて、ヴェラが質問する。ラマシュトゥはお酒を飲み干して、追加の注文を考えながら軽く答えた。

「地獄と道がつないだダンジョンから、悪魔が来てるんでしょ? ダンジョンの下層は悪魔が制圧してるって聞いたわ! 簡単に行き来できるの?」

「扉が開いちゃってるから、誰でも通れるわ。ただねえ、地獄側の出入り口が最大勢力の、皇帝の領地でね。通行料を取られるのよ……」

「え、通るだけでお金を……!??」

 思わず言葉に出てしまった。

 地獄の関所があるわけか! 支払いが発生するんじゃあ、好きに帰省できないわね。


 ヴェラは悪魔ラマシュトゥの話を、瞳を輝かせて聞いている。占いといい、神秘学とかが好きなのかしら。私は目の前のお肉をこよなく愛しております。

 シメオンは楽しそうな女子会を黙って眺めているだけ。

「そうだ。ここは払うんだから、私を占ってもらえない?」

 支払いするのは騎士団だが、得をするのは私でもいいはず。試しに頼んでみると、ヴェラは首を横に振った。

「まぶしすぎて占いにくいよ。生年月日を教えて、それならできるわ」

「それが分からないのよ……」

 まぶしすぎなければ、誕生日が分からなくても占えるのかしら。七聖人だからまぶしいってことよね。自分ではどうしようもないわ。


「じゃあ残念だけど、難しいわねえ。……何処かへ行く誘いがあったら、乗るのがいいと思う。なんか旅に縁がありそうな感じ」

「なるほど、覚えておくわ。ところで、コートルセルの町へ来る予定ってある? 私が住んでいる町なの。大家さんが、占い師さんが来るか聞いて欲しいって」

「……ビジャの家もあるのよね? 行ってみるわ、気になるし。ここもそろそろ、有名になりすぎて飽きたトコ」

 来てくれるんだ! 大家さんが喜ぶわ、家賃一ヶ月免除にならないかなぁ。

 ヴェラが確認するようにシメオンいに視線を向けるが、表情を変えずにワインを飲んでいる。吸血鬼仲間だし、家に入れてもらえるのかしら。

「帰る時に、私の馬車に乗せてあげる」

「助かるわ~」

「待て、君の馬車ではない」

 ヴェラが私の聖女らしい心遣いに触れて喜んでいるのに、シメオンったら余計なコトを!


「大体分かるわよ、そういう人相をしているもの。ねえ、デザート食べない? 種類は少ないけど、味はいいのよ」

「食べる食べる、少ないなら全種類制覇する!」

 ラマシュトゥが大喜び。早速、メニューを開いている。

 そういう人相に引っ掛かるものがあるが、私も負けじとデザートを選ぶ。全種類は無理だわ。悪魔に負けるとは、まだ修行が足りかったわね……!

 シメオンは呆れた顔をして、テーブルいっぱいに並べられたデザートを眺めていた。


 翌日の午前中にシメオンと騎士団の本部へ行き、夕べの報告をした。

 占いをしているお店まで案内してくれた、見習い騎士も立ち合っている。

「まさか会えるなんて、帰るんじゃなかった……」

「当たり前だろ。仕事にならないと判断しても、協力者は宿に着くまで護衛しろ! ……申し訳ない、治安がいいと油断した。二人付けるべきだった」

 余計な呟きをしたので、騎士団長ティアゴ・フェブレスに怒られている。すぐに報告をしないといけないと思って、別れちゃったのよね。いない方が話が弾んだし、結果的に良かったわ。

「い~え~、盗賊の後始末もあったでしょうし。それで帰りの馬車なんですけど、占い師さんも町まで乗せていいですよね?」

「勿論です、一人増えても変わりません」

「では頼みますねー!」


 よし、許可ももらえた。この騎士団長、お人好しで大好き!

 笑顔で返したのに、なんだか真剣な眼差しをしているわ。騎士団長は少し間を開けて、唐突に頭を下げた。

「……まさか盗賊に襲われるとは、本当にご迷惑をおかけしました。先に帰るべきではありませんでした……!」

 おっと、謝罪された。仕事に関係で一足先に王都へ戻ったのを、後悔していたみたい。吸血鬼シメオンも悪魔ラマシュトゥもいたし、人外の戦力がバッチリなので気にしなくていいのに。

 しかしせっかく罪悪感を持ってくれているのだから、そこは汲み取らないとね。

「無傷でしたし……、まあ怖くはありましたけど……。危険手当とか出るんですかね???」


「治療費で稼いでいたのではないか?」

 シメオンって余計な発言ばかりするわね。

 治療費はもらって当然でしょ。技術でお金をもらえなかったら、誰も技術なんて磨かないわ。今回の報酬とは別の話よ!

「それとは別で……ん?」

 途中で扉がノックされて、言葉が途切れた。誰よ、交渉の邪魔をするのは。

「団長、来客です。報告した悪魔ラマシュトゥが訪ねてきました。報酬について相談したいそうです」

「少し待ってもらってくれ」

 昨日の話の通り、賃金の請求に来たのね。せっかくだし、どのくらいになるのか見たいわ。

「いえ、どうぞ呼んでください。旅した仲間ですから!」

「……では、お言葉に甘えて。連れてきてくれ、交渉に応じよう」 

 はい、と返事が聞こえて足音が遠ざかる。


 間もなく足音が戻ってきて、扉が開いた。ラマシュトゥが黒い髪を掻き上げ、軽く手を上げる。

「やっほー、報酬を頂きにきたよ」

「なるほど、この方があのロバだった悪魔……! 報酬の件なのですが、さすがに聖騎士の部隊が悪魔を雇ったとなると、外聞が悪いのです。報酬ではなく、協力者に渡す謝礼、という形にしたいのですが……」

「いーよ。トーナメント観戦に行きたいだけだし、お金さえもらえれば。あと割りのいい仕事を紹介してよ」

「トーナメント? ゲルズ帝国ですか? でしたら金銭でなく、ワープシステムの使用チケットを贈呈しましょう。本人のみですが、これで行かれますよ」

 え、そんなのがあるの? チケットでワープを使えるわけ!?

 実質金貨十数枚! お得お得!!!

 団長は引き出しから紙を取り出した。騎士団の協力者だから通行させるよう、備考欄を書いている。行き先と日付を入れて、ハンコを押したら完成です!


 ラマシュトゥは喜んで受け取り、チケットをじっと眺めている。

「はいはいはい! 私も欲しいです!!!」

 余ってるなら、ちょうだい! そう思って手を上げると、団長はすぐに用意してくれる。

「二人分です。これでシメオンさんも行かれますよ」

 なんと詳しい質問もせずに、二人分のゲルズ帝国行きのチケットを用意してくれた。


 帰りは次の日の朝、宿まで迎えにくる。一旦家に帰り、ゲルズ帝国行きの準備をしないとね。占い師ヴェラにも伝えて、王都での暮らしはここで終わりを告げるのだ。

 人気占い師なので、残念がる人が多数いた。

「はー、これであとは報酬を受け取れば終了ですね」

「何を言っているんだ、君は。報酬の代わりに、悪魔ラマシュトゥと同じチケットに変更したのを、忘れたか」

 シメオンが怪訝な表情をする。

「……変更? おまけじゃないの?」

「仕事の報酬ではなく、謝礼としてチケットをもらっていただろう。両方出るわけがない」


「うそおおおぉ……!」

 両方もらえると思ったのに……、言うんじゃなかった!

 さすがに宿のお金とかは、自腹になっちゃうよね。損した気がするなあ……。

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