第31話 馬車も走れば盗賊にあたる
移動当日。
私はメイスと、着替えやブラシなどを入れたリュックを持ち、集合場所である門の前へ向かった。シメオンは先に来て待っている。律儀な吸血鬼だわ。
「おはよう、この馬車だ」
猫好き聖騎士エルナンドが案内するのは、渋い焦げ茶のオシャレな馬車だった。
「おはよ。聖騎士団長は?」
「一足先に王都へ戻っている。俺は見送りだけで、彼女が君たちの世話係だ」
エルナンドが示す先には、四十歳前後のふくよかな女性が立っていた。薄い茶色の髪に、動きやすそうな濃い緑のワンピース。お手伝いさんかな。
「よろしくお願いします、マーサといいます」
「よろしく、シャロンです!」
「……シメオンだ」
お互い自己紹介をしてから、馬車に乗り込んだ。マーサも同じ馬車だ。
護衛のために騎士が数人残っていて、彼らは馬車の周りを馬で移動する。なんか一匹、おかしなロバが混ざってるんですが。顔が獅子っぽくて、牙が長くやたらと毛深い。魔物かしら。
ロバもこちらに顔を向け、視線が合わさった。途端にふんっとそっぽを向く。感じ悪いロバだわね。
そうこうしているうちに、馬車は動き始めた。意外と揺れが少ない。これなら楽にに移動できそう。主要な通りを走るので、道も広く整備されている。快適!
外の景色を眺めていたら、マーサが予定を教えてくれた。
「王都へは夕方に到着します。途中で昼食の休憩と、小休止が入ります。疲れたらおっしゃってください。王都に着いたら、そのまま宿へご案内します。お仕事は翌日からで、そちらに関しては、騎士様から説明があるはずです」
「了解です!」
宿での不都合や、食事に関することなど、生活面は全て彼女に相談すればいいのね。好待遇でとても気分が上がる。
馬車に乗れない愚民が歩いているわ、ホホホ。貴族ってこんな気分で、馬車の窓から見下ろしているのね!
道の脇には草が生い茂り、ところどころに岩のかたまりが顔を出している。
離れた場所に広がる森の奥に岩山がそびえて、岩山の上に一つだけ建物があった。なんか修行とかしてそう。景色を眺めるのも楽しいわね。
素敵な黒い雲が遠くを流れていくわ。あっちでは雨が降っているわね、行く方向じゃなくて良かった。
いつの間にか太陽が高い位置に移動し、お腹が空いた。お昼だわ。広い場所で布を広げて用意された昼食を食べ、再び移動を開始する。
「……止まらせたまえ」
お腹がいっぱいになってウトウト半分眠っていたところに、シメオンの低い声が響く。
「お疲れですか? この先に広い場所がありますから、そこで……」
「すぐに止まれ」
マーサの言葉を
「ふあぁ~……、吐きそうなの? すぐ止まってあげて」
思わずあくびが出るわ。
「はい、ちょっと止めてください!」
マーサが大きな声で呼びかけると、馬車は止まった。騎士の一人が扉に近づく。
「どうされました?」
「森に怪しい動きにある。この近辺に、盗賊の情報などはあるのか?」
「盗賊ですか!? ……南側で被害が続き、討伐作戦に出たはずです。残党かも知れませんね」
シメオンは怪しい動きを、いち早く察知したわけね! さすが私が見込んだ吸血鬼、便利だわ~。
騎士が即座に仲間へと知らせ、相談をしている。弓を抱えた一人が目を凝らし、確かに森に何かいるようだと確認していた。
結論はすぐに出た。
どうせ襲ってくるだろうから、気づいていないフリをして休憩地まで進む。罠にハマったと見せかけて、迎え撃つ作戦ね。
馬車の下を覗き込んだり馬を宥めるそぶりをし、不具合が起こって停止したように装い、素知らぬ顔で再び出発。小休止する予定地はもう数分進んだ場所なので、馬車の中も緊張感でいっぱいだ。主にマーサの。
シメオンはしれっとしている。どうせ戦うのは騎士なんだから、私も慌てる必要がないしなあ。
「だ、大丈夫です。騎士様は修練を積んでいてとても強いので、心配はありませんよ。怖くない怖くない……」
私たちを励ますマーサが、一番落ち着いてないわ。
ついに馬車が道からそれて、広い休憩地で止まった。ここは草を刈って整えられ、夜営などもしやすいようになっている。誰かが管理しているのかな。
カツン。
「ひいっ!」
馬車に何か、硬いものがぶつかった音がした。
マーサが悲鳴を上げて、両手で頭を守るように抱えた。馬車の外では、騎士たちが剣の柄に手をかけて戦闘準備に入る。地面には矢が転がっていた。
「敵襲!!! 総員備えよ、北の森より矢が放たれた!」
誰かが叫ぶ。馬車を二人が守って、他は前に出て迎撃の準備をする。
森の木の間から、ぼろっちい装備の連中が武器を手に飛び出してきた。こちらは総勢十名程度、敵は少なくとも四倍の人数がいそう。
わあわあと元気な掛け声が続き、金属がぶつかる音が響く。戦いが始まったわね。
「馬車を守れ、近付けるな!」
「よっぽどいいモンを積んでるんだな、左右に分かれて馬車を奪え!」
こちらの方が人数が少ないので、広がられると不利かな。おかしなロバに乗っていた男性が、ロバの首を撫でている。
「ラマシュトゥ! ここを守ってくれ!」
「グアアアァ!」
ロバは元気に返事をして、馬車の後方にいる盗賊へ走った。長い爪で切りつけ、突いてくる槍を躱して持ち主の腕に噛みつく。あっという間に数人を撃破したわ。
盗賊たちは座り込んで怪我をした部分を押さえたり、脇腹から血を流して倒れていたり。
「痛え、血が止まらねえよ……!」
悲痛なうめき声の元を踏みつけて、ラマシュトゥは次の敵に飛びかかり、口を大きく開いた。
「あっちは大丈夫みたいね。強い魔物ねえ、でもアレなんか違うなあ」
「“夜の魔女”とも呼ばれる、魔の女神……つまり悪魔だ」
窓から観戦しながら感想を呟く私に、シメオンが答えた。長生きしている吸血鬼だけあって、物知りだわね。
「悪魔ってアレよね、最終段階までいったダンジョンに現れて、地上にも進出してる種族」
「だいたい正解だ。どういうわけか、ダンジョンに瘴気があふれて最終段階に入ると、地獄の扉が開く。それ以前には、この世界に悪魔は存在していない」
悪魔の多くはダンジョンに留まっていて、通常はあまり遭遇しない。そんなのと出会って騎乗しているのがいるのねえ。
「なら強いのね。安心だわねー」
「……契約をしているかも分からない、安心するにはまだ早い。森に盗賊の本隊も留まっている」
「まだ温存してるの!? ……悪魔はいいや、考えても仕方ないし」
悪魔って浄化は通じるのかなぁ。
シメオンの視線は森に固定されている……と、思ったら姿が消えた。
「シャロン様、シメオン様が消え……消え……!???」
事情をよく知らないマーサが、さらなる大混乱。首を前に出して私とシメオン跡地をみて、何度も瞬きを繰り返した。消えたシメオンを捜し、馬車中に視線を動かす。
「シメオンさんは、実はとっても強い吸血鬼なんです。騎士たちの戦いがふがいないから、やれやれ俺様が手本になってやるぜ、ってコトでしょう。そういう自己顕示欲が強いところがあるのよねえ」
悪魔も戦っているんだし、馬車で待っていればいいのにな~。
いや、もしかすると悪魔と張り合っているのかしら!? この世界の先輩として……! 吸血鬼対悪魔、盗賊倒し対決。めっちゃ面白い。
窓の外には、早くも森の入り口にまで迫っているシメオンの姿があった。
待機していた盗賊一味が、慌ててシメオンを囲もうとする。シメオンは手刀でいとも簡単に倒していった。
「シャロン様、シメオン様は本当にお強いですが、武器をお持ちでありません……。大丈夫なのでしょうか?」
マーサが震えている。顔も青ざめて、ほとんど泣きそうだわ。
「心配いらないってば。シメオンさんは武器なんてなくても、必殺技の吸血鬼破壊光線があるから! 目の間のね、額の部分からビバーッと出して、一網打尽よ!」
あったらいいな、を叶えてほしい。願いを込めた想いが伝わったのか、マーサは小さな息を吐き、顔色が少し良くなった。
「すごいですねえ……」
うんうん、見たいよね!
それにしても戦闘音が近いわね。再び窓から覗くと、こちらはちょっと押されぎみで、怪我人も出ている。盗賊は馬車のそばまで迫り、扉を守る騎士も戦っていた。
一人倒したけど、まだ近くにいるじゃない。突破されちゃうわよ!
こんな時こそ、吸血鬼みたいな簡単に死なない、戦える下僕がいればいいのに……!
か弱い乙女を置いて、なんで出ちゃってるのよ、シメオンってば!!!
※シメオンは破壊光線は出せません。インドのシヴァ神の技です。
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