第13話 食人種さん、ご来店

 今日の朝食は、パンとキュウリの丸かじり、それからキャベツ。

 キャベツをどうしたらいいんだろう。悩んだ末、葉っぱを一枚むいて、塩を振りかけて食べた。これで野菜はバッチリだわ。スープも欲しいけど、用意しておいた焚き木が底を尽きたから、火を付けられない。拾ってきた枝なら無料なのだ!

 森に行ったのにすぐに帰ってしまって、拾い忘れたのは反省点だわ。伐採せずに拾うだけなら、大体の場所で許される。確認済みよ。

 料理用の炭を買って使う手もあるけど、お金が掛かるから絶対にイヤ。毎日使うものだからこそ、お金を掛けない方向で考えなければいけないのだ。

 あー、お肉食べたい。昨日のステーキ美味しかったなあ。


 まず直近の課題は、お店の商品を増やすこと。

 ガラス細工が売れたし、狩人組合から食人種の討伐に協力した謝礼金が入るので、当面はなんとかやっていかれる。ガラス工芸品っていい値段だし。

 これからだ。なかなか売れない木彫りと、くすねてきた雑貨と、キツネの薬だけでは不安がある。食費がこんなに高いなんて、思わなかったわ……。

 スラムの子供が提案してくれた、木のスプーンとお皿を作ってみようかな。木工所でもらってきた端材もあるし!


「シャロン姉さん、おはようございます!」

「おはよう、ラウラ。よろしくね~!」

 元気に登場したラウラは、すぐに店内の掃除を始めた。それが終わると、庭をく。相変わらずマメだわ。

 私も暇な時に掃除をするものの、ラウラほど丁寧ではない。そんなに毎日汚れるわけじゃないし、売れればどうでもいい。


 清潔感に対する意識は国によっても違うんだな、と聖女を剥奪される理由になった旅で感じたわ。外に置いてある、ざらざらしたテーブルでそのまま食事をしても気にならない人達もいれば、毎回使う前にテーブルを拭く地域もあった。


「こんにちは。こちら、シャロン様のお店でしょうか……」

 扉を細く開けて覗くのは、軽くウェーブの掛かった、長い茶色の髪の女性。薄汚れた安そうな服なので、あまりお金は持っていないわね。

「そうですよ、ご用ですか?」

 客か否か。見極めねばならない。

「兄がご迷惑をお掛けしました……」

「兄?」

 誰のことかしら。あ、この女性は人間じゃないわね。食人種カンニバルだわ。

 最近遭遇した食人種というと……。思い当たる人物が、一人いる。


「……もしかして、猟師組合のヘクター?」

「そうです」

 女性は大きく頷いた。やっぱり私が倒した食人種だわ。恨みを言いに来たにしては、大人しいわね。

 私はラウラと顔を見合わせた。

「……とどめを刺したのは私よ。文句があるなら、聞くわ」

「とんでもない。兄は人間に紛れて、森へ引き込んで食べるつもりでした。そんなことをしたら、私達は追われます……。そもそも私どもの種族は、肉親の愛情はあまりないもので。自分の身が可愛いんです」

「とても理解できます」

 保身の為には、身内も捨てる。完璧な理論だわ。

 悪意がない証拠として、バッチリね。


「で、なんでわざわざ私の店に? 山狩りしたわけでもないし、いるってバレてなかったわよ」

 きっと猟師組合でヘクターのことを尋ねて、それで私のお店を教えてもらったのよね。組合が紹介するくらいだから、彼女に悪意がないと判断されたワケね。

 存在を知られていなかった彼女が、わざわざ私のお店まで足を運んだ理由とは。

「実は私、菜食主義ベジタリアンでして」

「菜食主義の食人種」

 食人種って生肉とか食べるイメージだわ。目の前の女性はわりと細身だが、力はそこらの男よりあるだろう。大体の食人種が、人をじ切るくらいの芸ができる。

 女性は真剣な瞳で話を続けた。


「肉って、胃がもたれるんです。魚はまあ、タンパク質の補給と思って多少食べますが。やっぱりお野菜が一番です。最近、果物も美味しいなあって。メロンって最高ですよね」

「分かるけどさ、いやホント、何しに来たの?」

 人様の食の好みになんて興味ないわよ。

 さっさと本題に入って欲しいわ。ラウラは黙って聞いていた。


「私は現在、木こりのじいさんの弟子として働いてます」

「じゃあ定収入があるのね」

「はい。自給自足に限界を感じて、収入を得る為に働き始めました。なにせ森に棲んでますから、山での仕事は得意なんです」

 森に詳しいし、木を運ぶにも力持ちだから役立つわね。

 お金はある。よし。

「で、もしかして欲しいものがあるの?」

 私の質問に、両手を握って急に前のめりになった。

「そうなんです! 珍しいお野菜やフルーツがあったら、売ってください!」

「ここは雑貨屋よ」

 八百屋へ行け。珍しいフルーツだと、貴族御用達の食料品店かな。みすぼらしい格好だから、店頭で追い払われるのかしら。


「私のお昼ご飯に使おうと思ってた、アボカドはどうですか? 食べたことあります?」

 ラウラがカバンに入れてあった、皮の黒いアボカドを取り出した。サラダでも作るつもりだったのかな。

「なんですか、コレ! 黒い卵?」

「お野菜ですよ。皮をむいて、生で食べられます」

 食人種は初めて見るアボカドに大興奮し、ラウラから受け取り回して眺めている。

「買います!」

「いえ……」

「銅貨三枚です」

 ラウラがお金の受け取りを拒否しそう。私はとっさに、適当な値段を告げた。

「ありがとう!!!」

 即断即決だわ。もっと高い値段を言えば良かった。

 食人種は布の財布から銅貨を取り出し、ちゃんと三枚払ってくれた。ラウラが微妙な視線で眺めているが、気にしない。


「また来ます! 私はブルネッタです」

 食人種のブルネッタは、アボカドを大事そうに抱えて笑顔で去っていった。

 だから八百屋へ行け。

「姉さん……」

「はい、ラウラの取り分。銅貨二枚ね」

 一枚は私がもらう。ため息をついているラウラを横目に、お金を入れるケースに仕舞った。するとラウラも、渡したばかりの二枚を入れてくれた。

「私はいいですよ。稼いだら何か奢ってください」

「いいの? ならもらっちゃうわよ。がっぽり稼いで、いつか奢るわね」

「期待しないで待ってますよ」

 これは、どうせ私は奢らないという意味かな、それともそこまで稼げないだろうとか、そもそもラウラが国へ帰ったら会えなくなるって意味かな。

 答えが出て得をするわけでもないし、深く考えないでおこう。


 騒がしい客がいなくなったので、カウンターの椅子に座ってテーブルに手を置いた。

「では経営会議を始めます」

「急ですね、シャロン姉さん」

 カッコイイ気がするからやりたかった。ラウラってオシャレな小物が好きだから、この国にいるうちに商品の相談をしたいな。

「商品、何を増やしたらいいかなあ。とりあえず、木の食器を増やすつもり」

「いいんじゃないですか? 雑貨屋ですし、キッチン用品、文具、アクセサリーとかを置いたどうでしょう。木彫りの熊があるあの辺を、インテリア雑貨のコーナーにするとか」

「アクセサリーは頭になかったわ。インテリアコーナー、オシャレね」

 なるほど。アクセサリーなら、あまり場所を取らずに商品をたくさん置ける。

 インテリアコーナーもいいわ。格式高いお店っぽい。ただ、インテリアって実用性に乏しい、飾るものよね。興味ないなあ。木彫りは趣味なだけだから、できれば彫りたいものだけ彫っていたいし。


「姉さんが考えてることが分かる気がします。インテリア雑貨といっても、花瓶とか小さい棚とか、ペン立てとか、オシャレで使える小物を置くんですよ」

「それならイメージがつくわ!」

 使える小物。いいわね、無駄に高く売れそうだし。うひひ。

「ていうか、お店を開くのに仕入れ先を確保していなかったんですか?」

「ちょうどいい物件があったからね、飛びついちゃった。商品なんて、あとからどうとでもなると思って」

「姉さんらしいですね……」

 ラウラが呆れているけど、いずれ繁盛させて見返すわよ。

 新しい仕入れ先も確保しないと。お店を任せて出掛けよう……と、思ったんだけど、ラウラは午前中しかいられないんだったわ! もうお昼近くになっている。


 やる気はあるのに!

 他に雇っているのが気分次第で出勤するケットシー店員だけじゃ、あてにならないわ……!

 仕方ないから、店で木のスプーンとお皿を作る。地道に商品を増やしていこう。ない商品は売れないのだ……!

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