第11話 強欲のシャロン

 騎士エルナンド・サンチェスの奢りで、喫茶店の個室にいる。かつての同僚、聖女ラウラも一緒に。

 料理がワゴンに乗って運ばれてきて、テーブルに並ぶ。私のステーキは今までで一番分厚くて大きくて、それはもう素敵なステーキだったわ! 付け合わせまで完食しましたとも。

 で、『強欲のシャロン』の称号の説明をしなきゃね。私が喋る前に、クラブハウスサンドを一つ残したままのラウラが口を開いた。


「シャロン姉さんは、聖プレパナロス自治国の七聖人の一人、“強欲”のシャロンなんですよ。本来なら自治国の中心人物です」

「強欲……そうか、元聖女。神官様がおっしゃっていた、強欲の二つ名を頂いたという聖女がお前か!」

「そうよ」

 なんだ、エルナンドも知ってるんじゃないのよ。

 ただ七聖人が誰かは基本的に公表していないから、結びつかなかったのね。バレたら引き抜かれちゃうから。好条件で抱えたい国は、たくさんあるわ。

「神官様がこのような二つ名を頂いたことを、嘆いておられた。清貧をむねとする神殿のあり方に反すると。精進し、より良い呼び名に改めて頂けるよう、務めるべきだろう」


「お言葉ですがー。強欲は私に相応ふさわしい、良い二つ名だと思ってるから。改める必要がないわよ」

「そのような態度が聖女の称号を剥奪される原因だとは思わないのか」

「全っ然!」

 聖騎士だから神官の味方ね。

 聖騎士ってのは聖プレパナロス自治国から実力と信仰を認められ、祝福を受けて聖なる武器を直接与えられた騎士の称号なのだ。聖騎士の称号を授かる時は、お布施という名目の登録料をガッポリ払わされる。

 毎年のように自治国に参拝する真面目な人も多く、その度に神官と話すので神官の思考に汚染されやすい。


「ふっ……。なるほど、七聖人に選ばれただけはある。聖騎士よ、君は二つ名を誰からたまわるか知っていて、強欲を返上する努力をせよと言うつもりかね?」

 シメオンがグラスを揺らして、ワインから溢れる香りを楽しむように笑った。

「それは、女神様からだと……」

「神からの授かりものに疑問を持つようでは、選ばれはしない。彼女は全くの聖女だ。君にくだらぬ愚痴をこぼした神官の誰一人、二つ名を授かる資格すら持ち合わせていない」

 侮蔑をこめたシメオンの視線が、エルナンドに注がれている。気持ちいい!

 そうそう、神官の中に二つ名持ちなんていないのよ。言ってやって!


「エルナンド様は、神官の発言を素直に受けすぎですよ! シャロン姉さんは私たちの待遇改善も、訴えてくれていたんです。神官にとって目の上のたんこぶなのは、当然です」

 ラウラも援護してくれる。待遇改善は、主に食事面ね。質素倹約とかいって、粗食が多かったから。

 こんなんで働けるかー、ってブチ切れてやったわ。

 思うところがあるのか、エルナンドは静かにラウラの言葉に耳を傾けた。ラウラは訴えかけるように、さらに続ける。

「強欲の二つ名が良くないと考えているのも一部の神官だけですし、聖女の称号の剥奪だって、余計な抗議をさせない為に脅しをかけたんです。七聖人を追い出すなんて正気かって、今ではシャロン姉さんに聖女資格剥奪を告げた神官が吊し上げられてて、いい気味です」


「え、アイツそんなことになってんの? 勝手に剥奪とか言い出して、自分が困るとか、バカじゃない? 私が泣いて謝るとでも思ったのかしらね~!」

 思わずププッと笑いがこぼれちゃったわ。ざまぁみろ~!

 私にはどうせ行く場所がないし、称号にしがみつくと軽く考えてたんでしょ。そんなわけないわ、自由よ自由。

「シャロン姉さんがいなくなったら新たな神託がくだると考えていたみたいですけど、今のところないですね。七聖人が五人のままです」

「元々一人、欠員があるままだったものねえ。新しい啓示はないのね」

 七聖人なのに六人だったの。私が減って五聖人だわ。ただし呼び名は七聖人のまま。

 ていうか七聖人を定めるのは女神ブリージダだから、勝手に人が除名とかできないでしょ。


 私たちの軽口を神妙な面持ちで聞いていたエルナンドが、不意に小さく呟いた。

「……君たちの意見が正しい。女神ブリージダ様が与えてくださった二つ名に異を唱えること自体が、不遜だった。俺が聖女の意義をはき違えていた……」

 うを、急に真面目に反省しだしたわ。やめてよ、重い空気って苦手なのよ。

「分かればいいのよ。じゃあデザートも食べていいわね!」

「存分に食べてくれ。……そうか、仲間の為に待遇改善を求め、矢面に立っていたのか。強欲といっても、欲は己の願望を満たすだけのものではないんだな。他者の幸福を求めるのも、欲の一面だったんだ」

 エルナンドは、まだぼそぼそ呟いている。私は放っといてデザートを選んだ。ラウラも目を輝かせている。プレパナロス自治国では、甘いものはあまり食べられないのだ。


「ええっと~、チョコレートのケーキと、プリンアラモードと、ガレットも欲しいな。他には……」

「私はチーズケーキを頂けたら……」

 ラウラってば一つに絞ったの。相変わらずすごい忍耐力ね。奢りだし、もっと頼んじゃえばいいのに。

「そうだ。フルーツの盛り合わせも頼んで、みんなで食べましょ~」

「君は本当に一切の遠慮がないな、元聖女!」

 エルナンドがいい加減にしろと怒鳴った。せっかくの機会に食べずにはいられまい!

 注文した者の勝ちなのだ。体面もあるからか、注文を取り消したりはしなかった。運ばれた四人前デザートの、半分は私の分だわ。


「そういえば、ラウラはどうしてここへ? しかも聖騎士と一緒に」

 ラウラは自治国で怪我人の治療をすることが多く、他国に派遣される時も治療名目だ。聖騎士と一緒にこの平和な国を移動しているのが、不思議に思えた。

「吸血鬼の調査依頼が、プレパナロス自治国にあったんですよ。エルナンド様に案内と護衛をしてもらって、調査に入るところです」

「あー、“鮮血の死王”ね」

 噂の吸血鬼に、国も動いたワケか。ピクリとシメオンも反応を示した。

「……二人で討つつもりかね?」

「いえ、私は回復が専門ですから、被害者の救助くらいです。本当に危険な吸血鬼でしたら、浄化専門の聖人や聖女を数名派遣してもらいます」

 ラウラには吸血鬼の討伐は難しい。

 まだ大きな被害があったわけではないので、こっそり調べるところからね。下手に刺激しても良くないしね!

 そうだ。調査結果を流してもらって、それをシメオンに売り付けよう。うん、我ながら名案だわ。

 楽して儲ける、座右の銘にしたい。


「もし本当に強大な吸血鬼だったら、俺と彼女では荷が重いだろうな」

 聖騎士エルナンドは強い魔性と戦った経験があるのかしら、意外と慎重な意見だわ。そのくらい楽勝とか、根拠のない自信を見せつけてくれると思ったのに。

 まあポンコツ騎士が使えなくても、このシャロン様がいるからね!

「私のシマで大きい顔はさせないわよ、安心して!」

「君のシマではない」

 シメオンが真顔で即座にツッコミを入れる。相変わらず融通の利かない吸血鬼だわ。

「ところでシャロン姉さんは、どうやって生活してるんですか? やっぱり魔物退治ですか?」

 ラウラがチーズケーキの最後の一口を食べてから、尋ねてきた。


「まさか。平和を愛する私が、そんな野蛮な真似をするわけないじゃない。念願のお店を開いたのよ! 買いものに来てね」

「本当ですか、すごい! そうだ! しばらくこの町で調査するんで、用事がない時はお店番を手伝いますよ。いる場所が決まっていた方が、都合がいいですし」

 おおっ、期間限定の店員ゲット!

 ラウラなら気心が知れているし、報酬も最低限で済むし、ピッタリだわ。

「ありがたいわ! お願いするね、ああガレットが美味しい。寝泊まりするところはあるの?」

 あとは商品よ、商品がないと。現役聖女のラウラがお店番をしてくれたら、お客がどんどん入ってきそう。縁起がいいもの。


「ええ、エルナンドさんが宿の部屋を押さえてくれています。さすがに国の要請ですから、生活は問題ないですよ」

「ま、それはそうね。私の家は店舗兼住宅で、部屋が余ってるの。なんなら泊まっていいからね」

 要請で行く時は、賃金の他に生活面も世話をするのが普通なのだ。たま~に食費や移動費をケチる人もいるわね。

「幽霊屋敷と噂になっていた住宅ではあるが」

「ええっ!!???」

 シメオンがサラッとばらすと、ラウラが弾かれたように彼に顔を向けた。ラウラは怖い話が苦手なのよね。


「大丈夫よぉ、しっかり浄化したもの。何にも出ないわよ」

「……明るい間しか店番しませんよ、住宅側には絶対に行きません!」

 ラウラが警戒してしまった。知らなければ平和なのに、どうしてわざわざ余計な情報を伝えるのかしらね!

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