第30話 出掛ける前のご挨拶
キツネとの相談は無事に終了。私が出掛けている間に、お薬を量産してくれるわ。帰ってきたら商売ね!
次はケットシーの王国へ寄らなければならない。私一人だとまだ入れないから、不本意ながらリコリスにも同行してもらった。
「来~たよ~」
路地裏の歪んだ空間の前で、リコリスが三つの尻尾を振る。空間の歪みが大きくなり、そこへ飛び込むのだ。
青い空、白い雲、緑の平原、ねこねこねこ。
猫用の小さな住宅がポツポツと立っている、ケットシーの王国。薪割りをしている猫がいるわ。器用ねえ。
「ノラ、バート、いる?」
「あ~、てんちょー。どうしたの? 忘れもの?」
どうしてここに忘れものをするのよ。ノラは数匹の子猫に囲まれ、お話をしている最中だった。きっと、得意気にお店の話をしていたんだろう。
「ちょっと二人に連絡があって。実は、仕事が入ってしばらく違う町に行くの。だから、戻ってくるまではお店を閉めるわ。お休みよ」
「そうなの? 帰ってきたら、また店員さんをするね」
「よろしく頼むわ。……バートは?」
もう一人の従業員、灰色猫のバートの姿がない。辺りを見回しても、別猫しかいないわ。
「バート君は優秀な猫なんだよ。今ね、国会に参加してる」
「国会!??」
この村みたいな小さな国の? 全然権威を感じられない。
「うん。子爵さまと、えらい猫と、国の方針をお話しするのよ。今日はね、猫パーティーの報告と兎狩りの成果について、それから農地の開拓のお話だって」
「はー、わりと真面目にやってるのね。農地も増やすの?」
猫が農業って、イマイチできそうな気がしない。見た目は普通の猫なんだもの。
「そうだよ。あっちの畑がある方はね、市街化調整区域なの。勝手に家を建てられないの」
「そういうところだけ無駄にしっかりしているのが、むしろ謎だわ」
市街地なんて、調整が必要なほどないのにな。
結局バートには会えなかったので、ノラに連絡を頼んでおいた。遠くにある大きめの建物が、国会を開く大会堂だって。
猫国会。中継してくれないかな、気になるわ。
「出る方法は分かるよね? バイバーイ、シャロン」
「リコリスは戻らないの?」
「遊んでから帰る~」
リコリスは王国の入り口まで見送ってくれて、手……ではなく、前足を振った。
「悪さするんじゃないわよ」
「悪さなんてしたことないよ~」
一番信用できないヤツだわ。私はここでリコリスと別れ、元の場所へ戻った。裏路地から大通りへ出て、次に目指すは高級住宅街。シメオンの家だ。日中だし、大人しく家にいるといいんだけど。
高級住宅街を抜ける大通りには、豪華な馬車が走っている。一軒一軒の面積が広く、塀に囲まれていて、門まで立派。いかにもお金持ちの領域に入った感じだ。
こんな一角にシメオンの家があるのだ。吸血鬼め……!
「……そんなところで突っ立って、どうした」
不意に後ろから声をかけられた。この低い落ち着いたトーンの声、シメオンだわ!
「シメオンさんに用があって来たんです。吸血鬼のお仕事ですよ!」
「……話くらいは聞く」
家の中に案内されるかと思ったけど、家の角で突っ立ったままだわ。おかしいわね。少し待ってみたけど、動こうとしないわ。
「ここでですか?」
「君の店へ行くか?」
なんて気の利かない吸血鬼なの。ここは家に案内して、お茶とお菓子でおもてなしする場面じゃないのよ。ハッキリ伝えないと、通じないのかしら。
「いえ、シメオンさんのお宅でお話をしましょう!」
「断わる」
きっぱりと断わられた。そんなバカな。
「お金になるお話ですよ」
「関係ない。私の家には最低限のものしかない、売る品などないからな」
「嫌だなあ、そんな押し売りならぬ押し買いみたいな!」
「違うのかね?」
とんでもない勘違いをしてるわね! 無理に買ったりしないわよ、くれるならもらうけど。シメオンはしれっとした表情をしている。
「違いますよ。私を何だと思ってるのよ」
「強欲のシャロン」
強欲は私の二つ名なのだ。そう言われると、反論できないわ。
仕方が無いので、私のお店へ移動することにした。開店しておけば、お客も来るかも知れない。
真っ白い馬が曳く馬車が、交差点を通り過ぎるのを待つ。周囲は騎兵が護衛しているわ。いいなあ、あんな馬車に普段から乗れるようなご身分になりたいなあ。
自宅兼店舗についたら、札をオープンにしておいた。
カウンターの近くにある椅子に座ってもらい、早速本題に入る。
「シメオンさん、明後日から一緒に王都へ行きます。これは決定事項です」
今度こそ拒否されないよう、最初に断言しておくのだ。
「……理由は?」
「聖騎士団長からの依頼で、王都に現れた吸血鬼の確認です。報酬が出ます。報酬が出ますよ。往復も滞在もお金を出してもらえるし、報酬も出るんですよ!」
……決まった。これだけ強調すれば、行きたくなるに違いない。
しかしシメオンは相変わらずの涼しい表情で、僅かに目を細めるだけ。
「……吸血鬼、ね」
「占いが得意な女性だって。心当たりはある?」
自治国の記録にある吸血鬼と同じか確認したいが、シメオンの印象をちゃんと聞くために、余計な憶測は口にしない方がいいわね。考える素振りをするシメオンの返答を待つ。
「……あると言えば、ある。そもそも人間相手に占いをする吸血鬼が、ほとんどいない」
「そうよねえ。知り合いみたいだし気が楽ね。馬車を用意してくれるらしいから、出掛ける準備をしておいてよ」
「分かった分かった。どうせ君に金が入るんだろう、承諾するまで帰してもらえなそうだ」
ギクッ。鋭いわね。
仕方なくでも受けた仕事だもの、取り消しはさせないわよ。
「シメオンさんも報酬がもらえるんですし、聖騎士の覚えが良くなりますよ。人の世界で暮らすには、このくらい快諾しないとー!」
「……裏表がないというのは、いい性質ではないのだな。まあいい、久々に同胞と会う機会だと思おう」
ため息をついて前髪をかき上げるシメオン。そうそう、吸血鬼の彼にとっては同窓会みたいなもの。気楽に行けばいいわけで。
「あ、調査内容は“人に危害を加えるか”なので、その辺よろしく! 国を滅ぼすような吸血鬼なのよね? そういう予定があるかも聞いて欲しいな」
「直球が過ぎないか」
「それを調整するのもシメオンさんの役目ですよ」
仕事の説明をしたし、バッチリね。
シメオンの友達で彼が接触するなら、私は観光しててもいいかな。王都行きが、俄然楽しみになってきた。
「ともあれ良かった。縄を買わずに済んだわ」
「縄?」
「気にしないで、こっちの話よ!」
シメオンは訝しむ視線を向けただけで、特に追及もしてこなかった。気にした様子もなく店内を眺め、新商品のガラス細工で目を留める。
「あれは?」
「自治国から仕入れた、ガラス細工です! どうぞ見てって、買ってって~」
立ち上がり、棚の前へ移動する。シメオンが興味を示したのは、ガラスペンだった。軸が紺色から透明のグラデーションになっていて、ペン先の手前が丸くて可愛い。
手に取って、目の前に持って眺めている。
「これをもらおうか」
即決! アナタ常連、私ノ友達!
「ありがとうございまーす! 銀貨二枚です」
「……では明後日」
すんなりと支払いを済ませ、ガラスペンをポケットに入れる。軽く手を上げて、シメオンは店を後にした。
その後は数人が入ってきたが、誰も何も買わなかった。買わないから客じゃないわ、冷やかしめ。
夕方、店を閉めてから大家さんの自宅へ。
大家さんの家は一本違う通りにある。石の門に広い庭と、まさに地主らしい立派な邸宅よ。庭には花が咲いていて、石灯籠まで置かれている。ガーデニングが大家さんの趣味なのだ。
野菜も少し、植えてある。家庭菜園は最近始めたんだって。
「こんにちは、シャロンですー!」
「まあシャロンさん、いらっしゃい。シチューを作ったのよ、せっかくだから食べて行かないかしら?」
「頂きます!」
これこれ、こういうのを期待していたのよね。シメオンも歓迎の仕方を、覚えてくれなきゃ。
客間に上がらせてもらい、椅子に座る。飾ってあるぬいぐるみや布の小物は、大家さんの手作り。最近は目が悪くなったので、ガーデニング中心にやっているそうだ。要するにヒマなのね。
「おまたせ」
「美味しそうですね! いただきまーす!」
しばらくして、大家さんはトレイにシチューと斜めに切ったバゲットを載せて運んできた。バゲットにはトマトとチーズが載ったのと、バターを塗ってバジルを散らしたのがある。食欲をそそられる、この香り!
「紅茶はいかが?」
「飲みます。シチューもパンも美味しいです!」
半分くらい食べたところで、紅茶を淹れてくれた大家さんも向かい側の席に着いた。
「そういえば、ご用事があったのかしら?」
シチューを一口食べて、大家さんが尋ねてくる。夕飯をもらいに来たんじゃなかったわ、目的を果たさないと。
「明後日から王都に行ってしばらく町を離れるんで、挨拶に来ました」
「わざわざありがとう。そうだわ、占い師さんを見掛けたら、こちらにくる予定があるか聞いてくれる?」
「分かりましたー!」
この後、デザートのフルーツまで頂いて帰った。最高だわ。たまに大家さんの家に来ちゃおうかな~!
……図々しいって追い出されないように、気を付けないと。
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