第12話 ねこ店員のお仕事

 食事を終えて、お店を後にする。

 短い青い髪の騎士、エルナンド・サンチェスが宣言通り全て支払いをしてくれた。聖騎士って儲かるんだな。

「ご馳走さまでしたー! ところでシャロン姉さんのお店って、どこですか?」

 怖い話が苦手なラウラも、私が幽霊なんて一度も見てないと言ったから、少しは落ち着いたみたい。かなり怖がってたわね。

「繁華街の外れの方よ」

「せっかくだから、寄りたいです!」

「いいわよ。あ、従業員に食べものを買って行かなきゃ。鶏ささみだっけ」


「従業員を雇ったのか?」

 エルナンドが問い掛けてくる。

 お前には関係ない。と、思うが、奢ってもらったのだ。このくらいは答えよう。

「そうよ、ケットシーなの。……ケットシーを雇っちゃいけないって法律はないわよね?」

 そうそう、法律を知らないと大変なことになるわね。念の為に確認しておく。

「……ケットシー? 妖精を雇う者もいるから、禁止されていないはずだ」

 そうだったわ、家事妖精を雇う人もいるわね。ドワーフも働いているし、妖精だから仕事に就けないわけじゃないんだわ。

「シャロン姉さんのお店、猫の店員さんがいるんですか!?? 見たい見たい! そうだ、私も店員をしたら同僚になれる!」

「まさか猫を雇うとは……」

 飛び跳ねそうなほど喜ぶラウラと、呆れ声の吸血鬼シメオン。聖騎士エルナンドは“ケットシー……”と、小さく呟いていた。


 小さな食料品店に入って猫の喜びそうな食べものと、私のご飯となるパンとサラダを買った。ものを買うとお金が減るシステムが憎い。

「君は料理はしないのか?」

「とんでもない!!!」

 エルナンドの問いに私が答えるよりも先に、ラウラが全力で否定した。

「シャロン姉さんは料理ができないわけじゃないんですが、豪快で独特で……。味付けは気分次第だし、一度はフランベをしようとして火事になりかけたんで、料理は禁止なんですよ!」

「大げさねえ、ちょっと火が強く燃えすぎただけじゃない。次は上手くできるわよ」

「次は! 家を焼くと思います! いいんですか、せっかく手に入れた家を全焼させても!!!」


 いつになく、やたら力を込めて私を睨み付けるラウラ。そんなに酷かったかしら。まあ、家がなくなるのは困るわね。借りもだもの。

 もしかして火事を出したら、弁償とかさせられるのかな……!?

 シメオンが“君ならやりかねない”と、眼差しで語り掛けてくる。いっそ言葉にしろ。

「やらない、やらないわよ。スープと、ちょっと焼くとか卵を茹でるとか、簡単な調理だけにしておく」

「本当に、できないことまで挑戦しようとしないでください。たまご焼きを作ろうとして、殻ごと焼こうとするのは姉さんだけですからね」

「だって焼きっていうから、焼けばいいと思ったんだもの。そんなの、ずいぶん昔の話じゃない」


 食事当番を始めた頃の失敗談だわ。

 実際やったのは数回だけで、私は食事当番から外されたのよね。聖女としての格が上がればやらなくて済むようになるけど、下っ端のうちから全力で止められたわ。

 ふてくされる私に、ラウラがため息を落とした。呆れたのか諦めたのか、微妙な感じ。

「……いくつか簡単なレシピを用意しましょうか」

「助かるわ~。味はどうでもいいから、節約レシピを教えてね」

 ラウラは料理が得意だし、これは楽しみ。たまには温かいものも食べたい。味はそれなりでいい、安くてお腹がいっぱいになれば。

 しかし随分と、私の料理は警戒されているわね。

 吸血鬼シメオンはここで別れ、帰っていった。どこに住んでいるのかは知らない。


 店舗を兼ねた我が家に着くと、やはりお客はいなかった。テーブルの上で、店員ケットシーのノラとバートが退屈そうにだらんと座っている。

「て~んちょー、売れなくてつまらないよ~」

 子猫のノラが、ピタピタと尻尾でテーブルを打っている。

「数人のお客は店に入ったのですが、我々を猫と呼んで楽しそうにするだけで、出て行きました」

 バートも残念そうに報告してくる。そんな簡単に売れないものなのだ。

「まあ仕方ないわね、根気よくやっていくしかないわ」

「ふぁ~。店員さん、もっと楽しいのかと思った」

 しまったわ、子猫のノラがほんの一日で飽きている……! やはりケットシーに店員は無理だったのかしら。

「ところで店長、そちらの方々はお客様ですか?」

 バートが床に降りて、二本足で私の近くまでトコトコ歩いてきた。


「初めまして、ラウラです。しばらくの間、お店をお手伝いします」

 ラウラがしゃがんで猫たちに自己紹介をした。二匹もペコリと頭を下げる。

「こんにちは、ノラです」

「僕はバートです。宜しくお願いします」

 微笑ましい一人と二匹のやり取りに、不審な反応をする聖騎士が一人。

「おおお……喋る猫……」

 エルナンドが混乱している。片手で顔を覆っているが、心なしか見える部分が赤いような。


「お客さんだー! いらっしゃいませ。買って、買って!!!」

「どうぞご覧ください」

 元気のなかったノラが、途端に大喜びで営業する。バートも少し澄ました表情で、お客を迎えた。

 聖騎士エルナンドがギクッと身体をこわばらせ、商品棚に視線を移す。

「あ、そ、そうだな……。薬は保管してあるし……、他には布や、木彫りくらいしかないのか」

 布はガラス工芸品を包んできたものだ。花柄だったりキレイなグラデーションで、女性向けね。

「クマさんがおすすめです。強いから」

「くっ……。それほ……ゴホン、それを頂こう」


 売れた! 本当に木彫りの熊が売れた! ナイス、ノラ!

 エルナンドは猫好きだったのね。“それを”で噛むとは。ケットシー店員の接客が、クリティカルヒットしているわ! 

「やったー、売れた! ありがとうございます! 紙袋はサービスするね」

 勝手にするな。

 ……まあいいでしょう、やっと木彫りの熊が売れたもの!

 ノラが手を叩いて喜び、バートも笑顔で引き出しから紙袋を一枚出した。

「僕らは持てないから、ここに入れてください」

「広げよう~」

 バートとノラの二匹が紙袋を広げて、木彫りの熊を入れろと後ろ足をタシタシして催促する。

 木彫りの熊は、ノラと同じくらいの大きさがある。猫には重いかな。テーブルの上には載せられないわね。

 

 熊を抱えたエルナンドが、二匹が開いた紙袋の中に熊を入れた。

 それから支払い。銀貨二枚をエルナンドは文句も言わず、素直に支払った。ノラはお金をもらって、またまた大はしゃぎ。

「わあい、ありがとう! お金はここに入れるのね」

 バートがお金の箱を出し、ノラが受け取ったばかりの銀貨を投入した。三つの区切りがある小さな箱で、銅貨、青銅貨、銀貨が入る。

 販売の仕事をした二匹は、とても誇らしげに髭をピンとさせた。

「次はおつりを出すお仕事をしたいなあ」


 猫が勧めたら、何でも買ってくれるんじゃないの?

 嫌なヤツだと思っていた聖騎士エルナンド、意外とチョロいじゃない。猫店員は使えるわ!

 バートとノラは、今日はこれで帰る。報酬は鶏肉と、二匹に銅貨二枚ずつ。そして売れたので、追加報酬にビスケットも付けちゃう!

「仕事をしてお礼をもらうの、とっても楽しい!」

「では二、三日したらまた来ます」

 二匹は意気揚々と帰っていった。

 見えなくなるまで、エルナンドが店の前で立ち尽くし、見送っていた。アイツ、不審者に思えるほどの猫好きだわ。


「猫店員……素晴らしい。しかしこの熊を、俺はどうしたらいいんだろう……」

「部屋に飾りなさいよ」

 正気に戻った聖騎士は、必要のないものを購入してしまった、と後悔しつつ紙袋を覗いていた。

 私の力作だから、部屋に飾ればいいことがあるわよ。気分的に。

「エルナンドさん、私はしばらく午前中はシャロン姉さんを手伝ってますね。お仕事は午後からですよね?」

「ああ。では、午前中に用事がある時は、こちらにくる」

「私の店は待ち合わせ場所じゃないのよ。来るなら商品を買ってよね」

 当然の指摘に、エルナンドは呆れたような視線を向けてくる。客以外はいらないのだ。


「……お昼過ぎに、警備隊の詰め所にいけばいいんでしたね。とにかく鮮血の死王が本物か、どの程度の危険性があるのか確認しないと、始まりません。出没する地域を予想しておいてください、夕方から夜を中心に巡回しましょう」

 多くの吸血鬼は夕方以降に活動を開始する。朝は大抵、寝ているのだ。

 そんなわけでラウラは午前中、私の仕事を手伝ってくれる。

「よろしく頼む。危険そうであれば、国と狩人組合に応援を派遣してもらおう。自治国に聖人の派遣を要請しても、すぐに来てもらえるとは限らない」

 

 ケチケチせずに主力部隊を寄越せという感じだが、強大な吸血鬼に対応できる人は限られている。しかも他の場所に派遣されていたりもするので、タイミングによっては時間がかかってしまうのだ。

 ラウラの仕事は、まずこの町に現れる『鮮血の死王』が本物か見極めること。そして、被害を減らすこと。

「では、私は宿屋に寝泊まりしてますから。また明日来ますね!」

 二人は一緒に歩いていった。ラウラを宿まで送るのね。

 さて私の夕食だ。買ってきたパンがあるので、それとトマトを丸かじりする。

 明日も売れますように。



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7月、思ったより進まなかったです…。暑すぎる!

そんなわけで、これから日曜更新になります。よろしくお願いします。

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