第16話 吸血鬼被害者

『鮮血の死王』


 二百年ほど昔、猛威を振るった吸血鬼。

 数人の血を吸って殺し、差し向けられた討伐隊を壊滅させ、最後は聖プレパナロス自治国の聖人に撃退され辛うじて逃げおおせた。

 ……というのが、一般的に知られている伝承よ。


 自治国に残された記録は少し違う。

 最初の吸血は別の吸血鬼で、派遣された討伐隊が間違って罪のない無関係の吸血鬼を退治してしまい、友を殺されて怒った死王がそれを壊滅させた。そしてプレパナロス自治国に緊急の派遣要請がされる。

 要請を受けた七聖人の一人が相打ち覚悟で挑んで追い詰め、事情を聞いたところ、この事実が発覚。

 しかし勘違いで討伐隊を壊滅させられたなど、とんでもない不祥事だ。国が事実を隠蔽した為、表向きには違う発表がされたわけだ。


 自治国に残っている記録が確実かは分からないが、こちらの方が信憑性はあるでしょうね。ちなみに『鮮血の死王』は、人間が呼び名として考えたもの。吸血鬼とか、あんまり人には名乗らないし。

 討伐隊を壊滅した後に、そう呼ばれるようになったらしいわ。その後も討伐に来た人に深手を負わせている。


 死王は討伐に来た聖人に名乗っているので、自治国の記録には名前が載っているのよ。



 ◆◆◆◆◆


 午前中は聖女仲間のラウラがお店番をしてくれて、お昼近くからは、たまにケットシーのノラとバートが出勤する。薬を作るキツネとの連絡役は、スパンキーのショーン。あとは商品がたくさんあれば完璧だわ。


 今日はラウラがお店番をしてくれている間に、無縁墓地に来ている。ショーンのお墓に生花を飾り、約束のお花のお香に火を付けた。またバイトよろしくね、と手を合わせて。

 お香の細い煙が、中空で消えていった。

 まだ午前中なので、スパンキーの気配は少ない。墓地は夕方に来るのが正しいわね。色は薄いけど、目を凝らせばわりと色々な色のスパンキーがいるもんよ。


 あれから商品を仕入れようと町の工房に顔を出したりしたが、もう付き合いのあるお店があるとか、数を増やせないとかで、断わられてしまっている。仕入れが難航しているのだ。

 私が作った木製食器は、ボチボチ売れているわ。

 ちなみに現在、ラウラの手作りクッキーが商品棚に並んでいる。聖女のクッキーだと、毎日完売する人気商品よ! 吸血鬼問題が解決しても、このままラウラが残ってくれないかな~。

 私もラウラに教わりながら、一緒にクッキー作りをしようとしたの。

 適当に計って怒られ、粉をふるったら周囲に舞い、「卵黄? せっかくだし全部使いましょうよ」と言った時点で、調理場から追い出されたわ。


 商品を増やすのも楽じゃないのね!

 ため息をついていても仕方ないので、スラムの先生のところへ顔を出す。また仕入れたいと言ってくれていたので、新たな注文を取りに来たのだ。

「こんにちはー、お薬の注文ありますか~」

 声をかけつつギイギイと音の鳴るくたびれた扉を開くと、診療室で先生が私を呼んだ。

「元聖女、ちょうどいい! ちょっと教えて欲しいんだ、吸血鬼などは詳しいだろう!?」

「ええまあ、元々の本業の分野ですから」

 吸血鬼。もしかして、例の死王関係かしら!? 喜び勇んで衝立ついたての向こうへ行くと、若い女性が背中を丸め、ぐったりとした様子で椅子に座っていた。


「高級住宅街の外れで、吸血鬼に血を吸われたんだ。どう処置していいか分からん」

 女性の首元には、牙による二つの小さな穴が。血は止まっているものの、周囲は内出血で紫色に変色している。血を吸われたはずみで皮膚の内側に血が流れてしまう、吸血鬼被害あるあるだ。

「元聖女様……? 私、吸血鬼になったりしませんか……?」

 女性が不安そうに声を震わせ、涙目で私を見上げる。簡単に吸血鬼の眷属にならないのは私たちにとって常識だけど、一般的には認知度が低いのかな。

「ないない。眷属にするつもりなら、もっと魔力を残されるから。吸血鬼化には、もっともーっと足りないわよ」

 完全に吸血鬼となって不死を得る前の段階、吸血鬼の支配下に置かれる眷属化もしない程度よ。


「どういう治療をしたらいいんだ?」

 先生も椅子に座ったまま、私に尋ねる。

「血を吸われたんですから貧血の対策と、今日一日ゆっくり休むことですかね」

「それだけでいいんですか?」

 女性はホッとしたような、拍子抜けしたような表情で、長い息を吐いた。そうだ、必要なフリをして情報を仕入れねば。

「念のために、いくつか質問させてね。相手はどんな吸血鬼?」

「……はい、白い髪の吸血鬼でした。突然後ろから襲われて、怖くて振り向けなくて」

「血を吸われてから、意識はハッキリしてた? 自分で歩けたかしら?」

 私が質問すると、女性は思い出すように視線を中空に漂わせて、真剣な表情でゆっくり言葉を紡ぐ。


「意識は……少し気を失っていたと思います。気がついたら、壁に寄りかかって座り込んでいました。その後はフラつきましたが、自力で診療所に辿り着きました」

 血を吸われて意識が朦朧もうろうとするとするということは、それなりに強い吸血鬼に違いない。よほど意志を強く持たないと、魔力の差で意識に障害が起きるのだ。

「……“鮮血の死王”なのかしら」

「しおう……、そうです! そんな風に名乗ってました」

 死王という単語に、女性が弾かれたように大きく頷いた。自ら名乗ったの! 

 襲われた場所も詳しく説明してもらった。これをシメオンに伝えて報酬をもらう!

「……ところで、高級住宅街よね。何してたの?」

「へへ、宝探しに。たまにゴミとしてまだ使えるものが、キレイな状態で捨てられているんですよ。あたしたちは宝と呼んでます」

 あらあら、確かにお宝だわね! 私も巡回しようかしら。


 さて、情報を手に入れた私は家へ帰った。

 ちなみに先生からは、熱冷ましの薬の注文をもらった。先生が作るよりも、効果があるそうだ。きっと真面目なキツネがしっかり作っているんだろう。間違ってもリコリスに手を出させないで欲しい。あのイタズラキツネは信用できないわ。

 お店にはシメオンがいて、ラウラと会話していた。

「たっだいま! 吸血鬼被害者に会って、お話を聞いてきたわ」

「シャロン姉さん、お帰りなさい。ちょうど今、その相談をしていたんです。現役吸血鬼の意見を聞きたくて」

 現役吸血鬼って、おかしな表現ね。

 私は被害者から聞いた話を二人に教えた。スラムの住人まで聞き取りはしていなかったようで、この被害はラウラもまだ把握していなかったわ。


「被害の多くは高級住宅街の近くで、最近だんだんと頻度が増えています。これは挑戦とか、誰かをおびき出そうとしているんじゃないでしょうか」

「そうねえ、一つの町に留まるのも不自然だもの。……本物の死王を探しているのかも。動きがないから、どこにいるんだか分からないわ」

「……ニセモノだと思うかね?」

 シメオンが慎重に言葉を選び、質問してきた。コイツ、自分が持っている情報は極力教えずに聞き出すつもりだな。そんなのは報酬次第よ、金が全てを決めるのよ。


「私の意見は青銅貨一枚です」

 手のひらを上にして出すと、一瞬むすっとしたけれど懐に手を入れる。

「情報に対価を払う約束だからな……」

「毎度あり! まず、死王なら襲うのに時間を問いませんが、この吸血鬼は日中を避けています。さらに自分で『鮮血の死王』と名乗ってるんです、それはあり得ません。本人から死王と名乗った記録なんて、ありませんしね。名乗るなら『尽きぬ夜をいざなう白銀の真円・ビジャ』でしょう」

 私の言葉にシメオンは珍しく目を大きく開いて驚いた表情をし、肩をピクリと動かした。


「……その名はどこで」

「プレパナロス自治国に記録されてますよ」

「……ああ、そうか。そうだった、君は元聖女でしかも七聖人の一人だった」

 動揺を抑えるように、こめかみに指を当てる。何か心当たりがあるのね。普段クールな人が動揺するのは面白いから、もっと反応を確かめたくなるわ。

「吸血鬼側の通り名って、人間には知られてないんですよね。人間が勝手に吸血鬼に付けた呼び名なら、他にも『悪意の恋人』とか『写し鏡の幻影』とか、『破滅のことの葉』が載ってますよ。気になるのは、『筋肉教祖』ねぇ。吸血鬼側ではどう呼ばれてるんでしょうね」

 吸血鬼の情報に載っていた二つ名を、思い出した分だけ適当に喋ってみる。シメオンは小さく頷いたりしているので、誰だか思い当たる名前もあるみたい。


「……『破滅の言の葉』は、女性ではないか? 筋肉も思い当たる者がいるな……。ヤツのことは気にするな、気にするだけ疲れる。こちらでは全く違う呼び方をされている。見た目で侮ると、痛い目を見せられるタイプだ」

 答え合わせみたいで面白いわね。次は本人に会ってみたいなあ。

 他にも何かないかなと思い起こしていたら、ラウラが控えめに、私の腕をツンツンと指で突っついた。


「……姉さん、死王の話じゃなかったんですか?」

「そうだったわ! つい楽しくなっちゃった。近いうちに、一緒に巡回しましょう。活動が活発になっているし、そろそろ事態が動くかも。シメオンさんもいかがですか?」

「ごめんこうむる」

 無表情で即座に断わられたわ。

 ラウラが心配だから手伝いたいけど、私が戦ってもお金が出るわけじゃないしな~。楽をしようとしたのがバレたのかしら。

 せっかくだから吸血鬼の頂上対決でもしてくれればいいのに、私が賭けの胴元になるのに。

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