第24話 スビサレッタ侯爵家(ゲルズ帝国)

「スビサレッタ侯爵家三男、カルデロン・スビサレッタ。ダンジョン攻略の協力を要請した聖女への不当な要求と規約違反、及びダンジョン攻略において、我が国の貴族としての品位を著しく欠いた行動を確認した。王命により、武芸天挑戦トーナメントへの三年間の登録禁止、並びにこれまでの功績の取り消し処分とする。スビサレッタ侯爵家に対しては、我が国のダンジョン攻略基本法に基づき、罰金刑を科す」


 侯爵家の広い玄関で、執行人が罪状を読み上げる。

 武勇を誇るゲルズ帝国において、ダンジョン攻略は人気のスポーツであり、自身の価値を証明するものでもあり、神事でもあった。ゆえに関する法律が制定されていた。

 今回は『聖女・聖人の身の安全は派遣を要請した者が最大限の配慮をする』という義務違反、ダンジョン攻略基本法第八条『戦闘もしくは補助、回復など、攻略に寄与しなかった者は、その旨を報告しなければならない』という条文に違反していた。これはダンジョン攻略をした際の評価を、正しく行うための規則だ。

 聖女への理不尽なクレームを聖プレパナロス自治国の人間に直接ぶつけるなどいう愚行は、考慮されてもいなかった。これから規則として、整えられることだろう。


「愚息がお騒がせいたしました……。罰金は明日にでも支払います」

 頭を下げるのは、スビサレッタ侯爵その人だ。武人として有名な彼が、小さく見えた。

「はあ……。本当にお願いしますよ。ご子息も鍛え直すべきでしょう。我々はこれから、聖プレパナロス自治国に陳謝しに行かねばなりません。まさかご子息の虚偽の訴えで、聖女様がお一人追放されてしまうとは……。前代未聞の不祥事です」

「いえ、これ以上お手を煩わせるのは心苦しいですわ。わたくしどもがお詫びに参ります」

 侯爵夫人の申し出に、使者はため息交じりに首を横に振った。


「……国として使節を派遣すべき、という結論になりましたので。侯爵家から多額のお布施をされたでしょう、派遣された聖女様はかなり位の高いお方だったようです」

「大変……申し訳なかった。まさか身勝手な抗議までしていたとは……」

 知らないでは済まされない事実ばかり。

 国内のみならず、国外にも大きな波紋を呼んでいたことに、侯爵が唇を噛んだ。

 カルデロンの婚約者の家からは今回の詳細の説明と、婚約の見直しを求める書状が届いていた。相手が各上の家であれば、即破棄されていだだろう。そのくらい、ダンジョンでの実績などは、この国で考慮されるものだった。


「我が国との信用問題になりますしね。万が一これから聖女の派遣を渋られてしまうようになっては、多くの人が困ります。賠償を求められたら、応じなければなりません。当の聖女様は国を出て、行方不明になってしまわれました」

「なんということでしょう……!!!」

 夫人が膝を突き、両手で顔を覆った。控えていた侍女が、慰めるようにそっと彼女の腕を撫でる。

「奥様……」

「賠償があった場合は国が立て替えるという形で、最終的にこちらに請求しますのでお忘れなく」

「もちろんです……」

 冷たく言い放ち、使者は屋敷を後にした。

 静まりかえる部屋には、悲嘆に暮れる侯爵夫妻が残されていた。


 不意に静寂を裂くように、扉がノックされる。

「……お話は済んだようですね、父上、母上」

「リカルド」

 姿を見せたのは、長男であるリカルドであった。彼の緑色の瞳には侮蔑の色が濃くにじんでいた。

「カルデロンを甘やかした代償が家門の名誉とは、大きなものになりましたね」

「……お前にも迷惑を掛ける」

 小さく絞るように零れた言葉に、リカルドは盛大なため息で答えた。

「私が再三、訴えたはずですよね。カルデロンを甘やかしすぎだ、ダンジョン攻略はまだ早い、従者を付けすぎてはいけない、と」

 二人は長男の弁を黙って聞いていた。答える言葉すら持たない、というのが正しいだろう。


「ハッキリと申し上げます。私が侯爵家を継いだ暁には、カルデロンを除籍し、一切の支援をしません。お二方には領地で大人しくして頂きます」

「そんな、あの子は婚約もあやういのよ。私たちはどうでもいいから、あの子を見捨てないであげて」

 縋るような夫人を一瞥し、リカルドは窓辺に立って遠くへ視線を投げた。ガラスには短い赤い髪がハッキリと映っている。

「はあ、これから社交界でどう立ち回ればいいのか……。しばらくは我が家の噂で持ちきりでしょうよ。まあ退屈している方々に、愉快な話題は提供できましたがね?」

 夫人に答えることはなく、自嘲的に呟いて窓に手を当てる。

 傾いた日差しに伸びる彼の影を、夫妻はただ見詰めていた。



「くそう、くそう、くそう!!! 上手くいっていたのに……、どうしてこんなことに!!!」

 カルデロン・スビサレッタは茶色い髪を振り乱し、テーブルを拳で叩いた。 

 近くではメイドや従者が、肩を竦めて控えている。

「申し訳ありません、私どもが出過ぎた真似をしたばかりに……」

 ダンジョン攻略に付いていった従者が、深く頭を下げ続ける。カルデロンは見向きもしないで壁に両手をついた。

「ゴードン・レンフィールド侯爵……全部、全部アイツのせいだ! 覚えていろよ、ただでは済まさないからな……!!!」



□□□□□□□□□□(以下、シャロン視点)


「ラウラちゃーん、お疲れさま~!」

「ノラちゃん、バート君、今までありがとう。お仕事、頑張ってね」

 ラウラは明日、ついに聖プレパナロス自治国へ帰ってしまう。聖女のクッキーは本日で販売終了です。

「一緒にお仕事をして、とても楽しかったです。また来てくださいね」

 いつも澄ましたバートも、今日は寂しそう。

「私から選別よ。お花、好きでしょ」

 大家さんがガーデニングが趣味なので、たくさん褒めたらくれた。それに百合を一本、買って合わせる。立派な花束のできあがり!


「ありがとうございます、シャロン姉さん。……他人の庭の花を、勝手に切ったりしてませんよね?」

「してないわよ!」

 全くラウラってば、私を疑うなんて。いくらなんでも、ラウラへの贈りものを盗んできたりしないわよ。

「冗談ですよ、姉さんはお金儲けが好きだけど下手なだけで、悪さなんてしませんもんね」

「下手かしらねえ……」

「そもそも商品棚が埋まってませんからねえ、儲けられませんよ」

 これからは聖女のクッキーもなくなる。近々スラムの先生のところへ行って、いい品がありそうか尋ねてみよう。

 キツネの薬はわりと売れているけど、聖女ラウラが勧めるからという理由で買って行かれるのよね……。ラウラがいない日は、半分も売れないわ。これが信用の力。


「聖女ラウラ様、ご領主様がいらっしゃいました。来て頂けますか」

 聖騎士エルナンドがラウラを迎えにきた。領主が聖女を労いにやって来たのだ。

「はい、ありがとうございます」

 笑顔で振り向いたラウラに、エルナンドの頬が少し赤く染まった。


「それで……その。貴女は俺の理想の聖女で、素晴らしい女性です。貴女さえ良ければ、ぜひ俺とお付き合いして頂きたく……」

「まるっとお断りです」

「まるっと」

 エルナンドは小さく、ラウラの言葉を繰り返した。

「シャロン姉さんは、私の憧れで本当のお姉さんみたいな人なんです。その人が新しい土地で困っている時に追い打ちをかけるような男、論外です!」

 いつも穏やかなラウラが、語気ごきを荒らげる。猫店員も目を丸くしているわ。


「残念ね~。ラウラはモテるのよ。最初は無難にお断りしていたんだけどね、それだと付きまとったり全然理解できなかったり、暴言を吐く男もいたからね。今ではキッパリ断わるようになったの。諦めなさ~い」

 思わず笑っちゃいそう。呆然としているエルナンドに、軽く手を振る。

「エルナンドさん、男は引き際が肝心ですよ」

 ケットシーのバートまで一緒になって。あら面白い。

 ていうか、なんでコイツ、私の店で告白してんの。ムードも何もないわね。相変わらず、思い立ったら喋らなきゃ気が済まないのかしら。これから領主者の元まで護衛するのに、本当にタイミングの悪い男。

 おっかし~。


「姉さん、ノラちゃん、バートくん、さようなら。また必ず来ますから」

「ラウラちゃん、ぜったいまた来てね!」

「道中、お気を付けて」

 ノラとバートも外まで出て、二本足で立って前足を大きく振っている。猫と人間の感動的な別れに、通りがかる人がみんな振り返るわ。


 意気消沈のエルナンドに護衛されて、ラウラは去った。

「シャロン姉さん。私が来るまでに、お店を潰して行方不明にならないでくださいね」

 余計な一言を残して。

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