第20話 犯人確保!

 私のお店で万引き事件が発生。

 ちょうどもうすぐ店に到着するところだった私は犯人とすれ違い、後から従業員たちが飛び出してきて事態を把握。

 走ってた時点で転ばせれば良かったわ、チクショウ!!!


 現在、全速力で犯人を追跡中。

 交差点で曲がる後ろ姿が見えたので、私もそちらへ急いだ。距離は少しずつ近付いている。

「はあ、くう……、追いつかれる……」

「待ちなさい、万引き犯!!!」

 犯人は細い路地に入り、左右を軽く見回して慌てて右を選んだ。とっさに土地勘がない場所に逃げ込んだみたいね。これならイケるかも!

 高級住宅街の近くかな、それなら昼夜を問わず見回りがあるはず。兵はどこよ。


 箱にぶつかり、落ちているゴミを蹴飛ばしながらも逃げる犯人。ヤツがぶつかった箱が邪魔をしたり、意外とすばしっこく逃げるために、なかなか追いつけない。

 そして路地を抜け、また広い道に出た。家や工房が並ぶ区域だわ。人通りは少ない。

 犯人が向かう先には黒いコートに銀髪の、常連吸血鬼がいるじゃない!

「シメオンさんっ! ソイツを捕まえて、万引き犯です!!!」

 肩で息を切らし、必死に走る青年を指した。シメオンは私が示した相手に視線を向ける。

「万引き……?」

「ひぃ!」

 シメオンと顔が合うと、犯人は走る方向を変えた。とはいえ、広い道の反対の端くらいなんだけど。後ろからは私が追っているから、戻れないわよ。

 犯人はシメオンから離れた、木の塀の近くを駆け抜ける。


「捕まえてって……」

 全く動かないシメオンに怒鳴ろうとしたところ、彼の姿がかき消えた。次の瞬間、濃い霧が犯人の青年の後ろで固まり、突如とつじょとして現れたシメオンが腕を掴んでいた。

「これか」

 思わず落としたクッキーの袋三つを、シメオンが空いているもう片手で受け取る。さすがに一つは落ちちゃったわ。

「ナイス、シメオンさん!!!」

「元聖女、この男は……」

「うおりゃああぁあ!!!」

 私は足を止めず、そのまま肘を引いて勢いのままに拳を思いっきり振った。

 顔面パンチをお見舞いしてくれるわ!!!


「わああぁ!??」

 シメオンが取り押さえているから当たるはずが、直前で腕を引いて位置をずらし、犯人を避けさせてしまったわ!

 拳が大きく空を切る。

「とっとっと」

 よろけて三歩、前へ進んだ。

「なんでかばうんですか!」

「捕えているんだ、事情も聞かずに殴ることはないだろう。しかも顔を狙ったな」

「当然です、万引きの事情なんて興味ありません。私の店で盗みを働いたのよ? ボッコボコにしなきゃ気が済まないわ!」

「狙う店を間違えたな」

 他の店ならいいってわけではないけど、お涙ちょうだいな理由を並べれば許しちゃう、そんな甘い人も世の中にはいるからね。


 私たちの会話を隣で聞いている青年は、顔色を青くしてうつむいている。青いのは元々の血色の悪さもありそうね。痩せ細っているし。

「よ~く考えて欲しいのよ。万引きはクセになるんです、コイツはこれからもやるわよ? いえ、もう前科何十犯かも。親愛なる女神ブリージダも許されざる蛮行です。だからこそ、女神様のお怒りに触れる前に腕を切り落とすとか、命を絶つとか、二度と犯行に手を染めないようにすることこそが、彼のためなのよ」

 切々と諭す私に、青年はヒィッと声を詰まらせ、泣きながら膝を突いた。

「魔が差したんだよ、初めてやった。もうしません……!」

 しかし落ちたクッキーは割れちゃっただろうし、もう売れないな。シメオンがキャッチした分は、しわになった袋を変えればまた売れるかな。


「元聖女、買い取りで許せないのか? もしくは兵に突き出した方が、お互いにいいだろう。法治国家は私刑を認めない」

「ぐぐ……。まあ確かに、殴って気が晴れても、銅貨一枚にもならないわね。分かったわ、和解金を含めて銀貨一枚。それでいいわよ」

「うっ、く……そんなに払えないよ……!」

 泣いていても減額なんてしないわよ。

 ちなみにクッキーは一袋で銅貨六枚、大きい袋が青銅貨一枚。小袋一つと大袋二つなので、本来の値段は青銅貨二枚と銅貨六枚です。盗まなければ良かった、と後悔する金額でなければ再犯を防げないのよ。


「そもそも、何故クッキーを奪うんだ? 金でも、金目かねめのものでもなく」

「うう……。母に……食べてもらいたくて……。貧しい上に母が病で弱っていて、先生には滋養のあるものを食べさせないと回復できないと言われて……。でも、毎日の食事にも事欠くほどで……」

「クッキーなんて腹にたまらないでしょうよ」

 クッキーって、滋養のあるものに含まれるかなぁ?

 肉でしょ、肉。狩りでもすればいいのに。


「……聖女様の手作りクッキーだって聞いたから。食べたら、病もよくなるかと思って……」

「盗んだ品をもらって、母親が喜ぶと思うか? むしろ、自分のせいで犯行を働いたと、気に病むのではないかね」

 吸血鬼のシメオンが、情に訴えるような説教をしているわ。

 妙に人間味があるのよねえ、本当に。どう手に入れようが、知らずに食べれば共犯にはならないんだし、ラッキーくらいじゃないの?

「それは……」

 そしてお決まりの説教に心を動かされる犯人。このくらいで反省する程度なら、最初からやるんじゃないわよ。

 もっと、奪ってやるぜって気概が欲しいわね。そうしたら誰にも制止されずに、心置きなくぶん殴れるのに。


「ばっかじゃないの? 聖女が焼こうが囚人が作ろうが、バイトが作業しようが、クッキーで病気が治るわけないじゃない。治るなら今頃、薬屋にはクッキー専用の棚があるわよ」

 そんな理由で万引きしたなんて、とんでもないわ。

 人影もまばらだったのに、私たちが騒いでいるから、さすがに集まってきちゃったわね。

「万引きですって? 兵を呼ぶ?」

「もう呼んであります、お気遣いなく」

 心配した女性が尋ねてくれたので、軽く断った。ケットシーのバートが呼んでくれているはずなのよね。大分移動したから、ここが分かるかが問題ね。

 兵に引き渡したら、私の損害って補償されるのかしら。あてにできないし、この場で銀貨が欲しいわ。


「お金は必ずいつか払います、許してください……。家で母が寝込んでいるんです」

 青年は私に向かい、祈るように手を合わせる。

「銀貨一枚で許すってば。なんなら担保をちょうだいよ」

「担保……」

「言っておくけど、初めて会った犯人を担保もなしに信用するほど、私はお人好しじゃないわよ」

らちが明かない。ここは私が立て替えよう、余裕がある時にほんの少しずつでいいから返すように」

 シメオンが銀貨をくれたわ!

 女神ブリージダよ、罪深きとがびとを、銀貨の価値の分だけ許したまえ。


 話し合いが着いた頃になって、ケットシーのバートが警備兵を連れて到着した。

 予想した通り、ここを探すのに苦労したみたいね。走りっぱなしでご苦労様だったわ。

 和解が成立していたので、犯人の青年は厳重注意だけで済んだ。

「さすが店長、もう解決しましたね!」

「バートもありがとう。犯人があちこち逃げたから、この場所を見つけるのが大変だったでしょう」

「なんの、目撃者もいましたから」

 ふふん、と自慢げに髭をピンとさせて前足で撫でるバート。


「狭い路地裏とか家の脇を通ったから、人に会ってないわよ」

「目撃猫、といった方が正しいですかね」

「ケットシーは猫語も分かるんだっけ!」

 路地裏の猫に聞き込みしたわけね、なるほど。そうだ、シメオンにお礼をしないといけないわね。

「シメオンさん、犯人確保のご協力ありがとうございました。お礼に今度お店に来たら、割引しますよ」

「必要ない」

「遠慮せずに! まあ安くしなくていいなら、しませんが」

「……帰る」

 シメオンはブスッとして歩き始めた。バートが呼んだ兵は、犯人を家まで送り届けるようだ。二人が彼についている。クッキーは買い取りになったので、落とした分も含めて犯人に持ち帰ってもらったわ。

 私はバートを肩に乗せて、お店へ戻る。無事に解決して良かったー!



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「くそう……シャロンめ。アイツが本当に出て行くから、私の立場が悪くなったではないか! なぜ私が、こんなところまで来なければならないんだ!」

 神官服の男性が、ぶつぶつと文句を呟きながら大通りを歩いている。

 護衛は一人だけだ。

「しかし騒がしいな」

「どうやら物取りがあり、犯人が捕まったようですね」

 人々のうわさ話から護衛の騎士がそう判断して、神官に伝えた。興味がなさそうな顔をしていた神官は、観衆の間から見えた顔に目を見開く。

「シャロン……! シャロンではないか! ここにいたのか。……よし、帰りにアイツも連れ帰るぞ。これで私の立場も保たれるだろう。さっさと吸血鬼事件なんぞ解決させねば」


 警備兵が数名、バタバタと急いで神官の横を通り過ぎた。灰色の猫も一緒に走っている。彼らがシャロンの元に到着したすぐ後に、騎士が一人、神官と合流した。

「神官様、聖女ラウラ様の宿はあちらだそうです」

「わりと町外れだな。もっと中心部にあると思ったのに」

 三人は人だかりを背に歩き始める。背後の喧噪とうらはらに、行く先は人通りもまばらだ。カンカンと、金槌で金属を叩く音が響く。

 不意に三人のすぐ後ろで、ドンッと大きな音がした。何かが近くの屋根から道へ飛び降りたのだ。騎士二人が剣の柄に手を掛け、振り返る。


 剣を抜く間もなく、一人が地面に倒れた。

「うわああぁ!」

 もう一人が振った剣を軽く避け、それはふところに入って騎士を壁まで吹き飛ばした。腹から血を流し、騎士が倒れる。

「き、貴様は吸血鬼……!!! まさか、本当に鮮血の……!? 女神よ、私を守りたまっ……、ぎゃあああぁ!」

 神官の祈りの言葉も終わらぬうちに、首筋に牙が立てられる。丸い傷口から垂れた血が、神官服の襟を赤く塗らした。


「クハハ……! なんとも欲に溺れた、不味い血だ! 価値もないが、これだけ魔力を注げば一日、二日は俺の命令に従うだろう。さあ、その聖女ラウラとやらの元へ俺を案内するのだ。聖女の血を吸えば、かなり力が増すだろう……!」

「ひ……ぃ……」

 ほどなく神官の眼差しがうつろになって空に漂い、足の震えが止まった。吸血鬼の支配下に入ったのだ。

「……俺の問いに答えよ。連れ帰ると行っていた、シャロンとは?」

「シャロンは……七聖人の……一人……」

 意思とは関係なく、神官は吸血鬼の問いに途切れ途切れに答える。

 七聖人という単語を耳にすると、吸血鬼はにやりと笑った。


「七聖人の血を吸って力を奪えば、吸血鬼の頂点に立つのも夢ではない! 待っていろ死王、まずは貴様だ! いや、偉大なる四人の真祖の一人、“尽きぬ夜をいざなう白銀の真円しんえん、ビジャ”。人間どもに死王と呼ばれているのは、貴様なのだろう!?」


 騎士二人が意識を取り戻した時には、そこには僅かな血の痕跡のみが残り、神官も吸血鬼も姿を消していた。

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