第17話 首なし騎士が現れた!

 ラウラたちの見回りに参加する為に、聖騎士エルナンド・サンチェスに事前に断りを入れておいた。三人で夕方、高級住宅街の近辺を見回りをする。

 それにしても、最近活動が活発になった吸血鬼か。ちょっと引っかかるわね。

 ラウラには一人歩きをしないようにと、他人を犠牲にしても自分は逃げるよう注意しておいた。「聖女がそんなわけにいきません」なんて言っていたけど、聖女だって人間よォ。生きる為に逃げるのを、誰が非難できるというの。

 非難できるのは、他人の為に自ら犠牲になった人だけ。もう喋りもしないむくろだわ。


「今日は夕方から出掛けるから、早めにお礼を渡すね」

「はーい。てんちょーも、おともだちとお食事?」

 子猫のノラが前足で頭を掻きながら、返事をする。バートは私がもらってきた、鮮血の死王の注意喚起の紙を眺めていた。猫店員は週に二、三日、本当に気が向くとやってくる。

「ノラは食事に行ったの?」

「てんちょーからもらったビスケットを、一緒に食べたよ。おいしいものがもらえて、店員さんってすごいね、って褒められたの」

「良かったわねえ、それは嬉しいわね!」

 ビスケットでそんなに喜んでくれるとは、安あがりでとても微笑ましいわ。ノラの頭を撫でると、気持ち良さそうに大きな目を閉じる。


「僕はかぼちゃが欲しいですね」

 注意喚起の紙の裏面まで読み終えたバートが、会話に加わった。

「じゃあ今度、買っておくわ。わりと高いのよね、ノラと半分こでいい?」

「いいよー!」

「代わりに種を除いてください」

 次の報酬は、カボチャで決まり。

 あとはラウラがおにぎりを用意すると約束してたわ。ラウラは猫が好きだから、食べものをあげたくて仕方ないみたい。


 今回の報酬を渡して二匹には帰ってもらい、お店を閉めた。

 少ししてやって来た聖騎士エルナンドと、聖女仲間のラウラと一緒に、吸血鬼被害が多い高級住宅街へ向かう。仕事帰りの人が多い時間で、繁華街はごった返していた。日が傾いて、闇が徐々に町の影から手を延ばす。

 繁華街を抜けて高級住宅街に着いた時には、夕日は大地まで降りて、月が薄闇にぽっかりと白い色を落としていた。


 反対側から槍を持った町の警備兵が二人組で、長い塀の脇を歩いてくる。

「異常ありません」

 エルナンドとラウラの姿を認めると、敬礼をして通り過ぎた。エルナンドが軽く返事をし、ラウラは会釈だけ返していた。

 高級住宅街は一軒の敷地が広く、ほとんどの家が長い塀や生け垣で囲まれている。立派な門、大きな家。裕福な家には使用人や、専属の警備もいるんだろうなぁ。羨ましい暮らしだ。

 この区域では徒歩よりも、馬車で移動する人の方が多い。なので道は広くて舗装もされている。


「あの交差点付近が、先日の吸血鬼事件の現場です」

 ラウラが指す先には、塀に沿って街路樹が均等な間隔で並んでいた。こういう物陰があると、悪さをしやすくなるわけだ。

 すっかり夜になり、家々に明かりが灯る。門にかがり火を焚く家まであった。

「次の現場が分かれば、すぐに押さえられるのになあ」

「確実に予想が付けられるなら、巡回を増やす必要も無いな」

「そりゃそうか」

 エルナンドとも、わりと普通に会話できるようになったわ。思い込みが激しいだけで、悪いヤツじゃないみたい。

 お金を払ってくれるし! 奢ってくれるし!

 

「……と、ところで。ゴホン、そちらの猫店員は元気だろうか」

 言いにくそうに咳払いをしながら、ケットシーの様子を尋ねる。そんなに猫を好きなのを知られるのが、恥ずかしいのかしら。

「元気よー、今日も出勤してくれたわ。かぼちゃが欲しいってねだられた」

「猫は、かぼちゃを食べて大丈夫なのか?」

「そんなの知らないわよ。食べたいって言うんだから、あげればいいんじゃない?」

「いい加減な! 例え本猫の希望でも、危険のあるものは与えないよう、調べて……」


 ヒートアップしそうなエルナンドを、ラウラが静かにするよう手で制した。

「……音がしませんか?」


 カツカツと金属の靴音と、馬のひづめの音がする。にわかに緊張が走った。

 貴族の護衛なら馬の足音が一つなわけがないし、警備兵は必ず二人以上で行動する。足音が一人分な時点で、正規の兵ではない。どこかの騎士が単独行動しているのかも知れないが、夜になってから出掛ける事情があるなら、ゆっくり移動するのもおかしいわね。


 私たちは立ち止まり、塀の先を睨んだ。聖騎士エルナンドが一番前に立ち、剣の柄に手を掛ける。

「あれは……」

 やがて角を曲がり、影そのもののような黒い何かが姿を現した。

 黒い馬をひいて歩く黒い鎧の騎士、闇に浮かぶ真っ黒なシルエット。ただ一つ異質なのは、騎士の首から上がないこと。

「ヒィッ……!」

 ラウラが両手で口を押さえ、悲鳴を噛み殺した。肩を竦め、暗い中でも青ざめているのが想像できる。


 よく見れば、騎士は頭を小脇に抱えていた。

「……なぁんだ、単なるデュラハンじゃないの。こんばんは。月明かりの少ない、いい夜ですね。お散歩?」

 ラウラの苦手なおばけじゃないわ。ただの妖精ね。

「おお、拙者に声をかける女性とは珍しい。こんばんは。散歩ではなく、旅をしているのだ」

 脇に抱えた頭が、返事をしてくれる。わりと話が通じるヤツなのよね。時折ヒドイいたずらをするくらいで。

「住んでるわけじゃないんですか。ところで、この辺りで吸血鬼を見ませんでしたか? 最近、吸血被害が多くて」

「それで聖なる力を持つ者が巡回をしているのか? 大変だな。強そうな吸血鬼とすれ違ったぞ。あちらの道を進んでいた」


 とりあえず質問したら、なんと吸血鬼と会っていた! これはもしかするかも!? 

「ありがとう、行ってみるわ!」

「健闘を祈る」

 会話を切り上げ、軽く手を振って走り出した。ラウラとエルナンドも私に続く。ディラハンは馬の手綱を引き、足音を響かせながら闇の中へ消えていった。

「……姉さん、よく話しかけられますね……」

「え? だって、デュラハンは危険性が低いじゃない。基本的に、あちらから攻撃を仕掛けてきたりしないわよ」

 振り向くとラウラは寒い時のように、両手で自分の腕を抱いている。

 交差点を馬車がまっすぐに抜けていくのを、止まって待った。貴族かな、豪華な馬車の前後には騎兵が数騎、付き従っている。


「アレは、倒さなくていい魔物なのか?」

「いやあねぇ、魔物じゃなくて妖精よ。まあ妖精にも倒さなきゃならない、危険なのもいるけどね。魔の性質のものでも、知性があって意思の疎通ができるのは、人と仲介するのも聖女の役目よ。倒すだけじゃないんだから」

 まーったく、ものを知らない聖騎士ね。私たち聖女が倒すのは、人に害をなしたり善良な人わたしの利益を奪う、背徳のやからよ。

「妖精……そうなのか」

「そうそう、ケットシーと同じ妖精の部類よ」

「絶対に違う!!!」

 エルナンドが急に強く否定する。ケットシーは猫妖精だから、妖精には違いないのにな。


 そんなやりとりをしていたら、デュラハンが教えてくれた吸血鬼とおぼしき人影を発見。なるべく音を立てないよう、ゆっくりにしたのだが。

 まだ離れているのに男は気付いて、振り返る。

「巡回か、元聖女シャロン」

「あ、常連吸血鬼のシメオンさん。お店に入った分だけ商品を買ってください」

 確かに吸血鬼だわ。吸血鬼違いなだけで。

 一緒に見回りしようと誘ったのを断ったのに、どうして一人で歩いているのかしら。


「……失礼だが、貴方は何故こんな時間に出歩いているのだ?」

「吸血鬼の私が夜歩きするのに、不思議はあるかね?」

 職務上の問いにシメオンの簡潔な返答がされ、エルナンドは言葉を詰まらせた。

「一切ありませんねえ」

「それもそうか……」

 むしろ昼間でも平気で出歩いている方が、吸血鬼らしくない。


「それよりシメオンさん、ここら辺にまだ使えるのに捨てられた家財道具はありませんか?」

「は?」

「それか、貴方以外に強い吸血鬼を見かけてませんかね」

「質問の順番がおかしい」

 呆れたようにふうっと息を吐くシメオン。知らないならそれでいいのだ。


「優先順位は間違ってませんよ。スラムの女性から、高級住宅街にお宝が捨てられていると教えてもらったんです」

 ここまで口にして、ある可能性に辿り着いた。

 もしかして彼がいるのは、私と同じ目的なのでは……!

「……シメオンさんも、お宝探しに……!?」

「私には廃棄物を拾う趣味はない! 帰宅途中なだけだ!」

 ムキになるところが怪しい。

 しかしキッパリと否定したので、今晩はお宝探しに戻ったりはしないだろう。無料で手に入るものが欲しくない人なんて、存在するわけがない。


 ……ん? 待って! 今この吸血鬼は、帰宅途中と言ったわね!?

 高級住宅街に住んでるわけ? 元聖女の私が借家で、吸血鬼が高級住宅街に家を構えているの!??

 世の中、間違ってる!!!!

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