第15話 ロークトランド中立国・後編(ディンシェンハス視点)
で、次の日。
復讐方法を提案してくれた品のいい聖女のパーティーと一緒に、俺もダンジョンへ入る。彼女が事前にパーティーメンバーに知らせ、了解は得ている。もちろん復讐の話なんぞは一切していねえ。
ゲルズ帝国の侯爵のパーティーで、リーダーの名前はゴードン・レンフィールド。
次男でダンジョン攻略に明け暮れていたが、長男が病気に倒れちまった為、暫定的に侯爵を継いでいるそうだ。ただ、趣味のダンジョンは辞められず、年に一回だけ昔からの仲間と攻略に来ているとか。筋金入りの冒険野郎だな。
ソイツの話だと、目的のヤツの家、スビサレッタ侯爵家は武勇を誇る家柄で、男のみならず女もダンジョン攻略を必ずするんだとか。
「
「構わんよ、もう目的は果たしている。それに妖精女王に仕えるドワーフとダンジョンを攻略する機会なんて、ないからな。楽しみだ!」
レンフィールド侯爵は豪快に笑った。
ここは二十階。この階層をカルデロン・スビサレッタが回ると、アイツの元に派遣されている、シャロンの後任聖女に教えてもらった。上手くヘタレな姿を侯爵に目撃させ、国で問題にさせる寸法だ。
レンフィールド侯爵はゲルズ帝国が誇る最高の武人、四武仙に挑戦するトーナメントの常連になっている強者なんだと。年に一度トーナメントが開催され、優勝すると四武仙への挑戦権が与えられる。現役を倒して奪い取るスタイルだ。
そんな剛の者が、仲間と協力するならともかく、手柄だけ取るやり方を認めるはずがねぇ。
ダンジョンでは角の生えたイノシシが突進してきたり、爪の長い熊が襲ってきたりした。だが俺が戦うまでもなく、みんなが軽く倒しちまう。うっかりしていると俺の仕事がなくなりそうだったんで、ちっとは前に出て倒したぜ!
このくらいじゃ、聖女の出番もない。瘴気もかなり浄化されているから、強い魔物はもっと深くまで潜らないと出現しねえな。
瘴気が濃くなるほど強い魔物が育っちまうので、ダンジョンは定期的に攻略しないとならねえ。瘴気があるから魔物が生まれ、魔物がいるから瘴気が濃くなる。どんなに浄化しても、瘴気が完全に消えるこたぁないらしい。
和気あいあいと、たまに現れる敵を余裕で倒して進んでいく。現在この階層を攻略しているのは少ないようで、なかなか人とは会わねえ。
しばらくして、ようやく他のパーティーの声が聞こえてきた。しっかし女性の声ばっかだ。
「こちらは倒しました!」
「うわあ、蛇に噛まれた!」
「カルデロン様!!!」
お目当てのパーティーだな。どうやら魔物と戦い、カルデロンってのは蛇の魔物に噛まれたらしい。毒があれば問題だが、このくらいの場所でヤバい蛇は出ねえはずだ。
「痛い痛い!!! 蛇をなんとかしろ! 早く、早く治療をっ!!!」
「ええい!」
昨日は暗い目をしていたあの聖女が杖で蛇を打ち据え、魔物を倒し終えた他のメンバーがとどめを刺す。先頭の女性剣士は足に怪我を負いながら、新たに現れた熊の魔物と
回復役で雇った聖女に守られるなんざ、あべこべじゃねえか?
「よし、治った……。やっぱりシャロンより君がいいな、すぐに治るし口うるさくない! あの女は必要ないとか言って、マトモに治療しない時すらあったんだ」
「……それはどうも」
聖女は表情を変えず、淡々としていた。
レンフィールド侯爵を見上げると、明らかに不快そうに眉をしかめている。
「……全く、どこの国のヤツらだ? あの若い男が主人だろう、女性従者を連れて戦わせ、蛇ごときで聖女の手まで
ヤツラのパーティーの耳に入らないよう、
「ゴードン。残念ながらあの紋章は、我が国のスビサレッタ侯爵家のものだ」
メンバーの一人が、半笑いで侯爵の肩を軽く叩いた。若い頃からの仲だから、名前を呼び捨てだな。
「まさか、アレで武勇を誇るスビサレッタ侯爵家の子息なのか? ……ファジル殿、あのパーティーの様子をしばらく監視したいんだが……」
小声で俺に了解を取る、レンフィールド侯爵。
俺は目的を達成したな、と感じた。
「いいぜ、俺もアレはさすがに気になった。アレが普通じゃなくて良かったぜ」
「とんでもない。我が国の恥でしかない。あんな有様でダンジョンを攻略したと評価されるなど、もっての
戦闘で手一杯の連中は、俺たちの存在に気付きもしねえ。注意力もゼロだ。
侯爵は声を抑え、足音を立てないようにして、近付きすぎず離れすぎずの距離で、連中のやり口を確認した。
「私はこの辺りを浄化しておきますわ。背後から襲われないよう」
聖女が杖を掲げて、後ろを向いた。彼女の作戦は大成功だな、あのボンボンは国に帰ったら立つ瀬がねえぜ。
「助かるよ。気付かれないよう、範囲を狭く頼む」
遠ざかる連中は侯爵とメンバーの一人が監視して、二人が聖女の護衛に残る。もう一人はお互いに見失わないよう、中間に残っている。
指示も相談もなく、さり気なく自分の持ち場につく。慣れた連中だな。
浄化を終えると、聖女の近辺から魔物の気配がなくなった。なかなかの腕前だ。
ちなみにその後もほとんど女性たちが戦い、肝心のカルデロン・スビサレッタは聖女の近くで守られていて、弱い魔物を少し倒したくらいだった。配下を
あの聖女が「私は何の劇を見せられているんですか」と、半泣きだった気持ちも理解できるってもんだ。
侯爵は今にも殴りそうな雰囲気で、周囲が呆れつつも止めてたぜ。
侯爵一行は、国に報告すべき事案ができた、と予定を繰り上げて明くる日にはロークトランド中立国を発った。まだ楽しむ予定だったろうに、ちと悪かったな。ありのままを存分に報告してくれ!
上品な聖女はメンバーと別れて、この町に残った。他の仲間と一緒に国へ帰るそうだ。町の入り口で、レンフィールド侯爵一行が乗った馬車を見送る。
「せっかくですもの、美術館を回りたいわ」
「おお、なかなか良かったぜ。五芸天の一人の絵画があるって勧められたがよ、ありゃ見事だったぜ」
「まあ、楽しみですわ」
手を合わせるが、どうも感情の見えにくい女だ。俺はふと気になったことを尋ねてみた。
「聖女や聖人ってのは、仲がいいんだな。シャロンってのとも、仲が良かったのか?」
聖女は少し目を細め、俺から視線を逸らした。道の先では、馬車が遠く小さくなっていく。
「……シャロンは……苦手だったわ」
言いにくそうに、小さい声で呟かれた言葉。
「そのわりには協力してくれたな」
「……嫌いではないの。彼女の実力も信仰も確かよ。性格がぶっ飛んでるだけで」
「ぶっ飛んでるな」
同調した俺に、笑いながら再び視線を落とす。人間の大人は女性でも、大抵ドワーフより背が高いからな。
「私がどうしてもなりたかった七聖人に選ばれて、喜ぶでもないし、偉ぶりもしないし……あの子は何も変わらなかったわ」
「あの店主、七聖人かよ! そりゃあ眩しいわけだ」
女神に選ばれて態度が変わらないってのも、スゲえな。だから七聖人になれんのか。確かに目指してたヤツからしたら、好きになれないかもなぁ。
「……それが悔しかったの。つまらない嫉妬なのよ。……そんな七聖人を侮辱したカルデロン・スビサレッタという愚物は、地獄の底に顔をめりこませてやりたい……」
うお、一番穏やかだったこの聖女が、一番怒りまくってやがった。
人形のように冷たく硬質的な表情で、視線には凍りつくような侮蔑が籠められている。
「……まあ、その野郎もただじゃ済まなそうだな」
「因果応報よ」
ふん、と鼻で息をして、聖女は一歩前に進んだ。
ゆっくり顔を上げて、空を仰ぐ。
「求めるから手に入らない……信仰は砂のようね」
聖女も悩みがあるもんだな。彼女はふっきるように笑顔を作った。
これから他の連中が終わるまでは、自由時間を楽しむんだろう。
さ、俺も女王陛下の元へ急いで帰らねえとな。
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