第27話 美食のシャバネル

 聖騎士団長ティアゴ・フェブレスは吸血鬼事件の顛末てんまつを聞き、直接現地を視察する目的で来ていた。今日は吸血事件現場を回るらしい。

 シメオンと会った時のために、エルナンドがあらかじめ、シメオンを“危険な吸血鬼退治に協力した吸血鬼”と説明してあったんだって。あの猫好き聖騎士が役に立つと、不気味だわ。


 本日も一人でお店番。朝食を買いに行くついでに、スラムの先生に商品が完売した報告をしなければ。朝のスラム街は、わりと静かね。

「おはよー。仕入れた商品、全部売れたわよ!」

「……え? 本当に売れた???」

 先生は朝食の最中だった。髪がボサボサなまま、診療室の奥にある部屋から、七割食べた食パンを手に姿を表す。赤いジャムが塗ってあるわ。

「奇特な聖騎士が、全部買ってくれたの。またよろしくね!」

「……ああ、聖騎士団長か。昨日スラムに大量の差し入れがあっと、話題になってたな」

 思い出しながら頷き、残りのパンを半分に折って口へ突っ込んだ。


「布とかはまだ買ってないから、近いうちに用意して届けにくるわ。商品の製作をよろしく!」

「おう、連中にも伝えとく」

 思いがけなく売れたものだから、先生もご機嫌ね。私も気分がいいわ! 私ってば、商売が上手なんじゃないの!?

 女神ブリージダよ、敬虔なる私に金貨の雨を降らせたまえ。


 今日の朝食は、暖かい米粉の麺です。販売屋台の近くに木のテーブルと椅子があり、すぐ食べらる。あっさり味で美味しいし、朝にピッタリね。

 食べ終わるとお店に戻った。まだ普通のお店が開いている時間ではない。搬入する荷物を乗せた荷車を、短足で毛深い牛っぽい動物がいている。

 私は開店準備をして、カウンターで木でスプーンを作り始めた。削っているウチに時間が経ったが、お店には誰も来ない。

「……すみません、こちらで聖女様のクッキーを販売していると聞いたんですが」

「聖女様は祖国へお帰りになってしまいました」

「そうですか、残念です」

 あっさり帰ったわ。ようやくお客が来ても、こんなもんよ。店内を見てくれてもいいのにっ。


「ここか、シャロンさんの店!」

 今度は若くて髪の短い、ガッチリした体格の男性だ。看板を確認して、勢いよく店に入ってきた。

「な~に? クッキーはもうないわよ」

 面倒なので適当に言い放つと、相手は不思議そうな表情をした。

「クッキー? それはともかく、狩人組合の者ですよ。これ、特別会員の会員証! 完成したのでお届けです!」

「忘れてたわ! 主力商品がなくなっちゃったトコよ、依頼があったらよろしくね」

 あ~、食人種を退治した時のだ! なかなか連絡がないから、すっかり忘れてたわ。

 届いたのは金色の四角いカードで、狩人組合の特別会員として、私の名前が堂々と書かれていた。こんな立派なものだから、時間がかかったのね。木の板に名前でも書いて、吊しておくのかと思ったわ。


「これは組合で使うヤツ、こっちはお店に飾るヤツです。依頼は今のところ、ないですね~」

 ヤツデの葉ぐらい大きな薄い金属の板に、離れた場所からでも読める程の大きな文字で、同じ文言がしるされている。色は鈍い金色、会員番号と発行された日付も書かれていた。

 金色って大好き! お金持ちになれそうな、縁起のいい金貨の色!

「飾っておくわね、なんかカッコイー!」

「それと、近くの里まで熊が現れたそうですから、出掛ける際は気を付けて。さすがにこの町では目撃されてませんけど」

「町の外はあんまり出てないわね。まあサンキュ~」

「ではよろしく!」

 狩人だから、こういった情報が早く入るワケか。なるほど。男性はそのままお店を出ようとする。


「待って、せっかくだから商品を買ってよ」

「ええ……棚がガラガラじゃないですか。木彫りとかの他に、何があるんですか?」

 なんか嫌そうに見回しているわね。あんまりお金を持ってないのかしら。貧乏人なんて寄越さないで欲しいわ。

「ちょうど売れちゃったのよ。あとはキツネの薬くらいかな~」

「キツネの薬~?」

 胡散臭そうな眼差しを、私のお手製の細い棚に並ぶ薬へ向けた。熱冷ましがたくさんあるわよ。

「キツネって下手な人間より薬作りが得意だったりするから、お買い得よ。しかも森に住んで新鮮な薬草を使ってるの」

「あ~、なるほど。言われてみれば確かに。そういえば少し前に、化けキツネを狩らないように通達がありました。我々は森に入るんで、傷薬と腹痛に効く薬があるといいですね」


 ちゃんと通達をしてくれているのね。よしよし。

 傷薬と腹痛、用意させよう。男性はあまり興味のないような、ぶっきらぼうな話し方をしている。

「傷はともかく、腹痛?」

「たまにお腹を壊す人がいるんですよ……」

 あ、冷えとか食あたりとか、そういう系ね。下痢止めとかが欲しいのかしら。

「分かった、キツネに伝えておくわね」

「……シャロンさんは人間ですよね?」

「当然のことを聞くんじゃないわよ」

 どこからどう見ても人間でしょうに。キツネと人間の橋渡しをする、立派な聖女様の所業が分からないとは、狩人って頭が悪くてもなれるのねえ。


 男性が帰ると、今度は数人が道から店内を覗き込んで何やら相談している。

 扉を開けたのは、猫好き聖騎士エルナンドだった。また誰か連れてきたのね。アイツ、使いっぱしりが似合ってるわ。

「シャロン、君の知り合いだという人がいる」

「お、本当にシャロンだ! ラウラから聞いたよ」

 短い茶色の髪で、黒いローブを着た男性が明るい笑顔で店内に足を踏み入れる。胸の真ん中には、アンクと呼ばれる上が丸い十字架を付けていた。

 お付きの青年が一緒に店に入り、護衛は外で待機。


「シャバネルじゃないの、買いもの? ……てかエルナンド、彼が誰か知らないの?」

「聖女ラウラ様のご紹介で自治国からいらっしゃった、と聞いているが」

 ラウラから私がここにいるって教わったのね。だからって、別にわざわざ訪問しなくてもいいのに。

「シャバネル、ちゃんと自己紹介しなさいよ。アイツはこう見えても七聖人の一人、美食のシャバネルよ」

「七聖人!」

 エルナンドが大きな声で繰り返す。聖騎士には雲の上の人でしょう、この私と同じくね!


 美食のシャバネル。

 彼は元々、大神殿の下働きをしていた。大神殿では奥にある聖域の女神像に毎朝、聖女か聖人が軽い食事を捧げている。ある時、当番の者が急病で休み、代わりに彼が支度をしたところ、女神様がいたく気に入ってご神託が降りた。

 そして聖女・聖人を一足飛びに越え、七聖人として選ばれたのだ。

『美食のシャバネル』と二つ名をたまわってからは、基本的に彼が毎朝、女神ブリージダのお食事を用意する係を担っている。

 女神様のお食事をより良いものにするべく、たまにこうして、珍しい食材を求めてフラッと出かけるのだ。

 もちろんお付きの見習い聖人と、護衛騎士を連れて。


「シャロンはこの町に住んでいるんだろう? 珍しい食材や料理はあったか?」

 新たなネタ探しをしているのね。

 でもなあ……。安いのを探して食べているだけだし、参考になりそうなのは、特にこれといって思いつかないわ。今までの食事を思い浮かべてみる。

「うーん……そうねえ。米粉の麵とか、食べやすくて良かったかな。あとはね、なんとスラムの炊き出しなら無料で食事ができるの。お勧めよ!」

「いや勧めるな。そもそも毎日の食糧にも事欠く、困っている貧しい人のための慈善事業だろ。お前はもらいに行くなよ……」

「困ってる貧しい人って、私じゃない!」

 あらあら、条件にピッタリよ。私がスラムの炊き出しに並んでも、やっぱり何の問題もないわ。

 エルナンドもシャバネルも、何かをあきらめたような疲れた眼差しをしていた。エルナンドがシャバネルの肩に片手を置き、静かに首を横に振る。


「食料品店にご案内します。特産品を、直接説明してもらいましょう」

「だね、その方が早いね。お願いします。これ、みんなから差し入れ」

 シャバネルは布に包んだ何かを見習いから受け取り、カウンターテーブルの上に置いた。わりと重みのあるそれを開くと、ガラスペンや小皿が、花模様の華やかなハンカチに包まれていた。髪留めも三つある。

「あ、新商品!!!」

「ラウラが心配してたぞ、仕入れがうまくいってないって。俺からはこれ。あんまりこういう、いい服は着ないからさ」

 まだ袖を通していないシャツ、薄手のベスト、それから白い手袋だ。


「助かる~、ご覧の通り商品が少ないのよ。料理バカだと思ってたけど、見直したわ。また来ていいわよ!」

「わざわざ届けてやったのに、一言余計だよ!」

 シャバネルは少し乱暴な口調で言い切ると、わざとらしくため息をついた。

「気を付けて帰りなさいな、アンタ自身は強くないんだし」

「まだ目的を果たしてないんだよ、食材を買いに来たんだからさぁ。それから、ゲルズ帝国から謝罪の使者が来てた。あっちでも聖女が行方不明になったのが、問題になってるぞ。場所はボカして適当に、生存を確認した、とか報告していいか?」


 え、国から謝罪があったの?

 なんかよく分かんないけど、あのカルデロン・スビサレッタって三男は、肩身が狭い思いをしているわけね。ざまあ!

「でもねえ、せっかく悠々自適に暮らしてるから、帰ってこいとか言われたくないしなあ。とりあえず、もう少し黙っててよ」

「……だろうなぁ。誰が困ったって関係ないってタイプだもんな。もしことが大きくなりそうだったら、上手く言い繕っとくわ」

 シャバネルは食材探しに、エルナンドと繁華街へ向かった。


 いい商品が手に入ったわ。早速、並べようっと!

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