第32話 王都に到着

 馬車の中には私と、世話係のメイドのマーサ。

 外では戦闘が続き、まだ敵は半分以上残っている。数人がかなり馬車に近い。馬車の後方はラマシュトゥというロバ姿の悪魔が守っていて敵を近寄らせないんだけど、いかんせん反対の守りがもろい。


 ついに馬車の扉を守っていた二人のうち、一人が腕を斬られて剣を落とした。

 斬った盗賊はもう一人が剣で切り伏せたが、即座に次の敵が迫っている。槍の攻撃を躱して片手で柄を掴み、そのまま剣で切りつけた。相手は槍を手放し、後方へ逃げる。

 追う余裕もなく、別の盗賊が斧を振り上げた! 掴んだままだった槍を投げつけ、怯んだ隙に腕を切る。

「応援を寄越してくれ! 突破されそうだ……っ」

「持ちこたえるんだ、こっちも余裕がない! ラマシュトゥ、頼む!」

「ゴアァア!」

 凶暴悪魔ロバを狙う人間はもういないので、ロバはたくさん敵がいるところに単身つっこんで暴れていた。吠えて周囲の人間を威嚇し、呼ばれて振り向いた。ここぞとばかりに襲いかかる盗賊に、甘いと言わんばかりに後ろ足キックを食らわせる。


 しかし凶暴ロバが到着するよりも、盗賊の動きが早かった。

 御者台に近づき、戦いに興奮してしまった馬を震える手で必死に宥めている御者を、下ろそうとしている。

「マーサさん、扉を開けて!!!」

「シャロン様、危険です」

「馬車ごと連れて行かれたら、もっと大変よ! いい、開けたらすぐに閉めて。私がまた入れて欲しい時は、五連続ノックをするからね」

 再入場の合図を決めて、怯えるマーサに扉を開けさせた。自分で開けるとその分、開いてから数秒のロスが起きてしまう。思いきり扉を開け放ち、そこから飛び出すのだ!


「てんめええぇ、馬車は私のモンよ!!! ぐおりゃああぁあ!!!」

 飛び降りて御者台に体ごと向き直り、勢いよくメイスを振り上げる。

「なん……うわああぁ!!!!!」

 地面を蹴って跳躍し、振り返った盗賊の肩当てに力一杯メイスを打ち込んだ。反動で体が半身になり、左手が宙を掻く。

 盗賊はとっさに手にしていた槍を水平に向けて防御したが、柄が竹のようにしなって簡単に折れた。メイスは肩当てに当たってぶち壊し、そのまま盗賊の肩にめり込む。

 盗賊は前のめりになって御者台から地面に転がり落ち、砕けた肩当てが散らばった。腕がぶらんとしているし、骨も折れたんじゃないかな。御者は突然の出来事に、守るように頭を抱えた腕の間から、呆けた表情で覗いていた。


 ラマシュトゥも到着して頭突きで一人ふっ飛ばし、鋭い爪で攻撃を加え、盗賊をバッタバッタとなぎ倒す!

 周囲の戦闘はまだ続いているものの、ロバが馬車の入り口を守っているからもう安全ね。

 私は心穏やかに盗賊のふところを漁った。

 たいした金目かねめのものはないわ。全身を確認するが、粗末な装備でしかもボロくなっていて、換金できそうにない。小指に赤黒い宝石の指輪を着けていたので、それを抜いて頂いた。

「うう、肩が、肩が……!」

 その間も盗賊はうめいて痛みから体をゴロゴロと動かしているが、気にしなーい。


「なにしてンの、とんでもない女ね」

 不意に頭上から女性の声がして、顔を上げる。喋っているのはロバだわ! そうだ、魔物じゃなくて悪魔なんだっけ。それなら不思議はないわね。

「勝者の権利ですよ。戦って勝ったので、こいつのお金は私のものです」

「そんな法律ありませんよ! コイツらの金は回収できたら奪われた人に返したりするんです、ていうか馬車で待っていてください!!! うおっと!」

 戦闘中の騎士がチラリとこちらに視線を流し、叫んでいる。

 余裕かといえばそうでもなく、相手の攻撃をギリギリで必死に回避していた。


「えええ……、じゃあ指輪で我慢するか」

「……呪われてンじゃないの? その指輪」

 ロバが唐突に、女性の姿に変わった。

 三十歳前後の背の高い女性で、黒い髪はフワッとして肩までは届かない。肌は茶色で、黒一色の服を着ていた。丸みをおびた肩、スリットの間から片足も覗いている。

「呪いは関係ないんですよ、浄化は本分ですから」

「ああ、やたらと強い光を放ってるワケね」

「それにこのまま売り払えば、呪われていようがどうでもいいしね」

「それもそうか」

 悪魔って、わりと話が分かるのね。

 呪いは大抵、持ち主や家族に降りかかる。手放せば問題ないのだ。


 私たちが和気あいあいと会話を続けている間も、騎士やシメオンは戦っている。敵はあと少しになり、森で静観していた本体はちりじりに逃げ惑っていた。

 シメオンに追い詰められた相手が半狂乱で振り回した剣が、彼の腕を掠める。袖が破れ、ポタリと流れた血が地面に染みを作る。

 怪我をした腕をシメオンが振ると、流れた血が連なって固まった。

 血は短剣というほどでもない、短い棒状に変化した。それを手にし、シメオンが盗賊に一撃を食らわせる。盗賊はぶっ倒れたわ!

 自分の血を操るなんて、面白い特技があるのね! 私が持っているのがメイスじゃなくてナイフだったら、たくさん血を出して大きな武器にするお手伝いをするのに。残念だわ。


「うわああぁ、逃げろ!!!」

 随分と数を減らしてから、盗賊はついに敗走を始めた。バラバラの方向に逃げるので、全部を捕まえるのは無理かしらね。騎士が三人ほど馬に乗り、一人を追う。目標を頭目だけに絞ったに違いない。

 騎士たちが投降した盗賊を縛ってるけど、こいつらはどうするのかしら。街道の真ん中に捨てていくのかな。縛っているんだし、馬車に繋いで引きずっていく? ……馬が疲れちゃうか。

 全員を縛っている最中に、王都の方向から馬車がやって来た。馬車は私たちの近くで止まり、護衛が馬から下りる。


「大丈夫ですか!? 戦っているのが見えたので、王都と近くの集落へ、応援を要請しました。王都からはすぐには来られないでしょうが、集落に森で獲物を獲って暮らす、狩人がいます。協力してくれるでしょう」

「ありがとう、助かります」

 馬車は王都から来た商人のもので、荷馬車が三台続いている。襲われたのがこっちだったら大変ね。

 シメオンも戻ってきて、馬車からマーサが降りてきた。

「ビックリしましたが、皆さん無事で良かったです。シメオン様もお疲れさまです、必殺技は使わなかったんですねえ」

「……必殺技? なんの話かな」

 低い声で、なぜか私にきつい眼差しが向けられる。


「そうそう、治療はどうするの? 私は無料じゃないわよ」

「薬を常備してありますので、ご心配なく」

 チッ。上手く話題を逸らして、ついでに小銭を稼ぐつもりが断られてしまったわ。

 それでも私の治療を希望する人も数人いたので、回復をしてあげた。得意じゃないから、青銅貨三枚。出血は止まるわね。盗賊は青銅貨五枚だからね。


 しばらくして商人一行の下男が、狩人や弱そうな兵を数人ほど連れて到着した。盗賊の見張りに、彼らと一部の騎士を置いて、私たちは王都を目指す。頭目も無事に捕縛されて、仲良く地面に転がされている。

 馬車に乗って、出発よ。

 ラマシュトゥは再びロバの姿に変身していたけど、もう誰も乗らなかったわ。女性だと分かったから、乗りにくいみたいね。

 その後は特にトラブルもなく、急ぎ足で目的地を目指した。


 王都に到着したのは、もうすっかり日が落ちた頃。

 宿へ直行して部屋に案内してもらい、仕事は明日から。私たち以外は、まだ慌ただしく動いている。騎士は迅速に、各所へ盗賊の報告をしなければならない。他にもやることがあるみたい。

 宿の部屋は一人には広く、ベッドはふかふか。隣がシメオン、反対側にマーサ。そしてなぜか向かい側には、ラマシュトゥが女性の姿で泊まっている。夕食は四人で宿の近くの食堂へ行った。


「いやぁさ、厩舎きゅうしゃは臭いし寝泊まりしたくないからね。部屋を用意してもらえて助かったわ」

 あっけらかんと笑いながら分厚いステーキを食べる、ラマシュトゥ。ロバになって馬に混じっていたとは思えないわ。

「確かにそうよね。なんで隊列に加わっていたんですか?」

「別に何となく。旅をしようと思ってねぇ」

 あてがないから、適当な隊に加わって移動しているのね。

 うんうん、ステーキの付け合わせはジャガイモに限るわ。

「この後はどうするつもりだ?」

 シメオンが尋ねる。彼はスパークリングワインを飲んでいる。食べものはトマトのブルスケッタだけ。


「占い師に会いに行くンでしょ? 面白そうだから、アタシも行くわ」

「悪魔を占うとどんな結果が出るのかな、興味あるわ!」

 ラマシュトゥが一緒でも問題ないわよね。短い旅の行程でも襲われたりするんだもん、いざという時のための壁は、多い方がいい!

「私は宿で待機していますので、ご用はお気軽に申し付けてくださいね」

「ありがとう、マーサさん」

 彼女はドリアとシーザーサラダ。野菜はあまり新鮮でもない。


 占いは夕方から深夜にかけて、飲み屋街で営業している。明日、案内の騎士と行くので、今晩は飲んで食べて、ぐっすり眠るわ!

 馬車の旅って振動が気持ち悪いし、体が固まる感じがするぅ。

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