第26話 聖騎士団長ティアゴ・フェブレス
今日は一人でお店番。
お昼を買いに行く時間になったら、ついでに手芸屋さんを覗こうっと。午後からは聖騎士エルナンドが客だかなんだかを連れてくるらしいから、店を空けられないわね。
どんな布がいいかぼんやり考えていたら、常連吸血鬼のシメオンがやってきた。
「売れいきはどうだ」
「さっぱりですよ。でも今日は新商品があります、こちらです!」
私は自信満々に新商品の棚を示した。シメオンは眉をひそめる。
「……新商品というには、既にくたびれているような」
「多少は仕方ないわよ、スラムで仕入れたんだから」
「相変わらず予想外のことしかしない」
こんな素晴らしいアイデアを持っている人は、少ないってことね! シメオンは興味のないような眼差しで、新商品を
「売れるなら何でもいいじゃない。シメオンさんも不要品があったら持ち込んでくださいね! 無料で処分しますよ」
「ただで仕入れて売るつもりか」
「人はそれをボランティアと呼びます」
「搾取ではないかな」
ごちゃごちゃ喋るだけ喋って、何も買わずに出て行ったわ。最近のシメオンは、常連吸血鬼としての役割をサボっていると思う。買わないならせめて、人外でもいいから買いものをしてくれる知り合いを紹介して欲しいわね。
再び静かになった店内には、昼が近づいて垂直に近い日差しが窓辺から差し込んでいる。
しまった、布を買ってないわ。私は近くのテイクアウト専門のお店に器を持っていき、昼食だけササッと買った。そして店員に布や糸を売っている、いいお店がないか聞いてみた。手芸屋と、生地屋を教えてもらったわ。商店街の外れに、そういうお店が集まる一角があるんだって。
興味がないから、全然知らなかったわ~。
美味しいご飯をお腹いっぱい食べると、眠くなるわよね。
カウンターでウトウトしていると、数人の足音と鎧の擦れる音が耳に届いた。エルナンドだな。
「こちらです、団長。元聖女シャロン、こちらは我が国の聖騎士団長ティアゴ・フェブレス様だ」
「聖騎士団長? そんなに聖騎士がいるわけ?」
いつになくピシッとしたエルナンドが紹介するのは、茶色い髪と瞳の聖騎士団長だった。体格はエルナンドよりも立派で、髪はとても短い。年は四十にはいかないくらいかな?
「……聖騎士は八人、あとは見習いだ」
言いにくそうなエルナンド。そうよねえ、一国にたくさん聖騎士がいるわけないわ。聖騎士を認定するプレパナロス自治国に登録されている人数が、そこまで多くないもの。
「お初にお目に掛かる! 紹介に預かったティアゴです。エルナンドのヤツが部屋に木彫りを飾っていたから、尋ねてみたんですよ。なんと我が国に聖女様が店を構え、手作りの品を売っているというではないですか! 私にもぜひ、木彫りを売って頂きたい!」
めっちゃ嬉しそうにしている。客じゃん!!!
「どうぞどうぞ~、私が元聖女シャロンです。木彫りはここですよ~」
「おお、素晴らしい! このカンガルーを頂こう!」
サッと選んで、一つを取った。
有袋類なんて作ったかな。あれ、キツネじゃない? まあいっか。
「まいどあり~。袋は別料金だけど、いる?」
「それはどうでも、……この銅貨三枚の雑貨は?」
聖騎士団長ティアゴは、スラムから買い取った品に目を留めた。素直に説明すると、今度はえらく感動している。
「売れたらまた仕入れるのよ」
「……素晴らしい活動です! 私が全部買いましょう!!!」
「ありがとうございます~」
すごいたくさん売れる! 嬉しい……人生最良の日になるかも知れない。
謎の木彫りが二つ、布袋、アクセサリーも二つ。全部で五個。青銅貨一枚と銅貨五枚、それから木彫りが銀貨一枚のヤツ。
「袋もつけて、合計銀貨二枚です~」
「ぼったくりすぎだろう!!!」
エルナンドが怒鳴り、後ろにいる部下の騎士も呆れた表情をしている。
「何を言う、聖女様が仰るとおりに払うべきだろ。困っている人々の為に使われるに違いない」
「その通りです、毎度あり~!」
当然、
ティアゴは迷いなく支払いをしてくれた。聖騎士も団長になると立派ね。
「それと、今回の吸血鬼退治における、協力の謝礼です」
さらに銀貨が複数枚、追加です。なるほど、それもあって普通に払ってくれたワケね。さすがに団長には私のことも報告しているみたい。
「お金さえ頂ければ、またいつでも協力しますよ」
「ははは、それはありがたい!」
豪快に笑うティアゴは、いくらでも即金で払ってくれそうな頼もしさがある。ただし声がデカイ。
「ちょっと、めっちゃいい人じゃん」
「……周囲は大変だがな」
こそっとエルナンドに言うと、なんだか遠い目をしていた。なんだろ。微妙な違和感はあるものの、私にとってはどうでもいいお話だわね。
団長はまだ店内を見回している。好奇心旺盛な子供みたいだわ。
不意に扉が開いた。
「こんにちは~。いいものあります?」
「……食人種!??」
ティアゴ団長が剣の柄に手を掛けて勢いよく振り向くと、他の連中も弾かれたようにそちらに顔を向けた。全員が一瞬で戦闘態勢になる。
「ちょっと、お客のブルネッタよ。食人種といっても、菜食主義らしいから。店の中で暴れたら本気で怒るからね!」
騎士たちは一応緊張を解き、剣から手を離した。
「ビックリしました。私は何もしていないのに、野蛮な人たちですねぇ」
「本当よね~。それからうちは雑貨屋だから、珍しい果物とかはないわよ」
「ええ~」
残念がられても困る。だからなんで、食べものを求めてウチに来るのよ。
「珍しい果物なら、ライチをもらったんだが、私は食べないから……」
話を聞いていたティアゴが、小さな布袋を差し出した。中には赤茶色でゴツゴツとした、硬そうな丸いものが入っている。
ブルネッタは目を輝かせながら、覗き込んだ。
「あ、お店で見たことがあります。変なお芋じゃないんですか?」
「いや、これは剥いて食べる果物だ。中に大きな種があるから、食べられる部分は多くない。いるならあげるよ」
「もらいまーす! それから、食人種といっても全員がお肉好きではありません。人間は自分たちの肉が絶品で狙われていると勘違いしますが、雑食動物は臭みが強いんで、草食動物の肉を好む仲間の方が多いですよ」
布袋ごと受け取りながら、不本意だとばかりに説明するブルネッタ。大柄な団長の前では小さめに映るけど、純粋な力比べをしたら負かせちゃうんじゃないかな。
「それは失礼した」
「食人種をすぐ見抜けるなら、実際に人を食べている個体と会ったら、よく観察すれば違いが分かるはずですよ。匂いとかも違いますからね」
「なるほど……」
軽くレクチャーして、ブルネッタは退店した。気に入る品が手に入ったからか、足取りが軽い。
騎士たちもすぐに出て行った。
また商品棚がガランとしたわ。スラムの連中にもっと作らせねば。
そうこうしているうちに、炊き出しの時間が迫っているではないか。私はお店を閉めて、器を手にスラムへと出発した。広場では炊き出しが始まっていて、早くも列ができている。
並んでいるとまたもや聖騎士たちが登場し、彼らは大量に食材を寄付していた。やったね、今日はフルーツもあるわ!
「……シャロン様!?」
私の存在に気付き、ティアゴ団長が目をまたたかせる。ここでの再会は、想像しなかったろう。
「所持金が少ないんで、お世話になってまーす」
「なんてことだ……、シャロン様にも食料品をお渡ししておくべきだった」
後悔する団長。今からでも大歓迎です。
列に並ぶ人たちが、聖騎士様の知り合いなのかとザワザワしている。
「……団長、気になるのならば、後で渡しに行ったらどうでしょう」
偉い、エルナンド。アイツってたまに役に立つわよね。
団長はそうだな、と頷いた。これは脈あり!
「……ところで団長、所持金はありますか?」
聖騎士見習いが、そっと尋ねる。団長は気分を害するでもなく、財布を取り出して中身を確認した。そしてションボリした表情になる。
「……買いすぎて、一食分くらいの金しか残っていない……」
「でしょうね。奥様から一部を預かっていますよ。出掛けた直後から寄付したり、使ってましたからね」
「それでお金を使い切ってるわけ……?」
聖騎士って高給取りじゃないの? しかも仕事で来てるんだから移動の馬車や馬はあるだろうし、宿も食事も国のお金でしょ?
「……団長は人が良すぎて、すぐに買い与えたり寄付をしたり、自分の所持金を使い切るんだ。奥様は承知していて、出掛ける際に一回分のお金だけを渡されている。結婚前は俺たちが止めていたんだが、上官に強く言えないし、苦労したよ……」
お店の時と同じ、遠い目。見習い騎士は目を反らしている。
そりゃ遙か彼方を見たくもなるわ!
「計算できないの?」
「まさか。なぜかまだ余裕があると思ってしまうらしいな……」
これ、独身だったら仕事の終了とともに、人生も終了しない?
こういう性格って、変えられそうにないよね。どうせなら私のお店で好きなだけお金を使ってちょうだい!
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