第14話 ロークトランド中立国・前編(ディンシェンハス視点)

 ロークトランド中立国。

 芸術の神メクを信奉する、美と技芸の国だ。

 よく分からん像が道の脇に立ってたり、どの家も花を育てたり植木が丸く刈られていたりして、庭が手入れされている。大きな町には劇場や美術館、公会堂が並び、毎日劇やコンサートが開催される。画廊もあるな。

 俺がお仕えする、北の妖精女王アーネ様が好まれそうな町だ。いつかいらして頂きてえが、アーネ様は滅多に領地の森からお出にならない方だからなぁ。

 

「ドワーフだ」

「あのずんぐりむっくり、大きな鼻、短い足。理想的だ! 僕の絵のモデルになってくれないかなあ」

 喫茶店のテラス席でデッサンをしている男が、俺を見ながら文句だか分からねえことを言っている。絵描きか?

 聞こえなかったフリで、通り過ぎた。

 俺がわざわざこの国を通ったのは、ある頼みごとを叶える為だ。


 ラスナムカルム王国で会った、シャロンって名の雑貨屋の店主の願いでな。ゲルズ帝国の侯爵家の三男カルデロン・スビサレッタに不当な理由で解雇され、追放されたっつう話だ。それに復讐するんだ。

 妖精女王アーネ様は男嫌いなところがあって、男に困らされる女を助けると喜ばれる。だから俺たちは、復讐の代行もしてんだよ。

 ただ、片方の話を鵜呑みにしちゃいけねえ。まずは相手を確認して、そんな悪いヤツか調べなきゃならねえ。


 貴族の野郎がどこにいるのか……、初めて来る国で探すのは難しいな。

 この国のでっかいダンジョンかな、ゲルズ帝国の貴族ってんだからな。確かあの国のヤツらは、他国まで遠征してダンジョンを攻略するのを競ってるらしい。ダンジョンの掃除人みてえなもんだ。

 ダンジョンは放っておくと瘴気があふれ、強い魔物が生まれるようになっちまう。定期的に魔物を倒していかなきゃなんねえ。最終段階までいっちまったのが、一つだけあったなぁ。

 町外れの馬車乗り場から、ダンジョンを経由して他の町へ行く定期馬車が出てたから、乗ってみた。ダンジョンで降りるのは俺だけだった。


「ドワーフさん、ダンジョンかい? つい最近まで瘴気が増えてるって警戒情報が発令されてたが、色々集まって倒してくれたから、もう魔物は少なくなってるよ。一足遅かったね。今もゲルズ帝国の貴族が競って、攻略してる」

「そうか~、まあダンジョンに入るわけじゃねえんだ。普段は北の森に住んでるから色々、眺めててよ。いい観光地はあるかい?」

 親切に話し掛けてくる馬車の御者に、目的をぼかして尋ねてみた。ついでに珍しいモンでも見られたらなぁ。

「やっぱりこの国は芸術品だね! 芸術神メク様に認められた五芸天の一人、画家ジェマ・ブロデリックの絵が、この町のこの美術館にあるんだ。彼女は時折ダンジョン近辺や、ダンジョンの挑戦者の肖像画を描くから、運が良ければ会えるよ」

「あんがとよ、美術館を覗いてみるぜ」


「いい芸術との邂逅かいこうがありますように」

 気のいい御者は軽く手を挙げて去っていった。余分な会話をしたのに、馬車の連中も大人しく待ってたし、穏やかな国だな。

 最後のアレは、この国流の挨拶か? 気分が上がる。

 俺は早速、美術館を目指した。

 案内板だけじゃなく、わざわざ彫像が指で示していたりして、分かりやすかったぜ。

 ジェマって女の絵は五枚ほど飾られている。近付けないようロープが張ってあり、常に警備員が守っていた。誰もがため息を落として去っていく。

 青い空なんて、空を切り取って貼り付けたようなキレイなグラデーションだ。窓だと言えば、信じちまいそうだ。人物画もきっとそっくりなんだろうが、それだけじゃなく光の具合などで神秘的に描かれていた。

 コイツに書いてもらう為に、大金を積む貴族がいるんだろうな。


 たっぷり芸術を楽んで、美術館のお土産ものコーナーで絵の描かれたしおりや、コースターを購入。次は例の貴族探しだ。

 その前に腹ごしらえしよう。飲食店は美術館の近くにもあるが、メニューが少なかったり、やたらシャレた高そうな店ばかり。

 場違いな気がして、町の中心部へ移動した。店の数は多くないものの、昼から営業する居酒屋や、道にテーブルや椅子を出して店の前で食べさせる店があり、活気に溢れていた。

 酒場だと騒がしすぎるから、こじゃれた喫茶店に入る。木造で焦げ茶色の、落ち着いた風合いの店を選んだ。


 客はあまり多くなく、角のテーブルで女性と男性の五人組グループがお喋りをしていた。ありゃ聖女と聖人だな。ちょうどいい、近くの席に座って会話を盗み聞きさせてもらうか。

 野菜ゴロゴロのスープとパン、それから焼いた肉と炒めた飯を頼む。飲みものは茶で。腹が減ったからガッツリ食うぜ。


「あ~、そろそろ国に帰れる!」

「五人ともゲルズ帝国の貴族のお供なのね」

「緊急警報を発令して、人を集めたみたいだな。やはりゲルズ帝国から来てるパーティーが多い」

 どうやら別々に派遣され、ここに集まったみてえだな。聖女たちは成果を競うでもなく、普通に報告会をしていた。

 その中で、肩くらいで髪を切りそろえた聖女だけが、浮かない顔をしていた。全然言葉を発していねえ。まだ別の聖人が話題を切り出した。

「ゲルズ帝国の人達って、貴族でも泊まるところにこだわらない人が多いな」

「代わりに食がいいわね~」


「……それで、どうしたの? 暗い顔をして」

 長い黒髪の品のいい聖女に促され、女は下を向いたまま、ふふっと小さく暗い笑みを浮かべた。そして小声で喋り始める。

「……私が派遣された相手。カルデロン・スビサレッタ様っていう、ゲルズ帝国の侯爵家の三男なんです……」

「侯爵家でも、三男となると将来の為に必死だよな。継ぐ家もないし。僕が派遣された先は伯爵家の次男で、箔を付けていい縁談を得るんだと必死だよ」

 男が笑顔でコップを持ち、水を飲む。

 短い髪の聖女は、勢いよく顔を上げた。


「必死なら、いいんですよ! メンバーが家の騎士やなんかで、みんな女性で……。ほとんど家臣にやらせて、ちょっととどめを刺すくらい! それで全員が、さすが坊ちゃまとか褒めてて……。私は何の劇を見せられているんですか……」

「うわあぁ……、キツイ……」

 女が遠い瞳で店の壁を眺める。

 カルデロン・スビサレッタ。復讐してくれと頼まれた相手じゃねえか!

 俺は届いた食事を食べながら、女の話を一言も聞き逃さないように、しっかりと聞き耳を立てた。


「それなら仕事は楽なのか? 侯爵家の騎士は強そうだ」

「肝心の坊ちゃまが弱々ですけどね……。ちょっとの怪我で治せと騒いだり、痛いとわめいたり……。どうせなら大怪我すれば、私も即座に治療しますよ。神聖力も無限じゃないんです。あんなの、古くなって効果が失われた傷薬でも塗ってりゃいいんです。治ったつもりになれば、ほとんど痛くないですよ」

 軽く片手を振る。かなりストレスが溜まってそうだな。

 相手は典型的な、自分では何もできないバカ坊ちゃんか。あのハキハキした雑貨屋店主とは、決定的に合わなそうだな。


「しかも……魔物が多いって文句を言うんです。私の前任者はシャロンさんですよ。私に交代したんだから、ダンジョンで魔物の遭遇率が増えるのは当然じゃないですか」

 ダンジョンの魔物は暗く瘴気にあふれた場所に住むんで、神聖力が苦手なのが多い。あの雑貨屋店主と一緒なら、半分以上は会う前に向こうが逃げるな。眩しすぎるんだ。

 地上にいたら当たり前の光が、トンネルから出た時にはやたら眩しく感じる、あんな感じだ。それを求めるのもいるし、恐れるのもいる。


「ゲルズ帝国の方々って討伐が目的だから、敵が多いと喜ぶネジのぶっ飛んだ方ばかりだと思ってましたわ」

 品のいい聖女、意外と口がわりぃんだな。苦笑いしている面々とは違い、表情はあまり変えずに、少し不思議そうに目を開いていた。

「実績が欲しいだけって感じですね。……身の程を思い知らせてやりたい……」

 短い髪の聖女の声が低い。ストレスを溜め込んでんなあ。

 だが、これなら協力してもらえそうだ。


「おうおう、そこの聖人さんたちよ」

「あっと、うるさかったですか? 申し訳ありません」

 不審がられないようフレンドリーに声を掛けたつもりが、文句があるのかと心配されて、先回りで男性に謝られてしまった。全然そんなこたぁねえよ。

「そうじゃなくてな。実は……」

 俺は空いている隣の席に移り、イスを近付けて腰掛けた。

 ちなみに食事は、全てキレイに平らげた。通りがかった店員に片しておいてくれ、と伝えておく。


 まずは自分が北の妖精女王アーネ様に仕えるドワーフ、ディンシェンハスのファジルって名前だと名乗った。

 今、話に出ていたシャロンという聖女に、追放のきっかけになったバカなボンボンへの復讐を頼まれたことを告げた。

 一堂は全員で頷いた。復讐でむしろ納得してやがる。


「しかし、どう復讐されるんですか?」

「それが問題よ。殴られたならぶっ飛ばしておくんだが、そういうのでもねえしなぁ……」

 俺が悩んでヒゲを触っていると、一番言葉使いのキレイな品のいい聖女が、それなら、と軽く手を叩いた。

 彼女の提案はなかなかのアイデアで、俺はそれに乗ることにした。

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