第28話 ねこ大発生
女神ブリージダの七聖人の一人、美食のシャバネルが祖国の工芸品を持ってきてくれたので、私のお店にまた商品が増えたわ。
ヤツは食料品を買い込んで、即日町を
本日は猫店員が店番をしているので、布や毛糸を買ってスラムに届けた。これでまた商品が作ってもらえるわ、ウシシ。どんな布がいいか分からなかったから、なるべく安価で、華やかなのと、落ち着いた風合いの厚手の布などを用意した。
あとは猫店員のご飯とお礼のおやつを買って、と。
買いもの袋を提げて帰った私の目に飛び込んできたのは、店の前の道にできた人だかり。みんなが店内を覗き込んでいるわ。
なになに? まさかまた万引きとか強盗とか、聖騎士じゃないでしょうね!
「何かあったんですか?」
近くにいる人に尋ねると、笑顔で振り向く。悪いことじゃないみたい。
「すごいのよ、このお店。猫がたくさんいるの」
「猫が……たくさん???」
「ああん、ここからじゃほとんど見えない!」
猫店員は二人。たくさんって、お友だちでも連れてきたの?
確認しようにも、ここからでは店内は見えない。私は人を掻き分け、扉まで辿り着いた。みんな窓の外から覗いているだけなので、扉まで来れば空いている。
お前らなんで買いものしない。
「ただいま! ……って、なにこれ!!!」
店内には猫、猫、ねこ。床に猫、棚に猫、商品の横にも猫。少なくとも三十匹はいそう!
カウンターテーブルの上では猫店員のノラとバート、他に茶トラや、白地に灰色模様の猫、まんまるした茶色い猫など五匹がお茶をしている。
お前ら本当に何してる。
「てんちょー、お帰りなさ~い。みんながね、私たちが店員さんをしているお店を見たいって、来てくれたの」
「帰ってもらってちょうだい!」
こいつらケットシーか! 私は薄く扉が開いたままの玄関を指した。
「店長、でも外に人が集まってます。商売のチャンスですよ!」
「むしろ客が入るスペースがないわよ」
こんな状態じゃ、商品をゆっくり眺められないわ。店内に入ってくる客すらいないし。
「大事な国民を預けられる店か、確かめるのも我が輩の仕事ですからね」
ピンと伸びた髭を撫でる、小さな王冠を被り真っ赤なマントを着けた黒猫。王国の代表、ホセ子爵じゃないのよ。
なぜお前まで来ている。
商売の邪魔だったら。本っ当に今日は何の日なのよ!
「ねえ、猫ちゃんたちが喋ってるわ」
「すごい! 猫とお喋りできるお店なの?」
「可愛い~」
外にいる群衆が、はしゃいで騒いでいる。これ、苦情が来ないかしら……! 通行人が不思議そうに眺めながら、人だかりを避けて通り過ぎていく。
「ほうほう、ガラスのペンだ」
「木のスプーンが可愛いわねえ。もっと大きな、スープをすくいやすいのが欲しいわ」
「ノラちゃんたちは立派なお店でお仕事をしているんだな!」
店内では猫が好き勝手に会話していて、猫と人の声が重なる。カオスだわ。
とにかく帰らせようとしていると、十代前半の女の子が扉を戸惑いがちにゆっくりと開いた。
「あの~……このお店、猫ちゃんと遊べるんですか?」
「ここは雑貨屋よ、猫は帰すところ」
さっさと追い払おうとしたら、ケットシーがするりと避けて、抵抗を始めた。
「まだ帰りたくない!」
「「「帰らない! 帰らない!」」」
ここにいても面白いことなんてないのに、全員で帰らないコールをする!
ホセ子爵、止めて……と思ったら、一緒になって帰らないをやってやがる! この野郎!!!
外で眺めているヤツらまで、笑いながら手拍子をしている。
ケットシーたちは調子に乗って二本足で立ち、拍子を取るように手拍子に合わせ、後ろ足をタシタシさせる。そのうちぴょこぴょこ跳んだり、尻尾をふりまわしてみたり、帰らないアピールを続けた。手に負えないわ。
「暴れるんじゃないわよ、もう!」
「あらあら、これはどうしたの?」
騒ぎになってしまったので、大家さんまで登場した。ひゃあ、さすがに怒られる!?
「すみません! ノラとバートの仲間のケットシーが、集まってしまったんです! 帰らせようとしたんですが、この通りの有り様でして」
声を張り上げたので、聞こえたと思う。大家さんは人混みを掻き分け、入り口から眺める女の子たちの後ろまで辿り着いた。
「お友だちに、私が貸しているおうちが大変なことになってると教えてもらったのよ。このままじゃ、通行の邪魔になっちゃうわ」
「大家さん、ごめんなさい。みんな中に入ってもらう?」
ノラがカウンターテーブルから降りて、猫や人の足をすり抜けて大家さんの足元まで移動した。
「こんなに大勢は無理よね。そうだわ、お隣のおうちを開放しましょう。いつでも
大家さんは名案だとばかりに、手をパンと叩いた。それからしゃがんで、足元のノラを抱き上げる。
集まっていた人々も、猫パーティーの開催に大盛り上がり。隣の人と、参加しようと頷き合っている。
お前らみんな友だちか?
「ケットシーたちを全員、お隣に行かせていいんですね?」
「もちろんよ。すぐに鍵を持ってきますからね」
ノラを抱いたまま、大家さんは鍵を取りに帰る。周囲の人垣が割れて、ざあっと行く先の道を空けた。
なんせ猫パーティーに参加希望者ばかりなのだ、会場の鍵を取ってくる大家さんは、さしずめ天から与えられた指名を果たさんとする勇者に映っているであろう。べんべん。
ホセ子爵は他の猫が被っていた帽子を取り、反対にして手に持った。小さな猫帽子を体の前にして、空いたままの扉から外へ出る。
「こんにちは、人間の皆さん。我が輩は子爵のホセ。お隣の邸宅で、猫パーティーの開催が決定いたしました。猫と遊びたい人は、食べものを持参のこと。入場する時に、ここにお金を入れてくださいね。みんな、接待をするんですよ」
「「「にゃ~い、待ってます!!!」」」
こんな時ばっかり返事がいいな、猫どもめ。
しかし参加者が食べものを持ち寄るのはいいアイデアね。人々は
猫たちは毛繕いを始めた。ドレスコードならぬ、毛並みコードでもあるのかしらね。
大家さんの家は徒歩五分もかからない距離なので、わりとすぐに戻ってきたわ。ノラが後ろから四本足で付いてきている。
「お待たせ。さあ、開けるわよ」
声がかかると、私の店を占拠していたケットシーどもが猫行列を作り、ぞろぞろと隣の家へ向かう。にゃあにゃあと楽しそう。
「我が輩が受け付けをするから、誰か差し入れを受け取るように」
「猫ちゃんたちが食べものを持つのは大変でしょう? ここに置いてもらいましょ」
大家さんが客間の扉を開いて固定し、中央のテーブルを食べもの置き場にした。
家の中にはタンスやテーブルなど、大きい家財道具が置きっぱなしになっている。実家のある少し離れた町まで移動するから、運びきれなかったんだって。転居する時の移動距離が長い場合、重い家具類を置いていくのはよくあるのだ。
帽子を手に、玄関の前で客を待つホセ子爵。
ケットシーたちは開放された客間とリビングで自由気ままにしている。
やがて食べものを手にした客が次々と訪れ、ホセ子爵の帽子にお金を入れて、家の中へ進んだ。最初の差し入れはパウンドケーキと、煮干しだ。
テーブルの上はすぐに食べものでいっぱいになり、ホセ子爵の帽子には銅貨と青銅貨、さらには銀貨まで! 金額が任意なのが功を奏したわね。
あああ……何もしていないのに集まるお金たち。いらっしゃい!
「ねえねえ、これ読んで」
「任せて~。ああ幸せ……!」
どこからか引っ張り出した、擦り切れた絵本を読んでもらう猫。
「おいしいねえ。ミルクもちょうだい」
「うん、食器はどこかな」
ミルクをねだる猫。従う人間。
おもちゃで猫を遊ばせたり、接待しているのはお金を払った人の方だ。あいつら仕事しないわね。
「猫好きってすごいわ」
店は閉めて、私も猫パーティーに参加している。差し入れのおかしをおいしく頂いております。ノラとバートも遊んでいるよ。
「ホントよね。おかげで私もおいしい食事にありつけるってもんさ」
「良かったわよね……ってあなた、ケットシーじゃなくてネコマタ?」
私の隣で鶏肉を食べている猫の、尻尾が二つに分かれている。これはネコマタに違いないわ。茶色い猫は、ご機嫌で頷いた。
「正解よ。ケットシーどもが大移動してるから、ちょっと混じってみたの。見る目があるわね、あなた。神聖な気があふれてるねえ、聖女なの?」
「そんなところよ。今は隣にある雑貨屋をやってるの、買いものに来てね」
「へえ、そのうちね」
営業になったのかな。
猫たちは思い思いに食事をして、人と遊んでいる。日暮れ近くまでパーティーは続き、人は家に、猫は王国へ戻っていった。どちらも満足そう。
「では、分け前を。場所を借りた大家さん、接待をした我々、店主のシャロンさんで三分割しましょう」
ホセ子爵が帽子に集まったお金をザラーッとテーブルに出した。結構な金額になりそうよ。猫たちも大喜び。
「私は少しでいいのよ、楽しませてもらったわ」
大家さんは掃除代として青銅貨一枚だけを受け取り、残りは私たちで山分けよ。銀貨が五枚もあるううぅぅう!
猫たちは集まったお金で食べものを買って、王国でパーティーを開催するとか。意気揚々と帰ったわ。
……ケットシーは人に化けられないし、普通のお店で猫が買いものするのかしら。ちょっと見てみたいわね。
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