第21話 鮮血の死王
万引き犯を無事に捕まえ、和解金を含めた銀貨を一枚手に入れて、ケットシーのバートと意気揚々と凱旋帰宅。
時刻はもう夕暮れ時になっていた。
お店に残ったラウラは、落ち着かない様子でカウンターの椅子に座り、私を待っていた。今日はラウラの見回りがお休みで本当に良かったわ。さすがに子猫のノラを一人にはしておけないもの。
「大丈夫でしたか、シャロン姉さん」
「もっちろん。買い取りにさせたわよ」
親指を立てて成果を強調する。ホッとして息を吐くラウラ。ノラはテーブルの上でしょんぼりとしていた。
「てんちょー、取られちゃってごめんなさい……。お詫びに、わたしのクッキーあげるね……」
半泣きでラウラにもらったクッキーを差し出すノラ。それは猫用だから、いらないわ。
「平気よ。ちゃんと犯人も捕まえたし、損はしてないから。持って帰って食べてよ」
「ノラ、猫には仕方ないよ、人間は大きいから。この分しっかりお店番をして、たくさん売ろう」
バートもノラを慰める。商売を頑張ってくれた方が嬉しいです。
「私も万引きに気付くのが遅れちゃったしね、ノラは悪くないよ。元気出してっ、怪我がないのが一番よ。今日はみんなでおいしいものを食べる?」
「いえ、僕らはもう帰ります。ノラも怖かったろうし、王国でゆっくりします」
「うん。悪い人もいるのねえ。暗くなる前に帰るね」
バートとノラは、クッキーの袋をたすき掛けにしたカバンにしまって、帰り支度を始めた。今日のお礼に、銅貨を五枚ずつ渡す。臨時収入もあったし、多めにしたわよ。
「じゃあ私が帰りながら、猫ちゃんたちを送りますね」
ラウラも帰ってしまう。ああ、夕飯も作ってもらえると期待していたのに。
今日は色々あったし諦めて、夜までお店番をして家にあるものを食べるか……。
お客も来ないし、何かを作る気もしない。お店の外を、兵が会話しながら小走りで通りすぎた。キョロキョロして探しものでもしているみたいだし、また盗みでもあったのかしら。
いなくなたっと思ったら反対側からも二人組の兵がやってきて、通行人に何か話し掛けていた。
ボーッとしているうちに、外が暗くなってしまった。向かいの家に明かりが灯る。
そろそろお店を閉めるかな。
カーテンを引いて閉店の準備をしていると、ラウラが再び顔を見せた。
「どうしたの? 忘れもの?」
「それがシャロン姉さん、神官様が来てるんです……。姉さんがこの町にいると知ってしまったみたいで、案内しろって……」
申し訳なさそうにお店の入り口をくぐったラウラ。
後ろからは私を追放した、ドルドヴァー神官が。心なしか顔色が悪い……、あれ、おかしいわ。いきなり怒鳴ってくるはずが、妙に静かね。
違和感を感じて、注意深く神官の顔を眺めた。
微妙に魔の気配を感じる。
「離れなさい、ラウラ!!!」
「どうしたんですか、姉さ……、きゃあぁ!」
神官が後ろ手に扉を閉めて、素早くラウラを羽交い締めにした。
「アンタ、操られているわね!?」
「え、あ……、姉さん、神官様の首に吸血鬼の噛み痕が!!!」
「グ、ウ、ァ……」
不意に濃く黒い霧が発生し、神官の脇に男が現れた。吸血鬼!
「何のつもりよ! 神官はくれてやるから、ラウラを離しなさい!」
「……七聖人がそんなことを言っていいのか? ……ゴホン、仕切り直しだ。この神官はお前たちの元へ案内させただけだ。聖女の血を吸い、俺が力を得るためにな」
吸血鬼は格好をつけて、マントをバサリと顔の前まで持ってきた。
ドルドバカ神官に押さえられて逃げられないラウラに、吸血鬼が顔を近付ける。ラウラの血が吸われちゃうわ!!! 商品も壊したらただじゃおかないからね!
「とりゃっ!」
「うぐっ!」
私は手近にあった木片を投げつけた。
吸血鬼の顔にヒット。吸血鬼はいったんラウラから離れ、木片がぶつかった頬を摩った。
「させないわよ! さっさと出て行きなさい!」
私を睨んで、今度はマントをわざとらしく広げる。ラウラに当たっちゃうじゃない、気を付けなさいよ。そもそもオーバーリアクションが煩わしいったら。
「ええい、聞け! そして恐れおののけ! 俺こそが鮮血の死王と呼ばれた吸血鬼!」
「……君が死王だと? ならば私は誰だというのだね?」
死王と名乗った吸血鬼の背後に風が吹き、集まって黒く染まった。そして実体を持ち、人の形になる。
シメオンだ。吸血鬼は勢いよく振り返り、一歩後ずさって距離を保つ。
「くぅ、まさかこのタイミングで乗り込んでくるとは! 神官、その男を押さえろ! その間に聖女の血を……」
「い、イヤだ……、シャロン……助け、ろ」
神官が支配に抵抗しているわね。少しは神聖力があったのか、それともシメオンの魔力にあてられたのか。
どっちにしても自分でなんとかしろっての。
「アンタを助ける義理なんてないわ」
「……せ、聖女だろう……」
「だから? 聖女はボランティアじゃないのよ。女神様に尽くすのが聖女よ、人助けはヒーローかお人好しがするものでしょ。私にそんな趣味はないわ!」
きっぱり言ってやった。
吸血鬼を含むみんなの視線が、私に集まっている。
「……とにかく。まずは私の名を
シメオンが咳払いで仕切り直す。
「……四人の真祖の一人であるお前を、おびき出して倒すためだ。俺こそが偉大な吸血鬼であると知らしめるのだ!」
「ならば居場所の決まっている『混沌を呼ぶ万軍の紅き統率者、フレイザー』を狙えばいいものを」
「ヤツはイヤだ! 関わりたくない!!!」
堂々と情けない発言をする吸血鬼ね。そのフレイザーが、シメオンよりも強いのかしら。
「もっともだ」
……って、納得するんかい!!!
半分操られているドルドバカ神官と人質にされているラウラは、そのまま聞いているだけ。
吸血鬼の意識が完全に逸れているので、ラウラが暴れて神官から逃れようとした。
「う、お……」
うまく手が外れ、ラウラが神官を振り切ってこちらへ走る。ほんの数歩の距離なのに、長く感じるわ。
「ね、姉さん……!」
「任せて、ラウラ!」
私が浄化をしようとしたら、神聖力の増大を感じた吸血鬼が、バッとこちらを振り返った。そしてすぐに扉へ視線を移す。逃げる気だわ。
「逃がすか営業妨害!!! シメオンさん、捕まえていてくださいね。天にまします我らが神よ、この
「捕まえていられるか、馬鹿者がー!!!」
「ぐ……ぅ、私を……巻き込むなー!!!」
シメオンと神官の叫びが、狭い店内に響き渡る。
店内は
「ぎゃああぁ…………!」
吸血鬼の悲鳴が徐々に途切れていく。当たったみたい、わーい。
光が消えて、徐々に視界が戻った。
争っていた入り口の前には情けない表情をして床に倒れたドルドバカ神官の姿と、大量の灰が残されていた。魔力を注がれて操られていたので、神官にも影響があったようだ。ざまぁみろ。
シメオンの姿はなく、灰も残っていない。
ラウラが私の後ろで、両目を覆っていた手を離した。
「相変わらずの威力ですね、シャロン姉さん。シメオンさんは平気でしょうか……」
「マトモに食らったら、私でも無事では済まない。とんでもないな……」
普通に扉を開けて、シメオンが入ってきた。どうやら直前で霧に変わり、外へ逃げたようだわ。
「常連吸血鬼のシメオンさん、無事で良かったです。もうお買いものをしても平気ですよ」
「今日は買いものなどしない。そもそも、まだ灰が残っている」
そうよね~、邪魔よね。
「捨てちゃうか」
「姉さん、ちゃんと処理しないと」
ラウラがホウキとちり取りを用意していると、騒ぎを聞きつけた兵士が息を切らして飛び込んできた。
「何事ですか!? とんでもない光が漏れたとか……」
「ちょうどいいわー、灰を片付けてちょうだい。それ、吸血鬼」
私が指で示した先を、兵士が確認する。薄い灰色の灰が小さな山を作っていた。
「吸血鬼……!?」
「私が説明します」
ラウラが進み出て、吸血鬼に襲撃され、それが鮮血の死王を名乗る偽物だったと説明する。これで死王事件は解決!
そういえば、本物の死王はシメオンだったのね。どうでもいいか、わざわざ伝える必要はないわ。
「偽物だったんですか……。ところで、この神官様は……」
「それも回収してちょうだい、商売の邪魔だから。二、三日は寝込むかもね」
「そうでなくて、治療が必要ですか? 倒れている理由を知りたいんですが」
「すみません、神官様は吸血鬼に噛まれたんです。姉さんが言うとおり、数日の休養が必要です。魔力が濃く残っているところに強すぎる浄化の光を浴びたので、ダメージを受けています」
その後の兵とのやり取りは、ラウラに任せた。
ほどなく聖騎士エルナンドも到着、彼らは行方不明になっていたこの神官を探していた。倒れている護衛騎士が発見され、騒ぎになっていたんだとか。外を徘徊していた兵は、その関係だったのね。
シメオンは店を襲撃した吸血鬼の退治に協力してくれた吸血鬼、という位置づけになった。
お店は兵が掃除してくれるから、問題ないわね。
今日もよく働いたわー。
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