第9話 木工所へ行こう
店員として子猫のノラと、文字も書ける灰色猫のバートをスカウトできた。イタズラキツネのリコリスは食べものを買うからと、スイーツのお店へ入っていった。キツネ姿でいいのかしら。
店員は驚きつつも、迎え入れているわ。わりと大らかな街なのねえ。アイツもう、真面目に化ける気ないわね。
外出中の看板を裏返して、営業中にする。鍵を開けてお店へ入った。
「ちっちゃいお店だ~」
ノラは物珍しそうに、店内をきょろきょろと見回した。
「失礼だぞ、ノラ。こういう時は“こじんまりして資金不足をうかがわせる、質素な店内ですね”とか言うんだ」
「アンタこそケンカ売ってんの?」
バートの言い方の方が、丁寧な嫌味みたいだわ。
「シャロンさん、店長なんですから笑顔、笑顔!」
なんか面倒な猫を雇っちゃったな。途中でチェンジできるかしら。とにかく、条件を決めなきゃね。
「ところで、週に何日お店番できる?」
「わっかんない! 気が向いたら来るね」
さすが猫、堂々としたもんよ。たくさん来られても支払いが増えて困るから、いいけど。
「とりあえず二日は来てね。時間は……」
「お昼前には来ます。ご飯をください」
バートはしっかりしてるわね。たかりたい時が出勤日か。
「じゃあ報酬はお昼ご飯と、あとどうしようかな……」
「王国に持って帰れるものがいいなっ」
「食べものでいい?」
しめしめ、猫の食べものならたかが知れてるわ。
鶏肉とかお肉は安価ではないものの、それだけの働きをしてくれたら与えるのもやぶさかではないわ。
「確か店員には、賃金というものが発生するんですよね」
ぐっ。バートが鋭い指摘をしてくる。そんな難しい単語を知っていたとは。
「そうなんだけどね~、まだお店が軌道に乗っていないから。少しは渡すわよ、売り上げ次第で増額するから!」
「やった~! たくさん売りたいけど、品物が少ないよ」
現在の商品は、キツネの熱冷ましと私が作った木彫り、それからプレパナロス自治国からくすねてきた雑貨が少々。ガラス細工は完売してしまった。重くてたくさんは持てなかったのよね……。
「これから増やせるよう、頑張るわ。みんなで売り上げアップ、大儲けよ!」
「にゃ~!」
ノラのノリの良さ、いいな。片方の前足を上げて、気合十分ね。
「ここだ、元聖女の姉ちゃんの店~!」
「猫ちゃん店員さん!」
さっき別れたばかりのスラムの子供達が、窓の外から店内を見渡している。そして扉を開け、堂々と入ってきた。
「商品が少ねえ」
「これじゃあ儲からないよね」
放っておけ。どうせアンタらは買わないでしょうよ、売りものは沸いて出るわけじゃないのよ。
女の子は商品の棚をチラチラと見てからノラの元へ行き、頭を撫でている。ノラは目を閉じて気持ちよさそうにしていた。
「商品はこれからまた、仕入れるの! その為のお店番よ」
「猫にお店番なんて、できんの?」
「ただの猫じゃありません、僕らは猫妖精ケットシーです。お店番くらい、やれますよ。計算だってできるんですから!」
エヘンと得意気に、ヒゲをピンとさせるバート。男の子はおお~と感嘆しながら、パチパチと二、三度手を叩いた。
「でもせっかく計算できても、商品がないんじゃなあ」
「それですよねえ」
「ねえ」
子猫のノラまで一緒になって尻尾を揺らしている。
私だって品物を増やして棚を埋めたいし、また完売したと慌てたい。
「どんなものを仕入れたら売れるかな。木彫りならいくらでも作れるけど、売れないしなあ……」
「姉ちゃん、なんでクマだの鳥だの作ってんの?」
「プレパナロス自治国で、動物の木彫りって人気だったの。もしかして、この国では人気が無いの?」
自治国は木が生えないくらいくらい標高が高い位置にあったから、木彫りがとても喜ばれていた。輸入した木材の端材も木彫りや食器にして、使い切るようにしていたわ。おがくずも集めて、焚き付けにする。
木を見慣れているこの国では、木製は人気が無いのかしら……!?
「そうじゃなくて、普通の町の人が買いに来るんだろ? それなら食器とか小さい棚とか、普段使うものがいいんじゃねえの? 置物だとお土産みたいだ」
「なるほど……! 需要が多そうなものを掘ればいいのね……!」
食器類とか、コースターを作ろうかな。木材もそろそろなくなるわね。
「ねえお姉ちゃん、この木はどこで買ってきたの?」
ノラを撫でている女の子が尋ねた。ノラはカウンターテーブルの上で、腹を出して撫でてもらっている。
「材木屋で買ってきたわ。木は乾燥させないといけないから、切ってすぐには使えないし。そのうち斧を買って、切り出しに行くわ! 何回かに分けたら運べるわよね」
「……姉ちゃん、それダメ。森も領主様や誰かのものだったりするから、木を切る仕事の人は権利を買ってるんだよ」
「木を切るのにお金を払うの!??」
「そうだよ。領主様が頼んで管理してる人だったら無料だけど、好きに切れるわけじゃないんだって」
なんてこったい……! たくさん木が生えているから、ガッポガッポだと期待したのに! しかし言われてみれば、好きに切っていいならどんどん伐採されて、森がなくなっちゃうか……。
「そうだったのね……。木は諦める……」
「木材が欲しかったら声かけてくれよ、俺達に分けてくれる木工所を紹介するから。きっと安く売ってくれるぜ」
「ありがとう、そうするわ……」
スラムでは端材をもらい、食器などを自分達で作るそうだ。あとはそこら辺から拾ってきたヤツ。ちょうどよく捨てられているとも限らないし、得意な人に作ってもらって、物々交換をしたりもするとか。
スラムにも物作りをする人がいる。売りものになるのを作れる人がいるか、探しに行くのもいいかも知れないわね。
「お姉ちゃん、分からないことがあったら、わたしたちに聞いてね」
スラムの女の子に真剣に心配されてしまった。聞くのは無料、何でも質問しちゃおう。今回みたいなウッカリは、捕まっちゃうしね……!
「そうだ。とりあえず、その木工所へ案内してくれない? 値段を調べておきたいわ」
「いいぜ。すぐ行こう!」
男の子が乗り気で、親指で外を指した。善は急げ、商売も急げ。バートとノラを振り返る。
「じゃあ出掛けてくるから、……値段は付いているし、分かるわよね。おつりとかお金はその箱ね、包み紙と袋は引き出しの中。袋の料金は銅貨一枚よ」
「覚えたー! ノラ店員、がんばりま~す!」
子猫のノラがどこで覚えたのか、前足を額につけて敬礼をする。
「私に用があるお客が来たら、要件と名前と、次にいつくるかを聞いておいてね」
「はいっ。店員なんて初めてやるんで、緊張しますね」
バートとノラはやる気十分だけど、そもそもお客が来ないからなあ……。でも留守番がいると、気兼ねなく出掛けられていいわね。
人間の店員も余裕で雇えるくらい、売り上げが欲しいっ。
まずは魅力的なお店にしないといけない。とにかく今は木工所に案内してもらって、食べものを買って来ようっと。
木工所は町の北側の外れにあった。大きな平たい建物で、広い庭に木で作った小さな小屋と、材料になる木材を保管する倉庫があった。
中では数人が作業中で、長いテーブルが六つ置かれている。壁には色々な大きさの材木が立てかけられていて、棚に工具が乱雑に仕舞われ、完成したイスや戸棚が並んでいた。
カンナをかけていた初老の男性が、私たちの姿を目にすると手を止めた。
「おう、坊主。今日はどうした、新しいスラムの住人が何か欲しいのか??」
「ちゃうよ、この姉ちゃんは町で雑貨屋を始めたんだ。そんで、とりあえず余った端材とかもらえないかなって」
「……店の経営者なら、買ってくれよ。材料として欲しいなら、材木屋を紹介しようか?」
渋い表情をされてしまった。さすがに商売に使うものなので、簡単に無料で分けてはくれない。それもそうだ。
「端材を安く売ってください、あんまりお金がないんです」
「おじちゃん、お姉ちゃんは違う国から来て、スラムの炊き出しに並ぶくらい困ってるの。助けてあげて」
女の子が援護してくれる。そうそう、同情を誘う作戦はいいわね!
「そうだよ、顔色の悪い兄ちゃんを
シメオンは養ってるわけじゃないけど、勘違いしてたのか。害がないからどうでもいい。そうだ、依頼もこなさなければいけないわね。
「……わかった、新人が欠いて使えなくなった板があるんだ。他のに回そうと思ったが、これをやるよ。皿や食器くらい作れるだろ」
「ありがとうございます! ところで、この辺に吸血鬼って出ますか?」
「ああ、噂のな。俺たちはまだ見てねえよ」
残念、こちらは収穫はナシだ。
渡された板と、許可を得て落ちている端材をいくつか拾った。焚き付け用に、木くずも集めて袋に入れる。掃除する前でラッキー。スラムの子らにもいずれ礼をせねばなるまい。
そんなことを考えていると、裏から大声が聞こえた。
「うわああぁ! 助けてくれ、魔物だ!!!」
「なんだって……!? おい、誰か兵を呼んでこい! 狩人協会へも急げ! ……ノコギリじゃ武器にならねえか」
テーブルの上にある、作業をしていた道具をザッと眺める初老の職人。
「助けてあげますが、この棒を借りられます? 折れても弁償しませんが」
「それで戦うのか!? 壊れても構わねえが、アンタが危なくねえか?」
「むっふっふ。こう見えて私は、聖プレパナロス自治国の元聖女ですからね!」
手で軽く握れるくらいの太さの角材を手にした。長さは地面から私の肩までくらい。
さて、どんな魔物がお出ましかな……!
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