第19話 姉さん、事件です
見回りを終えて深夜に帰宅し、ベッドに入る。ラウラってば夜中まで仕事をしてから、うちに来てたのか。体力あるなあ。ゆっくり寝よう。
すんなり眠りに落ちて、あっという間に朝がくる。朝日が部屋に薄く差し込み、人々の活動が始まる。もう日が昇ってしまったわね。
ウトウトしながら通り過ぎる馬車の車輪の音を聞いていると、何かの気配がした。
『おはよ~……』
男の子の小さな声が、お店から聞こえる。バイトであるスパンキーのショーンだわ。御用聞きか、今日はもっと遅い時間帯が良かったなぁ。
「ふあ~……、おはようショーン」
盛大なあくびが出てしまったわ。眠いんだから仕方ない。
『お花ありがとう……。お仕事、ある?』
「あるある! キツネの家を覚えているわね? 熱冷ましの薬を注文に行ってちょうだい」
仕事を頼むと、スパンキーの体……いや人魂に体? まあいいや、全体がほのかに光り、少ししてから小さく返事があった。
『……わかった』
「お礼はまたお花の香?」
『今度は、ジュースを置いて欲しいよ』
「オッケー」
相変わらず弱々しいな。真面目にバイトしてくれれば問題ないですが、そのうち消えちゃいそうでもある。スパンキーだしなぁ、未練や意思が薄くなると、存在も薄くなりがちよね。
ショーンはふよふよと浮いて、隙間から外へ出ていった。
さて、私はもう一寝入り。
「おはようございます、シャロン姉さん! シャロン姉さん、開けてくださいいい!!!」
切羽詰まったラウラの声がする。夜中まで見回りをしていたのに、元気ねえ。私は急いで、お店の扉を開けた。
「おはよう、どうかしたの?」
「人魂……、スパンキーがあっちへ行ったんです! 怖かった……」
ラウラが震えながら指す先は、ショーンが進んだ方向だわ。朝から街中をウロつくスパンキーも他にいないだろうし、彼で間違いないわね。
「いやあねぇ、それならウチのバイトのショーンよ。子供なのよ、怖がることないじゃない」
「めっちゃ怖いですよ!!!」
即座に大きな声で反論するラウラ。浄化を苦手な理由が、分かる気がするわね。
「ラウラは本当に怖がりねえ」
「……シャロン姉さん。姉さんは聖女を剥奪されたと知られてお客が来ないって嘆いてますよね」
俯いて小さな声で唸る。私は頷いた。
「まあ、そうよ」
「で・す・が。ただでさえ一家心中があって幽霊屋敷と噂されていて、その上に人魂が出入りしたりするお店なんて、お客に敬遠されて当然ですよ……!?」
「えっ、だって気弱な子供のスパンキーよ?
グールは死体や子供を攫って食べたり、時に旅人なんかを食べてその相手に化け、成り代わることもある危険な魔性。会話もできるし、集団に交じっていても普通の人では気付けないのだ。基本的に討伐対象になるわね。
「子供の人魂ってだけで、普通は怖いんです!」
盲点だった。まさか、ただ浮いているだけの人魂が怖い人がいるなんて……。だからといって、安く使えるバイトを解雇するのももったいないわ。
もっと人目に付かないようにしなきゃいけないわね。
言い終わるとラウラは厨房へ行き、クッキー作りの準備に取りかかった。
「朝食を買いに行ってくるわ」
「お願いしまーす」
私は布袋にフタ付きのどんぶりを二つ入れ、近くにあるご飯屋さんへ出掛けた。ここは朝とお昼、ご飯を売ってくれるお店。注文をしてどんぶりを渡すと、盛り付けてくれるのだ。
今日は炒めたご飯に目玉焼きを載せてもらった。これで銅貨八枚。比較的安い。実家がお米を作っている農家さんだから、安く提供できるんだって。
帰ってお茶を淹れてラウラと食べ、開店準備をする。
ラウラのクッキーの売り上げのおかげで、私の食糧事情が良くなったわ。今日も朝から、聖女のクッキー目当てのお客がやってくるわよ。ほぼ毎日のように顔を出す人もいるけど、常習性でもあるのかしら。
しかし客の動きを注視すると、クッキーを買うだけでそそくさと出て行ってしまう。確かに、怖がっているのかも知れないわね……。対策が必要だわ。
「来ーたよ~」
「こんにちは」
考えていたら、ケットシー二匹がやってきた。昨日も来たのに、連日は珍しい。
「いらっしゃい! 商品が焼き上がったから、これから二人の分も焼くね。砂糖は少しでいいのよね?」
「甘すぎるものは、猫には良くないんです。よろしくお願いします」
バートが丁寧に答える。いつのまにか猫店員と、クッキーをあげる約束をしていたのね。
ノラはいつも売っているクッキーが今日は自分たちの分もあるので、笑顔で頷いている。
ラウラがクッキーを作り、二人はおカウンターテーブルの上でくつろぎながらお店番。私はラウラのクッキーを入れる袋とリボンを買いに行っておこう。足りなくなりそうなのだ。
「そうだ、シャロン姉さん。今日は夕方までいられるんで、午後もクッキーを焼きますね」
「お仕事は大丈夫? 陰険な聖騎士に文句を言われないの?」
「大丈夫ですよ。エルナンドさんが、毎晩歩かせるのはしのびないから、今日はゆっくり休んでと言ってくれたんです」
そんなに気が利くところがあるの? アイツにぃ?
そんなわけないわ。きっと部下か誰かから、若い女性を働かせ過ぎだこのブラック野郎って注意されたに違いない。
午後もクッキーがあるなら、午前中にラッピング用品を用意しないとね。
私は買いものを済ませ、高級住宅街のゴミの集積場にも足を向けた。既にスラムの住人が目ぼしいものを引き取ったあとで、残っている家具は脚の折れた椅子や、年期の入った大きすぎるテーブルなど。特に欲しいと思えるものはなかった。
テーブルなら木材として使えそうだけど、一人で持って帰れる大きさじゃなかったのよ。運び屋か荷車も必要ねえ。
お昼ご飯を買ってお店に戻り、昼食をみんなで食べた。
「ラウラちゃんのクッキー、おいしい! たくさんありがとう」
「いつもいい匂いがしてましたからね。満足です」
聖女のクッキーをたくさんもらい、ノラとバートは大満足。食べすぎてお昼を残し、夕食にするから持ち帰ると言い出した。乾燥した大きな葉でくるみ、布で包む。
今回はいっぱいあるから、かぼちゃは次回ね。
午後の分のクッキーが焼き上がるまで、猫店員と一緒にお店番。相変わらず道から猫を眺める人がいる。どうせなら入ってきて、商品を買って欲しい。
ラウラが戻ってから、薬をスラムの先生の診療所へ渡しに出発。私が留守の間に、早くも届いたのだ!
どうやらキツネたちは、ちょうど熱冷まし作っていたみたいね。
スラムの診療所に、今日は患者はいなかった。先生が薬草を吊して干している。
「これ、熱冷ましの薬です」
「助かる。なくなったらまた頼むな」
「それと先生、スラムの住人については詳しいですよね? もの作りをするとか、お店の商品として出せそうな品物を作る人に、心当たりはありませんか?」
「物作りか。ここらではみんな、買えないものを自分で作ったり、作るのが得意なヤツと物々交換したりしてるな。……販路があれば、売りたいヤツもいるだろう」
これはいい兆し! ついに新しい仕入れルートを掴めそう!
「じゃあうちの雑貨屋で売れそうなら、引き取ります。じゃんじゃん商品を集めてね!」
「それはいいんだが……」
「なんですか?」
双方にいい提案なのに、先生はどうも歯切れが悪い物言いをする。
私を胡散臭そうに見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「知識のない連中相手に、
「しないわよ! 疑り深いんだから!!!」
人を何だと思っているのよ。あーやだやだ。
私が怒っているのに、先生は笑っているわ。
「……スラムの連中に同情をして炊き出しなどをしてくれても、彼らが作るものを買い取ってくれるヤツは滅多にいない。みんな喜ぶよ、ありがとう」
「どーいたしまして。でも、売れないものまで買い取らないわよ」
「もちろんだ、そちらも商売なのは理解している」
今回のお金を受け取っていると、患者が一人訪れて、慣れた様子で待合室の椅子に座った。
私はすぐに出て行き、患者が呼ばれる。
では夕飯を買って帰るかな。猫店員の分も買うか、今回のお礼はラウラのクッキーで済むし。
だんだんお店が順調になり、機嫌良く帰路に着いたのだが。
お店が見える位置まで来ると、誰かが走って私の横を通りすぎた。手にはラウラのクッキーの袋を、三つくらい持っていた。随分たくさん買ってくれたのね。
店側に視線を戻すと、お店から猫店員とラウラが転がるように飛び出してくる。
「待ってー、返して~!!!」
「待ちなさいっっっ!」
私は走り去った男性を振り返った。年は十四、五歳の短い黒髪で、薄汚れた見るからに安物の服を着用。
「てーんちょー!!! あの人、ラウラちゃんのクッキーを、お金を払わないで持ってっちゃったの!」
ノラがにゃああんと叫ぶ。
お金を払わず商品を持って逃げる。これは、万引きというものでは……!??
「……万引き!? 私の店で万引きですって!!?」
「店長、僕も追いかけます!」
バートが四本足で走った。本気で走ると速いわね、さすが猫。
「バートは警備兵を呼んでちょうだい! 場所が分からなかったら、その辺の都合の良さそうなお人好しに聞いて! 二人はお店番して、顔もバッチリ見たし私が捕まえるから! プレパナロス育ちを舐めるんじゃないわよ。シャバは空気が濃くて身体が軽いから、いつもの倍は走れるわ!!!」
標高の高い聖プレパナロス自治国から、平地のラスナムカルム王国に移住してるんだからね。転んでも滑落する心配はないし、起伏がないだけでも走りやすいわよ!
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