第22話 大家さんです

 鮮血の死王が偽物だった、ということで事件は解決。

 となると、ラウラは近いうちにプレパナロス自治国へ帰ってしまう。一番の問題はそこなのだ。人気商品、聖女のクッキーが取り扱えなくなる。

 せっかく売り上げが伸びていたのに……っ。


 ラウラはここ数日、ドルドバカ神官の見舞いに行っている。

 あの程度なら放っておいてもいいのに、神官なので粗末にできないのだ。なのできっと、ラウラが国へ帰るのは、神官が回復するのを待ってではないだろうか。

 偉大なる女神ブリージダよ、不信心な神官の病状を重くしたまえ。


「にゃ~。てんちょー。ラウラちゃん、いなくなっちゃうの?」

「そうなのよ……。そのうち、国に帰っちゃうの」

「寂しくなりますが、仕方ないですね」

 ケットシー店員は今まで通り、ふらっとやって来ている。今日はラウラのクッキーがないので、お客が入ってきてもすぐに引き返してしまう。

 本当にクッキーしか売れるものがないわね……。

「てんちょー、ヒマだからあそぼうよ~」

「確かにヒマだけど、猫と何をして遊べばいいのよ」

 私は椅子に座り、ノラとバートはカウンターテーブルの上でくつろいでいる。

 平和すぎるわ。


 扉が開いても、迎える気にもならない。クッキーがないとそのまま出て行っちゃう、客にならない人ばかりよ。

「いらっしゃいませー! 吸血鬼さんだ」

「こんにちは。ええと、シメオンさんでしたね」

 ノラとバートが体を起こして、元気に挨拶した。シメオンは黙っている。

「らっしゃい! 今日のおすすめは木のスプーンですよ~」

 やはり黙ったまま。やけに辛気しんきくさいわね。墓場のスパンキーよりも辛気くさいわ。


「私がかつて人に恐れられた吸血鬼だと、分かったろう」

 気にしていたのか。

 あの場にいたのは私とラウラ、それから半分操られていた神官と、本人と灰だけ。

「いやまあ、“長く生きている強い吸血鬼あるある”じゃないの? このことは兵とかに証言してないし、ラウラも教えていないはずよ。死王じゃなくて良かったって安心しているのに、わざわざ怖がらせる必要もないしね」

 ドルドバカ神官も、余分な仕事が増えるような発言はしないはず。常連吸血鬼シメオンの秘密は守られているわよ!

「君も気が使えるんだな」

「情報料をもらえば知ってる限り洗いざらい喋りますが、常連さんを失う方が痛いもの」

 そもそも話す意味がない。

 私は得をしないどころか、討伐しようなんてなったら下手をするとこちらが痛手を負う。商売人のすることではない。


「……猫には分からない事情があるようですが、シメオンさんはいい吸血鬼だと思います」

「そうだよね。いつでもあそびに来て」

 バートとノラが、ケットシーなりにシメオンを励ましている。私も負けていられないわ。

「買いものさえしてくれれば、種族は関係ないのよ! どれだけ人を殺していようが、どっかの町を火の海にしようが、お金の前では大した問題じゃないんです」

「君はもっと気にした方がいい」

 いやあねぇ、強がっちゃって。

 バートとノラも、にゃあにゃあ笑っているわ。

「気にするといえば、ドルドバカ神官が回復したら、ラウラが国へ帰っちゃうんですよ」


「話がどう繋がっているのか不思議だが、それは吸血鬼に噛まれて操られた、ドルドヴァー神官か?」

「そう、そのドルドバカ。ヤツを噛んで可能な限りの重体にしてくれない? 治らなければ、ラウラもここに残るから」

「断わる」

 さり気なくお願いしてみたんだけど、すげなく断わられた。考えてみてくれてもいいのに。

「でもシメオンさん、血を吸ってないんじゃない? たまには吸いたくない?」

「あんなマズそうな血を吸ったら、腹を壊す。私はグルメなのだ」

 確かにマズそうね。そう言われると、強く出られないわ。

 いい手段だと思ったのに、残念だわ。話が終わってシメオンが帰ろうとしていると、数日ぶりにラウラがやって来た。


「ラウラ、まだこっちにいられそう?」

「もうすぐ帰ります。ドルドヴァー神官もだいぶ回復されて、姉さんを連れて帰って名誉を回復するって息巻いてますよ」

 自分で聖女を剥奪すると言い出したくせに、旗色が悪くなったら連れ戻そうとは何事。そうは問屋が卸さない!

「とりあえずぶん殴って、記憶を消してくる」

 店を出ようとしたら、みんなに止められたわ。シメオンまで私の行く手をふさぐ。

「てーんちょ、なぐっても忘れるとは限らないよ」

「姉さん、護衛騎士も付いてますよ。むしろ捕縛されて連れて帰られます!」


「……君が見つかったのは、私が様子を見て偽物を放置してしまった責任でもある。詫びとして神官に暗示をかけ、君がいた記憶を消そう」

「でもシメオンさん、私は吸血鬼を倒せるほど強くないんです。協力者がいたのも判明していますし、矛盾むじゅんが生じてしまいます」

 心配そうにするラウラ。

 シメオンのせっかくの提案だけど、暗示はほころびが生じると溶けてしまうからねえ。国へ帰った後でも、思い出したら引き返してきそうね。

「やっぱり、とりあえず生と死の狭間を歩いてもらいましょう。新たな記憶を植え付けやすいから」

「だからそんなことをすれば、今度追われるのは私ではないか!」

 夢と現実が区別できないくらいになれば、現実も夢だったと思い込ませるのは簡単なのに。飲み過ぎて前後不覚になった、とでも言い訳すればいいと思う。


「姉さん、話が逸れてますよ。暗示が解けないよう、つじつまさえ合えばいいんですから」

「吸血鬼退治の協力者である私の名を非公表にしてもらって、プレパナロス自治国側にはそれっぽい報告をすればいいのよねえ……。パンダがパンチでやっつけた、とか……」

「ふにゃはは~。てんちょー、とっても面白い!」

 ノラが大笑い。ギャグだと思われてしまった。シメオンにはジロッと睨みつけられた。

「そんな間抜けな暗示はかけない」

 相変わらず気取った吸血鬼だわ。ラウラは苦笑いしつつ、新たな設定を考える。


「うーん、死王は偽物だったので、そこまで危険じゃなかったんですよね。聖騎士と、狩人組合に協力してもらって倒した、でいいんじゃないでしょうか」

「それでいいのならば、問題ないな」

「なんか普通すぎるわね……。地味だなあ。そうだ、テロリストとの戦闘に巻き込まれて、神官がスパイに間違えられて、ピンチのところに化け狸が現れて……」

 やっぱり盛り上がって感動するお話がいいと思うのよ。私が気持ちよく喋っているのを、シメオンがさえぎる。

「この話はこれで終了だ。聖女ラウラよ、夜、神官の元へ案内してくれ」

「任せてください。シャロン姉さん、エルナンドさんに姉さんの名前を出さないように、お願いしておきます」


 国から使者でも送られたら面倒だと思ってたんだけど、これなら大丈夫そうね。せっかくの商売の邪魔をされたら、たまらないわ。

 浄化の奇跡は魔の力にしか反応しないから、普通の人間にはほぼ効果がないのよ。だから追い払うにも、ぶん殴るとかぶっ飛ばすとか、メイスでめっこめこにするとかしか方法がないの。

 ちなみに吸血鬼が人質を取っても、人質ごと浄化して大丈夫よ。その場合、ヤケになった相手が人質を攻撃するかも知れないから、人質が危険に晒されるのは仕方ないわね。


 ラウラは夕方までお店の手伝いをすると残ってくれて、シメオンはいったん自宅へ帰る。出て行く背中に声を掛けた。

「シメオンさん、忘れものです!」

「何も持ってきていないが」

「買いものですよ、前回も買いものをしてませんよ。常連客としてあるまじき失態です」

「……品揃えを良くしておけ」

 シメオンは結局、何も買わずに帰ってしまった。欲しいものがなくても購入する、そのくらいの気概を見せて欲しいわね。

 猫店員はラウラが気に入っているようで、いつもなら日が傾く前には帰るのに、ラウラとお喋りを始めている。


「こんにちは、シャロンさん。賑やかね」

 上品な初老の淑女の声。こ、これは。

「大家さん! 家賃の支払いなら、近々伺いましたのに!」

 思わず背筋が伸びるわ。こちらが幽霊屋敷だというささやかな理由で大幅な値引きをしてくれる、太っ腹な大家さんです。紙に包んだ何かを、大事そうに抱えているわね。武器ではなさそう。

 猫……猫って家に入れて良かったのかしら。確認していないわ。

 急な訪問で、ケットシーを隠せなかった。

 大家さん目は、カウンターテーブルを陣取る猫店員へと向けられている。

「驚かせてごめんなさいね、ちょっと寄っただけで家賃の催促じゃないのよ。可愛い猫ちゃんたち。私は猫が大好きなの」

 セーーーーフ!!!

 第一関門を突破した。ホッと一息、お家賃の銀貨を準備する。ここで払っておこう。


「てんちょー、大家さんっておともだち?」

「ノラ、大家さんっていうのは、家を貸している人だよ。この家の持ち主だよ」

「すごーい! ノラです。大家さんも仲良くしてね!」

 喋る猫たちに、大家さんは手を叩いて大喜び。不審がられなくて良かった。

「まあぁ、言葉が分かるのね、すごいわ。私の方こそよろしくね、ノラちゃん。こちらは店員さん?」

「姉さんの聖女仲間だった、ラウラです。お店のお手伝いをしていましたが、そろそろ国へ帰るんで……」

「聖女様でしたの。さすがにシャロンさんは、元聖女なのね。……実はね、お隣も私の土地なんだけど、以前から家を出るかもってお話が出ていてね。人魂がウロウロするからって、ついに引っ越しを決めたの……」


 わあ、私が最後の一押しをしてしまったのね……。人魂スパンキーもウチのバイトだとバレたら、私が叩き出されそう。しらを切ろう。

「それは大変ですね……! 私はこの家が気に入っていますし、お友だちもできました。まだ住んでいるつもりです!」

 急いで家賃の銀貨を握らせる。大家さんはホッとした表情をしていた。

 ラウラのジトーッとした眼差しが私に刺さる。

「安心したわ。これ、私が焼いたパンなの。もらってちょうだいね。一人暮らしには多くてかえって迷惑かしらと心配だったけど、たくさん人がいて良かったわ」

 大家さんが抱えていたのは、紙で包んだ焼きたての温かいパンだった。大きなパンが三つも。うわあ、助かる~!


「ありがとうございます、なかなか商売が軌道に乗らなくて……」

「知らない国でお仕事をするのは大変でしょう。困ったことがあったら、いつでも訪ねていらしてね」

 大家さんは何も疑わずに、帰っていった。

 パンは私とラウラ、そして猫たちで一個ずつ分けたわ。焼き立て、おいしい……!

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