第18話 シメオンさんのお宅訪問!?

 聖女仲間だったラウラと、聖騎士エルナンドと一緒に高級住宅街で夜の見回りをしていて、私のお店の常連吸血鬼であるシメオンに会った。

 この吸血鬼は、近くに家があるという。高級住宅街に、家が!

 ……事件よ。どれがシメオンの家なのか、確かめないといけないわ!

 と、その前に。

 住んでいるなら、色々と詳しいはずよね。


「シメオンさん。使える家財道具って、どこに捨てられるんですか?」

「……まさか、店で売る気か?」

「自分で使うんですよ。売るならちゃんと修繕しますから、ご安心を!」

「安心できる要素がないが……、まあいい。集積所ではないか? こんな時間には開いていない、明るいうちに来なさい」

 集積所!

 集まったゴミの中から宝探しするのね。まあ楽しそう。それに、下手に探し回るよりも効率的だわ。ただ、入れてもらえるのかが分からないわね。

 昼のうちに、一度お邪魔しないと。


「……シャロン姉さん。吸血鬼問題に協力してくれるんじゃ、ないんですか?」

 ラウラが疑念の眼差しで私を捉えている。

「もちろんよ、でもお金を稼がないと暮らせないのよ……」

 なるべく切なく訴えるが、ラウラには通じない。

「友情ってはかないですね」

「まあラウラ、友達はお金の次に大切なものなのよ!? ラウラを危険に晒したくないから、こうして一緒に巡回しているじゃないの。さ、シメオンさんのお宅訪問よ。きっと立派におもてなししてくれるわ」

「待て、私は誘っていない」

 流れで自然に誘われるよう持っていったのに、断られた。さすが強い吸血鬼だわ、一筋縄では行かないのね。ここは押しの一手よ!


「後ろめたい事情がなければ、聖女ラウラを案内できるはずよ!」

「人間に対してやましいことなどないが、君たちを連れて行く義理もない」

 冷たくあしらわれる。なんて人間味のない吸血鬼かしら! まあ吸血鬼だものねえ。

「邸宅の場所だけ、教えてもらえないか? 問題の吸血鬼が、そちらに逃げ込む可能性もある。もちろん、同胞をかくまうな、とまでは言えないが」

 聖騎士エルナンドの要請に、嫌悪感をあらわにするシメオン。それでも諦めたように、ため息をついて頷いた。

「……いらぬ嫌疑をかけられるのも、好かない。案内くらいならしよう。しかしもてなす準備などは何もない、私の領域には入れない。特に聖騎士など、信用できない」

「あ、ああ……それで十分だ」

 シメオンの威圧感に押され、エルナンドが戸惑いつつ返事をした。シメオンは聖騎士が嫌いなのかしらね。


「……元聖女、シャロン。私は彼に嫌われているんだろうか……?」

 こっそりと私に尋ねてくる。さすがに棘のある言い方をされて、心配になったみたいだわ。

「思い当たらないの?」

「それほど付き合いもないし……」

「……私は聖騎士が嫌いなのだ。特別に君自身に感情があるわけではない」

 少し気まずそうなシメオン。悪いと思ったのかな。

 聖騎士が落ち込もうが苦しもうが、絶望の果てに崖から身を投げようが関係ないのに、わりとお人好しなところがあるのよね。


「聖騎士が嫌いとは、どういう……」

「バカね、吸血鬼なのよ? きっと昔、聖騎士と何かあったんだわ。国によっては吸血鬼を嫌悪してたし」

 歴史の勉強もしてないのかしら。吸血鬼と人間の大きな戦いや、捕りものもあったのよ。聖騎士が矢面に立ったりもしたはず。わだかまりがあるのは、仕方ないわ。

 聖女の私たちには普通に接するから、本当に聖騎士だけと問題があったのね。


「何があったのか、聞いてもいいだろうか」

「……語りたくない」

 わざわざ聞き出そうとするエルナンドに、シメオンは視線も動かさずに答えた。

「本っ当に大バカね、今さら解決できない過去をほじくり返すものじゃないわよ! きっと辛い思いをしたのよ。お金を騙し取られたとか、空き巣に入られたとか、吸血鬼だからと家を差し押さえられたとか」

 堂々とした吸血鬼だし、強盗はないわね。

 過去を振り返っているのか、シメオンは苦い表情をしている。


「詐偽にあったのか……! それは確かに、話したくないな!」

「断じて違う! そもそも、それが聖騎士を嫌う理由になると思うのかね!?? 信じるな、君もいい加減な作り話をするなっ!!!」

「お金以外に長年続く恨みって、ありますかね?」

 ないと思うなあ。

 もしかして、架空の投資話で大損をされられたとか、土地を買ったら未開拓の地だったとか……!?

 きっと、私が想像できない額の損失があるのね。だから聖騎士が嫌いなんだな、よく分かるわ。


 会話をしているうちに、レンガの塀に囲まれた、大きな家に着いた。

 庭は家が何棟も建てられそうなくらい広く、奥の屋敷は二階建てでこじゃれている。周囲の他の家より小さいが、それでも私の家の何倍も大きい。

「……ここだ」

「こ、この豪邸が……!??」

 庭師もいるのかしら、整えられているわね。金持ちかよ!

 なんたること。私のお店で買いものをしたら、金持ち割り増しで倍額を請求しても許されるだろう。人はこれを高貴なる者の義務ノーブレス・オブリージュと呼んでいる。貧しい者を救え、という貴族のあり方を説く、ありがたいお言葉よ。

 つまり金があるなら寄越せ、という意味だ。


「中古住宅だ。私は町を転々としている、行った先で勧められた家を買うだけだ」

「永住じゃないんですか」

「しっ、ラウラ。住居を転々とする人は、そこに住めなくなって移動するものなのよ」

「だから君は、勝手に決めつけるな! 定住する場所を探しているのだ、私は人との共存を望んでいる」

 またシメオンに怒られた。お試しで住むだけなら、どうしてわざわざ家を買うのかしら。宿や野宿でいいだろうになぁ。吸血鬼なんだし、公園の木の下に棺桶で寝ていれば無料じゃない???

 もしかして、気付いていないのね!


「シメオンさん、いい方法を思い付いたわよ」

「気のせいだ」

 これまでのやり取りで警戒されているわね。とてもいいアイデアなのに、喋らせてももらえないわ。いらなくなった家を売って、八割くれれば私が喜ぶのにな。

「飛びっきりの節約法ですよ?」

「私は節約する必要がない」


「元聖女シャロン。もしかして、棺桶で寝るなら家はいらないと考えていないか? 公共の場所や個人の敷地内に棺桶を勝手に置けば、撤去されたり遺失物として届けられる」

 聖騎士エルナンドが冷静に、まだ口にしてもいない私の意見を否定する。

 どうして読まれてしまったのかしら。頭が悪いと思っていたけど、意外に侮れないわね。

 ラウラは苦笑いを浮かべるだけだった。


「バウバウバウ!!!」

 不意に小さな影が走ってきて、吠える。

「シッ、夜に吠えてはいけない」

「グギュウウゥン……」

 シメオンが連れ帰った、犬の魔物ファリニシュだわ。すっかり命令を聞くのね。

 すぐに大人しくなって芝生に座った犬や周囲を、エルナンドが見回している。

「放し飼いか? 紐もないようだが」

「勝手に敷地の外に出ないよう、暗示をかけてある。言い聞かせるより確実だ」

 さすが吸血鬼、暗示もかけられるのねえ。ファリニシュはすっかりシメオンを主人と認めているわね。


「毛皮でワインが造れるという話だったが、もう試してみたのか?」

「いや、なかなか汚れていてな。二度ほど洗ったが、酒を造る前にもう一度しっかり洗おうと思う。成功したら、味見でもするか?」

「いや、それは申し訳ないな……」

 犬を洗う吸血鬼。想像したらちょっと愉快ね。

 ファリニシュは座った状態で、こちらを眺めて動かずにいた。会話の内容を理解しているかは疑問だわね。

 さて、ではお宅の中に……、と思ったらシメオンに止められた。

「場所を教えるだけの約束だったろう」

「ええ~」

「姉さん、見回りの続きをしないといけませんよ。こうしている間にも、被害者が増えるかも知れないんです!」


 ラウラは真面目なのよねえ。ラウラに引っ張られて、そのまま高級住宅街を一回りし、貴族の家の近くも通った。

 立派な家ばかりを見ていると、なんだか空しくなるなあ。

 さて。見回りの成果は、というと。

 なしです。

 途中で妖精が移動していたり、男女が逢引きしている現場に遭遇したくらいかな。アレは不倫かしらね。誰だか分かれば、口止め料くらい請求できたのになー。

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