第25話 スラムの商品

「そうだわ、知ってる? シャロンさん」

「なんでしょう?」

 今日は大家さんがお店に来ている。猫好きの大家さんは、店員ケットシーのノラとバートに、ウサギのお肉を持ってきてくれた。ペット用に売っているそうで。とてもいい人で助かります。

 二人はもらったウサギ肉を、大喜びで食べている。


「王都にとってもよく当たる、流しの占い師さんがお店を出しているんですって。この町にも来てくれたらいいわね、占いなんて面白そう」

「占い……、体験してみたいですね」

 もしかしたら売上アップの秘訣とか教えてもらえるかな。もしくは、私に似合う儲かる商売を占ってもらうとか。でも人気ならお値段が高そうよね、当てになるか分からないものにお金なんて払えないわ。

「誕生日とか人相とかで占うらしいわよ」

「それじゃあ、私は無理ですねぇ。捨て子なんで誕生日なんて知りません」

「まあ、そうだったの。ごめんなさいね、知らなくて無神経なことを言ってしまったわ……」


 大家さんが申し訳なさそうにする。

 ノラは不思議そうに首をかしげていた。ケットシーって、誕生日を祝ったりするのかしら。

「いえいえ、気にしてませんから。自治国の聖女にはわりといるんで、私たちには普通ですよ。昔、孤児が七聖人に選ばれたことがありまして。それから周辺の国で育てられない子を、自治国の神殿の前に置いていかれるケースが増えたそうです」

 信奉しているのが癒しの女神ブリージダなので、断ったりは絶対にしないのだ。イメージがあるし。孤児は神殿で育てられ、聖女や聖人になる人も多い。自治国もこの事実を盾に周辺の国から援助をもらうから、お互い様な部分もあるわね。

 聖人とかになれるから、無理して育てるよりも幸せになれると思うのかな。最近では、わざわざ高山の国である自治国まで捨て子するのを引き受ける、業者もいるんだとか。


「じゃあ、聖女ラウラ様も孤児なの?」

「はい。それもあって、私を姉のように慕ってくれているんです。ただ、ラウラは名前と誕生日を書いた札も入っていたんで、どこの誰かの手がかりが一切ない私たちとは、ちょっと違いますね」

 私の話を聞いていた大家さんは、ウルウルと切ない瞳をしている。涙もろい人だわね。

「苦労されたのね……。もっと私を頼ってちょうだいね、家族だと思ってくれていいのよ」

 大家さんは私の両手を優しく包み込んだ。

 家族なら家賃はいらないよね! ……と言ったら、さすがに怒られるかな。

「ありがとうございます! ぜひ、私のお店をお友達に紹介してください!」

「ええ、ええ。もちろんよ。協力させてもらうわね」

 やったあぁ! 少しは宣伝になったかな。

 ノラとバートも、ハイタッチで喜んでいる。どこで覚えたのよ、あの猫は。


「パンとミルクで、掃除を請け負うよ~。食器の片付けもお任せ、ただし洗うだけでしまわないよ~」

 外から中年男性の声がする。窓越しに確認したら、旗指物はたさしものと荷物をくるんだ布を背負った小人が、騒ぎながら道を歩いていた。

「家事妖精さんの家移りだわ。たまにああして、家を探す妖精さんが歩くの」

「へえ、面白いですね。自治国にはいないんで、初めて見ました」

 家に住む妖精とかは習ったけれど、新しい家をこんな風に探すのは知らなかったわ。面白いなあ、ウチに来てもらおうかな。

「妖精さーん、ウチに来てよ。あっちの外れの家なんだけどね」

「はいよ~」

 通行人が声を掛け、一緒に歩いていった。残念、出遅れたわ。

 妖精が家を確認して、気に入ったら成立らしいよ。


 大家さんが帰り、私と猫たちだけになった。さて、商品を仕入れねばならない。私はかねてより話をしておいた、スラムの先生のところへ向かった。

 スラム街では道ばたで働けない人が座り込み、小さい子が石を蹴って遊んでいたり、水を汲んで運んでいたりする。昼間から壊れかけのテーブルを二人で囲んで、のんびりとしているご老人の姿もあった。

 みんなすりきれた服を着ていて、お金がないのは一目瞭然だ。

「ちわ~、あなたの町のシャロンさんです」

 売れるものがあればいいなあ。適当に声を掛けて、スラムの診療所の古めかしい扉を開いた。患者はおらず、先生が机に突っ伏している。


「……元聖女か、ウッカリ寝ちまった。ちょうどいい、スラムの連中がいくつか品物を持ち込んだぞ」

 眠そうに目を擦って、体を起こす先生。私の後ろの道を、子供が騒ぎながら通り過ぎた。扉を閉めても、まだ声は聞こえている。

「待ってました~! ふふふーん、いいもの高くて当たりまえ~」

 意気揚々と診察室に踏み入れる。

 軽く区切ってあるだけで、待合室も数人しか入れない狭さなんだけどね。

「これなんだが」

「これですか……」

 診療台の奥のテーブルに、幾つかの品物が並べられていた。子供が作ったような木彫りのナニカや、ぼろ布を使った小さな布カバン、いかにも安物なアクセサリー。

 ……これを売るのは、さすがに難しいのでは。


「……お店の商品にして、売れると思います……?」

「……ちょっと厳しいかな」

 先生も苦笑いだ。どうしたものか……。

 さらに横に視線を移したら、一つだけ立派な鉄のナイフがあった。

「これは?」

「ドワーフだよ。町の近くに住んでてな、ウチで診察を受けたりすると、お礼に自分で作った品をくれるんだ。買い取ってもらえると、こっちも助かる」

「そりゃ私も嬉しいですが、普通に買い取ってもらえそうですけど」

 綺麗な灰色のナイフに、柄にはドワーフの印だろうか、よく分からない文字っぽいものが刻まれている。

 試すまでもなく、切れ味の良さそうなナイフだわ。


「俺はスラムの医師だって知られているからさ。あんまりいいものを持っていると、疑いの目を向けられて面倒でな。下手をすると、スラムの住人が盗んだものじゃないか、なんてゲスな勘ぐりをされる」

「それは不愉快ねえ」

 スラムの関係者ってだけで、いい品物を持っていると疑われちゃうのか。なんとも理不尽なお話ね。

 私だったら古着を着た子供が宝石を譲ってくれると言っても、何も疑いやしないわよ。

「昔はこじゃれた格好で売りに行ったんだが、今は服も靴も、全部古くなったからなあ」

「そうですねえ、スラムの先生があんまり綺麗な格好をしてても、“貧困商売って儲かるんだな、うへへ”とか思われちゃいますしねえ」

「……新しく買う金がもったいないんだよ。そんな心配してねえ」


「さいですか」

 まあ私もどうでもいい。どれを仕入れるかと、値段の交渉だ。

 ドワーフのナイフを、青銅貨八枚で仕入れた。少し安めらしい。販売する時は、銀貨一枚と、青銅貨四枚で売る。ドワーフ製ならばもっと高いお値段らしいが、雑貨屋ではそんな値段で売れないだろう、との先生の助言による。

 後のガラクタ……もといハンドメイドは、銅貨二枚で買い取った。どんなに安くても買い取って欲しいと頼まれたのだ。まあ、奥の手があるしね!

 売れなければ猫店員に頼んで、猫好きの聖騎士エルナンドに売りつけるわ。

 とりあえず銅貨三枚でお店に並べてみるか。

「この布袋は、元は縫製の仕事をしていたご婦人の作品なんだ。縫い目がしっかりしているだろう? 布さえいいものが手に入れば、もっと立派な製品を作れるんだが……」


「布かあ。そうだわ! 私が布を用意したらどうかな? 作ってもらって、手間賃を払うのよ」

「それはいいな! 毛糸もできれば頼みたい、編み物が得意な人もいる」

「オッケー!」

 そうかそうか、スラムの住人だから何を作るにも材料が揃わないのね。今度来るまでに、布や毛糸を用意しておこう。糸も必要かしらね。

 儲けるための出費だ。お金儲けとは辛いことなのね……。


 お店に戻り、早速商品を出した。まずはガランとした棚にハンドメイドを飾って、“この棚の品、どれでも銅貨三枚”という札を立てる。

「にゃ、お手伝う~」

 札を書いていると、ノラがにくきゅうにインクを付けて、にくきゅうマークを付けた。模様に見えるかな……。

 バートはカウンターの上に置いた、ナイフを眺めている。

「こちらは立派なナイフですね」

「ドワーフ作だって。取り扱いに注意してね」

 刃物はガラスケースにでも入れられればいいが、そんな高価なものはない。

 女性と猫しかいない店だ。以前も万引きがあったし、すぐ触れる場所に置かない方がいいわね。

 とりあえずはカウンターにありますと大きく書いた紙を貼って、声を掛けた人に見せる方法にしよう。あとで大家さんに売り方を相談してみようかな。


 猫店員たちが帰った後、入れ違いでラウラにフラれた聖騎士エルナンドが顔を出した。

「シャロン、明日の午後は店にいるか?」

「いるわよ。猫店員は今日来たから、来ないんじゃないかな」

「それは残念だ……、ゴホン。そうではなく。ここに案内する方がいるから、君が確実にいて欲しい。よろしく頼む」

 コイツが案内する人? いつになく真剣な表情が、むしろうさんくさいなー。

 わざわざ確認するくらいだし、彼より身分の高い人とか、偉い軍人よね。面倒な相手かなぁ。

「買いもの客以外は案内しなくていいわよ」

「……君が店を続ける上でも、会っておくべき方だ」

「なら仕方ないけど、買いものするように仕向けてよね」


 しっかり釘を刺しておいた。エルナンドは伝え終わると、すぐに去ったわ。

 うーん、そろそろ閉めようかな。明日は売れますように。

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