第29話 キツネの家でお薬相談
うひひひひ。うひうしし。
銅貨、青銅貨、銀貨ちゃん。猫パーティーで集まったお金よ。商品を売らなくてもお金が手に入るなんて、素晴らしいシステムだわ。これなら、たまにパーティーがあってもいいわね! 残ったおかしももらえたし。
私は食べかけのパウンドケーキを朝食用にして、夕食はペペロンチーノを食べに行った。口の中が甘いのよ。しょっぱいもの! しょっぱいものをちょうだい!
しかし店内が猫の毛だらけだわ。次の日は朝から丁寧に掃除をした。
終わらせて休んでいると、またもや聖騎士団長ティアゴ・フェブレスが来たわ。まだ王都に帰ってなかったの。
「いらっしゃーい」
「どうも、シャロン様。今日は王都に戻るので、挨拶に来ました」
なんだ、今日は客じゃないのね。それならゴツイ顔を眺めたって楽しくないわ。
「別にいらないわよ」
「それと依頼に」
「依頼!? お金になるのね!??」
先に言ってよ~!
私はだらんとした姿勢から、しっかりと座り直した。話を聞かねば。特に報酬面。
「王都に強い吸血鬼が現れています。そちらは特に被害などはないのですが、聖女様のご意見を伺いたく……」
「つまり、王都へ行って確認すればいいわけね」
潜伏しているだけかも知れないものね。とはいえ、危険かどうかの判断って難しいわね。
行くとして、王都だと馬車で二日くらいだったかな。
「お願いできますか?」
「往復も大変だし、行ってる間はお店を閉めなきゃならないのよねえ……」
「移動はこちらで馬車を用意しますよ。移動中を含め、食費や滞在費は全てお支払いします。必要な道具なども経費ももちますし、報酬は銀貨五枚、成果によっては増額もあります」
「悪くないわね」
戦うわけじゃなく、確認だけで銀貨がもらえる。
なかなかおいしい仕事じゃないの!? もし何か企んでいたら討伐するかも知れないけど、報酬はしっかりしていそうね。
「この町の吸血鬼退治に、吸血鬼の方が協力をされたとか。できれば、今回も同行を願いたい。所在などはご存知でしょうか?」
「知ってるわ。連絡してみましょうか? でも、協力してくれるかは分からないわよ」
もったいぶった吸血鬼だし、ダメかもねえ。犬の魔物ファリニシュを飼っているし。確か、ペットを飼っていると簡単に家を空けられないのよね。
「協力を頂けましたら、仲介料をお支払いします」
「首に縄を付けてでも連れて行きます!」
仲介料! シメオンがいるだけでお金になる!!!
いやもうアレよね、シメオンって人間と共存してるわけじゃない。聖騎士への協力は、もはや義務。断わるなんてありえないわね。
「ではお願いします。出発は二日後の予定ですが、間に合わないようでしたらご連絡ください」
「間に合いますとも!」
「心強いですな! それから、
「了解しました!」
聖騎士団長ティアゴ・フェブレスは、用が済んだらすぐに行ってしまった。
今日は買いものをしない、というより、もうお金がないのかも。この前の時点で、ほとんど所持金が尽きる目前だったわね……。
私のお金になるならともかく、他の誰かのカモになるなんてとんでもないわ。
そういえば、大家さんが以前、王都に腕のいい占い師が現れたって教えてくれたわね。
……もしかして、その吸血鬼なの?
占いをする吸血鬼。しかもよく当たって、人気がある。これ、聖プレパナロス自治国の記録にもある吸血鬼、“破滅の言の葉”では?
だとすると、個人を騙したり危害を加えた記録はない。
ただ単にクーデターを先導して、王室を途絶えさせて国を混乱に
聖騎士団長が心配している危険は人を襲うことだから、これはきっと問題ないタイプの危険よね。王の首が変わろうと、個人には無関係よ。もし
王都行きを断わられたら、縄を買ってこないといけないわ。縄って必要経費として支払ってもらえるのかしら。
優先順位を考えて、出発までにやることをこなそう。
まずはキツネの家に行く。薬の相談があるのだ。いたずらリコリスじゃ信用できないから、真面目キツネと直接お話をしないとね。
メイスを持って森の中を突っ走っていると、何やら人の怒鳴り声が。
「焦るな、撃て!」
「ゆっくり後ろに下がるんだ、目を反らすな!」
「クオォア~……!!!」
猫っぽいけど、ちょっと野太い鳴き声。
木々が乱立する先には、黒い大きな物体が。よく見れば、離れた場所に人がいるわね。黒いのが獲物か。横から放たれた矢が、黒い物体の腕に刺さる。矢が刺さったのと反対の腕で払い落とそうとして、軸を折り曲げた。
でっかい熊だわ。
興奮しているみたいだし、避けても無駄ね。私はメイスをしっかりと両手で握り、まっすぐ駆けながら飛び上がった。
「うおおぉりゃああ!!!」
振り返る熊の頭をメイスでへこませる。
「クギュアン!」
体格のわりに高音の悲鳴を上げ、熊の体勢が崩れた。熊の向こう側に若い男性がいて、立ち尽くしているわ。熊が狙っていたのはあの男ね。
「すぐにとどめだ、ぼうっとするな!!!」
リーダー格の男性が指示をすると、槍を持った男が突っ込んだ。
「シャロンさん! 助かりました……」
「礼はお店に渡しに来てちょうだい!」
「は、はい」
熊と遊んでても仕方ないので、後は任せて止まらず走った。キツネの家はまだ奥なのだ。
「うわ、早い。さすがに追い付けないですね」
「聖女って、たおやかな人だと思ってた……」
「元、だもんなあ。なんか呪いでもあるんじゃね?」
笑い声が森に響く。アイツら好き勝手に噂しやがって。大人しく熊の相手をしてなさいってのよ。
無視してそのまま進んだ。
キツネの家からは、細い煙が伸びている。今日もちゃんと薬を作っているみたいね。
「こんにちは~徴収人です」
呼びかけると、トトトと移動する音がした。すぐに薄茶色いキツネのリコリスが扉を開ける。
「シャロンだ~、いらっしゃい! どろまんじゅうと普通のまんじゅう、どっちを食べるー?」
「誰がどろまんじゅうなんて好んで食べるのよ」
「今ねー、まんじゅうルーレットをしてるの」
部屋のテーブルには、茶色くて丸いおまんじゅうが五つ。この中の一つが、どろまんじゅうなわけか。
どろなんて食べたくないわ。目を凝らして、じっと見詰める。
幻覚がかけてあるのか、どれも見た目は普通のおまんじゅうだわ。顔を近付けても、判別できない。
……なんかおかしい。考えてみれば、コイツは悪質ないたずらキツネじゃないの。
「……これ、普通のおまんじゅうも本当にあるの?」
「一個だけあるよ。さあさあ選んで」
割合が逆じゃないのよ!!!
リコリスはケタケタ笑いながら、尻尾を揺らして期待の眼差しを私に向ける。
「いらないわ」
「えー、せっかく用意したのに。誰も食べてくれないの」
当然だっての。相手にしている場合ではないわ、用件を済まさないと。いたずらキツネのペースに巻き込まれそうだわ。
「相談に来たのよ。もう一人は薬を作ってるの?」
「うん、そろそろ終わるよ頃だよ。サーン、シャロンが来たよ~」
「もうすぐ行くわ。ちゃんとお茶を出した?」
薬を作る部屋から声がする。うんうん、接客は大事よ!
「まだだった」
「ところで、サンって名前なの?」
そういえば、まだリコリスしか名前を教えてもらってないわね。すぐにお茶の準備に取りかかる、リコリスの背中に問いかける。
「サンギネアっていうの。サンって呼んでるよ」
「かっこいい名前してるじゃない。サンって呼べばいいのね」
「サンサンサーン、サンササーン」
リコリスは返事の代わりに、歌いながらお茶を淹れる。陽気なキツネだ。
「気が散るったら、もう!」
薬作りが終わり、サンギネアがちょっと怒りながらやってきた。女の子の姿でエプロンをしている。変身が上手よね、リコリスと違って解けないし。
「お疲れ様。ところで、私はこれから王都へ行く仕事ができたの。しばらく帰れないと思うから、帰ったらショーンを連絡に寄越すね」
「分かったわ。戻ったら、また営業を再開するんでしょ? こっちは普通に薬を作ってていいの?」
「うん、頼むわ。あと、傷薬と下痢止めとか、腹痛の薬も欲しいんだって。そういうのも作れる?」
「できるわよ。この前の腹痛の薬と違う、冷えによる下痢に効くヤツを作るね。ミツロウも入手しないとなあ」
材料を考えて、腕を組むサンギネア。やっぱり真面目だから、安心して任せられるわね。
「私が買ってくるよ~! はいお茶」
湯気の立つ湯飲みをトレイに三つ載せたリコリスが、テーブルにお茶を置く。
なんか時間がかかったわね。怪しいわ。
「……リコリス、これ一つずつ味見してくれる?」
「クェン!?? いやー、口を付けちゃ悪いよ~」
キツネの鳴き声をもらし、途端に挙動不審になるリコリス。これは黒だわ。サンギネアも呆れ顔をしているわ。
「……何か入れたでしょ」
「大丈夫! 一つだけ、ちょっとお腹を壊すお茶なの。下痢止めも一緒にプレゼント!」
「大丈夫じゃないわ!!!」
そんなものを飲ませようなんて。本当にとんでもない、いたずらキツネね!
胡乱な眼差しをリコリスに向けてから、サンギネアは三つの湯飲みの匂いを嗅いだ。頷いて、一つを手に取る。
「これ、リコリスのね! じゃあ飲もうか、シャロン」
「えー、え~!?? これはいらないかな~」
リコリスに渡したのが、お腹を壊すお茶で正解みたいね。私はサンギネアからお茶を受け取った。
根っこみたいな独特の風味で別に美味しくはないけど、安全ならいいわ。
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